第三十九話 父の本音
「見下すなよ、この三下がぁ」
サイアミが起き上がろうとするも、失敗。
リントは手を差し伸べる。
「兄さん、どうしてそんな風になったか、教えてほしい」
しかし、サイアミはそれを払いのけた。
「触るな! やめろ! 憐れみを向けるんじゃない! それとな、僕は生まれた時から変わらない!」
「違う、昔はもっと優しかったはずだ! だって確かに覚えている! 子供の頃は妹と三人で遊んだ!」
「僕は覚えてなんか、ない」
顔を背けたサイアミ。
「ほら! やっぱり何かあったんだろう!? 教えてくれよ!」
「特にこれといったのはないが……いやお前に話す価値はない! 黙れ!」
「なっ、なんだって……! こんなに心配しているというのに」
「五月蠅い! 黙れ!」
「嫌だね! 黙らない!」
ああだ、こうだと。押し問答になってしまった。
道具袋はそれを見て。
子供の喧嘩かよ。と思ってしまった。
もういいだろ。結構仲良いじゃないか。それより早く裂けた所を縫ってくれ。なんか変な感じするから。例えるなら、スカートから風がスースーする感じだ。
いや、忘れよう。変な例えをした。
「もうよい、サイアミ。お前の負けだ」
そんな馬鹿な事を考えていると誰かが、土の舞台に上がってきた。
白髪交じりの頭髪。黒スーツとマントという、組織の頂点に立つ者の装い。
これまでずっと傍観していた、トイガー・アルガルドレだ。
リントの実の父親。あいつが、リントを生贄にしようとした奴か……!
しかし、もっと厳格で冷酷な人間というイメージがあった。彼はすっかりしおれた花のよう。
なんか口調も組織の会長というよりか、なんかもっと別の存在だ。
「そんな、親父……!」
「お前は紛れもなくリント・アルガルドレに敗北した。認めるのだ」
「いや、二対一だったからだ! タイマンで勝負すれば……!」
「認めるのだ」
トイガーは表情を変えずに否定。その時サイアミの目に光るものが見えた。
泣いてる……?
「っ、親父なら理解してくれると思ってたのに……!」
「我……いや、私の責任でもあるな。今まで甘やかしすぎていたのだ。褒めれば伸びるからといって血縁や、組織の者にもいい顔をしすぎた。その我儘な性格では私の地位は譲れない」
「そんな……! うっ」
天才と呼ばれた非の打ち所がない男、サイアミは。たった一つの欠点を指摘されて。
「うわあああん! もっと褒めてくれよ! 僕は凄いんだぞ!? 悔しい悔しい悔しい~っ!」
駄々っ子のように泣きわめき、暴れ出した。
いや、もはや駄々っ子そのものか。
……憐れ、だな。
「そして……私の息子、リント・アルガルドレよ」
「え……?」
トイガーがリントに向かって、名前で呼びかける。普通の親子ならなんてことない、日常的な行動。
しかし、彼らにとっては特別なものだろう。
「今更、許されないかもしれないが。サイアミの件も含め、私のこれまでの愚行の全てをどうか、許してほしい。このとおりだ」
更に、彼にとってもっと衝撃的な光景が。
英雄補完協会の現会長である父親が、地面に額を擦りつけ、謝ったのだ。
「いっ、いいよもう! 別に、今は気にしてないし! 顔を上げてくれ、頼むよ!」
トイガーはそのまま、語り続けた。
「リントよ。お前に厳しい態度をとったのは、お前を護るためだったのだ」
「護る……?」
「そうだ。知っての通り、英雄補完協会の内部は実力主義の世界。どれだけ財や人徳があろうが、弱ければ待遇は残酷だ」
「以前はこうではなかった」と話すトイガー。
「これまでは……私の妻ラグールが『極光の勇者』として世界最強の異名を馳せて、この組織を統括していたが故、組織的にも平和だった。だが……」
数秒黙ってから。
「十年前。妻は突然、ラグールは魔王と、その直属の配下である異界魔導衆を討伐するために本部を出てしまった……最初こそ話題が尽きなかったが、次第にその存在も風化してしまった」
それを話すと同時、トイガーは全身に力が入る。
「それ以来、抑止力を失った組織内部は荒れ、環境が一変した……日常的に私は下剋上の決闘を申し込まれた。当然、私は全て返り討ちにしたが……このままでは、リントが危ない。そう確信した。だから」
声に、震えが混じる。
先程よりも長く間をおいて。
「だから、お前には理由をつけて追放しようとした」
「そして」とトイガーが続けて話す。
酷い嗚咽を限界まで耐えて。
「今回、チラを奪われた上に、異界魔導衆からの脅しに屈してしまったっ……!」
……そういう事だったのか。
リントの母、ラグールさんがいなくなって、いつ下剋上に合うか分からないからトイガーさんはリントを逃がしたんだ。追放という形で。
その上、チラちゃんを攫われて。リントにすら魔の手が伸びて。いっぱいいっぱいだったんだな。
「それが全てだ……すまない。こんなどうしようもない、クズなわたしを許してくれっ……!」
「………………」
涙を滲ませて土下座をする父親を見て、息子は。
「そっか。ここまで頑張って考えてくれたんだね。ありがとう、父さん」
その、痛々しく白が混じった頭を優しく撫でた。
『さぁ、顔を上げて』
「ラグー、ル……?」
トイガーの目の前にいるのは間違いなくリントだ。しかし彼は見紛う。
その優しさから、最愛の人に。
「ぐっ、うぅ……!」
長い年を重ねたその男の瞳から、涙が溢れ出す。
「すまない、すまない……! 妻がいなくなり、どうしようもなくなって……分からなくなって……! 他に方法を考えられなかった!」
「だから、もう気にしてないって」
うん、うん。良かった。これで解決だね。
アトスエンスでご飯でも食べよう。今日ぐらい、みんなで一緒に食べたらどうかな。
わたしはもうお腹ペコペコだよ。食べたら横から出てきそうだけど。グロい。
「ありがとう、リント……! 我が宝よ」
トイガーはリントに手を借りて、立ち上がろうとしている。
まるで、絵画のようだ。救いを差し伸べる手と、救われる者。
どこか神秘的なその光景。きっと誰もが讃美する事だろう。
しかしどうやら、神にとってその絵は未完成だったようで。
「がはっ……!」
突然トイガーが、土の舞台に強く押しつけられるようにしてめり込む。
その衝撃でリントとサイアミが弾き飛ばされた。
「父さん!!!」
リントが駆け寄ろうとするが……近寄れない。
トイガーを中心にして透明な円蓋が発生しているからだ。
「なんだ、これは……?」
「遠回りだった。しかしそれこそが最短の道だったのですね。感謝します、神よ」
何者かの声がこだまする。
声のする方、訓練場出口の扉へ視線を向けると。
そこには……顔の隠れるタイプの黒い神父服。
それを着た男が、十字架を掲げてつっ立っていた。立ち姿はピン、としていて丁寧だが近寄りがたい、厳かな雰囲気。
声からして穏やかな青年だ。
わたしには見覚え、聞き覚えがある。
「…………フォルス、神父?」
そう、その人は。アトスエンスの街で道に迷ったわたしを助けてくれた神父さんだった。




