第三十五話 ガーベル&マルティ―ズVSマフィン・リリアーネ
英雄補完協会、庭園。
夕刻。紅に染まった空、黄昏時。
広大な庭を駆ける、銀髪の狩人と和装の女性。
彼等は激しい攻防を繰り広げている。
「どうした。これでは手合わせではなく、蹂躙に値するぞ」
「生憎っ、武人じゃなく弓兵なもんでね。ハァ」
ガーベルが短刀で、マフィンの棍さばきをギリギリのところで受け流す。
呼吸の荒いガーベルに対し、マフィンは全く息切れしていない。
しかも彼女は必要最小限の動きで戦っている。ガーベルの複数回の動作に対し、マフィンが一手、といったところ。
(レベルが違ぇ。戦闘のプロってのはこんな遥か格上なのかよ)
一方、屋敷を支える柱の陰。ガーベルに加勢するべく杖を構えて魔法を唱えようとする金髪の黒魔導士がいた。
マルティーズだ。
「くっそ……!」
その照準は、定まらなかった。
(戦闘の流れが早すぎるっての! こんなんじゃ魔法が当たんないわよ……!)
見えないのだ。近接戦闘に不慣れな彼女は全く目で追えていなかった。
頼りになるのは残像のみ。
援護射撃のタイミングをしくじれば、味方に被弾するか、敵に利用される。
「……」
その様子を横目で見たマフィン。
ふっ、と口元を緩ませる。
「なにが可笑しい」
ガーベルが問う。
「やはり拙者の選択は間違っていないようだ」
「なんだと?」
「いやな。あれがそなたらの同志……パーティーメンバー、というものか」
ガーベルの短刀が、マフィンの棍をついに押さえつけた。
(ナイスよガーベル!ここでぶっ放すわ!)
マルティーズは柱の陰から身をさらす。そして、さらりとした亜麻色の髪の女性に向かって。
「『固有技術・火球三連』!」
三つの火球を撃ち放った。狙いは正確無比。
「ぐうううっ!」
見事に命中した。火炎の波が一帯に広がる。
被弾した者が燃え盛り、苦痛の声を漏らす。
腰に手をあてて、得意げにする少女。
「や、やった! どうかしら! ざまぁないわ! これでアタシ達の勝ち――っ」
しかし、彼女は目にしてしまった。
その光景に、言葉を失う。
それは、炎と陽炎を背にして悠然と歩く……和装の女性だ。
目を背けたくなるような、残酷な真実。
その場に力なく座り込んでしまう。
「そんな、完全に命中したはず」
確かに、火球が命中する直前は見ていた。
だが、火球が命中するその時は目撃していない。
「同志など、不要」
躱された。標的である、マフィン・リリアーネに。
では、今燃えている人物は――?
炎が消え去り、それが誰の目から見ても明瞭になる。
……命中したのは、銀髪の狩人。
ガーベルだった。
「ぐ、あ……」
膝をつき、うなだれる。
辛うじてあと少し動けるかどうか。
「ガーベル!!!」
ガーベルの元に駆け出すマルティーズ。
マフィンの横を通っていたが、彼女は見逃した。……勝ちを確信しているのだ。
「仲間など足手纏いに過ぎない。結局は生物として最強なのは圧倒的な『個』。それを身に染みて理解しただろう」
ガーベルに寄り添うマルティーズを見て、溜息をつく。
「大丈夫!? 今、手当てするから!」
「うろ、たえるな……。魔法防御力のある衣服なんだから、弓兵の俺でもある程度大丈夫なのは知ってるだろ」
「そうだけど……!」
少女は手持ちの医療キットで応急処置を試みる。
「ごめん、ごめんっ……!」
焔色の瞳が、うるむ。
不甲斐ない、不甲斐ない、不甲斐ない。
自分の弱さのせいで、大切な人を傷つけてしまった。それが本当に悔しい。
どうにかして、アイツに一泡吹かせてやりたい。
……一旦、可能な限りの治療を終えて。
再び杖を握りしめ、振り返った。
戦いは、終わっていないから。
腕でぐいっと、涙を拭って。
「アンタなんかに、絶ッ対に! 負けないんだから!」
鬼気迫る表情で、敵を睨みつける。
杖の先に立ち込める、繊細な魔力の奔流。
相手は人間。燃やし尽くさないように。しかし、戦闘不能になるように調整する。
「……もう見逃してやろうと思ったが、いいだろう。その眠れる闘志に免じて受けて立つ。気絶程度の打撃は許せよ」
マフィンも棍を構えた。腰を低くして、速攻の姿勢。
お互いに、一撃で決着させるつもりだ。
……一触即発。
先手を打ったのは――。
「あいつの裏に回って合図を待て、マルティーズ!」
ガーベルだった。獣のような動きで、短刀から最速の攻撃、突きを繰り出す。
不意を突かれたマフィンが棍で受けきれず、よろめいた。
「そなた、まだ動けたのか……!」
「うおおおおお!」
虎のごとき猛攻。流れるような斬撃。
傷ついた身体とは思えない俊敏さだ。
「やるな……だが、足りぬ。それではまだ『個』としての高みではない」
更に一転。
真の実力を引き出したマフィンが手数を増やし、攻勢に出る。
「ぐ、ううっ」
「出直して参れ! 一対一ならば、また勝負してやる!」
と、ここで。
再び拮抗状態。
二人が先程と同じ体勢になる。
そう、ガーベルの短刀が、マフィンの棍を押さえつけたのだ。
「今だ!」
瞬間、叫ぶガーベル。庭園にこだました。
「分かったわ! 『固有技術・火球三連』!」
再び、マフィンの背後から放たれる火球。
彼女目掛けて、一直線。
「血迷うたか……! それではこやつ今度こそが命を落としてしまうぞ!」
「それはどうかな」
狩人の、不敵な笑み。その企みは、一体。
(正気か……!? この銀髪の男は理解しているはず。拙者が備わった固有技術により呪文の位置を把握し、魔絶棍でいなしていたのを)
そう。マフィン・リリアーネは勝利の道を決めていた。
常時発動している『固有技術・空間把握』によって一定範囲内の生物の状態みならず、魔法の挙動も知れている。
そして自身の棍操術、魔法を拒絶する魔絶棍があれば、魔法を反射して一気に決着をつけるのは容易いのだ。
これにより、火球をぶつける他に決め手の無いガーベルとマルティーズを完全に封じれる。
(まぁ良い。ある程度、魔法の勢いを削いで被弾させよう。恐らく、やけになっているのだな)
その武人は、華麗に火球をいなした。
(頭の固い上司も、小うるさい部下も、誰も彼も不要である。結局、信用できるのは自分なのだ。たった一人で生きていければ、それでいい)
魔法の軌道が、狩人に一直線になる。
(拙者の、勝ちだ)
ふっと緩む口元。
だがその顔は歪んだ。
「借りるぜ、ユキ。『固有技術・収納』」
マフィンの目の前から、火球が。彼女にとっての勝利への灯火が、消える――。
「……ばっ、馬鹿な!?」
(火球が、彼の突き出した掌に吸い込まれていったように見えたが!?)
横一文字の瞳を見開き、驚愕。
そのわずか数秒で、もう一手遅れた。
「『固有技術・排出』」
(成長してるのは、ユキ。なにもお前だけじゃない……!)
吸い込まれた火球が、再放出。この至近距離では。
(回避、不可能か――!)
マフィンに三度、強烈な火球が直撃した。
「くっ」
魔絶棍の所持により魔力は分散、身体は燃えなかったが。
被弾の衝撃によって後方へ吹き飛ぶ。
「がっ……!」
屋敷の柱に叩きつけられた。
(なんなのだ、今のは!? 弓兵とは思えないような……はっ)
戦闘のスペシャリストは、ついに理解した。
(彼は、戦闘の素人を装ったのか)
『弓兵』という単語の刷り込み。危険を顧みない突撃。
全ての動きが、『短刀と弓でしか戦えない素人の弓兵である』と誤認させる陽動作戦だったのだ。
見事、マフィンを油断させる事に成功した。
(決め手は……受け継いだもの、か)
そしてあの固有技術は、恐らく誰かから継承したもの。
火球を喰らった時点で思いついたのだろう。
(……足元を掬われたな。拙者も一から鍛えなおすべきか)
力なくうなだれる、麗しき武人。
そこへ。
「俺達の勝ち、だ」
「アタシ達の勝ち、よ」
ガーベルが歩み寄り、短刀を突きつける。マルティーズは杖を突きつけた。
「お前、ハナから俺達の事なんか眼中に無かっただろ。だからお前は、とっくに諦めた大事なもんに負けたんだ」
「後学のために聞いておこう。それはなにかな?」
「絆ってやつよ」
マルティーズが目を細めて。
「アンタ、なんかあったのか知らないけど『個』に固執してたでしょ」
「当然だ。一人の方が才能を引き出せる」
「でもアタシ達、二人に負けたじゃない」
「それは! それは……」
反論出来ず、歯嚙みするマフィン。
「……たった一人で生きるには。勝ち上がるには限界がある」
グラヴィダ洞窟での辛酸を、思い出すマルティーズ。
(あの時、自分一人では勝てなかった。リント、ガーベルと共に弱らせて。そしてユキがとどめを刺した)
手を握りしめる。
「人は、誰かと少しずつ成長するしなきゃ勝ち上がれないのよ」
「……」
「だが、この世界にはろくでもない奴しかいねぇ、って腐っちまう時もあるかもしれない」
ガーベルは、自身の過去を思い出す。
絶望的な状況の中、リントに拾われてパーティーに入った過去を。
「でも諦めんな。共感出来ない奴には、理解するだけでいい。そういう人間もいるんだな、ってな」
二人は、武器を降ろす。
「アンタならいつか、必ずいい奴がついてくるはずだ」
最後に、ガーベルが顔を背けて。
「一人で花に話しかけるくらい、優しい人間なんだからな」
マフィンは呆気にとられていた。
たった今。ずっと曇った心が自然と晴れたから。
「………………ははっ」
そして嘲笑ではなく、心からの笑顔。
嗚呼、何百年ぶりだろうか。笑ったのは。
髪に隠れる長い耳を嬉しそうに揺らす彼女は……悠久の時を生きる種族。森人霊族だ。
「生意気な小僧と小娘だ」
「ふふん。よく言われるわ」
「そこは自慢じゃねぇだろ」
三人で、笑いあった。
ガーベル&マルティ―ズVSマフィン・リリアーネ。
ガーベル&マルティーズの勝利。




