第三十四話 英雄補完協会・本部~訓練場~
英雄補完協会・本部の裏庭に位置する、煉瓦製の建物。
訓練場だ。中は土の舞台を、観客席が囲んでいる形。模擬戦闘が出来るようになっている。
英雄補完協会が発足されてから百年間。数多の兵士がここで鍛錬を積み、戦いに赴いて戦果を上げてきた。
そして今日も。ここに集う戦士達が。
しかし、彼等は鍛錬が目的ではない――。
「これは世界の為なのだ。従ってもらおう」
トイガーが、観客席から舞台に立つリントに向けて声をかける。実に無機質な、命令的口調。
第一種会議など、ただの口実だった。全てはリントを異界魔導衆に引き渡して事を荒立てないため。
また、戦闘部隊の隊長だけがこの敷地内に見張りとして残っているそうだ。仲間も心配である。
「………………」
僕は正直、受け止めきれずにいる。
ちょっと話し合いするだけで解決するだろう。直ぐにみんなに合流しよう。そう思っていたから。
どうすればいい? ここで僕が犠牲になれば全部解決するのか?
否。異界魔導衆はそう考えてはいないだろう。利用するだけ利用して、戦争を仕掛けるつもりだ。
「しけた面してるな。どうした? いつもみたいに呑気に笑えよ。くくっ」
舞台の正面には、兄のサイアミがいた。
へらへらと笑いながら、オールバックの茶髪をいじっている。
(無理に決まってるだろ、そんなこと。笑えるわけがないよ)
チラも心配だ。今、どうしているだろうか。ちゃんとご飯は食べれているだろうか。よく眠れているだろうか。体調を崩していないだろうか。
「おい、無視するのか? 出来損ないの分際で、ああ?」
不遜な兄が、こちらを上から睨み付けてくる。
そう言われても、言葉が出ないよ。
家族と、いつからこうなっただろうか。
チラはずっと優しかったけど。
少しずつそうなっていったな。いつから、なんて分からない。
……二人は、思うところはないのだろうか。この現状を。
「兄さんはさ、この状況を見てどう思うの?」
聞いてみた。もしかしたら、兄も辛い思いをしているのかも。
こんな風になったのは誰か、悪い人に騙されてるとか。
チラの事を心配しているかも――。
「これから血沸き肉躍る闘争が起きるんだろ? 楽しみで仕方ない。僕の実力を世界に知らしめてやる……って思ってるぜ」
ゾッ、とする表情をした。
舌なめずりをして、震える手を剣にかけている。
少なくとも、もはや彼に優しさという概念は残っていないだろう。
とても、血を分けた兄弟とは思えない。
ならば。
「とっ、父さんはどうなんだよ!」
頼む。なんとか言ってくれ。
じゃなきゃ、僕は――。
「………………」
返答は、沈黙だった。
顎に手を当てて、押し黙るだけ。
「そんな……」
もうここに、頼れる者はいない。
涙が出そうだ。
どれだけ頑張っても成果が出ず、仲良くなれず家族を追い出され。
やっと仲間が出来たと思ったら引き離され。
挙句の果てに利用されてお終い。
そして、妹は……。
………………俯いて、歯を食いしばる。
自分の中の、暗闇の底から沸々とナニカが湧いてきたから。
奥にしまい込んでから久しい感情。
これは、怒りだ。
僕の事は哀しいだけ。だが、妹はどうなる?
僕は言葉を選んできた。
――優しい子になりなさい。そうすればきっと、いつか、素敵な人に逢えるから。
母に倣い、誰も傷つかないように、負担にならないように、なんて思って。
だが、もういい。
単刀直入に言ってやる。
僕は拳を強く握りしめて。
「チラの事はどうでもいいのかよ」
「……? なんだ、この期に及んで僕に向かって生意気な事を言うのか? 特化型にしかなれないゴミのくせに」
「実の妹なんだぞ! 頭おかしいのかよ!?」
翡翠色の瞳を潤ませた、怒号。
「………………」
それにサイアミは、ニヤリと口角を上げて。
言葉を突き刺した。
「心底、どうでもいい」
その瞬間、リントの中で糸の切れた音がした。
「……」
黙って、背負っている剣を引き抜く。
一歩一歩を踏みしめて前に出る。
「また、外まで吹き飛ばしてやろうか?」
サイアミが応じて、剣を鞘から抜いた。
「……いや、これは『決闘』じゃない。純粋な『戦闘』だ……吹き飛ばすだけでは物足りないな。ヒヒッ」
余裕ある足取りで、前へ。
コツン、コツン。
訓練場に靴音だけが響き渡って。
一線。強者の戦闘には、相手によって異なる、明確な線引きがある。
それを踏み超えれば、致命的な傷をつける事が可能な間合いに入る。
開戦の合図だ。
両者が今。同時に線を踏み越えて――。
駆けだした。
「覚悟しろ、兄さん」
「悪いな出来損ない。秒で決着だ」




