第三十一話 その麗しき武人、掴みどころなし
「……でな、拙者の部下がこう言うのだ。『先輩は腑抜けすぎです』と。争い事を好まないのがいけないというのか? 頼まれた事を確りこなしているのだから問題なかろう」
うんうん。生意気な部下がいるんだね。
「上司は上司で、頭が固すぎる。『指示通り任務をこなせ』と。少しもズレを許さぬ上、同じ事しか言わぬ。あれが所謂ろぼっと、という物体なのか?」
はいはい。板挟みで大変だ。
「時にマドカ、空腹である……そなたに栄養はあるだろうか?」
花に名前つけた上に食べようとすんな。(ネーミングセンスは良いけど)
で、もうかれこれ上司とか部下の愚痴を一時間弱、聞いてるわけだけど。
さすがに留まりすぎだろ! 早くどっかいけよ!
『まだ進めないのか? 責任重大で気負うのは分かるが、なんかあったらすぐ言えよ』
『そうよ。ふぁーあ』
特にマルティーズちゃんが我慢の限界だ。愛嬌のあるボイスで欠伸をしている。
「あと一つ、ついでに聞いてくれないか」
もういいよ。今度はなんだよ。モテ過ぎて困る、とかだろどうせ。
整えられた亜麻色の長髪を耳にかけ直す。
そして。
「この敷地に、侵入者が現れたらしい」
ぞくり。
背筋が凍るような感覚なんて嘘だ。なんて思ってた。今の今までは。
だが、本当にあったんだ。こんな事は初めてだ。
心の底から、怖い。
最初からわたしの存在を知っていて、花に話しかけていたんだ。
気づけばその女性の視線は完全に花から道具袋に向けられていた。
横一文字ながら、気迫のある眼光。
そしてわたしをひょいと拾い上げ、問いかける。
「何者だ? ここを何処と心得ている? 狼藉者」
くそう。まさか屋敷に入れずに見つかるなんて。今すぐガーベル君とマルティーズちゃんに助けを求めよう。
……いや、待て。
「ふっ、ふふふっ袋になる魔法かけられた人なんです! ここには迷い込んだだけ! どうか許して下さい!」
『お前っ、声が大き……まさか、見つかったのか!?』
『なにしてんのよ、バカ!』
外の様子が分からない、ガーベル君とマルティーズちゃんが驚愕している。でも安心してほしい。
まだ大丈夫なんだ。(焦りすぎてめっちゃ噛んだけど)根拠がある。
話を聞いていると彼女は仕事はそつなくこなすタイプだが、優しい。
それと、神父さんの一件でわたしは誤魔化す事に多少は慣れている。
一旦、可哀想な人を装って撤退させてもらおう。
ここで戦闘が起きて人が集まるより、それが最善だ。
わたし一人でなんとかしてみせる……!
和装の女性が、眉をひそめて。
「ほう。それはお気の毒に」
「で、でしょう? では、見逃して下さ――」
「拙者の名はマフィン。自慢では無いが、固有技術で効果範囲内の特定の反応を知る事が出来る。いくつか質問に答えてもらおう」
わたしの言葉を遮り、一方的に情報を押し付けてきたマフィンという女性。
ちょっと顔が近づいて、お香みたいないい匂いが……。今はそれどこじゃないな。
「ではまず、そなたはいま一人か? 仲間はいないか?」
「はい」
二人いるけどね。まぁ、勇者『パーティー』だし、あながち嘘ではないだろう。
「……そうか」
怖い間の取り方だなぁ。やめてよ。
「次に、ここに迷い込む前、これからどこへ何をしに行く心算だった?」
「えっ……と」
あっ、どうしよう。詰まっちゃった。 ええと。
「その、この辺に変化の魔法に詳しい魔術師を探しに来てました」
良し! いい切り返し! 勝った! 向こうへ行け!
「その魔術師の名は?」
「へっ」
「名は、と聞いているのだ」
キョドるわたしを、淡々と詰めるマフィンさん。
ぐっ、苦しい……!
うーん。
「クリキントン」
「ん?」
思いついた単語を言ってみた。確かに恥ずかしくて小声で言ったけども。聞き返さないでくれ。
「クリキントンです」
「クリキントンだな」
「はい」
繰り返さないでくれ。頼む。
「では最後だ」
良いのか。クリキントン通ったのか。
やった――。
「侵入者よ、十秒以内に攻撃する。反撃の機会をやろう」
マフィンさんが大きな棍をわたしに突きつける。
ですよねー。
これ、最初から全部分かってたんだな。くそう。蛇のように掴みどころのない人だ。
戦闘、開始。
「お願い!」
二人に救援の合図を送る。すると。
「なっ、そなたらは――!」
「知ってるのかしら? アタシ達も有名になったものね」
「この場合は不名誉な方、だがな」
道具袋から、マルティーズちゃんとガーベル君が飛び出す。
棍を弾き、道具袋を取り返し後退する。
そう、道具袋に本当に生物が入らないのか。貸し部屋わたし達はそれを試した。
結果はなんと大成功。どうやらわたしは実害のある生物を分解し、ない生物を保存しておけるらしい。
これで落し物を装ってリントの所まで行く予定、だった。
しかし失敗。恐らくマフィンさんの固有技術だろうな。
「あれが会長殿が要注意だと仰っていたガーベルとマルティーズか」
「ガーべル。アイツ、相当の手練ね」
「あぁ。立ち姿で分かる」
これまでの戦闘で、ずっと先制攻撃だった二人が先手を取らず、様子を窺っている。
それだけでその女性の実力は計り知れないものだと理解。
「英雄補完協会・戦闘部隊長、マフィン・リリアーネ。推して参る」
「っ、上層部の人間かよ……!」
ガーベル君に冷や汗が伝う。
わたしもメルカ資料館で見たから分かる。英雄補完協会を支える四つの部隊の一つ、戦闘部隊。
彼女はその戦闘に特化した集団の、隊長だと名乗った。一番戦いたくない存在である事は確かだ。
だがもう、避けて通る事は不可能。絶対に誰かがここに残らなければならないだろう。
そんな空気の中。
「ユキ! 先に行って! ここはアタシ達に任せて!」
「ええっ!?」
マルティーズちゃんがわたしを指さした。
「二人のどっちかが行った方が……!」
「いや、恐らく俺達じゃ先に進めない。単純に目立つし、顔が割れてるからな」
「美男美女だと思うけど」
「………………」
無言の圧力。
そこには「適任はお前しかいない」という彼女の才能に対する期待と、「こんな時にふざけんなよ」という怒りが混じっていた。
「勇者の仲間だって知られてるって事ですよね。はは。分かってます……すみません、行ってきます。あとそいつ、花に話しかけてました」
「おい、さらっと言うな貴様!?」
美麗な和の武人、マフィン・リリアーネとの戦闘をガーベル君とマルティーズちゃんに任せて。
わたしはそそくさと豪邸の中へと入っていった。
異界魔導衆との、マグネティック鉱石とリントの妹チラの取引まで残り、三日――。




