第三十話 英雄補完協会・本部〜庭園〜
まだ太陽が昇りきっていない、早朝。
アトスエンスの街の貸し部屋を出て、二日かけて英雄補完協会の本拠点、その敷地手前の森へ辿り着いたガーベル君、マルティーズちゃん、そしてわたし。
「本拠地が公開されてるのは幸いだった。喧嘩を売るような奴はいないからその辺の情報統制はザルなんだな」
暗闇が広がる森を目の前にして、ガーベル君は前を睨み、そう言った。そして深呼吸する。
盗賊狼が住まう森より更に鬱蒼としていて、気を抜けば迷いそうになる森林。
この先に、英雄補完協会の本拠地。そこにリントがいるはずだ。
「対策はしてきたけど、あそこはどんな奴がいるか分からないから……気合い、入れないとね」
マルティーズちゃんが、綺麗な金髪を結わえ直す。
「そうだね。戦闘はなるべくゼロにしたいから……」
わたしは二人と顔を見合わせ、頷く。
「作戦通りに、ね」
○○○
英雄補完協会・本部。
純白の豪邸の前、よく手入れされた広大な庭。さわさわと音が鳴るのは、風のせいだろうか?
否。
草むらを跳ねる影のものだ。これは小動物だろうか。あるいはファンタジー的な妖精……?
その正体は。
「よし。色んな人が通ったけど、今の所はただの落し物だと思われているみたいだね」
道具袋、だった。正体がバレないよう、わたしは小声で話す。
森からここまで、これといった妨害はなく意外とあっさり辿り着いた。
いや、にしてもデカ過ぎないか? 屋敷も、庭も、何もかも……。まぁわたしが小さくなったっていうのもあるけどさ。
『本当か……? とはいえ移動は、お前に賭けるほかない訳だが』
『ここって、こんな風になってたのね。ふーん……どこかつっついてみていい?』
どこからか、二人の声が響いてくる。
「任せて! 目立たない事は得意な方だから。あ、つっついたら駄目だよ! くすぐったくて声が出ちゃうからね」
わたしはそれに返事をした。勿論、今の状態でも意思疎通は可能だ。
おっと、玄関口から誰か出てきたぞ。身を潜めるとしよう。
わたしは草むらと一体化する。緑色だからね。保護色になってるね。
今度出てきた人はどんな人かなっと……。
視線を動かしてみると。
あれは……和服!?
薄緑色の、和装の女性が歩いているではないか。
顔立ちは超がつくほどイケメン。トップオブ美形。長い亜麻色の髪は柳のように揺れている。
最も特徴的なのは、瞳が横一文字になっている所だ。前は見えているのだろうか?心配になる。
手に持っているのは、棍……? 珍しい武器を使うね。しかも金箔が蒔かれていて、豪華だ。
というか、この世界にも和の文化があったのか。へー。驚い……あれ?
その和装の女性が、落ち着き払った様子でゆっくりとこちらへ向かってくる。
え!? 一直線なんだけど! バレた!?
『おい。緊張してるのか? さっきからドクンドクン聞こえるが』
『もしかして、くすぐって欲しいとか? ヒヒッ、良いわよ。滅茶苦茶にしたげる』
ちょ、今それどころじゃないんだってマルティーズちゃん!
女性は目の前に来て、丁寧な所作で屈む。
ひぃー! なんでバレたの!?
折角、最強の作戦を考えついたのに。こんな、中にも入れずに見つかるのかよ。
更に女性が、手を伸ばしてきた。
本格的にまずい。破かれたりする前に二人を――。
しかし。その手は止まった。
そして。
わたしが行動を起こす前に。
『ナナカマドの花よ。拙者の言の葉を聞いてくれるだろうか?』
女性は話し出した。
手前の一輪の花に向かって。一人で。
しかも、花を撫でるようにして。
………………え?
唖然とした。
恐らく、道具袋は視界に入っていないのだろう。
はっ、そうか……!
もしかして。
もしかして、わたしと同じタイプの人?
わかるー! 独り言って、つい話しちゃうよね。調子いい時も、悪い時も。いつでも。
共感の嵐。彼とは仲良くなれるかもしれない。
……でも、早くどこかに行ってくれないかな。動けないんだけど。
まさか。
わたしも、その……上司かなんかの愚痴を聞けと?
嘘だろ。冗談じゃないぞ。勘弁してくれ。早くリントの所に行かないとだし。
かくして変な我慢大会が、始まってしまったのであった。ちくしょう。




