第二十九話 追放されし勇者、過去と現在~その4~
曇り空。英雄補完協会の本部前。
鉄の門扉の前で、リントは荷物を持ちながら立ち尽くしていた。
『今日でここもさよなら、か』
ふっ、と悲しげに微笑。
兄……だったサイアミに敗北したリントはアルガルドレの名を剝奪された。
もうここには住んでいられない。
しかし振り返ってばかりもいられない。
幸い、 一人で生きていくだけの技術と資源はある。
『チラ……は大丈夫か。才能あるって大事にされてるし』
ならば問題は明白だった。
『これからどうするかなぁ』
そう、当面の己の目標である。
元の目標はもう、実現不可能になってしまったから。
――会長になって、お父さんとサイアミをお願いね。
それは、英雄補完協会の会長になり家族との仲を支える事。実の母から託されたものだった。
『母さん、僕は間違えたのかな』
優しく在り続けるためには、我を通すためには、強くなくてはならない。
だから努力した。毎日泣きそうなほど。
それでも。
野心家の才能や権力には敵わなかった。
彼はもう半ば諦念。全てを放り投げようとしていた。
父の言う通り、何もかも忘れてスローライフ? あるいはお店でも開いてみる? どれも魅力的かもしれない。
もう疲れた。ゆっくりと生活したい。
………………しかし、どこか諦めきれない。
あの日から何日か経過したが、ずっと未来のある選択肢を探し続けている。
懸命に探す。会長になれなくとも、自身の強みを活かしていずれ家族の仲を取り戻す方法を。
『そうか』
そして彼は一つの答えに辿り着く。
『魔王を倒せばいいのかな』
勇者になろう。
母と同じように。
勇者になれば、剣術と雷の固有技術を遺憾なく発揮できる。
魔王を討伐できれば、英雄補完協会も必要なくなり、サイアミとトイガーも普通の生活に戻れる。
希望に満ち溢れてきた。
門に背を向けて、ズンズンと森を歩き出す。
『よし! 善は急げ、だ! まずは仲間を探そう。一人じゃきっと勝てないから。最初は狩人がいいなぁ。男の子の。女の子は二人きりで緊張しちゃうし』
これが、リントの勇者としての、旅の始まりである。
○○○
そして現代。
曇り空。とある森の、奥深く。石塀に囲まれた敷地。鉄の門扉。
英雄補完協会の本部前。
鉄の門扉の前で、リントは荷物を持ちながら立ち尽くしていた。
「はぁ。またここかぁ」
悲しげに溜息。
「にしてもあれはどういう事なんだろう」
リントが気になっているのは。
招待状に彼の旧姓、アルガルドレの名が書かれていた事だ。
確かに書類に印をして血縁関係は解消されたはず。
だが、父の筆跡でそれが書かれていたのだ。
「……考えても仕方ないか」
勇者はその重たい門を開いて、歩き出す。
そこにはやはり見覚えのある景色が広がっていた。変わっていない。
緑豊かで、噴水を中心とした広大な庭。手入れされた生垣。
純白の豪邸が、聳えたっていた。
「お邪魔します……かな?」
扉を開けて、中へ。
一階は豪奢なシャンデリアとワインレッドの絨毯。また、大食堂や応接室などに繋がっている。
「ここは、変わらないな」
変わらない風景。小さい頃は階段を駆け回って兄と仲良く遊んだものだ。その時は家族全員、仲が良かった。
「僕たちは変わってしまったけど」
俯きながら、呟いた。
階段を上がり、二階へ。廊下の突き当たり。会長室の前で立ち止まる。
深呼吸。
(どんな要件なのか、皆目検討もつかないな)
ただ、そこには嫌な予感だけが漂っていた。
「行くぞ」
小声で決意。
ギギィ……と、年季の入った扉が開かれた。
部屋は紅の絨毯、壁は本棚が敷き詰められている。そして会長御用達の木製机と革製の椅子。
白髪交じりの頭髪をした、髭を|弄る黒スーツとマントを身に纏う壮年の男が、やはり椅子に座っていた。
「よくぞいらした。お客人。早速、第一種会議の会場に来てもらおう」
英雄補完協会の会長、トイガー・アルガルドレだ。




