第二十八話 追放されし勇者、過去と現在~その3~
『行くぞ出来損ない!』
『怪我したらごめん、兄さん!』
ぶつかり合う、稲妻と暴風。
その様子はさながら、海上の嵐と言っても過言ではない。
それは固有技術を交えた凄まじい剣戟。これは幼い頃から剣を握り、振り続けなければ出来ない芸当だろう。
針に糸通すような攻防が、長く続いて。
そして今。サイアミの頬をリントの剣が掠めた。
血の雫が、伝う。
『……ふむ』
二人の父、トイガーが腕組みしながらどこか忌々しげに息を漏らす。
『チィッ、剣術だけは一丁前に得意だな』
父の言葉を代弁するようにサイアミが言う。
『僕にはそれしかないから』
『誇らしげにするんじゃないぞ! そういう自分に酔ってる所もムカつくんだよっ!』
どうやら、剣術は雷の剣士が優勢のようだ。
苛立ちながらも、それを悟った風の剣士は一歩引き下がる。
そして、飛び上がった。
『遊びは終わりだな。俺の成長が万能型である所以を、お前が出来損ないである確たる証拠を見せてやろう』
自信に満ち溢れた高笑い。そう、リントにとってもここまでは想定内だ。 ここからが分水嶺。
『一つ』
万能の兄が空中に停止した。風から派生した浮遊の固有技術。
左手で剣を構える。
『二つ』
右手で指を打ち鳴らす。幻想的な紫紺の気弾を複数発、発生させた。
『三つ』
「『来い! 』 と嘲るような声で号令 。ステージ上の足元が、闇に染まる。無数の影が、人の形を成してゆく。
『詰みだ』
号令の意味を込めた剣を振るう、風の剣士。
空から風の剣閃と魔弾が降り注ぐ。地上からは影の人形が襲いかかる。
――どうする? 防御は上か、下か……! 刹那の葛藤。
リントが選んだ答えは。
『はぁっ!』
影の人形を斬る事だった。だが、それだけではない。 戦闘不能になった影を盾にして突き進んでいる。
『はっ、無駄な事を』
弟を嗤う、兄。関係ない。ほんの少しでも、前へ。
一撃さえ入れれば勝算はある。 努力は報われる……!
……そんな想いを、踏みにじるかのように。
『お前は所詮、その程度の努力だけで満足する雑魚なんだよぉぉぉ!』
再び剣を振るうサイアミ。 天賦の才により、全ての攻撃の勢いが増す。
『くっ、まだ全力じゃなかったのか』
これまではギリギリで捌ききっていた。 反撃の余地もあった。だがこれでは防戦一方だ。
そしてついに。
『しまった』
完全に物量で押し切られたリントは影の人形に押さえつけられてしまう。そこへ、無慈悲にも鋭い風の刃、命中時に炸裂する魔弾が直撃。
『がっ……!』
これは決定的だ。
リントはステージ外に吹き飛ばされ、訓練場を突き抜けた。裏庭を転がる。
外は、雨が降っていた。
『くそ……! やっぱり兄さんには勝てないのか……?』
そんな事を言いながらも、懸命に立ち上がろうとするリント。傷は深い。このまま戦闘の継続は可能なのかどうか。
……彼にとって、そんな肉体の損傷など些事だった。自分がどうなろうとも、家族の関係を修復する。それだけを考えていた。
訓練場からリントへ向かってくるのは、二人。影か? それとも本人か――。どんな攻撃だろうと受け止めてやる。
反撃からの逆転。そして勝利するんだ。
覚悟を決めて、顔を上げる。しかし。
『貴様は今、この瞬間から無関係な他人となった。去れ。この出来損ないめ』
『え』
彼を襲ったのは、言の葉の刃だった。
『鍛冶師だろうが、商人だろうが、なんにでもなるといい』
向かってくる二人とは、兄と、そして審判を既に下した父だったのだ。
場外だ。確かに表向きに敗北条件は公開されていなかったが、権力ある者の言葉が全て。理不尽だが、もう覆らない。
『そんな、僕は、まだ――』
『異論は認めぬ』
抗議の言葉は遮られる。
理不尽にも、少年は抗う事を許されなかった。
『決闘だから命拾いしたな……じゃあな、どこかの誰かサン。くくっ』
兄だった者と、父だった者が離れていく。
少年は、起き上がれなかった。
『………………畜生』
風の刃、魔弾による傷など、どうでも良い。 父に突き立てられた言の葉の刃。それが一番、痛いから。
彼は雨が止むまで、起き上がれなかった。




