11:ゲームクリア
翌日には、このクーデター未遂事件による被害の概要が明らかになった。
――死者・行方不明者、約六百人。重軽傷、約千五百人。
ただし、行方不明者のほとんどは、武器庫の爆発によって体が四散、もしくは蒸発していて、確認のしようがない第二旅団の兵士たちだ。また、重体の者も多くが数日のうちに死者の列に加わるものとみられる。
ジョージの取り調べは、ウォーデン家がすでに詳細を報告していたため、簡単なもので終わった。そして、三日後には毒杯を呷ることとなった。クーデター首謀者に対する刑としては、軽いほうだろう。
一部には、「王家の恥となる」として、病死扱いにして隠蔽しようとする動きもあったけど、もう遅い。投降勧告のときに、めっちゃ大声でジョージの名前を出しちゃってたしねえ。世間にはもうバレバレだった。
婿予定が死んだことで、ウォーデン家と私の周辺もそのうち面倒なことになるだろうけど、しばらくは考えたくない。
第二旅団で計画に参加した者たちについては、三十名が極刑、約五百名が強制労働、残りは降格や謹慎などの処分となった。組織再編により、第二旅団自体も一旦解体された。
一方、騎士団は、王城に詰めていた者たちは無事だったものの、城外にいた者はほぼ壊滅的被害を受けていた。その責任をとって、メイソン騎士団長は辞任した。ただ、ウォーデン伯爵から再三警告を受けていたのを無視した件については、常識外の事態であったことを考慮して不問にされた。
出回った銃と弾薬は回収され、国の厳重な管理下にある。
マリリンが死亡したことで、新たな銃が召喚されることはないだろうけど、現物は残っちゃってるからねえ。たぶん、国は秘密裏に研究して、コピーしようとするんじゃないかと思う。
また、一部が紛失してるらしく、行方を追ってるらしい。他国に渡ったりすると、これまた面倒な話になりそうだ。
いずれにせよ、銃という新たな武器の概念は流出してしまった。そのうち戦場で使われるようになってしまうのかもしれない。この流れ自体はもう止められないだろう。
せめて、私の生きてる間くらいは、実用化されずにいてほしいところだ。
タカシの使ったパワードスーツや巨大ロボット、シールドユニットについても、その出所について追求された。しかし、
「通りすがりの大賢者様が、気まぐれで手助けしてくれました」
ウォーデン家はすべてそれで押し通した。ただの気まぐれなので、こちらから何か要求することはできない、ということになっている。
「大賢者って誰?」な感じで、一見かなり無茶な言い訳に思えるけれど、案外これで通ってしまうものだった。周囲の人たちにはあれらのゲームテクノロジー()は余りにも途方もなさ過ぎて、あんなものをただの人間が造れるとも思われなかった。ギフトでもあそこまで強力なものはない。それで、真っ向から大賢者説が否定されることもなかったのだ。
王家もいろいろ探りを入れてくるけど、今のところ真相に辿り着いてはいないようだ。
ただ、ほとぼりが冷めるまで、当面はタカシの召喚を見合わせることにした。
理由としては、まず、タカシの能力が強力すぎること。たぶん、あれはこの国どころか、世界を征服することさえ可能だろう。銃という脅威がなくなった今、そんな分不相応な力を手元に置いておくのは、いろんな面で危険だった。
それと、タカシにはタカシの生活もある。ここは彼にとって夢の中の出来事に過ぎず、この世界にずっと縛り付けておくわけにはいかない。
永遠にお別れではないけれど、今後はそう頻繁に呼べないかな。召喚するとしても、向こうの時間の流れを考えると、こちらでは五年に一度とか、十年に一度くらいがせいぜいじゃないだろうか。
残念だけど、しかたない。タカシはちゃんと向こうで生きてるんだから、それだけで十分だろう。
*
しばしのお別れということで、送還は最初に呼び出した別館地下室で行うことになった。見送りにはお父様はもちろん、キャシーなど直接関わった人も来た。
ほんとは送別会をやりたかったんだけどね。まだ状況が落ち着いてないのもあって、タカシが固辞した。
「タカシ君。君のおかげで、クーデターを防ぐことができた。失敗していたら、国は大混乱に陥っていたし、粛清されていたのは私たちの方だっただろう。本当にありがとう」
「い、いえ、お、私は姉の力になりたかっただけですんで……」
「次に召喚する機会があったら、その時はマジでうちの養子にならないかい? 前にも言ったけれど、歓迎するよ。というか、キャスの婿というのはどうだろう」
「え゛」
「お、お父様!? 何を口走っておられますか!?」
「いやあ、割と本気なんだけどなあ。精神的には姉弟でも、現在の体は血がつながっていないわけだろう? なら何の問題もないんじゃないかな」
「いえいえいえいえ、問題大アリですよ! 弟だし! 弟だし! それにずっと召喚しっぱなしってわけにはいかないんですから!」
「……(ごくり)」
「ちょっ!? タカシ! 生唾飲み込んでんじゃない!」
「残念だねえ。タカシ君にもご褒美が必要なんじゃないかな? キャス」
「タカシ様、お嬢様のことは海外出張における現地妻みたいな感じだと思えばいいんじゃないっスかね」
「妻……つ・ま…………姉ちゃんが、妻……ぅへへへぇ……」
「キャシーも、余計なこと言わない! タカシも! 正気に戻れ!」
この人たちは本気でくっつけたがってるんだろうか。しかし、さすがにタカシはそういう対象にはなりえない。無理。
そいえば、タカシの秘蔵のコレクションにはなんか近親がどーたらとか、そういう系統のが多かったような……。だ、だいじょうぶ、よね?
と、ずっと馬鹿騒ぎを続けているわけにもいかない。気を取り直して。
ゲームで言えば、これはエンディングなのだ。ハッピーエンドとして、きちんと送り出さないと。
「さて、タカシ。いえ、勇者タカシ・キサラギ様、国の危機を救っていただきありがとうございました」
「え? また召喚勇者ネタやんの?」
「いや、初っ端にやっちゃったから、なんとなく締めにも必要かなと」
「でも、ネット小説だときちんと送り返す描写ってあんまりなかったんじゃね?」
「それもそか。まあいいわ。あんたはちゃんと長生きするのよ」
「うん、わかってる。姉ちゃんも今世は幸せになってよね」
「そうするわ」
互いに手を振り合って。
そうしてタカシは送還の光の中へ消えていった。
*
物語が終わった後にも、世の中は続いてる。続きがないのは世界の終末のような場合だけだろう。
あれから三年がたった。
昨日は王立学園の卒業式で、私も無事に卒業となった。
ゲームでは卒業式がエンディグで、そこにカースティの姿はなかった。途中で断罪されちゃうからね。そうならずに済んで、ほっとしている。
そして、今日は王都の郊外にある墓地を訪れていた。
ここにはマリリンのお墓がある。
クーデター未遂事件の首謀者の一人である彼女の遺骸をめぐっては、いろいろトラブルがあって、父親の男爵も引き取りを拒否してしまった。それで結局、ウォーデン家で引き取って埋葬した。
ちなみに、公衆衛生を考慮して火葬するのが一般的になってるけど、遺骨は直接土の中に埋められる。そうやって、自然へ帰っていくのだ。
小ぢんまりとした墓石の前に花束をそえ、合掌した。残念ながら線香はないので、香木をちょっとだけ焚いた。こっちの墓参の流儀じゃないんだけど、彼女向けには前世の流儀のほうが良さそうかと思って、そうした。まあ、彼女が何の宗教だったかは知らないんだけど。
彼女自身はゲームを知らなかったのだから、エンディングへの思い入れとかもあるはずがない。だから、今日私がここに来たのは、単に私の感傷でしかない。
最近、よく思う。
あの争いは価値観の衝突だったんじゃないか、と。
マリリンはあくまで日本に生きていた者として、この世界の価値観を憎悪し拒絶した。だから、彼女にとっての諸悪の根源である社会体制をまず壊そうとした。
壊してその後どうするつもりだったのか、正確なところはわからない。本気ですべてを破壊し尽くす魔王にでもなりたかったのか、自暴自棄で何も考えていなかったのか、それともよくある異世界転生モノのように、権力を得て知識チートとかを使って日本の価値観で世界を塗り替えようとしたのか。
まあ、日本人にとっての理想の世界を造ろうとしてたとしても、うまくいくはずなかったけどね。
教育もなく、民主主義を受け入れられるような土台が育ってない。それ以前に、価値観が根本的に異なってる。無理に押し付けても、受け入れられないだろう。
その上、あんな強力な武器を見せびらかした後では、たとえクーデターに成功しても、その後もより大きな戦乱が続くだけだ。凄惨な未来しか見えない。
一方、私はこの世界に生きる者として、この世界の価値観を尊重し、それに順応することを選んだ。だから、貴族の一員として責務を全うした。
そりゃあ、前世にくらべれば、この世界はいろいろ劣ってる。理不尽なことだらけだ。
でも、この世界の価値観というのは、現実にこの世界で生きる人々が長い年月をかけて積み上げ、培ってきたものだ。たとえゲームが元になっていて五分前仮説みたいな世界だったとしても、それが偽物だとは私には思えないし、転生者というよそ者が安易に介入して壊していいとも思えなかった。
だいたい、「あんたんとこは遅れてて野蛮だから、進んでるわたしらの考え方に従え」ってのはひどく傲慢ではないのか。
郷に入らば郷に従えだ。
ゲームとはまったく違う形だけれど、ヒロインと悪役令嬢でちょうど対極の選択をしたと言える。
客観的に見てどちらが正しいのかは、私にはわからない。
でも、正しいかどうかは別として、結果として私はこれで良かったと思ってる。
この世界の発展は、この世界の人々自身の手で切り拓いていくべきものだ。自分たちで歴史を作り、背負っていく。
そうあるべきだと、私は思う。
そこに異世界の銃やパワードスーツは必要ない。今後、また別の転生者が現れたとしても、そういった異世界の異物の持ち込みはご遠慮願いたいものだ。
*
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「姉ちゃん、おかえり~」
「ただいま……って、え?」
墓地から帰宅した私を出迎えたのは、キャシーと、なぜかタカシだった。
「来ちゃった(はぁと)」
「ちょ!? はぁと、じゃないわよ! なんで、どうやってタカシがここにいるの!? 私は召喚してないわよ!?」
「やってみたらできたそうです」
「はぁっ!?」
「RPGのキャラでセーブポイントに転移できるのがあってさ、それのイメージしながら眠ったら、なんか使えた」
「え、ええぇぇ……」
そんなことで異世界にやってこれるのか。私の〔従者召喚〕の意義はいったい。
「あと農作業シミュレータで水田MODもやりこんできたから、これできっと米も育てられるはず。種籾もインヴェントリに含まれてたし」
そう言って、タカシは種籾を見せた。
てか、異世界の異物はいらない、なんて思った直後にコレか。いや、武器以外だったら大丈夫かな。きっと。たぶん。
……いや、ほんとに大丈夫なのか? 食糧生産みたいな穏当そうな分野でも、チートで急にバランス崩したりすると、各方面にいろいろ問題が出そうなんだけど。生態環境に影響がないとも限らないし。
というか、この流れはまさか、タカシルートのフラグが立ってるのか? いやいやいや、それだけはなんとしても避けねば。
「姉ちゃんがお米欲しがるかなと思って、農作業シムやりこんでたんだけど、いらなかった?」
「ぅぐっ……いる! 米はぜったいに、なんとしてでも食べる!」
……お米の誘惑に逆らえず、私は悪魔と取引してしまった。
私の中の、日本人としての魂はまだ完全には消えていないらしい。
(了)
お読みいただき、ありがとうございます。
このお話はいささか灰汁が強くなりすぎた感があるのですが、いかがだったでしょうか。感想とか聞かせてもらえるとうれしいです。
ではマタ。




