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おばさん4人が異世界に転移しましたがチートスキル無かったのでとりあえず食堂始めました  作者: れもん。
第一部 転移編

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7/23

偉い人が来ても、やることは同じ




翌日、恵が厨房で野菜を切っていると、香織が店の前から戻ってきた。


開け放した厨房の窓からは、通りを行き交う人々の話し声が聞こえていた。まな板の上には洗ったばかりの野菜が並び、恵が包丁を動かすたび、軽快な音が厨房に響く。


香織は店先で誰かと立ち話をしていたらしく、いつものように楽しそうな顔をしていた。


「昨日の人、また来るって」


真理子が顔を上げる。


「誰?」


「役所の偉い人」


「来るって言ってたでしょ」


「そうだけど、今日らしい」


真紀が肉を切りながら言った。


「別に普通でいいじゃん」


厚みのある肉を手際よく切り分けながら、真紀は特に気にした様子もなく作業を続けている。


「普通でいいけど」


真理子は少しだけ考える。


「どのくらい偉い人なの?」


香織が首を傾げる。


「知らない」


「知らないのに話してたの?」


「話せるでしょ」


「そういうところよ」


真理子は呆れたように目を細めた。


恵は笑った。


香織は昔から、相手の肩書きを知ってから距離を決めるタイプではなかった。


むしろ、肩書きを知らない時の方が普通に話せてしまう。


そして、知ったあとも大して変わらない。


「でもさ偉い人だからってご飯の味変えるわけじゃないし」


香織が言うと真紀が頷く。


「それはそう」


真理子もため息をつきながら頷いた。


「まあね」


恵も思う。


誰が来ても結局やることは同じだ。


ちゃんと作って、ちゃんと出す。


それだけ。


恵は再び包丁を動かした。切り分けた野菜を木の器へ移すと、みずみずしい青い香りがふわりと立ち上った。


*


昼少し前、昨日の男が本当に来た。


今日は一人ではなかった。


後ろに若い男を二人連れている。


先頭の男は落ち着いた色合いの上着を身につけ、背筋を伸ばして歩いていた。後ろの二人も身なりが整っており、周囲を確かめるように視線を動かしている。


扉が開いた瞬間、店の空気が少しだけ変わった。


食器の触れ合う音や客たちの話し声は続いていたが、何人かが入口へ顔を向けた。


常連らしい冒険者たちが、ちらちら見る。


カイルもすぐ気づいた。


「来た……」


恵が小声で聞く。


「そんなに偉い人なの?」


「この町の行政に関わってる人です」


「へえ」


「へえ、で終わるんですか?」


「何て言えばいい?」


カイルが少し考える。


「いや……まあ、いいです」


カイルは何か言いたげに口を開きかけたものの、結局諦めたように肩を落とした。


香織はいつも通りだった。


「いらっしゃいませ」


男が店内を見る。


「今日は連れがいる」


「どうぞどうぞ」


香織が席を案内する。


そのまま普通に品書きを渡す。


男が少しだけ笑った。


「昨日と変わらんな」


「昨日から一日しか経ってないですよ」


「そういう意味ではない」


「じゃあ何の意味?」


男は一瞬止まった。


後ろの若い二人が、少し驚いた顔をした。


一人は目を見開き、もう一人は男の横顔をそっと窺っている。


真理子が遠くから見ていて、小さく呟く。


「またやってる」


恵も笑う。


男は結局、煮込みを頼んだ。


連れの二人は焼いた肉。


香織が厨房へ伝える。


「煮込み一つ、肉二つ」


恵が頷く。


「はい」


鍋の蓋を持ち上げると、熱い湯気が一気に立ち上った。肉と野菜をじっくり煮込んだ香りが広がり、恵は木べらで底からゆっくりとかき混ぜる。


真紀が肉を焼く。


熱した鉄板に肉を置くと、勢いよく音が弾けた。表面から脂が滲み、香ばしい匂いが厨房いっぱいに広がっていく。


真理子は何も変わらず金を確認する。


本当にいつも通りだった。


*


料理を出したあと。


男はしばらく黙って食べていた。


連れの二人も食べる。


木製の匙が器に触れる小さな音が聞こえた。男は煮込みの肉を口に運び、ゆっくりと噛みしめている。


片方が小さく言った。


「うまい」


その若い男は、皿に目を落としたまま、もう一口肉を頬張った。


恵には、その一言が妙に嬉しかった。


特別な料理ではない。


派手な技術もない。


でも食べた人が、普通に美味しいと思ってくれる。


それで十分だった。


男が食べ終える。


香織が水を足しに行く。


「どうでした?」


「昨日と同じだ」


「じゃあ良かった」


「それを褒め言葉として受け取るのか?」


「昨日美味しいって思ったから今日も来たんですよね?」


男が黙ると香織が笑う。


「じゃあ同じなら良かったじゃないですか」


男は少しだけ笑った。


口元に浮かんだ笑みは、昨日よりも幾分柔らかかった。


「お前は本当に妙な女だな」


「よく言われます」


「それ、昨日も聞いた」


「じゃあ覚えてくれたんですね」


男はまた黙った。


後ろの若い二人が、目を逸らして笑っている。


片方は口元を手で隠し、もう片方は何事もなかったように水を飲んだ。


真理子が恵に小声で言う。


「香織ってすごいよね」


「うん」


「私は絶対あそこまで行けない」


「私も」


恵は笑った。


香織はたぶんこういうのを何十年もやってきたのだろう。


人と話して、距離を詰めて、相手の懐に入る。


本人にとってはただの日常。


だから異世界でも変わらない。


*


男が帰る前。


真紀が少しだけ話しかけた。


「そういえば、祭りのことで聞いてもいいですか?」


男が振り返る。


「祭り?」


「店の前で串焼きを売ろうと思ってるんですけど」


真理子がすぐに付け足す。


「まだ正式には決めてません。条件を確認してからです」


「ほぼやるつもりじゃん」


真紀が言う。


「条件次第」


「できるならやるでしょ?」


「だから、その条件を今から聞くの」


真理子は真紀へ視線を向け、言葉を区切るように答えた。真紀は悪びれずに肩をすくめている。


「二人とも同じ方向向いてるのに、毎回そこだけ揉めるよね」


香織が笑っていると男も少し笑った。


「店の前で売るなら申請がいる」


真理子の表情が変わる。


先ほどまでの呆れた様子が消え、背筋を伸ばして男の方へ向き直った。


「何か決まりはあります?」


「売る物と使う場所。それから火を使うなら、それも伝える必要がある」


「串焼きだから火は使う」


「なら、その申告も必要だ」


「費用は?」


男が真理子を見る。


「そこから聞くのか」


「大事なので」


「場所ごとに決まっている。店の前なら、それほど高くはない」


「売上に対して?」


「固定だ」


真理子が少し考える。


完全に計算を始めている。


指先が無意識にテーブルの端を軽く叩いていた。頭の中では、出店費用と売上の見込みを並べているのだろう。


香織が聞く。


「店の中は普通に営業していいんですか?」


「構わない。ただ、店の前を使うなら通行を塞ぐな」


真紀が店の前を見る。


開け放した扉の向こうでは、買い物袋を抱えた女性や荷物を運ぶ男たちが行き交っている。店先にはそれなりの広さがあるが、人の流れを考えれば使える場所は限られそうだった。


「焼く場所も考えないとね」


「煙もね」


「あと仕入れ量」


「それは今日聞いてきた」


香織が答える。


「串焼きに良さそうな肉あったよ」


男が四人を見る。


「もうそこまで話が進んでいるのか」


恵が笑う。


「今朝決まったばっかりなんですけどね」


「決まったの?」


真理子が恵を見る。


「やる方向で、でしょ?」


「……まあ、それはそう」


「ほら」


真紀が笑うと男も少しだけ笑った。


「なら、必要な申請だけ忘れるな」


「分かりました」


真理子が頷く。


少し離れた席から、カイルが口を挟んだ。


「なんか本格的になってきましたね」


恵が振り返る。


「ね」


「楽しそうですね」


「楽しいよ」


恵は素直に答えた。


その声には、自然と弾んだ響きが混じっていた。


「大変そうですけど」


「それも込みでね」


カイルが少し笑う。


「じゃあ俺、祭りの日に買いに来ます」


香織が笑った。


「いっぱい買ってね」


「何本買わせる気ですか?」


「食べられるだけ」


「それならまあ」


真理子が口を挟む。


「まだ値段も決まってないけどね」


「まだそこなんですか?」


「今日決まったばっかりだから」


「そっか」


カイルは納得したように頷いた。


祭りの日、店の前で串焼きを売る。


朝にはまだ思いつきだった話が一日で、少しずつ形になっていた。


あとは実際に肉を焼いて値段と量を決める。


四人の祭りの準備は、ここから本格的に始まる。


*


その日の午後。


店は少し落ち着いていた。


昼の賑わいが去った店内には、窓から柔らかな日差しが差し込んでいた。空いたテーブルはきれいに拭かれ、厨房からは洗い終えた食器を重ねる音が聞こえてくる。


真理子が紙に何か書いている。


真紀が横から覗く。


「何?」


「串焼きのざっくり計算」


恵がすぐ反応する。


「もう計算してるの?」


「値段決めないといけないでしょ」


「そういうことか」


香織も横から覗く。


「何書いてるの?」


「肉の値段と、一本にどれくらい使うか」


「分かんない」


「知ってる」


「おいしくて売れればいいんじゃない?」


「そういう考え方が一番怖い」


香織は笑うと真紀が紙を見る。


「今日見てきた肉なら?」


「まだ正確には出せない。実際に買って、一本にどれくらい使うか決めてから」


「じゃあ先に試作だね」


「そう」


「味付けも決めたい」


「それは真紀に任せる」


恵が笑う。


「そこは任せるんだ」


「料理は真紀の方が分かるから」


「じゃあ私は食べる」


香織が得意げに言うと真理子が顔を上げる。


「それは全員できる」


「大事な仕事じゃん」


「仕事ではない」


真紀が笑った。


「でも食べてもらわないと決められないから、仕事でいいんじゃない?」


「ほら」


香織が得意そうな顔をするが真理子は何も言わなかった。


少しして真紀が聞く。


「何本くらい作る?」


「それもまだ」


「カイルは昼過ぎが一番人多いって言ってたよね」


「だから最初から全部焼く必要はないと思う」


「肉だけ切っておく?」


「それなら余った時に店でも使えるようにしたい」


真紀が少し考える。


「同じ肉ならできる」


「じゃあ、その方がいい」


恵が二人を見る。


「余ったら全部無駄になるわけじゃないんだ」


「そうならないようにするの」


真理子が答えると香織が感心したように言う。


「ちゃんと考えてるね」


「商売だからね」


「私は売る方考えようかな」


真理子が顔を上げる。


「何する気?」


「まだ何も」


「その顔は何か考えてる」


「真紀と同じこと言われた」


恵が笑った。


また始まった。


真紀は本当に、思いついたら早い。


そして真理子は、本当にそれを止める。


でも止めるだけではない、現実に落とし込む。


恵はこの二人のやり取りを見ていて、少し不思議に思った。


普通なら、合わなそうなのに。


むしろ一番噛み合っている。


真紀が前へ出る。


真理子が足元を見る。


香織が人を連れてくる。


恵がその間を埋める。


四人は昔からそうだったのかもしれない。


ただ今までそれが、仕事として一つになったことがなかっただけで。


*


翌日、香織が市場から戻ってきた。


また顔が楽しそうだった。


頬を少し上気させ、足取りも軽い。市場でよほど面白い話を聞いてきたのだろうと、恵はその表情だけで察した。


真理子が警戒する。


「何?」


「祭りの話聞いてきた」


「誰に?」


「みんなに」


「みんなって誰」


「市場の人」


「範囲が広すぎる」


香織は気にせず続けた。


「去年も串焼き、すごい売れたって」


真紀がすぐ反応する。


「やっぱり?」


「うん。歩きながら食べられるから、昼過ぎからかなり出るみたい」


真理子が顔を上げる。


「昼過ぎ」


「カイルが言ってたのと同じだね」


「じゃあ、その時間に多めに焼く感じかな」


恵が言うと真紀が少し考える。


「最初から全部焼かない方がいいね」


「それはそう」


「焼きすぎて余るのが一番困る」


真理子が答えると香織が笑う。


「でも売れそうじゃない?」


「売れそうと、いくつ売れるかは別」


「また計算?」


「当たり前でしょ」


真紀はもう何か考えている。


「焼く人は一人必要だよね」


「お金受け取る人も」


真理子が言うと恵も少し考える。


「店の中も普通に営業するんだよね?」


「そのつもり」


「じゃあ結構大変じゃない?」


四人が少し黙った。


店の奥では食器を片づける小さな音が響き、窓の外からは市場へ向かう人々の声が聞こえていた。


香織が店内を見る。


その視線の先でカイルがいつもの席に座っていた。


「祭りの日だけ手伝ってよ」


香織が笑うとカイルが止まる。


手にしていた器をテーブルへ戻し、ゆっくりと香織を見上げた。


「なんでそうなるんですか?」


「人手足りなさそうだから」


「俺、客ですよね?」


「そうだよ」


「ですよね?」


「でも力仕事いるよ」


真紀が笑うと真理子も言う。


「人手は欲しい」


恵まで言う。


「お願いできたら助かるな」


カイルが三人を見る。


最後に恵を見る。


「……その言い方ずるくないですか?」


恵は首を傾げる。


「何が?」


カイルはため息をついた。


「でも祭りの日、仕事入るかもしれないんですよね」


「そっち優先でいいよ」


恵が言うと真理子も頷く。


「もちろん。こっちを手伝ってもらうなら、その分はちゃんと払うから」


「お金出るんですか?」


「働いてもらうんだから当たり前でしょ」


「なんか普通に手伝わされるのかと思ってました」


香織が笑う。


「そんなことしないよ」


「普段ちょいちょい手伝わされてますけどね」


「それは自分からやってるじゃん」


「そうですけど」


カイルは少し考えた。


「……分かりましたよ。空いてたら来ます」


「やった」


「空いてたら、ですからね!」


「はいはい」


「絶対聞いてない!」


カイルが思わず声を上げると、四人の笑い声が店内に広がった。


その様子を見ながら恵は思った。


店を始めてまだほんの少ししか経っていない。


でももうこの店には、役割ができ始めている、人も増えている。


気づけば誰かが誰かを助ける形ができている。


本人たちはたぶん誰一人、それを特別だとは思っていない。


ただできることをやっているだけ。


それだけなのに店は少しずつ確実に動き始めていた。





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