↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おばさん4人が異世界に転移しましたがチートスキル無かったのでとりあえず食堂始めました  作者: れもん。
第一部 転移編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/27

祭りの準備




翌朝、朝食を囲んでいると、話題はまた祭りへ戻った。


「来月なんだよね」


香織がパンをちぎりながら言う。


「そう。町の外からも、たくさん人が来るって」


恵が頷くと、真理子も昨日の話を思い出した。


「商人も旅人も増えるって言ってたね」


「店の前にも人が増えるなら、何かできそうじゃない?」


香織の言葉に、真紀が顔を上げた。


「昨日、いろいろやったって言ってたけど、具体的に何を売ってたの?」


向かいで朝食を食べていた老人が、匙を止めた。


「祭りの話か?」


「うん。この店の」


老人は少し考えてから、入口の方へ目を向けた。


「店の前で、肉を焼いて売っとった」


真紀がすぐに反応した。


「外で焼いてたの?」


「そうじゃ」


「どうやって?」


「串に刺してな」


その瞬間、真紀の目が変わった。


恵はそれを見て、思わず笑った。


「何か考えた?」


「まだ」


「その顔は考えてる顔」


「ちょっと思いついただけ」


香織も楽しそうに真紀を見る。


「串焼き?」


「うん」


真紀は老人へ向き直った。


「どれくらい売ってたの?」


「祭りの日は、よう売れたぞ」


「店の中でも普通に営業してた?」


「しておった」


「外で売りながら、中でも?」


「そうじゃ」


真理子が匙を置いた。


「待って」


「何?」


「やるなら、まず条件を確認しないと」


「分かってる」


「外で焼くなら場所が必要だし、火も使う。材料も増える。店と同時にやるなら、人手も必要」


「うん」


「あと、いくらで売るか。祭りだからって、適当に決めるのはなしね」


「それも考えるって」


香織が笑った。


「真理子、もう始まってるよ」


「何が?」


「計算」


「計算しないと、売れても赤字になるでしょ」


恵は三人のやり取りを聞きながら、老人に尋ねた。


「昔は大変じゃなかったんですか?」


「大変じゃったぞ」


老人はあっさり答えた。


「朝から仕込んで、外で肉を焼いて、中でも料理を出してな」


「それを一人で?」


「昔は、ほかにも働く者がおったからの」


四人は顔を見合わせた。


今も老人が手伝ってくれているとはいえ、普段の営業を覚え始めたばかりだ。外の売り場まで増やして、同じように動けるとは限らない。


真紀が少し考えた。


「じゃあ、昔と同じことをそのままやるのは無理だね」


「そうね」


真理子が頷く。


「でも、串焼きはできるかもしれない」


「できるかどうかを、これから考えるの」


「うん。できそうだから」


恵は思わず笑った。


「出た」


「何が?」


「それ」


香織も笑う。


「真紀の『できそうだから』」


真理子は呆れたように息を吐いた。


「できそうと、できるは違うからね」


「分かってるって」


そう答えながらも、真紀の視線はもう入口へ向いていた。


*


朝食を終えると、四人は店の前へ出た。


朝の通りには、荷物を積んだ荷車がゆっくり行き交っていた。店の壁際にはまだ日陰が残り、戸口から出た恵の腕に、ひんやりした風が触れる。


ここが人で埋まるところを、四人はまだ見たことがない。


恵は通りの端から端まで眺め、祭りの日の様子を想像してみた。


「ここで焼くの?」


香織が店の前を指した。


「やるなら、この辺かな」


真紀は入口との距離を見ながら答えた。


「店から物を出せるし、通る人にも見える」


「煙は?」


真理子が聞くと、真紀も顔を上げた。


「ああ、それもあるね」


「入口に流れたら困るでしょ」


「じゃあ、少し離す?」


「離しすぎると、今度は店と行き来しにくくなる」


香織が二人を見比べた。


「まだ朝だよ?」


「だから、今考えてるの」


真理子が真顔で返し、恵は笑った。


昨日は、どんな祭りなのだろうと話していた。それが今は、この場所でどう肉を焼くかという相談になっている。


「楽しみだね」


恵が言うと、香織が笑顔で頷いた。


「うん、楽しみ」


真紀も通りを見ながら言った。


「ちゃんと考えれば、できそう」


「だから、まず確認と計算ね」


「はいはい」


まだ何一つ決まっていなかったが、真紀はしばらく店の前を離れなかった。


*


その日の午前、市場へ行くのは香織と真理子だった。


前に紹介してもらった肉屋で、仕入れの条件を聞くためだ。串焼きに向きそうな肉についても、ついでに尋ねることになった。


真紀も行きたがったが、開店前の仕込みがある。まずは二人で話を聞き、必要なら試す肉を買うことにした。


「二人で大丈夫?」


恵が尋ねると、真理子は眉一つ動かさずに答えた。


「私がいるから大丈夫」


香織が横を向いた。


「私一人だと駄目みたいに言うじゃん」


「一人だと、何か持って帰ってくるでしょ」


「この前は買ってないよ」


「もらってきた」


「それは買ってないじゃん」


「そういう問題じゃない」


真紀が厨房から手を振った。


「行ってらっしゃい」


「あなたも、ちゃんと仕込みしてね」


「してるしてる」


「まだ包丁持っただけでしょ」


「今からする」


二人が出ていくと、厨房が少し静かになった。


恵は水を張った桶で野菜の土を落としながら笑った。


「ほんとに性格違うよね」


真紀は肉の塊をまな板へ置いた。


「昔からじゃん」


「そうだけど」


学生の頃から、誰かと誰かが特別似ていたわけではない。考え方も、動き出す速さも違った。


だからこそ、長く一緒にいられたのかもしれない。


恵は洗った野菜を籠へ移し、真紀の隣に並べた。


*


市場に着くと、香織は迷わず通りの奥へ向かった。


肉屋の軒先には、部位ごとに分けた肉が並んでいた。店の奥から、骨を断つ低い音が聞こえる。


店主が二人に気づき、手を止めた。


「おう、来たか」


「昨日言ったでしょ。今日は数字が分かる人を連れてくるって」


香織が笑い、真理子は軽く頭を下げた。


「いつも、この人がお世話になってます」


「保護者みたい」


「面倒みてる気分よ」


店主も笑った。


「話は聞いてるよ。四人で食堂を始めたんだって?」


真理子が香織を見る。


「どこまで話したの?」


「普通に」


「その普通が怖いのよ」


店主は作業台から肉をいくつか持ってきた。


恵たちが今使っている肉に似ていたが、脂のつき方や赤身の色が少しずつ違う。


「今使ってるのは、この辺か?」


「昨日見た感じだと、これかな」


香織が一つを指すと、真理子は持ってきた控えを取り出した。


「今の仕入れは、この名前で聞いてます。同じものですか?」


「ああ、それならこっちだな」


店主が別の肉を示し、真理子は頷いた。


「これの値段と、まとめて頼む場合の条件を教えてください」


そこからは、真理子の時間だった。


一度に買う量で値段が変わるのか。何日おきに仕入れられるのか。届けてもらえるのか、それとも取りに来るのか。


季節によって値段や入る量が変わることも、一つずつ聞いていく。


香織は隣で黙って聞いていたが、細かな数字が続き始めると、肉より真理子の手元を見るようになった。


店主が感心したように言う。


「細かいな」


「必要なことを聞いてるだけです」


香織が小さく笑った。


「出た」


「何?」


「全部、必要なこと」


「必要でしょ」


香織は頷くだけにした。


一通り話を聞いたところで、今度は香織が口を開いた。


「そうだ。祭りで串焼きをやろうかって話してるんだけど」


「串焼き?」


「店の前で売れたらいいなと思って」


店主は少し考え、奥から別の肉を出してきた。さっき見たものより、赤身の間に白い脂が多く入っている。


「それなら、こっちもいいぞ。焼くとうまい。さっきのより値段も少し安い」


香織の目が輝いた。


「いいじゃん」


「まず、話を聞いてからね」


真理子が言うと、香織は口を尖らせた。


「まだ何も買うって言ってない」


「顔に出てる」


「真紀と同じこと言われた」


店主が笑う横で、真理子は肉を見た。


「これも、まとまった量を頼めますか?」


「祭りの頃なら入ると思う」


「どれくらい前に頼めば、量を確かめられます?」


「必要な量が分かれば、こっちも話をつけやすいな」


「じゃあ、試してから決めます。今の肉と、串焼き用を少しずつ買うことはできますか?」


「ああ、それなら切り分けるよ」


店主が肉を量りにかける間、真理子は値段を控え、香織は祭りの時期に忙しくなるかを聞いていた。


気づけば話は、店主の妻が腰を痛めているというところへ移っていた。


真理子は書く手を止め、隣を見た。


*


店を出ると、香織が包みを抱え直した。


「良さそうだったでしょ?」


「話を聞けて良かった」


「ほら」


「だからって、仕入れ先を変えるかはまだ決めない」


「私は決めちゃうな」


「知ってる」


「真紀も決めると思う」


「それも知ってる」


二人は笑いながら、店へ戻る道を歩いた。


*


戻ると、真紀は仕込みを終え、厨房の奥を見上げていた。


真理子は入口で足を止めた。


「何してるの?」


「ここ、棚増やせないかなと思って」


「また?」


「だって、使いにくい」


香織が笑う。


「戻って三秒で始まった」


「その話は後」


真理子が包みを作業台へ置くと、真紀はすぐに振り返った。


「何か分かった?」


「普段使う肉は、今より少し安くなるかも。届けてもらう条件も聞いてきた」


「品質は?」


「見たところは悪くなかったけど、そこは試してもらわないと分からない」


真理子が包みを開くと、真紀は手を洗い、肉を覗き込んだ。


「これ?」


「うん。もう一つは串焼き向きだって」


香織が隣の包みを開いた。


「少し脂が多くて、焼くならおいしいって言ってたよ」


「それも試したい」


恵も二つの肉を見比べた。


「じゃあ、今使ってる肉と同じように煮込んで比べてみようか。串焼きの方は、別に焼いてみて」


真理子が頷く。


「かかった量と、何人分になったかも見たい」


「分かってるって」


真紀が肉を分け始めると、香織が恵を見た。


「こういうとき、強いよね」


恵は首を傾げた。


「何が?」


「話、まとめるの」


「今のは普通じゃない?」


今度は三人が恵を見た。


恵はその視線に気づかず、試食用の小皿を棚から出した。


*


その日の昼、カイルは今日も来た。


もはや、誰も驚かなかった。


「いらっしゃい」


「こんにちは」


香織がいつもの席へ向かうカイルに声をかける。


「今日は?」


「煮込み、大盛りで」


真理子が顔を上げた。


「別料金よ」


「分かってます!」


「偉い偉い」


「だから、子ども扱いしないでください」


香織が笑いながら厨房へ戻り、恵はいつもより大きな器を用意した。


料理を運ぶと、カイルは湯気の向こうで嬉しそうに匙を取った。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


恵が厨房へ戻ろうとすると、カイルが思い出したように顔を上げた。


「そういえば、祭りの日はこの店どうするんですか?」


「今、ちょうど考えてるところ」


「何かやるんですか?」


「串焼き」


厨房から真紀が答えた。


「できたらね」


真理子がすぐに付け足す。


カイルは頷いた。


「ああ、それいいですね」


「売れそう?」


真紀が聞くと、カイルは通りの方を見た。


「祭りの日って、歩きながら食べる人が多いんで。串なら買いやすいと思いますよ」


香織も笑った。


「持って歩けるもんね」


真理子は帳面を引き寄せた。


「一番混むのは、いつ頃?」


「昼過ぎくらいからですかね。夕方も、かなり人いますけど」


「朝は?」


「朝から来る人もいますよ。でも、昼の方が多いです」


「時間によって、焼く量を変えた方がよさそうね」


真理子が書き留める横で、真紀も尋ねた。


「何本くらい売れると思う?」


カイルが困った顔になる。


「それは分かんないですよ」


「そっか」


「俺、祭りで店をやったことないですから」


「それもそうだね」


恵が笑うと、香織が続けた。


「冒険者も、いっぱい来るんだよね?」


「来ますよ。人や荷物の出入りが増えるから、護衛なんかの依頼も多くなるんで」


「じゃあ、若い人も多そう」


「多いと思います」


香織が真紀を見た。


「肉、人気ありそうじゃない?」


「うん。食べ応えがあるのはいいと思う」


「だからって、大量に仕入れないでよ」


真理子が言うと、真紀が振り返った。


「まだ何もしてないって」


「先に言ってるの」


カイルが四人を見回した。


「俺、仕事の相談されてません?」


恵は頷いた。


「されてるね」


「俺、客ですよね?」


「そうだよ」


「ですよね?」


香織が笑う。


「でも、詳しいから助かる」


「まあ、毎年行ってますけど」


真紀が厨房の入口へ出てきた。


「じゃあ、ほかに何を売ってるかも知ってる?」


「知ってますよ」


「ちょっと教えて」


「いいですけど」


真理子が真紀を見た。


「聞いた勢いで仕入れに行かないでね」


「行かないって」


カイルが小声で恵に尋ねた。


「毎日、こんな感じなんですか?」


「だいたい」


「大変ですね」


「楽しいよ」


「そうなんですか?」


「うん」


カイルは少し不思議そうな顔をしたあと、また煮込みを食べ始めた。


その合間に、祭りで見かける食べ物や、よく列ができる店の話をしてくれる。


すっかり相談相手になっていることに、本人だけが気づいていないらしかった。


*


午後、一人の男が店に入ってきた。


恵たちには見覚えのない顔だった。襟元の整った服を着ていて、靴にも通りの埃が薄くついているだけだ。冒険者とは、少し雰囲気が違う。


香織がすぐに近づいた。


「いらっしゃいませ」


男は店内を見回した。


「ここが、最近また客が増えている食堂か?」


真紀と真理子が顔を上げた。


香織だけは、そのまま笑っている。


「そうなんですか?」


「知らないのか?」


「最近、始めたばかりなんで」


男が少し驚いた。


「始めた?」


老人が厨房の奥から顔を出した。


「ああ。店は、この四人に譲った」


男は老人を見る。


「本当に引退したのか」


「半分な」


真紀が笑った。


「毎日いるけどね」


「ワシの家でもあるからな」


男も少し笑い、空いている席へ座った。


香織が近づく。


「何にします?」


「おすすめは?」


「煮込みですね」


厨房で聞いていた恵は、少し嬉しくなった。


男が頷いたので、恵は鍋をかき混ぜ、温めておいた深皿によそった。


*


男は静かに料理を食べた。


途中で老人と短く言葉を交わしたほかは、皿へ目を落としている。


食べ終えると匙を置き、厨房の方を見た。


「味は変わっていないな」


「そこは残したから」


真紀が答えると、男は頷いた。


「店は変わったが」


「良くなりました?」


香織が尋ねると、男は少し笑った。


「賑やかにはなった」


「じゃあ、良かった」


「褒めたとは言っていない」


「でも、悪いとも言ってないでしょ?」


男が一瞬、言葉を止めた。


恵は皿を拭きながら、二人を見た。


また始まった。いつもの香織だ。


初めて会った相手でも、話し方が固い人でも、気づくと同じ調子で話している。


男は香織を見上げた。


「お前、面白いな」


「よく言われます」


真理子が恵の横で小さく言った。


「初対面から距離が近いのよ」


香織は聞こえていないふりをした。


男は会計を済ませ、立ち上がった。


「また来る」


「待ってます」


扉が閉まったあと、少し離れた席にいたカイルがぽつりと言った。


「今の人、役所の偉い人ですよ」


四人が止まった。


「そうなの?」


香織が尋ねると、カイルの方が驚いた顔をした。


「知らなかったんですか?」


「知らない」


「よく、あんな普通に話せましたね」


香織は首を傾げた。


「偉い人でも、人でしょ?」


カイルは口を開きかけ、何も言わずに閉じた。


真理子が続ける。


「この人、相手によって話し方を変えるのが苦手なの」


「苦手っていうか、普通に話した方が楽じゃない?」


「怖くないんですか?」


カイルに聞かれ、香織は本気で分からない顔をした。


「何が?」


カイルが頭を抱える。


「やっぱり、この人たち普通じゃない……」


*


そのとき、真理子がふと店の外へ目を向けた。


「そういえば」


「何?」


「祭りの日、店の前で勝手に物を売っていいの?」


真紀の手が止まった。


香織も入口を見る。


恵は、朝に四人で立っていた場所を思い出した。店の前だからと、すっかりそこで売るつもりになっていた。


真紀が老人へ向き直る。


「昔はどうしてたの?」


「祭りの前に、役所へ話を通しておったぞ」


一瞬、誰も何も言わなかった。


香織が、さっき男の出ていった扉を見る。


「……今の人?」


「聞けば、担当は教えてくれると思いますよ」


カイルが答えると、真紀も扉へ目を向けた。


「また来るって言ってたよね」


真理子がすぐに首を振った。


「待たないで、こっちから聞きに行くの」


「明日?」


「早い方が、準備もしやすいでしょ」


香織が笑った。


「じゃあ、明日は役所だね」


恵もつられて笑った。


串焼きをやってみたい。その一言から、考えることが次々に増えていく。


肉を試し、必要な量を考え、値段を決める。売る場所を確かめて、必要な手続きも聞かなければならない。


恵は作業台に置いた、試作用の肉へ目を向けた。


まずは、これを焼いてみよう。


祭りの日のことを考えると、まだ食べてもいない串焼きの匂いまで、浮かんでくるようだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。