仕入れが来ないなら、あるもので回します
朝、恵が一階へ降りると、真紀が店の入口に立っていた。
扉を少し開け、まだ人通りの少ない道を眺めている。
「おはよう」
「おはよ」
「どうしたの?」
真紀は道の向こうを見たまま答えた。
「肉、来ない」
恵も外を見る。
いつもなら、とっくに仕入れの荷車が到着している時間だった。通りには朝の支度を始める商人の姿がちらほら見えるものの、見慣れた荷車はどこにもない。
「遅れてる?」
「たぶん」
そこへ真理子が降りてきた。
「何?」
「仕入れ来てない」
真紀が答えると、真理子の顔が一瞬で仕事の顔になった。
「今日使う分は?」
「昼前半くらいならある」
「後半は?」
「足りないかも」
香織も二階から降りてきた。
「おはよー」
三人の顔を見て、香織が足を止める。
「何その顔」
「肉屋さん、まだ来てないの?」
恵が頷く。
「いつもの時間過ぎてるんだけどね」
「じゃあ私、確認してくる」
香織はそう言うと、朝食もそこそこに外へ出ていった。
*
しばらくして香織が戻ってきた。
一人ではなかった。隣には、いつも肉を納めてくれる肉屋の店主がいる。
「連れてきたの?」
真理子が言うと、香織が答える。
「説明した方が早いと思って」
肉屋の男が申し訳なさそうに頭を下げた。
「悪い。こっちにも知らせに行こうとしてたところだったんだ」
真紀が聞く。
「何かあった?」
「昨日の雨で、街道の一部が崩れた」
恵は少し驚いた。
この町ではそれほど降っていなかったが、仕入れ元の方ではかなり強い雨が降ったらしい。
肉屋は町の中に店を構えているが、扱う肉の多くは町の外から仕入れている。
「向こうから来るはずの荷車が通れなくなってな。今ある分だけじゃ、いつもの量を納められない」
真理子が聞く。
「いつ戻る?」
「分からん。早くて二日。長ければもっと」
香織が恵たちを見る。
二日。
恵は厨房の在庫を思い浮かべた。
今日だけではない。
明日も、その先も考えなければならない。
*
「じゃあ今日からメニュー減らそ」
真紀が言うと、恵が聞く。
「どれ?」
「焼いた肉」
「全部?」
「在庫ある分で終わり」
真理子も頷く。
「煮込みは?」
そう聞かれて、恵は今ある肉、煮込みに使える部位、保存してあるものを思い浮かべた。野菜や乾燥させてある食材も頭の中で組み直していく。
「今日の煮込みは普通に出せる」
「明日は?」
「肉の量を少し減らして、根菜増やせば」
真紀が聞く。
「味変わる?」
「そんなに」
「じゃあそれ」
真理子がすぐ口を挟む。
「量減らして同じ値段はなしね」
「分かってるよ」
肉を減らす分、根菜を増やして一皿の量は保つつもりだったが、いつもの料理と同じものとして出していいかは別の話だ。
香織が笑う。
「そこ即確認するんだ」
「大事だから」
*
肉屋の男が言った。
「別のところから入れることもできる」
真理子が見る。
「値段は?」
男が伝えた金額に、真理子の眉が動いた。
「高い」
「どれくらい?」
香織が聞くと真理子が答える。
「今の値段で出したら、ほとんど残らない」
真紀が少し考える。
「そこまでして通常通りやらなくていい」
肉屋の男が言う。
「でも客が困るだろ」
真紀は首を振った。
「数日メニュー減るくらいなら大丈夫」
恵もそう思った。
いつも通りの料理を出すために、無理な仕入れをする必要はない。
何も、いつも通りにすることだけが正解ではないのだ。
*
香織が腕を組んだ。
「でも他に仕入れられる人、聞くだけ聞いてみる?」
「値段と品質が合えば」
真理子が答えると、香織の目が少し輝く。
「じゃあ昼が終わったら市場行ってくる」
真理子がすぐ付け加える。
「買ってこないで」
香織が止まる。
「聞くだけ」
「分かってる」
「値段聞く」
「分かってる」
「量も」
「分かってるって!」
真紀が笑った。
「完全に学習されてる」
「私がね!」
*
セラとニナが出勤してきた。
事情を説明すると、セラがすぐ掲示板を見た。
「街道のこと、書いた方がよくないですか?」
四人がセラを見る。
「なんで?」
「他のお店も困るかもしれないし」
セラは少し考えながら続ける。
「この道使う商人とか冒険者も、知らないと困りません?」
恵はなるほどと思った。
真紀がすぐ笑った。
「それいい」
真理子が言う。
「肉屋さんから聞いた情報だって分かるように書いてね」
「はい。荷車だけが通れないのかも確認してきます」
セラは自分から肉屋の男のところへ向かった。
恵はその背中を見る。
前なら四人の誰かが言ってから動いていた。
今は自分で考えている。
*
掲示板に新しい紙が貼られた。
街道の一部が崩れ、荷車の通行ができなくなっていること。
徒歩での通行については、まだ詳しい状況が分からないこと。
復旧時期は不明で、情報が入り次第更新すること。
肉屋から確認した内容を、セラが読みやすいようにまとめていた。
少し離れて紙を眺める。
「こんな感じですか?」
真理子が確認する。
「いい」
ニナが言う。
「これ、仕事募集じゃないですね」
真紀が答える。
「別に仕事だけじゃなくていいんじゃない?」
真理子が少し考える。
「情報欄作る?」
真紀が笑った。
「ほら」
「何」
「また増えた」
真理子が掲示板を見る。
「必要なら増やす」
香織が笑う。
「最初、貼るだけでいいって言ってた人と、全部揉めるって言ってた人とは思えない」
二人が同時に香織を見る。
「うるさい」
*
昼になると予想通り、焼いた肉はかなり早く減った。
香織が客に説明する。
「今日はこれ、なくなったら終わりです」
「なんで?」
「道崩れて仕入れ来てないの」
「ああ、あっちか」
別の客が言う。
「昨日かなり降ったらしいな」
また別の客が掲示板を見る。
「これか」
情報はすぐ客同士に広がっていった。
恵は厨房からそのやり取りを聞いていた。
「じゃあ煮込み」
「俺も」
「こっちも」
香織が注文をまとめる。
「煮込み三!」
「はい!」
鍋の中では、柔らかく煮込まれた肉と野菜が湯気を立てている。恵は皿に盛り付けながら、次の注文を確認した。
いつもよりずっとメニューは少ない。
でも店は普通に回っていた。
*
昼営業が落ち着くと、香織は約束通り市場へ向かった。
真理子から渡された紙には、確認してほしい項目が並んでいる。
値段、量、納品できる日、仕入れ元。
香織はそれを見て少し笑った。
「信用ないなあ」
「買ってこなければ信用する」
「はいはい」
真理子に見送られ、香織は店を出た。
*
午後、香織が市場から帰ってきた。
手ぶらだった。
真理子が少し驚く。
「買ってない」
「約束したじゃん」
「偉い」
「子ども扱いしないで」
香織は市場で聞いてきた仕入れ先の候補を、真理子に伝えた。
値段、量、どこから来るか、いつ届けられるか。
それぞれの条件を確認していくと、一つだけ良さそうなところがあった。
真紀が聞く。
「肉見れる?」
「明日持ってきてくれるようにするよ」
「じゃあ試す」
真理子も頷く。
「今後の予備として繋いどくのはあり」
香織が笑う。
「でしょ?」
*
その夜、恵は残っている食材をもう一度確認した。
根菜、葉物、少し固めの野菜、乾燥させたもの、塩漬けにしたもの。
保存してある食材を一つずつ取り出し、使える量を確かめていく。
以前、試しに漬けておいた野菜もあった。
恵が一つ取り出すと香織が聞く。
「それ何?」
「ちょっと前に漬けたやつ」
「食べれる?」
「食べれるよ」
恵は保存状態を確かめてから少し切り、味を見る。
ほどよい酸味と塩気が口に広がった。野菜にはまだ歯ごたえが残っている。
悪くない。
「明日の副菜これにしよっかな」
真紀が一口食べる。
「いいじゃん」
真理子も。
「仕入れ増えない?」
「今ある分だから」
「ならいい」
香織が笑う。
「真理子の判定基準分かりやすい」
*
セラがその様子を見ていた。
「こういうのも作れるんですね」
恵が首を傾げる。
「これくらいなら」
「どうやって?」
「塩の量決めて、温度見て、何日か置くだけ」
セラが真剣に聞いている。
恵は少し困る。
「そんな難しくないよ」
三人が恵を見る。
恵が気づく。
「何」
香織が言う。
「出たね」
「何が?」
真理子が答える。
「普通」
恵は少しだけ嫌な顔をした。
*
翌日、試しの肉が届いた。
真紀、恵、真理子の三人で確認する。
包みを開くと、今まで仕入れていたものとは少し色合いや脂の入り方が違う肉が並んでいた。
香織は相手の商人と、もう普通に話していた。
「奥さん元気?」
真理子が振り返る。
「いつ知り合ったの」
「昨日」
「もう奥さんまで?」
「話したから」
真理子は諦めた。
*
肉は悪くなかった。
ただ、今までのものとは少し違う。
恵が小さく切り分けて焼くと、肉の香ばしい匂いが立ち上った。
真紀が一口食べる。
「焼くとちょっと硬いね」
「だね」
恵も噛みしめながら頷く。
「煮込みに使えるかな」
「少し試してみよっか」
二人は残りの肉を小さく切り、野菜と一緒に鍋へ入れた。
しばらく煮込んでから取り出してみると、焼いたときよりもずいぶん柔らかくなっていた。
真紀がもう一度味を見る。
「これなら使える」
「いつもの肉とは少し違うけどね」
「予備としては十分じゃない?」
真理子が値段を確認する。
「この値段なら悪くない」
真紀が商人に聞く。
「毎週じゃなくても買える?」
「必要な時だけでも構わない」
真理子が少しだけ笑った。
「それならいい」
*
結局、元の仕入れ先が戻ったのは四日後だった。
その間、店は一日も休まなかった。
メニューを減らした。
食材を変えた。
あるものを使った。
新しい仕入れ先も見つけた。
そして掲示板の情報欄には、街道復旧の紙が貼られた。
旅人がそれを見て言う。
「助かった」
セラが少し嬉しそうにする。
「よかったです」
恵はそのやり取りを見ていた。
*
閉店後。
「今後、仕入れ先は一つに寄せすぎない方がいいね」
真理子が言うと真紀が頷く。
「予備持っとこ」
「何人か繋いどく」
香織が続けると真理子がすぐ言う。
「繋ぐだけじゃなくて条件残して」
「分かってる」
「なんか強くなったね、この店」
セラが聞く。
「何がです?」
恵は少し考えた。
「何かなくても、すぐ終わらなくなった」
真紀が少し笑う。
「店ってそういうもんじゃない?」
「最初は一個止まったら全部止まりそうだったけどね」
真理子が言うと香織も頷く。
「人も増えたし」
セラが少しだけ嬉しそうな顔をした。
*
翌日の昼、カイルが後輩二人を連れてきた。
三人並んで入ってきた姿に、恵は少し驚く。
「増えた?」
カイルが嫌そうな顔をする。
「増やされました」
香織が笑う。
「先輩じゃん」
「まだ慣れてないです」
一人の後輩が掲示板を見る。
「先輩、この道もう通れるって」
「本当だ」
セラが少し嬉しそうに言う。
「今朝更新しました」
カイルがセラを見る。
「これ、あなたが?」
「はい」
「便利ですね」
セラが少し照れた。
「店で聞いた情報を貼ってるだけです」
「それが助かるんですよ。ギルドまで行かなくても、ここで道の様子が分かるんですから」
カイルはそう言うと、後輩たちと掲示板の前で次の依頼について話し始めた。
恵はその様子を見ながら、少し前のセラを思い出した。
最初の頃は、注文を取るのも料理を運ぶのも、四人に確認しながらだった。
それが今ではニナに仕事を教え、必要だと思ったことを自分から提案するようになっている。
「セラ、ありがとうね」
恵が声をかけると、セラが振り返った。
「何がですか?」
「掲示板のこと。助かったよ」
「いえ、私もあった方が便利だと思っただけなので」
セラは少し照れたように笑い、客席へ戻っていった。
恵はその背中を見送った。
仕入れが止まったときは、どうなることかと思った。
それでも四人で考え、セラやニナにも助けられながら、店を開け続けることができた。
今では、四人だけでは思いつかなかったことも、店の中から生まれるようになっている。
厨房から真紀の声がした。
「恵、次の煮込みお願い!」
「はーい!」
恵は返事をして厨房へ戻った。
今回の仕入れトラブルも、最初はただ困った出来事だった。
けれど、終わってみれば新しい仕入れ先が増え、掲示板には新しい役割が生まれた。セラもまた、自分で考えて動けるようになっている。
問題が起きるたびに、できることが一つずつ増えていく。
きっとこれからも、思い通りにいかないことはあるだろう。
それでも、そのたびに誰かが考え、誰かが動き、みんなで乗り越えていく。
この店は、そうやって少しずつ強くなっていくのだと思った。




