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おばさん4人が異世界に転移しましたがチートスキル無かったのでとりあえず食堂始めました  作者: れもん。
第二部 変革編

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教える側になると、自分の癖がよく分かる





掲示板が少しずつ町に馴染み始めた頃、店でも新しい変化が起きていた。


「人、増やさない?」


朝の仕込み中、香織が何気なく言った。


恵は厨房で野菜を切っていた。包丁がまな板を叩く規則正しい音が響き、隣では真紀が仕入れた食材を確認している。


「私も思ってた」


真紀がすぐに反応すると、真理子も帳面から顔を上げた。


「何人?」


「一人。昼だけ」


香織の答えに、真理子は少し考えた。


「今ならありかな」


恵が手を止める。


「本当に?」


「客数も増えてるし、昼の忙しい時間だけなら人件費もそこまで増えないと思う」


真紀も頷いた。


「セラもだいぶ仕事に慣れてきたからね」


少し離れたところで皿を並べていたセラが顔を上げた。


「え?」


四人が振り返ると、セラは自分を指さした。


「私ですか?」


「そう」


香織が笑うと、セラは困ったように眉を下げた。


「まだ全然ですよ」


「最初の頃とは全然違うよ」


真理子が言うと、真紀も頷く。


「じゃあ、次の子に教えてみる?」


セラの手が止まった。


持っていた皿をそっと作業台に置き、真紀の顔を見つめる。


「私が?」


「うん」


「教えるんですか?」


「そうだよ」


セラは四人を順番に見た。


誰も冗談を言っている様子はない。


「無理です」


恵が笑った。


「早いね」


「だって、私まだ教わってる側ですよ」


真理子が答える。


「それはずっとそうじゃない?」


「え?」


「私たちだって、今でも誰かに聞くことあるでしょ」


香織も頷いた。


「分かんないことなんて普通にあるよ」


「全部分かってから教えるなんて無理だよ」


真紀がさらりと言うと、セラは少し考え込んだ。


それでも、まだ不安そうだった。


恵はそんなセラを見ながら、自分たちが店を始めた頃のことを思い出した。


最初から何でもできたわけではない。


分からないことがあれば誰かに聞き、失敗すればやり方を変えた。


今でも、それは変わらない。


「全部教えなくていいんじゃない?」


恵が言うと、セラが顔を上げた。


「最初にやってもらう仕事だけでいいと思うよ」


「それなら……」


「分からなかったら私たちに聞けばいいし、困ったら代わるから」


セラは少し黙ってから、小さく頷いた。


「……やってみます」


「決まり!」


香織が嬉しそうに手を叩く。


すると真理子がすぐに言った。


「まだ採用してないけどね」


「そうだった!」


*


求人は店の掲示板に貼ることにした。


今度は、自分たちの店の募集だった。


真紀が用意した紙には、勤務する時間や仕事内容、賃金などが書かれている。


セラがそれを眺めながら言った。


「こういうのも、ここに貼るんですね」


「せっかくあるしね」


真紀が答える横で、真理子が内容を確認し始めた。


「時間」


「書いてある」


「賃金」


「書いてある」


「仕事内容」


「書いてある」


「休み」


「書いてある」


真紀が得意そうに笑う。


「完璧じゃん」


「自分たちで決めたルールだからね」


香織が笑った。


「こうして見ると便利だね」


「今のところはね」


真理子の返事に、真紀が振り返る。


「またそういうこと言う」


恵は笑いながら掲示板を見た。


作ったときには、まさか自分たちが求人を出すことになるとは思っていなかった。


*


募集を貼って三日後、二人の応募があった。


一人目は十代後半くらいの男の子だった。


元気で声も大きく、よくしゃべる。緊張した様子もほとんどなく、香織が話しかけると楽しそうに答えた。


「接客は好き?」


「好きです! 人と話すの得意なんで!」


「それはいいね。忙しい時間でも大丈夫そう?」


「はい! 動くのも得意です!」


受け答えは明るく、香織とはすぐに打ち解けていた。


二人目も同じくらいの年頃の女の子だった。


こちらは静かで、少し緊張しているようだった。


背筋を伸ばして座り、質問されるたびに一度考えてから答える。


恵が仕事内容を説明すると、女の子は真剣な表情で聞いていた。


「お昼の忙しい時間に、接客や片付けを手伝ってもらいたいと思ってるの」


「はい」


「最初はセラが教えるから、分からないことがあったら聞いてね」


女の子は頷き、少し考えてから質問した。


「お皿を片付けるときは、一度に何枚まで持ってもいいですか?」


「最初は無理せず、持てる分だけでいいよ」


「分かりました。置く場所も決まっていますか?」


「決まってるよ。そこも教えるね」


その後も、女の子はいくつか質問をした。


どこに何を置くのか。


注文を受けたときは誰に伝えるのか。


自分で判断できないことがあったら、誰に聞けばいいのか。


一つ質問しては答えを聞き、納得すると次の質問をする。


面接を終え、二人が帰ったあと、五人は客席のテーブルを囲んだ。


「どうだった?」


香織が尋ねると、真理子が答えた。


「私は二人目かな」


「一人目の子もよかったよね。明るいし、接客向いてそう」


香織が言うと、真紀も頷いた。


「そうだね。でも今回は二人目かな」


「なんで?」


「昼の忙しい時間に入ってもらうからね。分からないことをそのままにしない子の方が、最初は教えやすいと思う」


真理子も頷く。


「勝手に判断されると、かえって仕事が増えることもあるし」


「なるほどね」


香織は納得したようだった。


そのとき、セラが小さく手を挙げた。


「あの、私も二人目の人がいいです」


四人がセラを見る。


「なんで?」


香織が尋ねると、セラは少し考えてから答えた。


「分からないことを聞いてくれるからです」


恵は少し嬉しくなった。


セラ自身も、仕事を覚え始めた頃は何度も質問していた。


分からないまま進めるより、確認してから動くことを大切にしてきた。


「それに、私もまだ教えるのが初めてなので……質問してもらえる方が、何を説明したらいいか分かりそうです」


真理子が笑った。


「ちゃんと理由あるじゃん」


セラは少し照れた。


「たまたまです」


「そういうのが大事なんだよ」


真紀が言うと、セラは嬉しそうに笑った。


その後も勤務時間や仕事内容を確認し、五人は二人目の女の子を採用することで意見が一致した。


*


翌日、採用を伝えるために女の子に店へ来てもらった。


「ぜひ、うちで働いてほしいんだけど」


恵がそう伝えると、女の子は一瞬驚いた顔をしたあと、嬉しそうに頭を下げた。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


隣にいたセラも、慌てて姿勢を正した。


「私、セラです。よろしくお願いします」


「ニナです。よろしくお願いします」


二人は少しぎこちなく笑い合った。


「仕事は私が教えることになってるんだけど……」


セラはそこで少し言葉に詰まった。


「私もまだ覚えてる途中なので、分からないことがあったら一緒に聞きましょう」


ニナは頷いた。


「はい。よろしくお願いします」


その様子を見て、恵はこれからの店が少し楽しみになった。


*


ニナが働き始めた。


初日の朝、セラはその横について店の中を案内していた。


開店前の食堂にはまだ客の姿はなく、整えられたテーブルの間を二人で歩いていく。


セラは教える順番を頭の中で確認しているようだった。


「まず、テーブルの水差しなんだけど」


「はい」


「減ってたら補充してね」


ニナが尋ねる。


「どのくらい減ったらですか?」


セラが止まった。


「……半分くらい?」


ニナは真剣に頷いた。


「分かりました」


セラは水差しを見つめた。


恵が厨房から少し笑うとセラが振り返る。


「何ですか」


「いや、私たちも最初はそうだったなと思って」


「私、ずっと感覚でやってました」


真理子が帳面から顔を上げる。


「教えると気づくでしょ」


セラは困ったように笑った。


「難しいです」


「自分でやる方が簡単だからね」


真紀の言葉に、セラは頷いた。


*


次は皿の片付けだった。


セラはテーブルに置かれた食器を示しながら説明を始めた。


「食べ終わったら下げるんだけど、お客さんが話してる途中なら、急いで下げなくてもいいからね」


「はい」


「でも混んでたら、早めに下げたいときもあるし……」


ニナが少し困った顔をする。


「どっちですか?」


セラが止まった。


香織が横で笑いをこらえている。


「笑わないでください」


「ごめんごめん」


セラは少し考えた。


「じゃあ、最初は空いたお皿があったら、お客さんに下げてもいいか聞いてみて。迷ったら私に聞いて」


「分かりました」


ニナが頷くと、セラはほっとしたように息を吐いた。


恵にも、その難しさが少し分かった。


自分では当たり前にやっていることでも、誰かに説明しようとすると急に言葉が足りなくなる。


慣れている人にとっての「そのときによる」は、初めて仕事をする人には一番困る答えなのかもしれない。


*


昼になると、店内は少しずつ混み始めた。


客が増えるにつれて厨房から料理を仕上げる音が響き、焼いた肉の香ばしい匂いが広がっていく。


ニナは一生懸命だった。


けれど、やはり動きはまだ遅い。


水を運ぶ。


皿を下げる。


注文を伝える。


一つ終わるたびに、次に何をするのか確認していた。


セラはその横で何度も声をかけた。


「そこに置いてね」


「次はこっち」


「大丈夫。分からなかったら聞いて」


香織が少し離れたところから二人を見る。


「いいじゃん」


真理子も頷いた。


恵は料理を作りながら、少し嬉しくなった。


少し前まで、仕事の順番を確認しながら動いていたのはセラ自身だった。


今はそのセラが、ニナの様子を見ながら声をかけている。


*


けれど、昼のピークに入ると少しずつ余裕がなくなった。


客席からの声が重なり、下げる食器も増えていく。


水の補充を頼まれたニナが水差しを手に取ったところへ、別の席から食器を下げてほしいと声がかかった。


「あ、そっち先に……いや、待って」


セラも判断に迷った。


ニナは水差しを持ったまま立ち止まり、セラも次に何を頼むべきか分からなくなる。


その様子に気づいた真紀が声をかけた。


「セラ、一個ずつ!」


セラははっとして、ニナに向き直った。


「まず四番の水をお願い。戻ってきたら次を伝えるね」


「はい!」


ニナが動き出すと、セラも残った仕事に取りかかった。


止まっていた二人の動きが、再び流れ始めた。


恵はその様子を見ながら、少し前の自分たちを思い出していた。


仕事が一気に重なると、全部を同時に片付けたくなる。


けれど、慌てたところで手は二本しかない。


一つずつ終わらせた方が、結局は早いこともある。


セラもそれに気づいたらしく、今度はニナが戻ってくるのを待ってから次の仕事を伝えていた。


*


昼のピークが終わると、店内はようやく落ち着きを取り戻した。


ニナは椅子に座り、申し訳なさそうにセラを見上げた。


「すみません」


「何が?」


「遅くて」


セラはすぐに答えた。


「最初はそんなもんだよ」


恵が思わずセラを見る。


少し前、同じ言葉をセラ自身が言われていた。


香織も気づいたらしく、少し笑っている。


セラはニナに水を渡した。


「私も最初、何していいか分かんなかったから」


ニナが少し安心した顔をする。


「本当ですか?」


「うん」


真紀が遠くから口を挟んだ。


「恵のこと怖いと思ってたしね」


セラが慌てる。


「それは言わなくていいです!」


恵が笑った。


「怖かったの?」


「忙しいときだけです!」


「そうなんだ」


「恵さん、たまに急に仕切るから……」


香織が吹き出した。


「分かる!」


「ちょっと、二人とも!」


恵が抗議すると、店内に笑い声が広がった。


ニナもようやく肩の力が抜けたようで、小さく笑っていた。


*


閉店後、ニナが帰ると、セラは椅子に座って背もたれに体を預けた。


「疲れた……」


「仕事量、そんな変わってないよ」


香織が笑いながら言うとセラが顔を上げる。


「違いますよ」


「何が?」


「自分の仕事だけやる方が楽です」


真理子が少し笑った。


「それはそう」


セラは机に突っ伏した。


「ちゃんと教えられてるか、ずっと気になるんです」


「どうだった?」


恵が尋ねると、セラは少し考えた。


「分かんないです」


「楽しかった?」


「……ちょっと」


「じゃあ、よかったじゃん」


セラが顔を上げる。


「そんな簡単でいいんですか?」


「最初から完璧に教えられる人なんて、なかなかいないと思うよ」


セラは今日の仕事を思い返しているようだった。


*


真理子が紙を持ってきた。


「せっかくだから」


セラが嫌な顔をする。


「何ですか」


「教えること、書いておこう」


「今から?」


「忘れないうちに」


「また始まった」


香織が笑う横で、真理子は気にせず書き始めた。


水の補充。


皿の片付け。


注文の伝え方。


会計はまだ担当しないこと。


困ったときに誰に聞くか。


混雑時に優先する仕事。


「こういうのあると楽だね」


恵が言うと、セラも紙を覗き込んだ。


「確かに」


真紀が横から言う。


「でも全部書くと読まなくなるよ」


真理子が顔を上げる。


「じゃあ、最初に必要な分だけ」


「それでいいと思う」


セラは少し驚いたようだった。


「皆さんも、こうやって決めてたんですか?」


四人が一瞬黙った。


恵が少し笑う。


「いや、最初はかなり適当だったよね」


香織も頷いた。


「やりながら決めてた」


「必要になったら変えてたしね」


真紀が言うと、真理子がため息をついた。


「だから今、書いてるの」


セラが少し笑った。


*


帰る前、セラは新しく作った紙を何度も見ていた。


仕事の手順が短い言葉でまとめられた紙には、今日気づいたことも少しだけ書き足されている。


「どうしたの?」


恵が尋ねると、セラは顔を上げた。


「自分が誰かに教えるのって、もっと仕事ができるようになってからだと思ってました」


恵は片付けの手を止めた。


「でも今日、ちゃんと教えてたよ」


「途中でぐちゃぐちゃになりました」


「なったね」


「否定しないんですね」


「でも途中で気づいて、ちゃんと立て直せたじゃん。それで十分じゃない?」


恵が言うとセラは少し黙った。


「……そうですかね」


「そうだよ。私たちだって、今でも失敗するし」


セラが少し笑う。


「恵さんが言うと説得力ありますね」


恵はその表情を見て、すぐに意味が分かった。


「私の『一回全員黙って』のこと?」


「はい」


「忘れてよ」


「無理です」


二人は顔を見合わせて笑った。


*


翌日、ニナがやってきた。


開店前の食堂には朝の光が差し込み、整えられたテーブルの上で水差しがきらりと光っている。


セラは昨日作った紙を手に、ニナを迎えた。


「おはよう」


「おはようございます」


「今日は、まず水の補充からお願いね。分からなかったら聞いて」


「はい」


セラは少し考えてから付け加えた。


「私も分からなかったら、みんなに聞くから」


ニナが小さく笑う。


「はい」


二人は並んで客席へ向かった。


恵は厨房からその姿を眺めていた。


店は少しずつ変わっている。


最初は四人しかいなかった。


そこにセラが加わり、今はそのセラがニナに仕事を教えている。


自分たちがすべての仕事を直接教えなくても、店のやり方が少しずつ人から人へ渡り始めていた。


恵はその様子を見ながら、なんだか嬉しくなった。


四人で始めた小さな食堂に、また一人、新しい仲間が増えた。









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