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おばさん4人が異世界に転移しましたがチートスキル無かったのでとりあえず食堂始めました  作者: れもん。
第二部 変革編

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20/24

便利なものは、だいたい面倒も連れてくる





掲示板は、思っていたより早く店に馴染んだ。


朝、開店前。


まだ客のいない食堂には、厨房から食器を重ねる音が聞こえていた。窓から差し込む朝の光が、壁に取り付けられた掲示板を照らしている。


真理子はその前に立ち、昨日までに貼られた紙を一枚ずつ確認していた。


「これ期限切れてる」


隣にいたセラが覗き込む。


「外します?」


「うん」


「こっちは?」


「成立済みって聞いたから外していい」


セラが紙を剥がして重ねていく。その横で真理子は、残った掲示の期限と内容を確かめていた。



「管理人みたい」


香織が横から言うと真理子が答える。


「誰かやらないとぐちゃぐちゃになるから」


そこへ真紀が新しい紙を持ってきた。


「これ貼っていい?」


真理子が見る。


「何?」


「薪をまとめて売りたい人募集」


「誰が?」


「うち」


真理子が顔を上げる。


「なんで?」


「まとめて買ったら少し安くなるって」


香織が笑う。


「店まで掲示板使うんだ」


「便利じゃん」


真理子は紙に目を落とし、内容を一通り確認した。しばらく考えてから、小さく頷く。


「まあ、これはいい」


「もう普通に使いこなしてるね」


恵が笑いながら言うと真紀が続ける。


「作ったんだから使うでしょ」


*


掲示板のおかげで、店に来る人も少し変わった。


食事をしに来る人。


仕事を探しに来る人。


誰かを探しに来る人。


開店して間もない時間でも、掲示板の前には時折人が立っていた。紙を一枚ずつ読んでいる者もいれば、目当ての情報が見つからず、すぐに帰っていく者もいる。


「掲示板だけ見て帰る人もいるね」


恵が言うと香織が答える。


「でもそのうち食べてくよ」


真理子が見る。


「なんで?」


「匂いするから」


恵が笑う。


「それはあるかも」


実際、掲示板だけ見に来た人が、そのまま席について、


「せっかくだから食べてくか」


となることも増えた。


厨房からは煮込みの香りが漂い、焼いた肉の匂いが入口近くまで届いている。掲示板を眺めていた客がふと厨房の方を見て、空いている席へ向かうこともあった。


真紀はそれを見て少し楽しそうだった。


「これ、入口側もっと見やすくしたいな」


真理子がすぐ言う。


「勝手に動かさないで」


「まだ何もしてない」


「昨日椅子動かした」


「あれは別」


「別じゃない」


恵はいつものやり取りを聞きながら、煮込みを混ぜた。


木べらで鍋の底をゆっくりとかき混ぜると、温かな湯気が顔にかかる。


掲示板ができても、厨房の仕事は変わらない。けれど、客席の様子は少しずつ変わってきていた。


*


数日後、最初の小さな問題が起きた。


昼過ぎ。


食事を終えた客がぽつぽつと帰り始め、店内が少し落ち着いてきた頃だった。


扉が勢いよく開き、一人の男がかなり怒った顔で店に入ってきた。


「この店の掲示板見て仕事受けたんだけど!」


大きな声が店内に響き、近くの客たちが一斉に顔を上げた。


香織がすぐに近づく。


「どうしました?」


男は掲示板を指さした。


「報酬が違う!」


店内が少し静かになった。


真理子がすぐ反応する。


「どの掲示です?」


男が紙を指す。


短期の荷運び。


報酬、期間、条件。


全部書いてある。


真理子は掲示板に近づき、紙に書かれた文字を上から順番に確認した。


「ここには、この金額って書いてありますね」


男が言う。


「そうだよ!」


「実際はいくらだったんです?」


「半分!」


香織が眉を寄せる。


恵も少しだけ不安になる。


「相手の人は?」


「もう帰った!」


真紀がゆっくり近づく。


「話は聞いた?」


「聞いたよ! でも向こうは、全部終わってないから半分だって!」


「終わってない?」


真理子が聞くと男が答える。


「途中で追加の荷物出してきたんだよ!」


男は身振りを交えながら、仕事の内容を説明し始めた。怒りで声が大きくなっているものの、話を聞いていくうちに状況が少しずつ見えてくる。


掲示には、最初から決められた量の荷物が書かれていた。


でも、現場で荷物が増えた。


男は「それは条件が違う」と断った。


依頼側は「全部やってない」として、報酬を減らした。


「それは揉めるね」


香織が言うと真理子も静かに頷く。


*


問題はそこからだった。


男が言った。


「この店に貼ってあったから信用したんだ!」


真理子の顔が少しだけ変わった。


恵は気づいた。


あ、これ真理子が最初に言ってたやつだ。


「店は取引の責任を負わない」


それを先に決めていた。


真理子は姿勢を崩さず、落ち着いた声で言った。


「掲示する時に、店は仲介しないって説明してます」


「でもここに貼ってあったんだぞ!」


男が言うと香織が少し口を開きかける。


真理子が先に言った。


「貼る前に内容は確認します。でも相手が約束を守るかまでは、私たちには分かりません」


男はまだ納得していない。


眉間に深い皺を寄せ、掲示板と真理子を交互に見ている。


恵は少し胸がざわついた。


言っていることは正しい。


でも、それだけで終わらせていいのか。


真紀も少し黙っている。


店内には気まずい空気が流れ、近くの客たちも会話を控えていた。


*


香織が男に聞いた。


「その人、またこの町来ます?」


「来ると思う」


「いつ?」


「数日後」


「じゃあ」


香織は少しだけ声を柔らかくした。


「もし良かったら、うちに来てもらう?話す場所くらいにはできるよ」


真理子が香織を見る。


香織が続ける。


「店が判断するんじゃなくて、二人で条件を確認する場所として」


真理子は少し考えた。


真紀も何も言わない。


男はしばらく黙っていた。


先ほどまでの勢いは少し収まり、香織の顔を見ながら考えている。


「……それなら」


と答えた。


*


男が帰ったあと、真理子が小さく息を吐いた。


扉が閉まると、店内にいつもの話し声が少しずつ戻ってきた。


香織が聞く。


「怒ってる?」


「何に?」


「勝手に話す場所にしたこと」


真理子は少し考える。


「別に」


「ほんと?」


「店が責任持つとは言ってないから」


香織が笑う。


「そこ大事なんだ」


「大事」


「でも、このままは良くないね」


真紀が言うと恵が聞く。


「掲示板?」


「うん」


「やめる?」


「いや」


真紀は首を振った。


「便利なのは間違いない」


真理子も頷いた。


「やめなくていい」


香織が驚く。


「真理子も?」


「問題が出たら、ルール直せばいいだけ」


恵は少し笑った。


なんだ結局、この二人は似ている。


片方はまずやる。


片方はまず決める。


違うようで、問題が出たらちゃんと直すところは同じだった。


*


その日の夜、四人とセラで掲示板のルールを見直した。


閉店後の食堂には、片付けを終えた食器が棚に収まり、厨房からはまだ少しだけ料理の香りが残っていた。


テーブルには紙と書くものが並べられ、セラも四人と一緒に座っている。


真理子が言う。


「追加条件が出た場合」


セラが紙に書く。


「報酬変更は、その場で双方確認。依頼内容が変わった時は、元の掲示条件とは別に考える」


「はい」


「難しくない?」


香織が言うと真理子が答える。


「必要」


「あと、揉めた人の掲示は一回止める?」


真紀が言うと真理子が見る。


「事実確認してから」


「それで」


「同じ人が何回も揉めたら?」


恵が聞くと真理子が答える。


「貼らない」


香織が少し笑った。


「意外と厳しい」


「普通」


恵と真紀が同時に、


「出た」


と言った。


セラが笑った。


*


セラは紙を書きながら、少し考えていた。


先ほどまで滑らかに動いていた手が止まり、書きかけの文字に視線を落としている。


恵が聞く。


「どうしたの?」


「いや」


セラは少し迷ってから言う。


「掲示板って、貼るだけだと思ってました」


「私も」


真紀が笑うと真理子が見る。


「あなたが言う?」


「だって最初はそうだったし」


セラは続ける。


「でも、置いたら置いたで、見る人も使う人もいて」


「うん」


「その人たちが困ったら、店にも来るんですね」


真理子が頷く。


「そういうこと」


セラは少しだけ真剣な顔になった。


「なんか」


「何?」


「仕事増えましたね」


香織が吹き出す。


「それね!」


*


数日後、問題になった二人は店で話をした。


昼の混雑を避けた時間だったため、客席には空いているテーブルがいくつもあった。


香織は間に入りすぎないように少し離れたところにいた。


真理子は最初の掲示内容だけ確認。


真紀は離れたところから様子を見る。


恵は料理を作る。


セラは水を運びながら、ちらちら見ていた。


二人はテーブルを挟んで向かい合い、最初こそ硬い表情をしていたが、掲示に書かれた条件を確認するうちに、少しずつ声が落ち着いていった。


話は思っていたよりあっさり終わった。


依頼側は、追加の荷物を最初の条件に含めて考えていた。


受けた側は、別の仕事だと思っていた。


結局、不足分の報酬を少し調整して払うことになった。


完全にどちらか一方が悪いという話でもなかった。


恵はそれを見て少し安心した。


二人が店を出る頃には、入ってきた時ほど険しい顔をしていなかった。


*


その日の夜、香織が言う。


「ちゃんと話せば何とかなるもんだね」


「話せばね」


真理子が言うと真紀が掲示板を見る。


「もう少し分かりやすくしよっか」


真理子も頷く。


「分類した方がいい」


「仕事」


「売買」


「探し物」


「その他」


「恋人募集は?」


香織が言うと全員が見る。


「何?」


「そのうち出るかなって」


真理子が即答した。


「貼らない」


「なんで!」


「面倒」


「即答!」


恵が笑う横でセラも笑っていた。


*


翌朝、掲示板は少し変わった。


種類ごとに貼る場所が分かれ、依頼条件も前より見やすくなった。


板には区切りが設けられ、仕事の募集や売買の紙がそれぞれまとまって並んでいる。


セラがそれを見て言う。


「前より分かりやすい」


「でしょ」


真紀が笑うと真理子が言う。


「最初からこうすればよかった」


「やってみないと分かんないじゃん」


「想像できた」


「全部は無理でしょ」


真理子が少しだけ笑った。


「まあね」


恵はその会話を聞きながら、店の扉を開けた。


朝の涼しい風が入り込み、外を歩く人々の声が聞こえてくる。


便利なものは便利なだけではない。


人が集まれば、話も増える。


仕事も増える。


問題も増える。


でも、問題が出るたびにやめるのではなく、少しずつ直していく。


それも店を続けるということなのかもしれない。


*


昼過ぎ、カイルが来た。


いつもの席。


でも今日は座る前に、また掲示板を見た。


恵は前にも同じ姿を見ていた。


カイルは掲示板の前に立ち、何枚かの紙に目を通している。食事に来た時とは違い、その表情は少し真剣だった。


「やっぱり何か探してる?」


カイルは少し黙った。


今日は前みたいに、すぐ否定しなかった。


「……ちょっと」


「仕事?」


「仕事っていうか」


恵が聞くとカイルは少し困った顔をした。


「ギルドのことです」


香織が遠くから反応した。


「なに?」


真理子が言う。


「まだ呼んでない」


「でも聞こえた」


カイルが少し笑った。


「今度、ちゃんと相談していいですか」


恵はすぐ頷いた。


「いいよ」


「今日でもいいよ!」


香織が言うとカイルが笑う。


「今日は飯食わせてください」


恵も笑った。


「じゃあ今日はご飯」


カイルはいつもの席に座った。


でも、恵はなんとなく分かった。


次に来る時、この子はいつものどうでもいい話ではなく、ちゃんと悩みを持って来るのだろう。






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