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おばさん4人が異世界に転移しましたがチートスキル無かったのでとりあえず食堂始めました  作者: れもん。
第二部 変革編

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19/24

帰れないと分かっても、店は普通に開けます




帰る方法は、まだ見つからない。


そのことを改めて確認した翌朝も、恵はいつもの時間に目を覚ました。


薄いカーテンの向こうから朝の光が差し込み、部屋の中を淡く照らしている。窓の外では鳥が鳴き、遠くから荷車の車輪が石畳を転がる音が聞こえてきた。


恵はしばらく天井を見つめていた。


昨日、四人で話したことを思い出す。


元の世界に残してきた家族のこと。まだ調べられていない王都の書庫のこと。そして、これからの生活のこと。


帰れるかどうかは分からない。


それでも、昨日までと同じように朝は来る。


「……よし」


恵は小さく声を出して起き上がった。


顔を洗い、着替えを済ませて一階へ降りると、厨房から包丁の音が聞こえてきた。


真紀が作業台に野菜を並べ、朝の準備を進めていた。大きな鍋には水が張られ、仕入れた食材を置く場所も空けてある。


「おはよう」


「おはよ」


「早いね」


「仕入れ来るから」


昨日、あんな話をしたばかりなのに、会話はいつもどおりだった。


真紀は何事もなかったように作業を続けている。


その姿を見ていると、恵はなんだかおかしくなって、少し笑った。


「何?」


真紀が顔を上げる。


「いや」


「なに?」


「普通だなと思って」


「何が?」


「私たち」


真紀は少し考えてから、当然のように答えた。


「今日も店開けるんだから、普通でしょ」


「そうだよね」


恵は笑いながら、隣の作業台に立った。


*


少しして、真理子が降りてきた。


手にはいつもの帳面を持ち、何かを確認しながら厨房へ入ってくる。


その後ろから香織も姿を見せた。髪はまだ少し乱れていて、片手で寝癖を押さえている。


「おはよー」


真理子は帳面を開いた。


「昨日の仕入れ、確認するよ」


香織が椅子に座る。


「朝ご飯先にしない?」


「食べながらでいい」


「また?」


恵が笑った。


真理子は数字を確認し、香織は眠そうに目をこすっている。真紀はその横で朝食の準備を進めていた。


昨日と何も変わらない光景だった。


「何笑ってんの?」


香織が尋ねる。


「なんでもない」


「変なの」


真理子が帳面に目を落とした。


「今日、パン少し多めに来るから」


真紀が尋ねる。


「なんで?」


「昨日の客数見て増やした」


「さすが」


香織が顔を上げた。


「じゃあ私、市場行ったときに追加しなくていい?」


三人が香織を見ると香織は一瞬止まった。


「……しないよ?」


真理子が頷く。


「成長した」


「だから私だって学習するって!」


こうして言い合いながら始まる朝が、今日は少しだけありがたく感じられた。


*


開店前、セラがやってきた。


「おはようございます!」


「おはよう」


恵が答えると、セラはいつものように荷物を置き、仕事の準備を始めた。


「今日は予約が入ってますよね?」


「うん。お昼に四人」


「分かりました。先に席を整えておきます」


セラは客席へ向かい、テーブルの位置や食器を確認し始めた。


最初の頃は、何をするにも四人の誰かに尋ねていた。


それが今では、必要な仕事を自分で見つけて動いている。


真紀がその様子を見ながら言った。


「もう安心して任せられるね」


真理子も頷く。


「確認もちゃんとするし」


香織が笑った。


「うちの優秀な新人だからね」


セラが振り返る。


「聞こえてますよ!」


「褒めてるんだよ!」


恵は笑いながら、開店の準備を続けた。


*


店を開けると、常連や旅人、商人、冒険者たちが次々にやってきた。


厨房から煮込みの香りが漂い始める頃には、客席にもいつもの賑わいが戻っていた。木の椅子を引く音や食器の触れ合う音に、人々の話し声が重なっている。


カイルも少し遅れて姿を見せた。


「おはようございます」


香織が顔を上げる。


「今日遅いじゃん」


「依頼帰りです」


「ちゃんと寝た?」


「寝ました」


恵が厨房から尋ねる。


「ご飯食べた?」


カイルが笑った。


「今食べに来たんですよ」


「そっか」


セラが小声で言う。


「本当に息子みたいですね」


「聞こえてますよ」


カイルが振り返ると、香織が楽しそうに笑った。


「もう諦めなよ」


「何をですか」


カイルは呆れたように肩を落とし、いつもの席に座った。


*


昼前になると、店内はさらに賑やかになった。


恵は料理を運びながら、以前より客同士の会話が増えたことに気づいた。


「北の道、まだ使える?」


「ああ。でも雨が降ったから荷車はきついぞ」


「じゃあ東回った方がいいか」


少し離れた席では、別の話が始まっている。


「護衛探してるって?」


「三日後に出たいんだけどな」


「なら向こうの席の連中、昨日依頼終わったって言ってたぞ」


さらに奥のテーブルからも声が聞こえた。


「この前言ってた職人、見つかった?」


「見つかった。ここの客に教えてもらった」


恵は空になった皿を下げながら、客席を見渡した。


店なのに、店じゃないみたいだ。


食事をして、人と会って、仕事が決まって、情報が行き交っている。


最初はそれぞれ別のテーブルで食事をしていた客たちが、いつの間にか互いに声をかけ合うようになっていた。


そして、その中心には大抵、香織がいる。


「あ、それならあっちの人に聞いてみたら?」


また誰かと誰かをつないでいた。


紹介された客同士が早速話し始めるのを見て、香織は満足そうに笑っている。


真理子がその様子を眺めた。


「またやってる」


「もう止めても無理じゃない?」


「止める気はないけど」


「じゃあいいじゃん」


「ただ、増えすぎると面倒」


恵には、その意味がまだよく分からなかった。


人が仲良くなり、仕事が見つかる。


それは悪いことではないように思えた。


*


午後、昼の忙しさが落ち着いた頃だった。


真紀が客席の端で立ち止まっていた。


食器を下げるでもなく、壁をじっと見つめている。


恵が声をかける。


「何してるの?」


「考えてる」


「何を?」


真紀は壁を指さした。


「ここ、空いてるじゃん」


「空いてるね」


「掲示板置けないかな」


恵が首を傾げる。


「掲示板?」


「うん」


その言葉に真理子が反応した。


「何を貼るの?」


「仕事の募集とか」


香織も近づいてくる。


「いいじゃん!」


「今、客同士でずっと聞いて回ってるでしょ」


真紀が言うと恵は客席を見た。


確かに、ほぼ毎日のように似た会話を耳にしている。


誰かを探している人。


仕事を頼みたい人。


使わなくなった物を譲りたい人。


「だったら、最初から書いて貼っとけばよくない?」


「絶対便利!」


香織が笑いながら言うと真理子は黙っていた。


腕を組み、真紀が指した壁と客席を交互に見ている。


「何?」


真紀が尋ねると、真理子は言った。


「誰でも勝手に貼るの?」


「いいんじゃない?」


「駄目」


即答だった。


香織が首を傾げる。


「なんで?」


「絶対揉めるから」


「まだ置いてもないのに?」


真紀達は笑っているのに真理子はまったく笑わなかった。


「だから置く前に決めるの」


恵は、また始まったと思った。


真紀が新しいことを思いつき、真理子が問題点を探し始める。


最近では、すっかり見慣れた光景だった。


*


真理子は紙を持ってきて、作業台の端に広げた。


「まず」


真紀が嫌そうな顔をする。


「もうルール作るの?」


「作る」


「まだ板もないよ」


「だから今」


香織が笑った。


「好きだねえ」


「好きでやってるんじゃない」


「じゃあ何?」


「後から面倒になるのが嫌」


恵は頷いた。


ものすごく真理子らしい。


「で?」


真紀が尋ねると真理子は紙に書き始めた。


「貼る前に店が内容を確認する。募集の期限と連絡先は必須。決まったら外す。取引は本人同士でやってもらう」


「そこまでいる?」


真理子が顔を上げる。


「いる」


「なんで?」


「この店に貼ってあったから信用したって言われたら?」


香織が少し黙った。


「……ありそう」


「でしょ。うちは紹介する場所を用意するだけ。取引の保証まではできない」


恵にも、ようやく分かった。


人がつながるのは、いいことばかりではない。


誰かと誰かが仕事をして、もしうまくいかなかったら、そのきっかけを作った店にも話が戻ってくるかもしれない。


「じゃあ、怪しいのは貼らない?」


恵が言うと、真理子が頷いた。


「内容がおかしいものは断る。でも、全部が安全かどうかまでは判断できないから、そこは本人たちに確認してもらう」


「それならいいじゃん」


真紀が笑うと、真理子は壁を指さした。


「あと場所」


「ここ」


「料理運ぶ邪魔にならない?」


「ならない」


「本当に?」


「ならない」


真理子も壁を見た。


客席から厨房までの通路を目で追い、少し考える。


「……まあ、そこなら」


真紀が笑った。


「ほら」


「そこだけはね」


*


翌日、真紀は本当に板を用意した。


厚みのある木の板で、表面には木目が残っている。壁に取り付けられたばかりの板は、何も貼られていないせいか、客席の中で少し目立っていた。


恵が感心する。


「早いね」


「思いついたから」


真理子が板を確かめた。


「ちゃんと固定した?」


「したよ」


「何貼るの?」


香織が尋ねると、真紀が答える。


「まだない」


香織はすぐに客席を見回した。


恵は嫌な予感がした。


「何するの?」


「募集してくる」


真理子が言う。


「勝手に貼らせないで!」


「分かってるって!」


香織はさっそく客席へ向かった。


「ねえ、誰か仕事の募集とか探し物ない?」


真理子が顔を覆う。


「始め方が雑」


恵は笑った。


*


最初に貼られたのは、荷物の運搬を手伝ってくれる人の募集だった。


次に、古い家具を譲りたいという話。


その次は、短期の護衛依頼。


真理子は持ち込まれた内容を一つずつ確認した。


「期間は?」


「三日」


「報酬は?」


「これくらい」


「これじゃ分からない」


「じゃあ、いくらって書けば?」


「決まってる額」


「細かいな」


「後で揉めるから」


依頼を持ってきた男は少し面倒そうだったが、真理子に言われたとおり、条件を書き直した。


店の名前を使って勝手に約束をすることも、店が代わりに金銭を預かることもできない。


連絡や詳しい相談は、依頼した本人と希望者の間で行ってもらう。


その説明を聞いた男は、最後には納得して帰っていった。


板に紙を貼る。


たったそれだけのことだった。


けれど、何もなかった木の板に文字の書かれた紙が増えると、通りかかった客たちが足を止めるようになった。


*


翌日、最初の紙が一枚なくなっていた。


恵が気づく。


「あれ、一枚減ってる」


香織が嬉しそうに答えた。


「決まったって!」


「もう?」


「家具のやつ」


「早いね」


真理子が尋ねる。


「ちゃんと本人同士で確認した?」


「したって」


真紀は少し満足そうだった。


「やっぱ便利じゃん」


真理子が言う。


「まだ一件」


「でも便利だったでしょ」


「一件」


真紀は笑った。


*


その数日後には、掲示板に十枚近い紙が並んでいた。


仕事の募集、売買、探し物、手伝いの依頼。


紙の大きさも文字の書き方もばらばらで、中には「一緒に遠方へ行く仲間募集」と書かれたものまである。


「増えましたね」


セラが掲示板を眺めながら言うと恵も頷く。


「ね」


「食事より先に、あっちを見るお客さんもいますよ」


「それはどうなんだろうね」


真紀は少し離れたところから板を見ていた。


「いい感じ」


真理子がすぐに言う。


「貼る場所増やすのはまだ駄目」


「まだ言ってない」


「顔に出てる」


香織が笑った。


「増やしたいんだ」


「そのうちね」


恵も少し面白くなってきた。


店を始めた頃は、料理を作って客に食べてもらう。それだけだと思っていた。


今は食事に来た人が誰かと出会い、仕事の話をして、また別の人を連れてくる。


掲示板を見に来たついでに、食事をしていく客もいた。


自分たちが考えた以上の使い方を、客たちが少しずつ見つけている。


この店には、料理を出すこと以外にもできることがあるらしい。


*


その日の夕方、セラが一枚の紙を持って真理子のところへやってきた。


「知り合いが仕事を探してるんです」


「ここに貼りたいの?」


「はい。いいですか?」


真理子が内容を確認する。


「本人が来てからね」


「分かりました」


「あと、希望する仕事と条件をもう少し詳しく書いてもらって」


「聞いてきます」


セラは頷き、紙を大切そうにしまった。


恵はそのやり取りを見ていた。


セラも、もうただ仕事を教わるだけの新人ではなくなっている。


店で覚えたことを自分で考えて使い、知り合いのために動こうとしている。


香織が嬉しそうに言った。


「セラもすっかり頼もしくなったね」


「まだまだですよ」


「そんなことないって!」


セラは少し照れたように笑った。


*


閉店間際、カイルが掲示板の前に立っていた。


いつもなら食事を終えると、少し話をして帰っていく。


けれど今日は、珍しく長い時間、貼られた紙を眺めていた。


客席の片付けをしていた恵が声をかける。


「何か探してるの?」


カイルは少し間を置いた。


「いや」


「仕事?」


「違います」


香織も近づいてくる。


「じゃあ何?」


「何でもないですって」


真理子が少し離れたところから言った。


「聞かれたくないなら放っときな」


香織が口を尖らせる。


「気になるじゃん」


「本当に何でもないです」


カイルはそう言って、掲示板から離れた。


恵はその背中を見送った。


いつもなら、もう少し軽く言い返してくる。


けれど今日は、どこか様子が違っていた。


「何かあるのかな」


恵が呟くと、真紀もカイルの方を見た。


「あるかもね」


「聞いてみようか?」


香織が言うと、真理子が即答した。


「本人が話すまで待ちな」


香織は少しだけ不満そうだったが、それ以上は何も言わなかった。


恵も、その方がいいと思った。


*


客が帰り、静かになった店内で、真紀が掲示板を眺めていた。


「これ、面白くなりそう」


真理子が答える。


「面倒にもなりそう」


香織が笑った。


「どっちもじゃない?」


恵も、なんとなくそんな気がした。


人が集まれば、情報も集まる。


仕事が見つかることもあれば、思いがけない問題が起きることもあるだろう。


何より、あのカイルが何を考えていたのかも気になる。


恵は掲示板に並んだ紙を見つめた。


最初は、ただ食事をするための場所だった。


それが今では、誰かが何かを探しに来る場所にもなっている。


店をやるって、ご飯を作るだけじゃないらしい。






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