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おばさん4人が異世界に転移しましたがチートスキル無かったのでとりあえず食堂始めました  作者: れもん。
第一部 転移編

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店をもらうって、そんな簡単でいいの?




「じゃあ、私たちがやる」


そう言った真紀に、老人はしばらく何も言わなかった。


当然だと思う。


昼飯を食べに来た見知らぬ女四人が、店を畳むと聞いた途端、引き継ぐと言い出したのだ。恵だって逆の立場なら警戒する。


ところが老人は、節の太い指で卓の縁をなぞり、少し考えたあとでぽつりと言った。


「……本当に、やってくれるのか?」


真理子が顔を上げた。


「そこ、もう少し疑った方がよくないですか?」


老人は四人の顔を順に見た。


「疑うほど、取られるものも残っとらんよ」


「いや、店ありますよ」


「閉めたら、ただの建物だ」


静かに笑った老人の向こうには、使い込まれた木の卓と椅子が並んでいた。


椅子の背は手が触れるところだけ色が薄く、壁際の食器棚には、食事に使われた同じ厚手の皿が重ねられている。


四人は少し黙ったが、真紀だけはそのまま店内を見回していた。


「設備は全部そのまま?」


「使えるものなら、好きに使っていい」


「食器も?」


「もちろん」


「仕入れ先は?」


「紹介できる」


「住むところは?」


真理子が横を向いた。


「そこまで決めてるの?」


「だって、住むところないじゃん」


「だから、順番ってものが」


「必要なこと聞いてるだけ」


二人のやり取りに、老人の口元が少し緩んだ。


「二階が住まいになっとる」


四人は一斉に天井を見上げた。太い梁の間に、飴色になった板が渡してある。


「ここ、二階あるんだ」


「あるよ。昔は家族で住んでた」


「今は?」


「ワシ一人だ」


恵は老人に視線を戻した。


「じゃあ、おじいさんはどうするんですか?」


「ワシか?」


「店を譲ったら、ここを出ていくんですか?」


老人は少し考え、ゆっくり首を振った。


「できれば、ここにいたい」


「じゃあ、一緒に住めばいいじゃん」


香織が即答すると、真理子がゆっくり顔を向けた。


「あなた、今会って何時間?」


「でも、家広いんでしょ?」


「そういう問題じゃないの」


「部屋なら余っとるよ」


老人が笑いながら口を挟むと、香織は満足そうに頷いた。


「じゃあ決まり」


「決めるな」


恵は思わず笑った。この四人でいると話が早い。早すぎるときもある。


*


店を譲る話は、驚くほどあっさり進んだ。


それでも真理子だけは、卓に身を乗り出すようにして、一つずつ確かめていた。


「本当に、店も設備も全部譲るんですか?」


「ああ」


「後から返せと言われても困りますよ」


「言わんよ」


「借金とか、ないですよね?」


「ない」


「税金みたいなものは?」


老人が首を傾げた。


「店にかかるものなら、毎年払っとる」


「それも後で教えてください」


隣で聞いていた真紀が笑った。


「もう経理始まってる」


「始めないと怖いのよ。あなたたちに任せると」


「大丈夫だって」


「あなたが一番信用ならない」


「ひど」


老人は二人を見比べ、不思議そうに尋ねた。


「お前さんたち、ずっとこんな感じなのか?」


「学生の頃からですね」


恵が答えると、老人は感心したように息を漏らした。


「長いなあ」


「腐れ縁です」


真理子が言うと、香織がすぐに返した。


「一番会ってるくせに」


「事実でしょ」


「それはそう」


老人がまた笑った。


卓に置いた肩の力も、さっきより抜けている。


店を畳むと話していたときには伏せがちだった目が、今はよく四人に向けられていた。


その変化に、恵はなんとなく安心した。


もしかしたら、誰かに店を渡したかったのかもしれない。ただ、その相手がいなかっただけで。


*


その日の夕方、四人は老人に店の中を案内してもらった。


厨房には、底の黒くなった鍋が大きさ順に吊られていた。


作業台には細かな傷が幾重にも走り、角は長年拭かれて丸くなっている。


どれも古いが、油汚れが放置されているようなことはなかった。


真紀は鍋を一つ持ち上げて重さを確かめ、棚に収まった道具へ目を移していた。


倉庫と食器棚を見たあと、四人は狭い階段を上がった。


踏み板が足の下できしみ、二階へ近づくにつれて、厨房の煮込みの匂いが薄れていく。


長い廊下の両側には、いくつか部屋が並んでいた。


開けてもらった部屋には木枠のベッドと小さな棚があり、窓から差す西日に、薄く積もった埃が浮かんで見えた。


「思ったより広いね」


恵が言っている間に、香織はもう隣の部屋を覗き込んでいた。


「私、ここがいい」


「勝手に決めない」


真理子が顔をしかめると、香織が振り返った。


「なんで?」


「まず掃除」


「ああ」


「絶対忘れてたでしょ」


「忘れてないよ」


「今思い出した顔だった」


真紀は窓辺に立ち、下の通りを見ていた。


開いた窓から車輪のきしむ音と、人の話し声が上がってくる。


「立地、やっぱ悪くない」


「まだ見てたの?」


真理子に聞かれても、真紀は通りに目を向けたままだった。


「見るでしょ」


「旅行中の人の目じゃないよね」


「もう旅行じゃないし」


その言葉に、四人は一瞬だけ黙った。


朝は旅行だった。それなのに今は、異世界の食堂の二階で、今夜寝る部屋を選んでいる。


香織が真紀の隣から外を覗いた。


「人生って分かんないねえ」


「あなたが言うと軽い」


「だって、重く言っても帰れないじゃん」


「まだ帰れないって決まったわけじゃないけど」


「でも、今夜は帰れないでしょ?」


「それはそう」


「じゃあ、寝る場所あるだけ勝ちじゃん」


香織はそう言って窓辺を離れ、また部屋を覗き込んだ。今度はベッドの端を手で押し、寝心地まで確かめている。


恵は笑った。本当に、この人は強い。


きっと本人は、そんなつもりで言っていないのだろうけれど。


*


夕食は老人が作ってくれた。


昼と同じ煮込み料理に、焼いた肉とパン、それから温かいスープ。


卓に置かれた皿から湯気が立ち、肉の焼けた香ばしい匂いが広がった。


恵は煮込みに匙を入れた。柔らかくなった具がほろりと崩れ、とろみのある汁が絡む。


「明日から、これ作るの?」


老人が頷いた。


「作り方は教える」


「ありがたい」


真紀は肉を一口食べ、皿に目を落とした。


「でも、少し変えるかも」


「もう?」


老人が目を丸くすると、真理子もパンをちぎる手を止めた。


「まだ一日も働いてないわよ」


「だって、気になるとこあるし」


「何が?」


「煮込みは美味しいけど、仕込みに時間かかりすぎ。あと、肉の切り方」


「そこまで見てたの?」


恵が尋ねると、真紀はあっさり頷いた。


「見てた」


老人が少し不安そうに、真紀の皿を見た。


「味、変えるのか?」


「味は変えない」


真紀が首を振ると、老人の眉間が緩んだ。


「美味しいものは変えないよ。変えるのは、作りやすくするところだけ」


恵は匙を動かしながら、ああ、この人らしいなと思った。


引き継ぐからといって、全部を自分のやり方に変えようとはしない。


残すものと変えるもの、その判断は昔から妙に早かった。


真理子が老人へ向き直った。


「あと、仕入れ値と売値を全部確認したいです」


「売値?」


老人が少し困った顔をした。


「この料理をいくらで出していて、材料にいくらかかってるか」


「ああ……細かくは分からん」


真理子の手が止まった。


「分からない?」


「その日その日で仕入れて、だいたいで」


真理子の顔から表情が消えた。香織がそっと恵に顔を寄せる。


「あ、怒るやつ?」


「たぶん」


恵も声を落として答えた。


真理子は匙を皿の脇に置き、静かに聞いた。


「帳面は?」


「あるよ」


「見せてください」


老人は椅子を引きながら、真理子を見た。


「今?」


「今です」


真紀が笑った。


「始まった」


「あなたは笑ってないで手伝って」


「はーい」


香織が恵を見る。


「私たちは?」


恵は食べ終わった皿へ目を向けた。


「片付けよっか」


「そうしよ」


残りの夕食を済ませると、四人は自然に動き始めた。


老人が持ってきた帳面を真理子が開き、真紀は横から数字を覗き込んで、食材の名前を確かめている。


やがて二人の話が仕込みの量に移ると、真紀は実際の在庫を見に厨房へ向かった。


香織は空いた皿を集め、客席の卓を拭いている。恵は運ばれてきた食器を受け取り、残った料理を老人に教わった容器へ移した。


誰かが指示したわけではない。


それぞれ、手を出せるところに手を出しているうちに、持ち場ができていた。


老人は店の真ん中に立ち、四人を見ていた。


「……本当にやるんだな」


恵は皿を重ねる手を止め、振り返った。


「やるみたいですね」


「お前さんも、他人事みたいに言うな」


「私もまだ実感ないので」


二人で笑うと、厨房から真紀の声が飛んできた。


「おじいさん、これも明日使う?」


老人は返事をしながら厨房へ向かった。恵も再び皿を持ち上げ、流しへ運んだ。


*


翌朝、恵は知らない天井を見て目を覚ました。


薄い掛け物の下で身じろぎすると、ベッドが小さくきしんだ。


窓の隙間から朝の冷たい空気が入り、頬に触れている。


一瞬、自分がどこにいるのか分からなかったが、隣の部屋から聞こえた声で、昨日のことが戻ってきた。


「ちょっと! これ誰の荷物!?」


真理子の声だった。


「私!」


続いて、香織の声がした。


「廊下に置くな!」


「あ、ごめん!」


恵はもう一度目を閉じた。いつも通りだ。場所だけがおかしい。


身支度をして一階へ降りると、厨房ではすでに鍋が火にかかっていた。


湯気とともに煮込みの匂いが漂い、真紀が老人の隣で鍋を覗き込んでいる。


「早いね」


恵が声をかけると、真紀は顔だけをこちらへ向けた。


「寝てられないじゃん」


「店開けるって決めたの、まだ昨日だよ?」


「決めたならやるでしょ」


恵が笑っていると、真理子と香織も降りてきた。


真理子は昨日の帳面を抱え、香織は髪をまとめながら欠伸をしている。


四人が揃ったところで、老人が尋ねた。


「今日はどうする?」


「店、開ける」


真紀が即答すると、真理子が止めた。


「待って」


「何?」


「一回、店の中を全部確認してから」


「今日中にできるでしょ」


「だから、その今日中に開けようとするな」


香織が片手を挙げた。


「私はどっちでもいいよ」


「一番困る回答」


「じゃあ、とりあえず午前中確認して、できそうなら開ける?」


真理子は少し考えて頷いた。


「それなら」


「じゃ、それで」


真紀も頷くと、老人が四人を見回した。


「……店をやるって、そんな軽いもんなのか?」


四人は顔を見合わせた。香織が笑う。


「重く考えたらできないですよ」


「軽く考えてるのは、この二人だけです」


真理子が続けると、香織が首を傾げた。


「誰と誰?」


「聞かなくても分かるでしょ」


恵は笑った。


異世界に来て、二日目。帰り方も分からないし、この世界の常識だって、ほとんど知らない。


それでも朝になればお腹は空くし、昨夜使った食器は、洗えばまた使える。


厨房には温かい鍋があり、料理を教えてくれる人がいる。客席も、住む部屋もある。


その先のことは、まだうまく想像できなかった。


けれど、目の前の卓を拭くことならできる。


恵は袖をまくった。


「じゃあ、掃除からやろっか」


その一言で、四人の最初の一日が始まった。






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