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おばさん4人が異世界に転移しましたがチートスキル無かったのでとりあえず食堂始めました  作者: れもん。
第一部 転移編

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17/24

王都観光のはずなんですけど





王都へ行く話は、思っていたより早く決まった。


香織が言い出し、真紀が乗り気になり、恵が笑っている間に、真理子が日程を決めた。


そして、セラとカイルも一緒に行くことになった。


「私もいいんですか?」


セラが驚くと、香織が即答する。


「いいに決まってるじゃん」


「でも、お店は?」


「休みにする」


真理子が答えると、セラはさらに驚いた。


「本当に?」


「たまにはいいでしょ」


真紀が言うと、恵も頷いた。


「せっかくだしね」


カイルは少し離れたところで、嫌な予感を察したような顔をしていた。


「俺も行くんですか?」


香織が即答する。


「案内役」


「やっぱり」


「王都行ったことあるんでしょ?」


「ありますけど」


「じゃあお願い」


カイルはため息をついた。


「……分かりました」


香織が嬉しそうに笑う。


「息子、決定」


「違います」


*


出発の日、香織は朝から元気だった。


「旅行だー!」


「声大きい」


「いいじゃん」


真理子の呆れた声を聞きながら、恵も少し浮かれていた。


この世界に来てから、初めての店のためではない遠出だった。


最初の旅行は、異世界への転移で終わってしまった。


今度こそ、ちゃんと旅行を楽しみたい。


六人は乗合馬車に乗り込み、王都へ向かった。


町を離れると、窓の外には緩やかな丘と畑が広がっていた。街道の両側には背の低い草が揺れ、ときおり小さな集落や荷車を引く商人とすれ違う。


馬車が石の多い道を通るたび、車輪がごとごとと音を立てた。


香織は窓の外を眺めながら、何度も楽しそうに声を上げている。


真理子は珍しく、帳面も何も持っていなかった。


「今日は仕事しないよ」


恵が言うと、真紀が振り返る。


「何も言ってないけど」


「顔が仕事する顔」


真理子も口を挟んだ。


「市場と飲食店の視察は禁止」


「観光で見るだけ」


「分析しない」


「それは無理」


セラが小さく笑うとカイルが口を開く。


「今のうちに言っておきますけど」


全員が顔を向けた。


「王都、広いです」


「楽しみ!」


「あと、人多いです」


「楽しみ!」


「あと、店も多いです」


香織が楽しそうに笑う横で、真紀の目が少し変わった。


カイルはすぐに気づく。


「ほら! 始まった」


*


王都は、本当に広かった。


街を囲む大きな門を抜けると、石畳の道がまっすぐ奥へと伸びていた。両側には何階建てにもなる建物が並び、窓辺には色とりどりの布や花が飾られている。


通りには馬車が行き交い、商人の呼び声や人々の話し声が絶えない。


華やかな服を着た人もいれば、大きな荷物を背負った旅人もいる。鎧を身につけた兵士たちが人混みの間を歩き、店先では商人が客を呼び込んでいた。


恵は目の前の光景に圧倒された。


「すごいね」


香織は楽しそうだった。


「人いっぱい!」


真理子は通りに並ぶ店を眺めている。


「物価高い」


セラが驚いた。


「もう見てるんですか?」


「見えるから」


真理子の視線の先には、商品と一緒に値段が書かれた札が並んでいた。


真紀も通り沿いの店を見ている。


「ここ、回転早そう」


「観光ですよね?」


セラが尋ねると、真紀は当然のように答えた。


「してる」


「そうは見えませんけど」


気づけば香織は、店先に立っていた女性と話していた。


セラがそちらを見る。


「香織さんは?」


「いつも通り」


恵が答えると、カイルがため息をついた。


「王都来ても変わらないですね」


*


最初に入ったのは、小さな菓子屋だった。


店先を通りかかったとき、焼きたての菓子の甘い香りが漂ってきたのだ。


恵は思わず足を止めた。


「ここ入っていい?」


「行こ!」


香織がすぐに答え、真紀も頷いた。


「いいね」


店内には木製の棚が並び、丸い菓子や細長い焼き菓子が籠に盛られていた。表面に砂糖のような粉をまぶしたものや、木の実を散らしたものもある。


真理子は値札を見た。


「高い」


「今日はいいじゃん」


「高いものは高い」


「でも買う?」


真理子は少し考えた。


「一個だけ」


香織が吹き出す。


「結局買うんじゃん」


恵は厚みのある丸い焼き菓子を一つ選んだ。


表面はこんがりと焼けていて、割ると中から香りの強い実が顔を出した。見た目は少し厚めのクッキーに近い。


一口かじると、さくっとした歯触りのあとに、甘酸っぱい風味が広がった。


「美味しい」


セラが興味深そうに覗き込む。


「どんな味です?」


「ちょっと酸っぱくて甘い。これ好きだな」


「私も買おうかな」


香織も同じ菓子を手に取った。


真紀は恵から一口もらうと、少し考え込んだ。


「これ、うちでも……」


真理子が即答する。


「仕事禁止」


「まだ何も言ってない」


「言う前に分かる」



*


次に向かったのは、王都の大きな市場だった。


広い通りの両側に露店が並び、色鮮やかな布や装飾品、食器、食材などが所狭しと並べられている。


焼いた肉の匂いに混じって、香辛料の刺激的な香りが漂ってきた。


どこかでは楽器を演奏しているらしく、人々の話し声の向こうから軽快な音楽が聞こえてくる。


「うわー!」


香織の目が輝いた。


セラが笑う。


「香織さんが一番楽しそう」


「だって、こんなにいろいろあるんだよ!」


真理子が言う。


「商品も見て」


「見てるよ!」


香織は店先に並んだ布を手に取り、刺繍の模様を眺めていた。


「この刺繍きれい!」


店の女性が嬉しそうに笑う。


「お客さん、分かる?」


「私も刺繍するの」


そこから話が始まった。


糸の色や模様の作り方について、二人は楽しそうに言葉を交わしている。


セラが少し離れたところから見ていた。


「もう友達になってます?」


「たぶん」


「すごいですね」


恵とセラが笑っているとカイルが呆れたように言う。


「初めて会った人ですよね?」


真理子は平然と答えた。


「慣れるよ」


しばらくして戻ってきた香織の手には、きれいな刺繍の入った布があった。


真理子が尋ねる。


「買った?」


「買った」


「今日は早かったね」


「安くしてくれた」


「なんで?」


「刺繍の話してたら」


真理子はもう何も言わなかった。


*


市場を抜けると、今度は飲食店が並ぶ通りに出た。


小さな店先で立ったまま食事をする人もいれば、大きな建物の中でゆっくり食事を楽しむ人もいる。


店によって客層も雰囲気もまったく違った。


真紀が足を止める。


「ここすごい」


セラがすぐに反応した。


「仕事しない約束でしたよね?」


「見てるだけ」


「さっきから入口と客席ずっと見てますよ」


「観光」


「違う気がします」


恵も通りを見渡した。


確かに王都の店は、自分たちの食堂とはずいぶん違う。


建物の造りも、店の大きさも、料理を出す方法もさまざまだ。


真紀がぽつりと言った。


「王都で店出すなら、今のままじゃ無理だね」


真理子が横目で見る。


「出さないよ」


「だから仮に」


「仮にも考えない」


香織が戻ってきた。


「何の話?」


セラが答える。


「もう二号店の話してます」


「旅行なのに?」


香織が笑うと、真理子が言った。


「この人に旅行は無理」


真紀は少し不満そうだった。


「ちゃんと楽しんでる」


「あなたは仕事も楽しみだからね」


真紀は少し考えてから答えた。


「それはそう」


セラが小さく笑った。


*


昼になると、六人は王都の食堂に入った。


天井が高く、大きな窓から明るい日差しが差し込んでいる。店内にはいくつものテーブルが並び、食事を楽しむ客たちの声で賑わっていた。


運ばれてきた料理は彩りがよく、見慣れない香草や野菜が使われている。


恵は珍しく、完全に客として食事を楽しんでいた。


「美味しい」


「恵さんが一番観光してますね」


「そう?」


「はい」


セラが笑っているとカイルが口を挟んだ。


「他の三人、仕事してます」


恵が顔を上げる。


香織は隣の席の人と楽しそうに話し、真理子は品書きに書かれた値段を確認している。


真紀は料理を食べながら、店内の様子を眺めていた。


「ほんとだ」


恵が笑うとセラも笑う。


「なんで皆さんこうなんですか」


恵は少し考えた。


「好きなんじゃない?」


「何がです?」


「自分がやってきたこと」


セラは三人を見る。


香織は楽しそうに人と話し、真理子は数字を見ることを苦にしていない。真紀はどんな店に入っても、自然と経営者の目線になってしまう。


セラは少し納得したように頷いた。


*


食事の途中、香織が隣の席にいた女性と話し始めた。


上質な布で仕立てられた服に、細かな刺繍の入った袖。首元には小さな宝石が光り、所作にもどこか品があった。


恵には、明らかに普通の客ではないように見えた。


「その刺繍、すごくきれいですね」


香織が言うと女性が微笑んだ。


「ありがとう」


「手仕事ですか?」


「そうよ」


「私も刺繍好きで」


また始まった。


「相手、たぶん貴族」


真理子が小声で言うとカイルが頷いた。


「たぶんじゃないです」


セラが少し焦る。


「香織さん、大丈夫ですか?」


「たぶん大丈夫」


恵が答えると、セラはさらに不安そうな顔をした。


「たぶん?」


けれど、香織はいつもどおり笑っている。


相手の女性も楽しそうだった。


しばらくして、香織が話を終えた。


「いい人だった!」


真理子が尋ねる。


「誰だった?」


香織は首を傾げた。


「名前聞いたけど長かった」


カイルが顔を覆った。


「絶対偉い人ですよ」


「でも人でしょ?」


香織が当たり前のように言うと、真理子が小さく笑った。


「出た」


セラもつられて笑う。


恵は思った。


香織は本当に、相手の肩書きをほとんど気にしていない。


誰が相手でも、興味を持ったことを素直に尋ね、同じように笑って話せる。


それはきっと、誰にでもできることではない。


でも本人は、今日もただ楽しく話しただけだと思っているのだろう。


*


午後は王都の大きな広場へ向かった。


広場の中央には水を噴き上げる大きな噴水があり、その周りを囲むように屋台が並んでいた。


少し離れた場所では大道芸人が人々を集め、軽快な音楽に合わせて芸を披露している。


拍手と歓声が上がるたび、セラが嬉しそうに振り返った。


「すごい!」


「来てよかったね」


恵が言うと、セラは大きく頷いた。


「はい!」


カイルもようやく肩の力が抜けたようで、屋台で買った飲み物を片手に広場を眺めている。


香織が突然言った。


「写真撮りたい」


全員が一瞬黙った。


恵も反射的に、写真を撮るという行為を思い浮かべた。


けれど、ここには使えるカメラがない。


香織もすぐに気づいたらしく、苦笑した。


「あ、無理か」


恵は少し笑った。


その瞬間、元の世界で家族と出かけた日のことを思い出した。


旅行先で撮った写真。


子どもたちの笑顔。


家に帰ってから、何度も見返した思い出。


懐かしさと一緒に、胸の奥が少しだけ締めつけられた。


会いたい。


その気持ちは、今も変わらない。


けれど、目の前には楽しそうに笑う友人たちと、初めて見る王都の景色が広がっていた。


恵は噴水の向こうを眺めながら言った。


「覚えとけばいいよ」


香織が振り返る。


「何を?」


「今日のこと」


香織は少し笑った。


「それもそうだね」


*


夕方、六人は宿へ向かって歩いていた。


傾き始めた陽が建物の壁を橙色に染め、通りには昼間とは違う落ち着いた空気が流れている。


店先では明かりを灯し始める人もいて、遠くから夕食の支度をする香りが漂ってきた。


「今日、楽しかったです」


セラが言うと、香織が即答した。


「でしょ?」


真理子も頷く。


「店休んでよかったね」


カイルが少し驚いた。


「真理子さんがそう言うの珍しい」


「私だって休むよ」


真理子が答えると、香織が笑った。


「でも休み決めるとき、一番悩んでたじゃん」


「売上のことは考えるでしょ」


セラと恵が笑う。


王都は確かに楽しかった。


広くて、華やかで、見たことのないものがたくさんある。


まだまだ歩いてみたい場所もあった。


それでも恵は、ふと自分たちの食堂を思い出した。


毎日立っている厨房。


老人がいつも座っている端の席。


顔を覚えた常連たち。


セラが忙しそうに動く客席と、カイルが客なのに皿を運んでいる光景。


「あ」


香織が振り返る。


「なに?」


「店、ちょっと恋しくなってきた」


「早くない?」


真理子も言う。


「一日しか離れてない」


真紀は少しだけ黙っていたが、やがて口を開いた。


「私も」


セラが嬉しそうに笑う。


カイルは呆れたように言った。


「王都来た意味あります?」


香織が即答する。


「あるよ!」


「何が?」


「遊びに来た!」


「それで十分だよ」


恵は思った。


元の世界に帰りたいという気持ちは、今もある。


家族に会いたいし、懐かしい場所もたくさんある。


それでも、この世界で過ごす毎日の中に、大切なものが少しずつ増えていた。


四人が偶然出会った、一軒の食堂。


そこには今、待っていてくれる人がいて、一緒に働く仲間がいる。


帰りたいと思える場所が、もう一つできていた。










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