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おばさん4人が異世界に転移しましたがチートスキル無かったのでとりあえず食堂始めました  作者: れもん。
第一部 転移編

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15/23

王都から話が来ても、やらないものはやらない




店の外にまで、少しずつ影響が広がり始めた頃。


その話は、思っていたより早くやってきた。


きっかけは、いつもの役所の男だった。


昼過ぎ、男はいつもの煮込みを食べ終えても、席を立とうとしなかった。


普段なら食事を済ませると、そのまま帰っていく。けれど、その日は空になった皿を前に、何かを考えている様子だった。


「今日は、話がある」


香織がすぐに反応した。


「珍しいですね」


「いつも飯だけ食べに来てるみたいに言うな」


「だいたいそうじゃないですか」


男は少しだけ笑った。


真理子が帳面から顔を上げ、真紀も厨房から出てきた。


恵は何となく嫌な予感がした。


香織が空いている椅子を引く。


「じゃあ座ります?」


「もう座ってる」


「あ、そっか」


真理子が小さくため息をついた。


「で、話って?」


男は少し姿勢を正した。


「王都から、この店の話を聞きたいという者が来ている」


四人の動きが止まった。


最初に口を開いたのは香織だった。


「うち?」


「他にどこがある」


恵は思わず真紀を見た。


真紀は思っていたより落ち着いた顔をしている。


「何の話ですか?」


真理子が尋ねると、男は四人を見渡した。


「王都で店を出さないか、という話だ」


一瞬、誰も何も言わなかった。


恵は聞き間違えたのかと思った。


香織が目を丸くする。


「王都?」


「そうだ」


真紀が尋ねた。


「二号店ってこと?」


「そう考えてもらえばいい」


真理子はすぐに口を開いた。


「条件は?」


男が少し笑う。


「そこから聞くのか」


「大事なので」


真理子らしい。


恵は少しだけ安心した。


*


男が王都から聞いてきた話は、悪い条件ではなかった。


むしろ、かなり良かった。


出店先として考えられているのは、王都でも人通りの多い場所らしい。開店に必要な費用の一部を負担し、食材の調達や開店時の告知にも協力するという。


男は持参した紙を広げながら、聞いてきた内容を順番に説明した。


「すごくない?」


香織が言うと、恵も頷いた。


「すごいね」


王都がどんな場所なのか、恵にはまだよく分からない。それでも、これだけの支援を用意して店を出してほしいと言われるのは、簡単なことではないはずだった。


けれど、真理子は黙って紙を見ていた。


真紀も腕を組んだまま、何も言わない。


男が尋ねる。


「どうだ?」


香織と恵が二人を見た。


しばらくして、真紀が口を開いた。


「やらない」


男の手が止まった。


恵も少し驚いた。


「え?」


真理子だけは特に驚いた様子もなく、帳面を閉じた。


男が聞き返す。


「条件が不満か?」


「いや」


「ではなぜ」


真紀は店内を見回した。


セラが客席を片付け、香織が水差しを持ってテーブルを回っている。真理子の帳面が置かれた会計台の向こうには、恵が毎日使っている厨房があった。


奥では老人が、片付け終えた食器を棚に戻している。


少しずつ慣れてきた、いつもの店の風景だった。


「まだ無理だから」


男が眉を寄せる。


「無理?」


「この店だって、やっと回るようになってきたとこだし」


真理子が静かに頷いた。


真紀は続ける。


「今ここ抜けて、王都の店作ったら誰がこっち見るの?」


香織が少し考えた。


「私たち行ったり来たりすれば?」


「無理」


真理子が即答する。


香織が振り返った。


「早い」


「距離も分からない。人も足りない。仕入れも別、帳簿も別。店長を任せられる人もいない」


真紀が頷く。


「そういうこと」


男は少し意外そうな顔をした。


「人を雇えばいい」


真紀が答える。


「雇っただけじゃ店はできないでしょ」


その一言だけは、少し強かった。


恵は真紀の横顔を見た。


いつも冗談を言って、思いついたことをすぐ試そうとする。そんな真紀が、今は誰よりも慎重に店のことを考えていた。


この人は本当に、店を経営するということを分かっているんだな。


恵は改めてそう思った。


*


香織は少し考えてから尋ねた。


「でも王都って、そんなにすごい場所なんでしょ?」


男が頷く。


「この町とは比べものにならん。人も店も多いし、商売の規模も違う」


「へえ!」


香織の目が輝いた。


「楽しそう」


恵も少し思った。


一度くらい見てみたい。


見たことのない大きな街に、どんな店が並んでいるのだろう。市場には、この町では手に入らない食材もあるかもしれない。


けれど、そこで店を出すとなれば話は別だった。


男が真紀を見る。


「本当に断るのか?」


「断る」


「即答だな」


「できないものやっても仕方ないじゃん」


真理子も口を開いた。


「あと、今はこの店の数字を安定させる方が先です」


男が真理子を見る。


「今、儲かっているんだろう?」


「儲かってるから増やす、は危ないです」


男は少し黙った。


恵には、その感覚が何となく分かった。


家事も同じだった。


余裕がある日に、あれもこれもと予定を詰め込みすぎると、結局あとで苦しくなる。


できるときほど、やりすぎない。


長く続けるためには、それも大事なことだった。


*


男はしばらく四人を見ていた。


そして少し笑った。


「変わってるな」


香織が言う。


「また言われた」


「普通なら喜んで受ける話だ」


「普通でも無理なもんは無理」


真紀が言うと、真理子も続けた。


「今やったら、この店も王都も両方中途半端になります」


男はゆっくり頷いた。


「その言葉、伝えておく」


香織が少し残念そうに言う。


「王都、行ってみたかったな」


「旅行で行けばいいじゃん」


恵が言うと、香織の顔が明るくなった。


「それいい!」


真理子がすぐに口を挟む。


「店閉める日考えてから」


「やっぱ現実的だね」


「当たり前」


四人が笑うと、男も少しだけ笑っていた。


*


その日の夜、四人は店で夕食を食べながら、王都の話をしていた。


昼間の賑わいが嘘のように、店内には穏やかな静けさが戻っていた。


「でも本当にすごい話だよね」


香織が言うと、恵も頷いた。


「ね」


「王都に二号店だよ?」


「うん」


「ちょっとやってみたくならなかった?」


真紀は少しだけ考えた。


「ちょっとは」


真理子がすぐに顔を上げる。


「ちょっとは?」


「でも今じゃない」


「それならいい」


香織が笑った。


「真理子が奥さんみたい」


「やめて」


恵も笑う。


「いつかやりたくなるかもね」


真紀が頷いた。


「そのときは、ちゃんと準備してからね」


「条件が揃ってから」


真理子が付け加える。


「はいはい」


「返事が軽い」


いつもの会話だった。


王都に店を出すなんて、少し前の自分たちなら想像もしなかった話だ。


それなのに、今こうして四人で夕食を食べている時間は、何も変わらない。


恵には、そのことが何だか嬉しかった。


*


翌日、カイルが店にやってきた。


いつもの席に座り、いつもの煮込みを大盛りで注文する。


恵が料理を運ぶと、カイルが顔を上げた。


「王都の話、断ったんですよね?」


「知ってるの?」


「役所の人から聞きました」


香織が笑う。


「情報早いね」


「この町狭いんですよ」


カイルは少し不思議そうに四人を見た。


「もったいなくないですか?」


真紀が尋ねる。


「何が?」


「王都ですよ」


「うん」


「店出したら、もっと儲かるかもしれないのに」


真紀は少し笑った。


「かもしれないで店増やさないよ」


カイルが言葉に詰まる。


それを見た真理子が言った。


「今の店が崩れたら意味ないから」


恵も頷く。


香織は少し考えてから口を開いた。


「でも遊びには行きたい」


カイルが笑う。


「それは行けばいいじゃないですか」


「案内してよ」


「なんで俺が!?」


「行ったことあるんでしょ?」


「ありますけど!」


恵は思わず笑った。


本当にこの子は、何を言ってもちゃんと返してくれる。


*


それから数日。


王都の話は、店の常連たちにも広まっていった。


「断ったのか?」


「なんで?」


「王都だぞ?」


何人にも聞かれた。


そのたびに、四人の答えはだいたい同じだった。


「今は無理だから」


それだけ。


大きな夢がないわけではない。


向上心がないわけでもない。


ただ、今できることをちゃんとやりたい。


目の前の店を、もっと良くしていきたい。


四人が考えていたのは、そんなことだった。


*


そんな話が落ち着いた頃、香織が店の入口から勢いよく顔を出した。


「ねえ!」


厨房で野菜を切っていた恵が顔を上げる。


「何?」


「予約の問い合わせ!」


真理子がすぐに尋ねた。


「何人?」


香織が満面の笑みを浮かべる。


「五十!」


店の中が完全に止まった。


真紀が振り返る。


「五十?」


「うん!」


恵はゆっくり包丁を置いた。


「誰?」


香織はものすごく楽しそうに答えた。


「騎士団!」


沈黙。


真理子が目を閉じた。


「……王都の店断ったばっかりなのに?」


香織が頷く。


「そう!」


恵は調理台に手をついた。


「なんでそうなるの」


ちょうど食事をしていたカイルが、端の席から口を挟んだ。


「この店、もう王都行かなくても向こうから来るんじゃないですか?」


真紀が少し笑った。


「それなら楽じゃん」


真理子が睨む。


「楽ではない」


「全然楽じゃない!」


恵の叫び声を聞きながら、香織はまだ笑っている。


「でも五十人だよ?」


「だからだよ!」


店内に笑い声が広がった。


王都への二号店は断った。


店を増やす気も、今のところない。


それなのに、店の方は勝手にどんどん大きな話を連れてくる。


恵は何となく思った。


たぶんこの店は、自分たちが思っているよりも、ずっと遠くまで知られ始めている。






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