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おばさん4人が異世界に転移しましたがチートスキル無かったのでとりあえず食堂始めました  作者: れもん。
第一部 転移編

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14/27

店の外まで、勝手に変わり始める




セラが入ってから、店は少しだけ楽になった。


本当に少しだけ。


「水お願い!」


「はい!」


「四番片付け!」


「やります!」


「パン追加!」


「持っていきます!」


恵は厨房で煮込みを皿に盛りながら、思わず笑った。


「一人いるだけで全然違うね」


真紀が頷く。


「違う」


会計を終えた真理子が、帳面に数字を書き込みながら言った。


「だから人件費には意味があるの」


香織が笑う。


「誰も無駄って言ってないじゃん」


「真紀が最初、人増やすより四人で回せるって言ってた」


真紀が振り返った。


「最初は回せたじゃん」


「今は?」


「無理」


「素直」


セラが客席から戻ってきた。


「三番、水追加です」


「ありがとう」


恵が答えると、セラはそのまま香織のところへ向かった。


もう誰に何を聞けばいいのか、かなり分かってきている。


働き始めてまだそれほど経っていない。それでも店の中では、ちゃんと五人目になり始めていた。


*


その日の昼、カイルが店にやってきた。


セラが手際よく食器を運んでいるのを見るなり、感心したように言う。


「完全に慣れてる」


「少しだけ」


セラが照れたように笑うと、香織が横から口を挟んだ。


「あなたより店員っぽいよ」


「本物の店員ですからね!」


恵も笑った。


「あなたもかなり店員っぽいけど」


「俺は客です」


真紀が厨房から声をかける。


「その箱だけ運んで」


「ほら!」


カイルの抗議に、店内から笑い声が上がった。


結局、カイルは文句を言いながらも箱を運んでくれた。


*


昼のピークが終わった頃、入口に見慣れない男が立っていた。


旅慣れた様子の服装で、肩には使い込まれた鞄を提げている。店内を見回す目つきは、客というより何かを確かめに来た人のようだった。


香織がすぐに近づく。


「いらっしゃいませ」


男は少し迷ったように店内を見た。


「食事じゃないんだ」


「じゃあ何です?」


「店主と話したい」


真紀が厨房から顔を出した。


「私?」


男は少し驚いた。


「……あんたが?」


「そうだけど」


「この店の?」


「うん」


男は真紀を見てから、恵、真理子、香織、セラへと視線を移した。奥にいる老人にも目を向け、ますます分からないという顔をする。


「誰が店主なんだ?」


真紀がもう一度答えた。


「私」


香織が笑う。


「一応ね」


「一応って何」


「経営判断はこの人」


真理子が補足すると、恵も頷いた。


「そうだね」


男はしばらく四人を見比べていたが、やがて諦めたように息を吐いた。


「……まあいい」


真紀が笑う。


「で、何?」


男は少し姿勢を正した。


「肉の仕入れについて話をしたい」


真理子がすぐに顔を上げた。


香織も反応し、真紀は少しだけ目を細める。


「どういう話?」


「うちから買わないか」


*


男は少し離れた場所で商いをしており、肉や乾物、保存のきく食材などを扱っているらしい。


話を聞くことになり、空いているテーブルに腰を下ろした。


「この店、最近客が増えてるだろ」


「まあ」


真紀が答える。


「祭りでも売れた」


真理子が男を見たが、彼は構わず続けた。


「だから、定期で入れたい」


香織がすぐに尋ねる。


「なんでうち?」


男は笑った。


「売れる店に卸したいのは普通だろ」


「なるほど」


香織が頷く横で、真理子はすでに紙を取り出していた。


「値段は?」


男が少し言葉を詰まらせる。


「いきなりそこか」


「大事なので」


「量による」


「最低量は?」


「これくらい」


「納品は?」


「週に二度」


「品質にばらつきは?」


「多少はある」


「どの程度?」


質問が重なるにつれ、男の顔つきが少しずつ真剣になっていった。


真紀は持参された肉を見せてもらった。


包みを開くと、切り分けられた赤身の肉が並んでいる。真紀は一切れを手に取り、厚みや脂の入り方を確かめた。


恵も横から覗き込む。


「今のより少し固そうだけど、煮込みならいけそう」


真理子が尋ねた。


「焼く方は?」


「試さないと分かんない」


男は少し驚いた。


「買う前に試すのか?」


真紀が即答する。


「そりゃそうでしょ」


「普通は値段で決める店も多いぞ」


「うちは味も見る」


恵も頷いた。


「毎日出すものだからね」


男は少し黙り、それから小さく頷いた。


*


その日の営業後、商人から試しに買った肉を調理し、みんなで味を確かめることになった。


参加するのは四人とセラ、それに老人だ。


厨房では真紀が肉を焼き、恵が別の鍋で煮込みを作っている。熱した鉄板に肉を置くと、じゅっと音がして香ばしい匂いが立ち上った。


焼き上がった肉は表面にきれいな焼き色がついていたが、切ってみると少し弾力が強い。


恵は一口食べ、ゆっくり噛んだ。


「焼くとちょっと固い」


真紀が尋ねる。


「煮込みは?」


恵は鍋から取り分けた肉を口に運んだ。


長く煮込んだ肉は繊維がほぐれ、煮汁の味もしっかり染みている。


「悪くない」


「煮込み用ならあり」


真紀が言うと、真理子が帳面を見ながら口を開いた。


「今より安い」


「どれくらい?」


真理子が数字を見せると、真紀は少し考えた。


「じゃあ煮込みだけ変える?」


恵も頷く。


「それなら味もそんなに変わらない」


老人が肉を食べながら言った。


「昔は肉なんて全部同じところから買っとったぞ」


「それで問題なかったなら、それはそれでいいんです」


真理子が答えると、老人は首を傾げた。


「今は違うのか?」


真紀が説明する。


「料理によって向いてる肉違うから」


「そんなもんか」


「そんなもん」


セラは二種類の肉を食べ比べながら、少し感心したように言った。


「私、焼いた肉の違いは何となく分かるんですけど、煮込みだとあまり分からないです」


恵が笑う。


「美味しければいいよ」


「そうなんですね」


「でも作る側は知ってた方がいい」


「なるほど」


真理子が値段を書き込み、真紀が仕入れの量を考えている。


セラはその様子を眺めていた。


「こうやって決めてるんですね」


真紀が首を傾げる。


「普通じゃない?」


セラが少し笑った。


「皆さん、本当によく普通って言いますね」


恵も笑った。


言われてみれば、確かにそうだった。


*


数日後、新しい仕入れ先から煮込み用の肉が届いた。


量は注文どおりで、状態にも大きなばらつきはない。試しに仕込んだ煮込みも、これまでと変わらない味に仕上がった。


真理子は納品された量と金額を確認し、満足そうに頷いた。


「これなら続けられる」


「煮込みはこれでいいね」


真紀の言葉に、恵も頷く。


「味も問題ない」


香織が笑った。


「じゃあいいことばっかりじゃん」


「まだ」


真理子が答える。


「何?」


「今の肉屋さんとの関係もある」


香織が少し驚いた。


「そこ?」


「全部切り替えるわけじゃないでしょ」


「焼く方は今までの方がいい」


真紀が言うと、香織が笑った。


「じゃあ両方から買えばいいじゃん」


「それでいく」


真理子が頷く。


「簡単」


「簡単に言うな」


恵は笑った。


でも、本当にそうやって店は少しずつ変わっていく。


何か一つを全部変えるのではなく、いいものは残して、使えるものを増やしていく。


恵はそれが、この店らしいと思った。


*


それから、変化は店の外にも出始めた。


最初はパン屋だった。


ある日、香織が仕入れに行くと、店主に声をかけられたらしい。


「最近、食堂で出すパンの大きさ決まってるんだって?」


「うん」


「毎回同じなのか?」


「だいたい」


「じゃあ、こっちで同じ大きさにして渡そうか?」


香織はその場で返事をしなかった。


珍しく。


「真理子に聞いてくる」


そう言って店に戻ってきた香織から話を聞き、真理子は感動したような顔をした。


「成長した」


香織が怒る。


「私だって学習するよ!」


*


次は肉屋だった。


決まった量を定期的に買うようになったことで、店側も用意する量を考えやすくなったらしい。


「この曜日に、これくらい」


そんなやり取りが、少しずつ当たり前になっていく。


さらに香織が知り合った別の商人まで、


「うちもそうしてみようかな」


と言い始めた。


恵には最初、何がそんなに珍しいのか分からなかった。


決まった日に必要な量を頼み、足りなければ調整する。


家でも似たようなことはしてきた。


冷蔵庫の中身を確認して、家族が何を食べるか考え、足りないものを買いに行く。


毎日料理をしていれば、自然と身につくことだった。


だから本人には、特別なことには思えなかった。


*


ある日の昼、役所の男がやってきた。


いつもの煮込みを注文する常連客だ。


最近では注文を聞く前に、香織が分かってしまう。


「いつもの?」


「……もう否定しない」


男は苦笑しながら席に着いた。


やがて料理が運ばれてくると、湯気の立つ煮込みを食べながら店内を見回した。


セラが食器を運び、香織が客と話している。真理子は帳面を確認し、真紀は厨房と客席の様子を見ながら次の作業を考えていた。


恵は厨房で料理を作っている。


「聞いたぞ」


男が言うと、香織が聞き返した。


「何を?」


「市場で、定期の仕入れが増えてるらしいな」


真理子が顔を上げた。


「うちの話?」


「お前たちが始めたせいで、他の店も真似してる」


四人が顔を見合わせた。


「いいんじゃない?」


真紀が言うと、男は笑った。


「それだけか?」


「便利ならやればいいじゃん」


「自分たちだけのやり方にしようとは思わないのか?」


真理子が首を傾げた。


「なんで?」


男は少し驚いた。


恵も質問の意味がよく分からなかった。


仕入れが便利になれば、商人も店も助かる。


自分たちだけが得をする必要はないと思う。


「みんな楽になるならよくない?」


香織が答えると、男は四人を順番に見た。


しばらく何も言わず、それから呆れたように笑った。


「……本当に変わってるな」


恵も笑う。


「よく言われるようになりました」


「自覚はあるんだな」


「そういう意味じゃないです」


香織が吹き出し、真紀も笑った。


男は首を振りながら、残りの煮込みを口に運んだ。


*


その日の夜、セラが帰ったあと、四人は店で夕食を食べていた。


昼間の賑わいが嘘のように、店内には穏やかな静けさが戻っていた。


「私たち、何か変なことしてる?」


恵が尋ねると、真理子が答えた。


「してないと思う」


「普通に店やってるだけ」


香織と真紀も頷く。


「だよね」


恵は少し考えた。


でも、町の人から見れば違うらしい。


必要な量を決める。値段を見る。味を確かめる。


役割を決めて、困ったら人に頼る。


客と話し、売れたものを残して、売れないものを変える。


恵にとっては、どれも誰かが今までの人生でやってきたことだった。


「でもさ」


恵が口を開くと、三人が顔を上げた。


「私たちが普通だと思ってることって、たぶん四人とも違うんだね」


香織が首を傾げる。


「どういうこと?」


恵は笑った。


「私には、人とあんなに話すの普通じゃないし」


香織を見る。


「私は普通だけど」


「でしょ?」


次に真理子を見た。


「数字あんなにずっと見るのも普通じゃない」


「普通だけど」


「でしょ?」


最後に真紀を見る。


「店入って五分で動線見るのも普通じゃない」


「見るでしょ」


三人が笑った。


恵は最後に自分の手を見た。


「私も何かあるのかな」


香織が即答する。


「あるでしょ」


「いっぱいあるじゃん」


真紀もそう言うと、恵は少し驚いた。


「何?」


三人が同時に考え込んだ。


恵が笑う。


「すぐ出ないじゃん」


「いや、ありすぎて」


香織が言うと、真理子が続けた。


「毎日飯作って、家回して、子ども二人育てて」


「冷蔵庫見ただけで何作るか決めるじゃん」


真紀が言うと、恵は首を傾げた。


「それは普通でしょ?」


三人が恵を見る。


そして同時に言った。


「ほら」


恵はしばらく意味が分からなかった。


でも少しして、四人で笑った。


*


その夜、二階へ上がる前に、恵は暗くなった店内を振り返った。


窓から差し込む月明かりが、磨かれたテーブルの端を淡く照らしている。昼間は人でいっぱいだった客席も、今は静まり返っていた。


店を始めたとき、自分たちは何も持っていないと思っていた。


お金も、家も、仕事も。


この世界で使える知識さえ、ほとんどないと思っていた。


でも、本当は何もなかったわけではない。


持ってきたものが、目に見えなかっただけ。


何十年も、それぞれ違う場所で、普通だと思って積み重ねてきたもの。


それが今、少しずつ店の外にまで広がり始めていた。






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