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おばさん4人が異世界に転移しましたがチートスキル無かったのでとりあえず食堂始めました  作者: れもん。
第一部 転移編

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13/23

新人が来ると、店の癖がよく分かる




人を雇うのは、思っていたより難しかった。


けれど店の忙しさは、そんな事情を待ってくれない。


「煮込み二つ!」


「はい!」


「焼いた肉三!」


「はい!」


「パン追加!」


「一回待って!」


恵の声が厨房に響き、香織がぴたりと動きを止めた。


「ごめん」


「今、煮込み二つ、肉三つ」


「うん」


「それ出してからパン」


「了解」


真紀は横で肉を焼きながら、恵の様子を見て笑った。


「前より早く戻るようになったね」


恵が睨む。


「褒めてる?」


「褒めてる」


「ならいい」


会計を終えた真理子が、帳面を閉じながら言った。


「でも人は欲しい」


その言葉には、四人とも頷くしかなかった。


祭りを境に客は明らかに増えていた。満席になる日も珍しくなくなり、以前なら四人で何とか回せていた時間帯も、今では少し油断すると誰か一人に負担が偏ってしまう。


そして、その負担が恵に集中すると、だいたい一度は「ちょっと待って!」が飛び出す。


今のところ何とかなっている。


ただ、それがいつまで続くかは分からなかった。


*


「今日も募集見に行ってくる」


昼の忙しさが落ち着いた頃、香織がそう言うと、真理子がすぐに顔を上げた。


「今日は何人連れてくる予定?」


「一人だけ」


「本当に?」


「一人」


「勝手に追加しない?」


「しない」


「その場で友達作って連れてこない?」


香織が笑った。


「それは分かんない」


真理子が額を押さえる。


「そこを分かって」


恵が笑っていると、真紀がふと思いついたように言った。


「でも次は経験なくてもいいかもね」


真理子がそちらを見る。


「前もそう言ってなかった?」


「前よりそう思う」


「なんで?」


真紀は少し考えた。


「うちのやり方覚えてくれるなら、経験ない方が逆にやりやすいかも」


恵は頷いた。


それは分かる。


経験があることはもちろん強みだ。でも店ごとにやり方は違うし、慣れた方法を変えるのが苦手な人もいる。経験が多ければ、必ずしもこの店に合うというわけではない。


真理子も少し考えてから頷いた。


「まあ、それはある」


「じゃあ人柄重視?」


香織が言うと、真紀が笑う。


「最初からそう」


「じゃあ私に任せて」


「全部は任せない」


真理子の即答に、香織が声を上げた。


「なんで!」


恵は笑いながら、今日も何人連れてくるのだろうと少しだけ心配になった。


*


その日の午後、香織は一人の若い女性を連れて戻ってきた。


年齢は二十代半ばくらいだろうか。落ち着いた色合いの服を着ており、少し緊張した様子で入口に立っている。


けれど、これまでの候補者とは少し違っていた。


店に入った女性は、恵と目が合うと小さく頭を下げた。それから厨房の奥や客席へ視線を移し、香織の動き、真理子の会計、真紀が厨房で作業する様子を順番に眺めていた。


ただ店内を見回しているのではなく、何かを観察しているように見える。


恵はなんとなく、そんな印象を受けた。


「募集見て来てくれた子」


香織が紹介すると、女性はもう一度頭を下げた。


「よろしくお願いします」


真紀が尋ねる。


「飲食店やったことある?」


「ないです」


「接客は?」


「ありません」


真理子が少しだけ眉を上げた。


「でも話してみたら良かったから連れてきた」


香織の言葉に、真理子は小さくため息をつく。


「そこはもう驚かない」


恵は思わず笑った。


「じゃあ何で応募したの?」


真紀が聞くと、女性は少し迷ってから答えた。


「ここの店、好きなので」


四人の動きが止まった。


「来たことある?」


恵が尋ねる。


「はい」


「いつ?」


「祭りの次の日くらいから」


「顔覚えてない」


香織が驚いた表情をすると、真理子が横を向いた。


「あなたでも?」


「最近人増えたから」


女性は少し笑った。


「一人で来ることが多いので」


真紀が続けて尋ねる。


「何が好き?」


女性は店内を見回した。


「ご飯も好きなんですけど」


少し考えてから、言葉を続ける。


「店の人が、みんな違うところです」


四人が顔を見合わせた。


恵は少し驚いた。そんなところを見ている客がいるとは思わなかった。


「接客する人はすごく話すし」


香織が笑う。


「私だ」


「数字見てる人は、ずっと何か書いてるし」


「私ね」


真理子が頷く。


「厨房の人は、急に家具動かすし」


真紀が笑った。


「見られてた」


「料理してる人は、忙しくなると急に全員黙らせるし」


恵が固まった。


三人が笑い出す。


「そこまで見られてるの!?」


女性は慌てて頭を下げた。


「すみません!」


「いや、怒ってないけど!」


香織が笑いながら言う。


「かなり見てるね」


女性は少し恥ずかしそうに頷いた。


「でも、それで店回ってるのが面白くて」


真紀の表情が変わった。


ほんの少し目を輝かせたのを見て、恵は思った。


これは、たぶん気に入った顔だ。


*


面接は、いつの間にか雑談になっていた。


「名前は?」


「セラです」


「休みの日何してる?」


「本読んだり」


「何読むの?」


「旅の話とか」


「へえ!」


香織が身を乗り出すと、真理子が口を挟んだ。


「また脱線してる」


「こういうの大事」


「仕事の話もして」


真紀が笑いながら、セラに尋ねた。


「忙しい時、分かんないことあったらどうする?」


セラは少し考える。


「聞きます」


「誰に?」


「近くにいる人」


「その人も忙しそうだったら?」


「急ぎなら聞きます。急ぎじゃなければ覚えておいて後で」


「いいね」


真紀が頷くと、今度は真理子が尋ねた。


「計算は?」


セラは少し困ったような顔をした。


「得意ではないです」


「仲間!」


香織が嬉しそうに声を上げる。


真理子がすぐに振り返った。


「あなたは喜ばないで」


そのやり取りにセラも笑った。


恵は、その自然な笑い方を見て少し安心した。


この人なら、香織に振り回されても、真理子に細かく言われても、真紀が急に何かを変えても、ちゃんと自分の言葉で返してくれそうな気がする。


まだ話したばかりなのに、不思議と一緒に働いている姿が想像できた。


*


面接が終わり、セラが帰ったあと、四人は厨房に集まった。


「どうする?」


真理子が尋ねると、真紀が即答した。


「私はあり」


「私も」


香織が頷き、恵も続いた。


「私もいいと思う」


真理子は三人を見た。


「早い」


「だって良くない?」


「悪くないけど」


真理子は少し考え、それから頷いた。


「……私もあり」


「全員一致!」


香織が嬉しそうに笑う。


「今度こそ決まるかな」


恵が言うと、四人とも前回の面接を思い出した。


採用したいと思った相手に、別の仕事が決まったと断られている。


「じゃあ今回はその場で聞けばよかったね」


真紀の言葉に、真理子が首を振った。


「だからって即決させないの」


「明日返事聞きに行く?」


香織が尋ねると、真理子が答えた。


「今日伝える」


「どっち?」


恵は笑った。


「採用したいって今日伝えて、返事は急がなくていいって言えばいいんじゃない?」


「それで」


真理子が頷き、真紀も賛成した。


「いいね」


香織が恵を見る。


「やっぱまとめるのうまいよね」


恵は首を傾げた。


「そう?」


三人は顔を見合わせた。


本人だけが、あまり自覚していないらしい。


*


翌日、セラから働きたいという返事が届いた。


改めて店に来てもらうと、香織は開口一番に尋ねた。


「本当に?」


「はい」


セラが頷くと、恵も嬉しくなった。


「よかった」


真理子はさっそく紙を広げ、勤務時間、賃金、食事、休み、仕事内容を一つずつ確認していった。


セラは説明を聞きながら、ときどき質問を挟み、最後にはしっかりと頷いた。


「分かりました」


「分からないことあったらすぐ聞いて」


真紀が言うと、恵も続けた。


「無理して全部覚えなくていいからね」


「困ったら私呼んで!」


香織の言葉に、真理子も付け加える。


「数字のことは私に聞いて」


セラは四人を順番に見て、少し笑った。


「誰に何を聞けばいいか、分かりやすいですね」


四人が顔を見合わせた。


「そう?」


真紀が尋ねると、セラは頷いた。


「はい。料理は恵さん、店のことは真紀さん、お金は真理子さん、分からない人のことは香織さん」


香織が笑った。


「人専門みたい」


セラも笑う。


「だいたい合ってますよね?」


「合ってる」


真理子が答えると、恵は妙に感心してしまった。


自分たちではそんなふうに考えたことはなかった。


けれど外から見ると、それぞれにちゃんと役割があるらしい。


*


数日後、セラの初出勤の日を迎えた。


朝の店内には、仕込みの音と温かい料理の香りが漂っていた。開店前の静かな客席で、セラは少し緊張した面持ちで恵の説明を聞いている。


最初の仕事は客席の片付けだった。


「食べ終わった皿、これにまとめて」


恵は食器を重ねながら手順を見せた。


「水は減ってたら足して、分からなかったら香織に聞いて」


「分かりました」


横から香織が言う。


「私も分からなかったら誰かに聞くけどね」


セラが少し笑った。


開店すると、いつものように客が入り始めた。


最初の一時間は何も問題なかった。


セラは慎重だった。皿を下げ、水を足し、客に呼ばれたら香織を確認する。分からないことはそのままにせず、一つずつ尋ねていた。


恵は厨房からその様子を眺めた。


「いい感じだね」


真紀も頷くと、真理子が言った。


「まだ初日」


「厳しい」


「普通」


恵と真紀が笑った。


*


昼頃になると、少しずつ客が増え始めた。


香織が注文を取り、セラが水を運ぶ。恵は煮込みを用意し、真紀は焼き台に立ち、真理子が会計を担当する。


いつもの役割に、一人分の動きが加わっていた。


そこへカイルが入ってきた。


店内を見回したあと、セラを見て足を止める。


「……店員増えてる」


香織が嬉しそうに言った。


「本物の店員!」


「本物?」


カイルが首を傾げると、恵が笑った。


「あなたと違ってね」


「俺は客ですからね!」


戸惑っているセラに、香織が紹介する。


「この子、うちの常連。半分息子」


「違います」


即答だった。


「よろしくお願いします」


セラが頭を下げると、カイルも慌てて姿勢を正した。


「こちらこそ」


その直後、真紀が厨房から声をかけた。


「悪いけど、その箱こっち運んで」


「ほら!」


カイルが声を上げると、セラが吹き出した。


「本当に働いてる」


「働かされてるんです!」


店に笑い声が広がった。


*


昼のピークを迎えると、セラは初めてこの店の本当の忙しさを知ることになった。


次々と扉が開き、客席が埋まっていく。食器の触れ合う音や注文を呼ぶ声が重なり、厨房からは肉の焼ける香ばしい匂いが流れてきた。


「肉二! 煮込み三!」


「水!」


「持ってきます!」


「会計!」


「私!」


真理子が返事をし、香織は新しい客を案内する。


真紀が厨房から客席を見た。


「四番もうすぐ空く!」


「片付けます!」


セラがすぐに動き、空いた食器を下げていく。


恵は煮込みを皿に盛りながら声を上げた。


「次何!?」


「スープ二!」


「はい!」


「パン――」


恵が振り返った瞬間、香織が口を閉じた。


「あ」


セラも動きを止める。


恵は一度息を吐いた。


「今、スープ二」


香織が頷く。


「それ出したらパン」


「了解」


セラはそのやり取りをじっと見ていたが、すぐに動き出した。


「じゃあスープ、私運びます」


恵が顔を上げる。


「お願い!」


「はい!」


セラがスープを運んでくれたおかげで、恵は次のパンに集中できた。


「いいじゃん」


真紀が小さく笑ったが、セラには聞こえていない。


恵には聞こえた。


たしかに、いい。


まだ教えていないことは山ほどある。それでも、今何をすればいいのかを自分で考えて動こうとしてくれている。


それだけでも、十分ありがたかった。


*


昼のピークが終わった頃には、セラもすっかり疲れた様子だった。


客席の片付けが一段落すると、椅子に腰を下ろして大きく息を吐く。


「……すごいですね」


香織が水を渡した。


「疲れた?」


「疲れました」


「正直」


真理子が言う。


「最初はそんなもの」


セラは水を飲み、少し落ち着いてから顔を上げた。


「でも」


四人がそちらを見る。


「楽しかったです」


「でしょ?」


香織が笑うと、真理子がすぐに言った。


「あなたが言うな」


真紀が尋ねる。


「どこが?」


セラは少し考えた。


「みんな、言うこと違うのに」


恵が笑う。


「まあね」


「でも、誰か困るとすぐ別の人が入るんですね」


四人は少し黙った。


セラは続ける。


「最初、覚えること多そうだなって思ったんですけど、恵さんは一気に言うと止まる」


恵が苦笑した。


「もうバレた」


「だから一個ずつ言えばいい。真理子さんは数字ちゃんとすれば怖くない」


真理子が眉を上げる。


「怖いと思われてた?」


香織が笑った。


「思われるでしょ」


「なんで」


セラは次に香織を見る。


「香織さんは話し始めると長い」


香織が固まった。


「私だけ褒められてなくない?」


セラは最後に真紀を見る。


「真紀さんは勝手に変える」


真理子が吹き出した。


恵もつられて笑い、香織はテーブルを叩いている。


真紀だけが少し不満そうだった。


「勝手じゃないよ」


真理子が言う。


「勝手よ」


「ちゃんと考えてる」


「考えてから勝手にやってる」


セラも声を上げて笑った。


その笑顔を見ながら、恵は思った。


ああ、この子、たぶん大丈夫だ。


まだ初日なのに、もう四人の中に自然と混ざっている。


それがなんだか嬉しかった。


*


閉店後、セラが帰ったあとも四人は店に残っていた。


客席には片付けを終えた椅子が整然と並び、厨房には洗い終えた食器が重ねられている。昼間の騒がしさが嘘のように静かだった。


「いい子だったね」


香織が言うと、真理子も頷いた。


「続いてくれればいい」


「たぶん続くよ」


真紀が言うと、恵が尋ねる。


「また勘?」


「うん」


真理子が呆れたように言った。


「根拠は?」


真紀は少し考えてから答えた。


「楽しそうだったから」


真理子は何も言わなかった。


恵も少し笑う。


それなら、自分にも分かる気がした。


「当たるといいね」


真紀が笑った。


「当たるよ」


「その自信が腹立つ」


真理子の言葉に香織が笑い、恵もつられて笑った。


新しい人が一人増えた。


それだけで、今まで当たり前だと思っていた四人の癖が、少しだけ外から見えるようになった。


自由すぎる人、現実的すぎる人、人と仲良くなりすぎる人、一度にいろいろなことができない人。


どれも誰かにとっては欠点で、誰かにとってはちょうどいい役割なのかもしれない。


恵はそんなことを考えながら、明日の仕込みを始めた。






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