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おばさん4人が異世界に転移しましたがチートスキル無かったのでとりあえず食堂始めました  作者: れもん。
第一部 転移編

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12/24

人を雇うって、そう簡単じゃない




「そろそろ人を雇いたい」


真紀がそう言った翌朝、真理子は朝食のテーブルに早くも紙を広げていた。


「じゃあ、条件を決めるよ」


香織がパンをちぎりながら言う。


「早いね」


「雇うなら先に決める」


「誰か来てから考えたら?」


「それ、一番駄目なやつ」


「でも、条件なんてそんなにある?」


真紀が尋ねると、真理子は顔を上げた。


「ある」


「例えば?」


「何時間働くのか。何をしてもらうのか。いくら払うのか。食事はつくのか。休みはどうするのか」


一つずつ挙げられるたびに、香織の表情が少しずつ真剣になっていく。


「……多いね」


「だから先に決めるの」


恵は隣で話を聞きながら頷いた。


家のことなら、その場で何とかなることも多い。けれど、誰かに働いてもらうなら、曖昧にしない方がいい。


「とりあえず、昼だけでよくない?」


真紀が言うと、真理子はすぐに尋ねた。


「何時から何時?」


「昼前からピークが終わるまで」


「何時?」


「十一時くらい?」


「終わりは?」


「二時?」


「その『くらい』をやめて」


真紀が少し嫌そうな顔をする。


「細かいなあ」


「人を雇うんだから当たり前でしょ」


香織が恵に顔を寄せ、小声で囁いた。


「始まったね」


「始まったね」


恵も小声で返すと、真理子がこちらを見た。


「聞こえてるから」


二人は揃って口を閉じた。


*


結局、昼前から昼過ぎまでの忙しい時間を中心に、接客と片づけを手伝ってくれる人を一人募集することになった。


「どこで募集するの?」


恵が尋ねると、香織が即答した。


「市場で聞いてくる」


「待って」


真理子がすぐに止める。


「なんで?」


「あなたに任せると、候補が十人くらい増えそう」


「いいじゃん」


「よくない。面接するのは誰?」


「私たち」


真紀が答えると、真理子はそちらを向いた。


「あなた、面接できる?」


「できるでしょ」


「何を聞くの?」


「一緒に働けそうか見る」


恵は思わず笑った。


いかにも真紀らしい答えだった。


真理子は小さくため息をつく。


「まあ、そこも大事だけど」


香織が楽しそうに立ち上がった。


「じゃあ、私、人を探してくるね」


「一人ずつ連れてきて」


「分かった」


「本当に一人ずつだからね」


「分かったって」


三人が揃って香織を見る。


香織は肩をすくめて笑った。


「信用ないなあ」


*


その日の昼、カイルが食堂にやってきた。


いつもの席に座り、いつもの煮込み料理を大盛りで注文する。もちろん、大盛りは別料金だ。


香織が湯気の立つ料理を運びながら声をかけた。


「ねえ」


カイルは嫌な予感を察したように顔を上げた。


「なんですか」


「知り合いで、昼だけ働きたい人いない?」


カイルは即答した。


「俺以外で?」


四人が笑った。


「分かってきたじゃん」


真紀が言うと、カイルは眉を寄せた。


「毎回俺に仕事振るからですよ!」


「でも、今回は本当に別の人を探してるよ」


「よかった」


「そんなに安心する?」


「しますよ!」


カイルは煮込みを一口食べ、少し考えた。


「ギルドで聞けばいるかもしれませんよ」


香織がすぐに反応する。


「ギルド?」


「冒険者だけじゃなくて、短い仕事を探してる人もいるんで」


真理子が顔を上げた。


「それ、いいかも」


「条件を書けば掲示もできますよ」


真理子の目が少し明るくなる。


「それ、早く言って」


カイルは驚いた顔をした。


「聞かれてないですから」


すると、奥でお茶を飲んでいた老人が口を挟んだ。


「ワシと同じことを言っとる」


真理子が老人を見る。


「あなたは情報を出すのが遅すぎるんです」


「同じじゃろう」


「違います」


恵は二人のやり取りを聞きながら笑った。


*


午後、香織と真理子がギルドへ行くことになった。


「香織一人でよくない?」


真紀が言うと、真理子は紙を手に答えた。


「条件を書くのは私だから」


香織が笑う。


「保護者付き」


「暴走防止」


「信用ないなあ」


恵は二人に手を振った。


「行ってらっしゃい」


*


二人が戻ってきたのは夕方だった。


香織は楽しそうな顔をしていたが、真理子は少し疲れた様子だった。


「どうだった?」


恵が尋ねると、香織が嬉しそうに答えた。


「面白かった!」


「聞いてるの、そこじゃないでしょ」


真理子が言うと、真紀が笑った。


「何人くらい来そう?」


真理子は持っていた紙を広げた。


「明日、三人」


「本当は五人いたんだけどね」


香織が付け加えると、真理子は横目で見た。


「三人に絞ったの」


「なんで?」


「明日いきなり五人も面接したくないから」


恵が頷く。


「それはそうだね」


「どんな人?」


「若い子が二人と、少し年上の人が一人」


香織が楽しそうに言った。


「みんないい人だったよ」


真理子が即答する。


「あなたは五分話せば全員いい人になるのよ」


「そんなことないよ」


「昨日、知らない旅商人と夕飯の約束してたじゃない」


「それは話が合ったから」


「そういうところ」


*


翌日、最初にやってきたのは若い女性だった。


椅子に座っても背筋が少し強張っていて、膝の上で両手をぎゅっと握っている。


香織が笑顔で声をかけた。


「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ」


「は、はい」


真理子が席を勧め、真紀も向かいに座った。恵は少し離れた場所から様子を見守っている。


面接は、ごく普通の質問から始まった。


「今まで働いたことはある?」


「あります」


「何をしてたの?」


「宿で掃除と配膳をしていました」


「いいね。昼だけ働ける?」


「はい」


そこまでは順調だった。


ところが、香織が次の質問をした。


「家はこの辺?」


「少し離れています」


「家族は?」


「母と弟がいます」


「弟、いくつ?」


「十五です」


「反抗期?」


「え?」


女性が戸惑った顔をする。


真理子が香織を見た。


「何を聞いてるの」


「いや、気になるじゃん」


「仕事に関係ないでしょ」


「でも、いいんじゃない?」


真紀が笑うと、真理子は今度はそちらを向いた。


「あなたまで」


真紀は気にせず、女性に尋ねた。


「人が多いところは平気?」


「はい」


「怒鳴るお客さんがいたら?」


女性は少し考えた。


「怖いですけど……店の中なら、誰かを呼びます」


「それでいい」


真紀は頷いた。


恵も、その答えは悪くないと思った。


怖いものを怖くないと言って、無理に強がる必要はない。困ったときに誰かを頼れることも、大切なことだ。


香織がまた尋ねる。


「料理は好き?」


「食べる方なら」


「いいね!」


真理子が呆れたように言う。


「何がいいの」


「食べるのが好きな人の方が、ご飯屋さんに向いてそうじゃない?」


「理屈が雑」


*


二人目は若い男性だった。


元気がよく、声も大きい。接客の経験もあるらしく、質問への返事もはきはきしている。


一見すると、かなり良さそうな人だった。


けれど、真紀は途中から少し黙り込んでいた。


「どうしたの?」


恵が小声で尋ねる。


「なんか違う」


「何が?」


「分かんない」


その会話を聞いていた真理子が口を挟んだ。


「その『なんか』が困るんだけど」


真紀はもう一度、男性に目を向けた。


「何でもできます!」


男性は香織の質問に勢いよく答えていた。


「忙しい店にも慣れてます!」


「怒られても平気です!」


経験もあり、やる気も十分。


真理子なら評価しそうな内容だった。


けれど、真紀の表情は最後まで変わらなかった。


面接が終わり、男性が帰ったあと、真理子が尋ねた。


「悪くなくない?」


「うーん」


真紀が顔をしかめると、香織も少し考え込んだ。


「私も、なんか違うかも」


真理子が二人を見る。


「二人して感覚で言わないで」


「どこが気になったの?」


恵が尋ねると、真紀はしばらく考えてから答えた。


「全部自分でやるって言うところ」


三人が顔を上げる。


「忙しいときって、一人で全部できないじゃん」


恵は頷いた。


自分も、厨房で手が回らなくなることがある。そんなときに誰かが助けてくれるだけで、ずいぶん違う。


「分からなかったら聞くとか、誰かを呼ぶとか、そういう話が一回も出なかったんだよね」


「確かに」


香織も頷いた。


真理子は少し考え込む。


「なるほど」


「仕事ができるかどうかより、一緒に店を回せるかが気になる」


真紀の言葉に、恵は納得した。


どれだけ経験があっても、忙しいときに周りと協力できなければ、かえって大変になるかもしれない。


*


三人目は、少し年上の女性だった。


結婚していて、子どももいるという。


飲食店での経験はほとんどなく、本人も最初にそう話した。


「料理屋で働いたことはありません」


真理子が尋ねる。


「接客の経験は?」


「少しだけあります」


「忙しいのは平気?」


「分かりません」


四人は少し意外そうな顔をした。


女性は落ち着いた様子で続けた。


「やったことがないので」


香織が笑う。


「正直だね」


「でも、覚えるのは嫌いじゃないです」


真紀が尋ねた。


「分からないことがあったら、どうする?」


女性は少し考えた。


「聞きます」


「誰に?」


「分かる人に」


「その人が忙しそうでも?」


「急ぎなら聞きます。急ぎじゃなければ、後にします」


真紀の表情が少し変わった。


恵には分かった。


たぶん、今の答えを気に入ったのだ。


すると香織が、今度は仕事とは関係のない話を始めた。


「休みの日は何してるの?」


女性が笑う。


「刺繍とか」


「私も!」


香織の目が輝いた。


真理子が小さくため息をつく。


そこから刺繍の話になり、子どもの話になり、町の祭りや好きな食べ物の話へと広がっていった。


面接というより、ほとんど雑談だった。


恵も途中から会話に加わった。


女性はよく笑う人だった。


けれど、自分ばかり話すわけではない。相手の話をきちんと聞き、誰かが話している途中で無理に割り込むこともなかった。


恵は、厨房で仕事をしながら、この女性と声を掛け合っている場面を想像した。


なんとなく、一緒に働く姿が思い浮かんだ。


*


三人の面接が終わり、候補者たちが帰ったあと。


「で?」


真理子が尋ねると、真紀は即答した。


「三人目」


「私も」


香織が続き、恵も頷いた。


「私もかな」


真理子は三人を見渡した。


「理由は?」


「一緒に働けそう」


真紀が答える。


「それだけ?」


「大事じゃん」


香織も続けた。


「話しやすかったし」


真理子がそちらを見る。


「あなたは全員と話しやすいでしょ」


「でも、違うの」


恵は少し考えてから口を開いた。


「忙しいときに、ちゃんと人を頼れそうだなって」


真理子が恵を見る。


「私が忙しいときって、自分で何でもできる人より、『これやります』『これは分からないです』って言ってくれる人の方が助かると思う」


真理子は少し黙って考えた。


それから頷いた。


「じゃあ、三人目にしようか」


真紀が笑う。


「決まり!」


*


翌日、香織がギルドへ連絡に行った。


ところが、戻ってきた香織は少し困った顔をしていた。


「どうしたの?」


恵が尋ねる。


「断られた」


三人の動きが止まった。


「え?」


「別の仕事が決まったんだって」


しばらく沈黙が流れた。


最初に笑い始めたのは真紀だった。


「何で笑うの」


真理子が尋ねる。


「いや、だって」


「何?」


「昨日、あんなに考えたのに」


恵も思わず笑ってしまった。


香織まで笑い始め、真理子だけがしばらく真顔で三人を見ていた。


「……まあ、そういうこともある」


ようやくそう言うと、真紀が肩をすくめた。


「また探せばいいじゃん」


「そうだね」


香織も頷いた。


恵は苦笑した。


どうやら異世界でも、人を雇うのは簡単ではないらしい。


*


その日の昼、カイルが食堂にやってきた。


恵は料理を運びながら声をかけた。


「昨日、面接したんだよ」


「へえ」


「一人、いい人がいたんだけどね」


「決まったんですか?」


「別の仕事に行っちゃった」


香織が答えると、カイルは少し残念そうに笑った。


「それは残念でしたね」


そのとき、真紀がじっとカイルを見つめた。


視線に気づいたカイルが顔を上げる。


「……何ですか」


「いや」


「絶対、何か考えてますよね」


真紀はにっこり笑った。


「昼だけ働かない?」


カイルは即答した。


「働きません!」


店内に笑い声が響いた。


真理子が笑いながら言う。


「本職があるもんね」


「そうですよ!」


香織がすかさず尋ねる。


「じゃあ、知り合いを紹介して」


「また俺経由!?」


恵は声を上げて笑った。


人を一人増やす。


たったそれだけのことが、思っていたよりずっと難しい。


それでも店は、毎日ちゃんと動いている。


四人と老人、そして半分店員のようになっている冒険者。


まだ少し不格好なままだけれど、その不格好さも含めて、少しずつこの店らしくなってきていた。





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