↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おばさん4人が異世界に転移しましたがチートスキル無かったのでとりあえず食堂始めました  作者: れもん。
第一部 転移編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/24

祭りのあとに残るもの




祭りの翌日、恵はいつもよりずっと遅く目を覚ました。


身体が重い。腕も足も、昨日の疲れが抜けていない。寝返りを打つだけでも、あちこちの筋肉が痛んだ。


何より、今日は厨房に立ちたくなかった。


「……今日は休みたい」


布団の中でぽつりと呟くと、廊下の向こうから声がした。


「私も!」


香織だった。恵は思わず笑った。


「珍しいね」


「昨日、しゃべりすぎた!」


「そこ?」


「あと、立ちっぱなし!」


別の部屋から真理子の声も聞こえてきた。


「今日は午前休みにする?」


恵はすぐに返した。


「する!」


けれど、真紀の声だけが聞こえない。


嫌な予感がして、恵は重い身体を起こした。


*


一階へ降りると、真紀はすでに厨房にいた。


「……何してるの?」


「昨日の片づけ」


「休む話してたよ?」


「聞こえてた」


「じゃあ、なんでやってるの」


「気になるから」


恵はため息をついた。


「あなた、本当に止まれないね」


「でも、営業はしないよ」


「それならまあ……」


真紀は昨日使った串の箱や、空になった食材容器を整理していた。作業台には洗い終えた道具が並び、祭りの名残がまだあちこちに残っている。


少しして、真理子と香織も降りてきた。


香織は髪を適当にまとめ、いつもよりずっと気の抜けた格好をしている。


「今日は顔作らない」


真理子が言う。


「誰も見ないからいいんじゃない」


「そういう意味で言ったんじゃない」


老人はすでに起きていて、店の端でお茶を飲んでいた。


「昨日はよく働いたな」


恵は近くの椅子に腰を下ろした。


「もう二度とやりたくない」


「来年もやるでしょ」


真紀の言葉に、恵はじろりと睨み返した。


「今それ言わないで」


「私はやりたい!」


香織が笑顔で言うと、真理子が口を挟んだ。


「来年の話は売上を見てから」


恵はテーブルに突っ伏した。


「全員やる気あるじゃん……」


*


午前中は店を閉めることにした。


四人は遅い朝食を囲んだ。昨日残ったパンに、温め直したスープと少しだけ残った煮込み料理。


豪華な食事ではなかったが、今の恵にはそれで十分だった。


「こういうのでいいんだよ」


パンをちぎりながら言うと、香織も頷いた。


「今日は人に出さなくていいご飯がいい」


そのとき、真理子が帳面を持ってきた。


恵は露骨に嫌な顔をした。


「今?」


「今」


「食べながら?」


「数字を見るだけ」


真紀はすぐに身を乗り出した。


「昨日、どれくらいだった?」


「かなり良かった」


香織が笑う。


「それ、昨日も言ってた」


「昨日はざっくり。今日はちゃんと」


真理子は帳面を開き、売上と仕入れの数字を確認していく。


通常営業の売上、予約分、肉串の売上。食材費に追加で買ったパンの代金、手伝いに入ったカイルへの賃金。


恵は数字が並ぶ紙を見ているだけで、頭が痛くなりそうだった。


「よくそんなの朝から見られるね」


「朝だから見るの」


「私は無理」


「知ってる」


真紀が待ちきれない様子で尋ねた。


「で?」


真理子は最後の計算を終え、顔を上げた。


「昨日は、かなり利益が残った」


「やったじゃん!」


香織が声を上げる。


けれど、真理子はすぐに続けた。


「でも、通常営業と同じ感覚で見ないでね」


「なんで?」


真紀が尋ねる。


「祭りだから」


「一日だけの数字ってこと?」


「そう。昨日売れたからって、今日も同じように売れるとは限らない」


恵は頷いた。


「それはそうだよね」


香織が笑顔で尋ねる。


「じゃあ、祭りは成功ってことでいい?」


真理子は帳面を閉じ、少しだけ笑った。


「成功」


「やった!」


香織が両手を上げた。


一方、真紀はすでに別のことを考えているようだった。


真理子がすぐに気づく。


「来年の改善案、考えないで」


「まだ何も言ってない」


「顔に出てる」


*


昼近くになり、店の前から声がした。


「今日、休みですか?」


聞き覚えのある声に恵が顔を上げ、扉を開けると、そこにはカイルが立っていた。


「今日は午前休み」


「やっぱり」


「どうしたの?」


「昨日の賃金をもらいに来ました」


奥から真理子が声をかける。


「用意してあるよ」


カイルが店に入ると、香織が笑顔で迎えた。


「昨日はありがとね」


「いや、俺も楽しかったです」


恵が笑う。


「本当に?」


「途中、ちょっと後悔しましたけど」


「どこで?」


「全部です」


四人が声を上げて笑った。


真理子が用意していた小さな袋を渡すと、カイルは中を確かめて少し驚いた顔をした。


「……多くないですか?」


「決めた分だよ」


「でも、飯も食べましたよ」


「それ込み」


カイルは少し困ったように笑った。


「本当にちゃんとしてるんですね」


真理子が首を傾げる。


「何が?」


「こういうの」


「働いてもらったんだから、払うだけでしょ」


「普通ですよね」


カイルが言うと、真理子は当然のように頷いた。


「普通」


恵と香織と真紀が、同時に真理子を見た。


真理子は眉を寄せる。


「何?」


「また普通って言った」


「普通でしょ」


香織が笑うと、カイルもつられて笑った。


「この店の普通、基準が高いんですよ」


真理子は本気で分かっていない顔をしていた。


*


賃金を受け取ったあとも、カイルはしばらく店に残っていた。


「今日、仕事ないの?」


恵が尋ねる。


「午後からです」


「じゃあ、今は暇?」


香織が聞くと、カイルは嫌そうな顔をした。


「その聞き方、仕事を振るやつですよね」


「店の前だけ掃いて」


「ほら!」


真紀が笑うと、恵もつられて笑った。


「無理ならいいよ」


カイルはため息をついた。


「……ほうき、どこですか」


香織が嬉しそうに言う。


「息子だ」


「違いますって!」


*


午後から店を開けた。


祭りの翌日だから、さすがに客は少ないだろう。


恵はそう思っていた。


ところが、開店してすぐに一組の客が入り、そのあとも二組、三組と続いた。


その中には、昨日見かけた顔もあった。


「昨日、串焼きを買ったんだけど」


香織がすぐに反応する。


「あ、ありがとうございます!」


「店の料理も食べてみようと思って」


真紀と真理子が、一瞬顔を見合わせた。


恵もその会話を聞いていた。


これか、と思った。


祭りで一度買ってくれた人が、次は店に食べに来てくれる。


以前、真紀が話していたことだった。


香織はいつもどおり、楽しそうに客を案内している。


「今日は店の中なんで、ゆっくり食べていってください」


客は笑いながら席についた。


恵は厨房へ戻り、煮込みの鍋をかき混ぜた。


少しだけ嬉しかった。


*


それは、その客だけではなかった。


昨日、肉串を買ってくれた人。予約で来ていた商人。市場で香織と知り合った人。


何人かが、今度は普通の客として店を訪れた。


「思ったより残ったね」


真理子が小声で言うと、真紀も頷いた。


「ね」


香織は嬉しそうだった。


「みんな、気に入ってくれたんだよ」


恵は鍋から立ち上る湯気を眺めながら笑った。


祭りの日はあれほど忙しく、何度も嫌になった。目の前の料理を出すだけで精いっぱいで、ほかのことを考える余裕なんてなかった。


けれど、あの一日が今日につながっている。


そう思うと、昨日の疲れも少しだけ報われた気がした。


*


それから数日が過ぎた。


店は祭り前より、少しだけ忙しくなっていた。


毎日満席になるほどではない。それでも、明らかに客は増えている。


新しい顔もあれば、久しぶりに来る常連の姿もあった。


そして、香織の知り合いはさらに増えていた。


「今日は誰?」


真理子が尋ねると、香織は首を傾げた。


「誰が?」


「さっき話してた人」


「ああ、旅商人さん」


「いつ知り合ったの?」


「昨日」


「どこで?」


「市場」


「また?」


「またって何?」


真紀が笑った。


「もう市場の人、ほとんど知り合いじゃない?」


香織は少し考えた。


「半分くらい?」


真理子が真顔になる。


「怖い」


「何が?」


恵は思わず笑った。


*


その頃から、店では少し変わったことも起き始めていた。


客同士が話すようになったのだ。


最初は、冒険者同士が同じ依頼について話していた。街道の状態や魔物の情報、危険な場所の話。


やがて商人と冒険者が話すようになり、荷物の護衛や売れる品の情報が飛び交うようになった。


市場の人間と旅人が、宿や仕入れ先、町の噂について話していることもある。


恵は料理を運びながら、そんな光景を目にすることが増えた。


「この店、情報が集まるな」


ある日、煮込みを食べていたカイルが言った。


「そうなの?」


「はい」


カイルは店内を見渡した。


「あの人、この町に来たばかりの商人ですよ」


「へえ」


「向こうの人は、北の方から来た冒険者です」


「知り合い?」


「俺は違いますけど」


「じゃあ、なんで知ってるの?」


「ここで話してるからです」


恵は客席に目を向けた。


ちょうど香織が、二人の客と楽しそうに話しているところだった。


「こっちの人、北の方に詳しいんだって!」


「え、そうなの?」


「じゃあ、ちょっと聞きたいんだけど」


二人はすぐに話し始めた。


恵は思った。


原因は、あれだ。


*


閉店後、真理子が香織に尋ねた。


「香織」


「何?」


「知らない人同士、勝手につないでる?」


「勝手じゃないよ」


「じゃあ、何?」


「話が合いそうだなって思ったら、紹介してるだけ」


真紀が笑った。


「それ、勝手じゃん」


「でも、仲良くなってるよ?」


「結果論」


真理子が言うと、香織は少し考えた。


「でもさ」


三人が顔を上げる。


「この人とこの人、話したらいいのにって思うとき、ない?」


恵は少し考えた。


「あるけど」


「じゃあ、話してもらえばいいじゃん」


真理子が首を振る。


「普通はそこまでやらないのよ」


「なんで?」


「なんでって……」


真理子が言葉に詰まると、真紀が笑った。


「説明できないんだ」


「そういう問題じゃない」


恵も笑った。


香織にはきっと、人と人の間にある壁が、ほかの人よりずっと薄く見えているのだろう。


だから、初めて会った人同士でも自然につなげられる。


本人にとっては、それもきっと普通のことなのだ。


*


数日後、役所の男がまた店を訪れた。


すっかり顔を覚えた香織は、当然のように声をかける。


「今日は一人?」


「今日は一人だ」


「いつもの煮込み?」


男が少し眉を上げた。


「いつから、いつものになった?」


「三回目くらいから?」


男は小さく笑った。


「では、それで」


香織が厨房へ注文を伝え、恵は煮込みを器によそった。


柔らかく煮えた肉と野菜から湯気が立ち、温かな香りが広がる。


料理を運んでしばらくすると、男が食事の手を止め、店内を眺めていた。


客席では、冒険者と商人、町の人たちがそれぞれ話をしている。


「面白い店になったな」


男が呟いた。


香織が顔を上げる。


「前と違う?」


「違うな」


少し離れた席でお茶を飲んでいた老人も、その会話を聞いていた。


男は店内を見渡しながら続けた。


「前は、飯を食う場所だった」


真紀が尋ねる。


「今は?」


男は少し考えた。


「人が集まる場所だな」


恵はその言葉を聞いて、嬉しくなった。


老人も静かに笑っていた。


*


その日の夜、四人は二階で遅い夕食を食べていた。


一日の営業を終えたあとの食卓には、どこかほっとした空気が流れている。


「なんか、店っぽくなってきたね」


香織が言うと、真理子が答えた。


「最初から店だけど」


「そうじゃなくて」


「分かってる」


真紀は食事を続けながら笑った。


「でも、最初の頃とは全然違うよね」


「そうだね。お客さんも増えたし」


恵が頷くと、香織が嬉しそうに言った。


「知り合いもいっぱいできた!」


「あなたは作りすぎ」


真理子の言葉に、三人が笑った。


「でもさ、最初はこんなふうになると思わなかったよね」


恵が言うと、真紀も頷いた。


「とりあえず食べていくために始めた店だったもんね」


「それが今じゃ、知らない人同士が仲良くなる場所だもん」


香織は満足そうに笑った。


恵は三人の顔を見渡した。


異世界に来たばかりの頃、自分たちには何もなかった。


仕事も、家も、知り合いも。


今は店がある。暮らす場所があり、常連客がいる。市場には知り合いも増えた。


そして、息子みたいな冒険者までいる。


まだ元の世界へ帰る方法は分からない。


それでも、ここで生きていく形だけは、少しずつでき始めていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。