第五話 献身と執着
翌朝。
ルカは普段通り、誰よりも早く起床した。
「アメリアお嬢様は少しお疲れのようです。お昼までゆっくり休ませてあげてください」
ルカはアメリアの両親や屋敷のメイドたちに淀みなく伝え、自身の執事としての業務を完璧にこなし始める。夜通しアメリアの胸を貪り続けていたが、獣人の体力は底なしだ。疲労など微塵も感じておらず、むしろ獲物を味わい尽くした満足感で足取りは軽く、尻尾はご機嫌に揺れていた。
一方、アメリアが目を覚ましたのは、太陽がすっかり高く昇った昼頃だった。
「ひゃ……っ?!」
身体を起こそうとした瞬間、アメリアは短く悲鳴を上げ、再びベッドに倒れ込んだ。寝巻きの薄い布地が胸に擦れただけで、脳天を突き抜けるような刺激が走ったのだ。まるで甘い雷に打たれたかのような、強烈な快感。
「はあっ……っ、な、なにこれ……っ?!」
アメリアは顔を真っ赤にして、自分の胸元を隠すように両手で押さえた。一晩中、ルカの幼く熱い口内に吸われ続けた胸は、今もまだ熱を持ち、異常なほど敏感になっていた。ベッドから立ち上がろうとするが、足に力が入らない。ただ呼吸に合わせて胸が上下する振動だけで、下腹部が疼き、立っているのがやっとの状態だった。
「はあっ……まずい、わね……」
アメリアは荒い息を吐きながら、よろよろとクローゼットへ向かう。このままでは、ドレスを着ることなど到底できない。少しでも布が擦れれば、まともに歩くことすらできなくなってしまう。彼女は引き出しから柔らかいガーゼを取り出すと、震える手で胸に当て、なんとか刺激を和らげようとしながら支度を始めた。
可哀想なルカを慰めてあげただけなのに……まさか、こんなことになるなんて……っ!
自分はただ、母性から『お母さん』の代わりをしてあげただけだ。あの子は寂しくて甘えていただけ。
そう自分に言い聞かせるが、身体の奥底に刻み込まれた快感の記憶が、その言い訳を容易く打ち砕いていく。
トントン。
その時、寝室のドアがノックされた。
「……っ!今、着替え中ですの。後にしてくださる?」
アメリアは慌てて声を裏返らせながら答えた。しかし、無情にもドアのノブがガチャリと回り、扉が開かれた。
アメリアの前に立っていたのは、着替え用のドレスを持ったルカだった。その顔は、昨夜の『寂しがる孤児』ではなく、完璧な『執事』の顔に戻っている。
「ルカ?!入らないでと言ったでしょう?早く出ていきなさい!」
「いいえ、お嬢様。お着替えのお手伝いをするのも、僕の仕事ですから」
「必要ないわ!自分でできるから!本当に、向こうに行って……っ!」
アメリアが胸元のガーゼを隠そうと身をよじるが、ルカの鋭い視線は、寝巻きの隙間から覗く不自然な白い布を、瞬時に捉えていた。
しかし、ルカは表情一つ変えない。完璧な執事の仮面を被ったまま、まるでそんなものは見えていないかのように、優雅に微笑んだ。
「お嬢様はお疲れなのですから、無理はなさらないでください。さあ、腕を通してくださいませ」
ルカは強引に、しかし決してアメリアが怪我をしない絶妙な力加減で、彼女の寝巻きを脱がせ、ドレスを被せた。そして、背中に回り、ドレスのリボンをきゅっと引き絞る。
「んっ……」
布地が引き上げられ、胸のガーゼが肌に密着して擦れた瞬間。アメリアの口から、甘い吐息が漏れた。彼女は慌てて両手で口を塞ぎ、顔を真っ赤にして震え始める。
「お嬢様?どうかされましたか?」
「な、なんでも……っ、ないわ……!少し、きつい、だけ……っ」
「そうですか?いつもと同じ寸法ですが。……では、もう少しだけ緩めましょうか」
ルカはわざとゆっくりとリボンを緩め、そしてまた軽く引き締める。そのたびに布が擦れ、アメリアの肩が跳ねた。彼女の白い首筋には、じっとりと汗が滲んでいる。
……ああ。今のお嬢様は、布が擦れるだけで立っていられないのだ。
ルカの胸の奥で、どす黒い歓喜の炎が燃え上がり、狂わしいほどの愉悦が渦を巻いた。
僕が夜通し与え続けた熱のせいで。アメリアお嬢様は今、僕の目の前で、僕に着替えを手伝われながら、必死に快感に耐えている。僕が原因だということも隠して、ただの『弟』の前で、必死にお姉ちゃんの体面を保とうとしている。
――なんて可愛くて、愚かで、愛おしいんだろう。
ルカは、アメリアに悟られない背後で、透き通った青い瞳を極限まで細め、音もなく極上の笑みを浮かべた。
彼女の身体を一晩でここまで変えてしまったのは、自分だ。
「……はい、お着替えが終わりましたよ、アメリアお嬢様」
「はぁっ、はぁっ……あ、ありがとう、ルカ……」
肩で息をしながら、ようやく解放されて安堵するアメリア。ルカはその震える背中を見つめながら、ゆら……ゆら……と重々しく尻尾を揺らした。
お嬢様。貴女が僕を『可愛い弟』だと思い込んでいる間に、貴女の身体は、もうすっかり僕のものです。今日の夜も……明日も、明後日も。そのガーゼが必要なくなる暇もないくらい、僕がたっぷり甘えさせてあげますからね♡
その日の夜。
なんとか一日を乗り切ったアメリアは、自室のベッドに倒れ込み、ふうと深い、そしてひどく熱を帯びたため息を吐いた。
「はぁ……っ、なんとか、誰にもバレなかったわ……」
日中、ドレスの布が擦れるたびに走る甘い雷に耐え抜き、アメリアは心身ともに疲労困憊だった。今日はもう、絶対に一人で静かに眠らなければ。これ以上刺激を受けたら、私の理性がどうにかなってしまう。そう固く決意した、その時だった。
コン、コン。
控えめなノックの音が、静寂を破った。
「……アメリアお嬢様。起きて、いらっしゃいますか?」
扉の向こうにいるのは、間違いなくルカだ。返事をする前にガチャリとドアがゆっくり開き、枕を抱きしめて三角耳を伏せた寝巻き姿のルカが現れた。
「僕……あの。今日も、お嬢様と一緒に、寝てもいいですか……?」
昨日と同じ、庇護欲をそそる『寂しがる孤児』の姿。
「……ルカ。お姉ちゃん、今日はもう疲れてしまって、一人で眠りたいの」
アメリアの言葉に、ルカの小さな肩が震え出す。
「昨日、お母さんの夢を見て温かかったから……また、甘えたくなってしまいました。……僕、一人で泣かないようにがんばります」
ルカが震える声で俯く。その庇護的な姿に、アメリアの底なしの世話焼き気質と罪悪感が完全に理性を上回ってしまった。
「ごめんなさい、ルカ!無理して一人寝なくていいの。いらっしゃい、今日も一緒に寝ましょうね!」
アメリアはルカを半ば強引にベッドに引き入れ、その小さな身体を抱き込んだ。彼女からは見えない角度で、ルカが『罠にかかった獲物』を見るような冷酷で仄黒い歓喜の笑みを浮かべていたことなど、知る由もない。
ルカがベッドに潜り込んでくると、アメリアはギュッと目を瞑り、震える手で自身の寝巻きの胸元を少しだけ緩めた。
怖い。けれど、この子が寂しさを埋められるのなら、私が我慢すればいい。
「ルカ……今日も、その……お姉ちゃんの、いる……?」
顔を真っ赤にして、恥じらいながらも胸を差し出そうとするアメリア。すると、ルカはふるふると小さく首を横に振った。
「……ううん。今日は、いいの」
次の瞬間。
ルカの小さな両腕が、アメリアの細い腰にぐるりと回された。そして、彼女の身体を自分の方へ引き寄せるように、ギュウッ……と強く抱きしめたのだ。
「えっ……る、ルカ……?」
「今日はただ、お嬢様が消えちゃわないか、たしかめたいから……」
ルカはアメリアの胸と腹の間にすっぽりと顔を埋め、甘えるようにすりすりと頬を擦り寄せた。そして、腰に回した両手が、薄い寝巻き越しに、アメリアの背中から腰にかけて、なぞるようにゆっくりと動き始めた。
「んっ……」
胸を吸われないことに一瞬ホッとしたアメリアだったが、すぐに別の甘い痺れに襲われた。腰を撫でるルカの指先は、獣人特有の高い体温を持っており、布越しでも火傷しそうなほど熱い。くびれをなぞり、背骨のくぼみを押し、指の腹でゆっくりと円を描くように撫で回す。
「る、か……っ、そんなに撫でたら、くすぐったい、わよ……っ」
「……だめ? 僕がこうしてないと、お嬢様がどこかに行っちゃいそうで、怖いんです……」
な、なんで……っ。昨日は、胸だったのに……今日は腰を撫でられているだけで、こんなに身体が……っ!
敏感になりすぎている身体は、ルカの僅かな愛撫すらも極上の快感として変換してしまう。アメリアの呼吸は次第に浅くなり、抱きしめられている腰から、じわじわと甘い熱が全身に広がっていった。その反応を、ルカはアメリアの腹に顔を埋めたまま、口の端を歪めて楽しんでいた。
……ええ、知っていますよ。貴女の胸は限界だということを。だから今日は、胸以外の場所も僕の手で感じられるように、新しく教えてあげます。もう少し、あと少しだけ撫でて、彼女の頭を空っぽにしてやろう。
そう思った時だった。ルカの鋭い獣の耳が、アメリアの僅かな『乱れ』を察知した。
……心音が、早すぎる。呼吸も浅い。……それに、筋肉がひどく強張っている。
今日一日、布擦れの快感に耐え続けたアメリアの身体は、ルカが想像していた以上に疲労困憊していたのだ。このまま自分が愛撫を続ければ、彼女は今夜も一睡もできず、明日の朝には寝不足で倒れてしまうかもしれない。
――それは、一流の執事として、決してあってはならないことだ。どれほど彼女を自分色に染め上げたとしても、大切な主人の健康を損なってしまっては本末転倒である。ルカは、ピタリ、と腰を撫でる指の動きを止めた。
「……る、か?」
「……お嬢様の温もり、ちゃんとわかりました。もう、消えちゃわないって、信じます」
ルカはスッと『寂しい子供』の顔から、柔らかく穏やかな表情に切り替えると、アメリアの腰を抱いていた手をポン、ポン、と一定のリズムで優しく叩き始めた。
「お嬢様、今日はもう、ゆっくりお休みくださいね」
それは、子供をあやすような、あるいは安眠を誘う魔法のような、絶妙に心地の良いリズムだった。熱を孕んでいた指先は、今はただ純粋な『安心感』だけをアメリアに与えている。
「あっ……」
先ほどまでのヒリヒリとした快感が嘘のように引き、代わりに、ポカポカとした温かい睡魔がアメリアの全身を包み込んだ。ルカの規則正しいトントンというリズムと、抱きしめられている安心感。
「……うん……ありがとう、ルカ……おやすみ……」
張り詰めていた糸が切れたように、アメリアは数分も経たないうちに、健やかな寝息を立て始めた。すっかり脱力し、無防備な寝顔を見せるアメリア。ルカはその寝顔をじっと見つめながら、彼女の髪にそっと唇を落とした。
ええ、焦る必要はありません。お嬢様が寝不足で倒れてしまっては、僕が困りますからね。……ゆっくり、時間をかけて。貴女の隅から隅まで、僕なしではいられなくしてあげます。
狂犬の執着と、執事としての完璧な献身。その二つを併せ持つ幼い獣人は、愛しい主人が安らかな夢を見るのを見届けながら、自身も静かに目を閉じたのだった。
つづく




