12 - インスタント・ブレイバー
「あなたにですね、世界を救ってほしいのですよ」
朝、目が覚めた僕を待っていたのはそんな言葉だった。
そんなことを言われても、と未だ夢うつつの頭で考えるのだが、しかしこの子は誰なんだろう。金の髪に金の瞳で僕を見つめ続ける。
「さて、世界と言うのはこの世界ではなくていわゆる異世界と呼ばれるものなのではありますが、正確には未来を守ってもらいたいのですよ。とは言っても理解なんて欠片もできないでしょうから要点だけまとめますね」
僕は何も言ってないのだけど。しかし彼女はそんな僕を最高速で置き去りにしたまま口を回転させた。
「まずあなたを選んだ理由ですが、なんとなくです。特に理由はありません。必要なときに視界に入ったからです。自分が選ばれた戦士だとでも勘違いなさったのでしたら、わたしはこう言いましょう、莫迦め、と」
色々と勘違いの上、随分と辛辣な言葉である。
「まあ結局わたしがいろいろ装備をお渡しするのでレベル的な点は気にしなくて良いですよ。どんな糞みたいな存在でも世界を救うことそれ自体は簡単なので。わたしが直接手を下さないのは、まあ我々の間にも不可侵領域があったりと色々あるんですよ」
そもそもこの子が誰かさえ分からないんだけどね。
「おっと失礼、自己紹介を忘れていましたね。わたしは……あーっと、真名を教えるのは拙いですね。とりあえず神様とでも呼んでください。わたしとあなただけしかいない空間で名前は必要ありませんから。ああ、あなたの名前は言わなくて結構です。覚えられないので。そのかわりあなたのことを人間と呼びます」
好きにしてください。
「よろしい。では人間、これからのことを簡単に説明します。あなたは今から異世界に行って魔王と呼ばれる存在を倒してきてください。一応勇者一行が戦っているのですが、どうやら雲行きが芳しくないようなので。それで装備ですが、とりあえず無敵な防具と神代の武器総取りみたいな剣を一振り渡します。簡単に世界ぶっ壊せますので扱いには気をつけてくださいね」
それはなんとも。そんな凄いものを僕なんかに渡しても大丈夫なんだろうか。
「大丈夫ですよ。用が済めば自動的に返してもらう手筈なので」
あ、そうなんだ。
「さてそれでは世界を救いに行ってらっしゃい。どうぞ手早くちゃちゃっとやっちゃってくださいねー」
軽いなあ。あー、うん、まあ夢の中とはいえ、お願いされたら少しは頑張って見ようかな、という気に位はなる。
しかしなんだ。いつかの朝の子供劇場でやってたあれの最終回みたいなノリで天に召されんばかりの神々しい光の奔流は。ほんとに召されたら洒落にもならない。
と。
気付けばどこぞのダンジョン最深部と言わんばかりの場所に僕は立っていた。いやもう夢なら早く覚めてよ。
……夢だよね?
「ああ!? なんだテメェどっから入ってきやがった!!」
ごつい体の人が僕に話しかけてきたんだけど、凄いリアルな感じで全身傷だらけじゃないか。衛生兵はどこよ。
「え、あれ? こんな子さっきまでいなかったわよ!?」
次に話しかけてきたのは、これはまたまさに魔法使いといった衣装の女性。ただ、ハタチ過ぎた年齢でそれはちょっとイタイですよ。似合ってはいるんだけど。
「わ、わたしも突然現れたように見えました! ですが今はそれどころではないと思いますが!!」
と、それと同時に爆音と爆風が駆け抜けて行った。どうやら僕がいつの間にか着ていたこのローブはいろんなものを遮断してくれるらしく、そよ風程度にしか感じられなかったのだけど、しかし周囲は石柱が粉砕されたり床石が罅割れ剥がれる様子を見ていると、それはもう凄い威力なのだろう。
「き、君! とにかく離れなさい! 魔王は俺たちが倒すから!!」
そして話しかけてきたのは、ズバリ勇者然とした男性。なにやら光る剣を前に構え、キリッとした視線は前方を捉えて離さない。
その視線に誘われるように奥を見ると、魔王というよりは魔女と言ったほうが正しいのでは、と思えるような女性が一人。
「ふははは! この期に及んで援軍とはまた汚いなあ勇者よ!」
「くっ! この子は関係ない! 貴様は俺がこの手で倒す!!」
盛り上がっているようだけど、どうしよう。たぶんこいつを倒せって言われたんだろうけど、どうやれば良いのか分からない。とりあえず腰にぶら下がってた剣を抜く。
『はいそれ投げて』
あの神様の声がした。
投げりゃいいの? 魔女に?
『魔王ですけどね。とりあえず投げて』
はいはい。
えいや。
「ぎ、ぎゃあああああああああああああ!!!!」
僕が投げた剣は運動法則を無視して、投げる速度よりも桁違いの速度を生み出した。なぜか光の粒子を撒き散らしながら魔女に当たり、そのまま壁を突き抜けて空に散った。
……ああ、ここ塔の最上階だったんだ。
僕は青い空を見ながら思った。
「……………はっ」
呆気に取られていた勇者一行のうち、誰かが正気に戻った。
「た、倒したんですか?」
「え、えっと、ちょっと待ってね」
女性二人がなにやら話しているが、男性二人はどう表現して良いか分からない顔をしていた。
「えっと、魔王の反応は周囲には見当たらないわね……。かなり遠くまで視たけど存在しないから、消滅したはずだわ」
「や、やっと、だあ……」
片方は気が抜けたのか、へなへなと座り込んでしまった。
しかしあの魔女、最後の最後に凄い防御してた気がするんだけど、本当に倒したのかな。
「魔王を倒せたのは良かったんだが……、しかし君は誰なんだい?」
「そうだそうだ。お前さんはどっから現れたんだ?」
それは……。
と答えかけて、急速に視界が白い靄に包まれていくのが分かった。それは不快な現象ではなく、むしろ……。
そして僕の視界はホワイトアウトした。
そして暗転。
次に目覚めたのは、やっぱりベッドの上だった。そして相変わらず目の前に神様がいた。
「ご苦労さまです人間。……まああの魔王は消滅してませんけど、魔王を倒したのは確かですし、この辺で許してあげましょう」
それはなによりです。
「さて、それではこれにて。……ああそうだ、時間はきっちり進んでいるので、早く学校へ向かわれたほうが良いと思いますよ? すでに遅刻確定でしょうけど」
――それでは。
そう言い残して神様は消えた。
ふむ。時計を見る。八時半だ。
……遅刻確定である。
「それで、お前なんで今日遅刻してきたんさ」
ちょっと世界救ってきた。
「お前便所なら便所って言えよ。なんだその女子がちょっとお花摘んで来ますみたいな言い方」
いやいやホント。
「まあいいけど。そんで? 魔王は倒せたの?」
なんか生きてるらしい。
「マジか。したら今度は違うやつに任せとけよ。めんどくさいだろ」
……そうだね。まあ僕が必要になることなんて今後ないと思うけどね。
「どうだべかね。まあそれがなによりなんだろうけど」
あとさ、一つ言っておきたんだけど。
「ん? なんじゃね」
さっき女子みたいな言い方って言われたけどさ。
「ふむ」
僕、女だから。
これが本編です。
今後これのエピローグの長編を書くやもしれません。設定は練ってます。今度は異世界迷い込みじゃなくて元からその世界の住人的な物語を書きたい。
とにかく癒しが欲しい。主に銀狐もふもふ的な意味で。ああ狐っ娘をもふもふしたい。もふり倒したい。もふりもふられたい。