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オレンジ色  作者: Aju


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45/79

45 先生官邸へ行く

 市川先生が官邸に行くことになった。


 総理も、ブログだけでなく詳しい情報がほしいと言っているということだった。河原陸佐も一緒に呼ばれている。

 大臣や次官級の人も何人も感染してしまい、中央省庁に至ってはスプリンクラーが作動した状態で官僚の大半が感染してしまっていたが、それでもまだ政府はかろうじて機能しているということだった。


「総理に会うの?」

 美緒が驚いて聞くと、市川先生は手をひらひらと振った。

「それはまだ分かりません。とりあえず次官が面会するらしいです。ここにいるみんなも連れていければ、と思ったんですが……」

「オレは行かねーぞ。職員室だってニガテなのによ……。」

 大樹がそう言うので、市川先生はくすっと笑った。

「私もニガテです。」

 そういえば、市川先生あんまり職員室にいない。たいてい理科室にこもっている。


「全員は警備上無理ということでした。でも何人かは一緒に行っていいということになりましたんで……できれば、如月さんには一緒に来てほしいんですけど。私1人ではどうも……。」

 不安そうな目を亜澄海に向ける。


「あ、あと財田さんもお母さんと一緒に来てもらえれば……。見てほしいんです、2人を。政府の偉い人にも……。」


 亜澄海がちらりと美緒の顔を見る。

「わたしは大丈夫だから。お母さん、きっちり説明してきた方がいいよ。」


「これからすぐですか?」

 佑美が尋ねると、関口隊員がうなずいた。

「我々でお送りします。警護も兼ねて。残りの方々は、別の者が自宅までお送りします。」

「できれば私の家に。鍵は開いてるんで。あなたたち締めてないですよね?」

 市川先生がそう言うと、関口隊員が口ごもった。

「い……いや、その……。申し訳ありません。あの時は、我々もまだ気が立っていたもので……」

 そういえば、土足で上がってたよね? と美緒が関口隊員の横顔を見ると、関口隊員もその視線に気がついたらしかった。

「運転手の他に若い者も付けて掃除もさせますから……。」


 それを聞いて、市川先生は人のいい笑顔を見せた。

「いや、掃除はいいですが、あそこは連絡の取れる生徒たちのための情報センターのようになってるんで。みなさんに留守番をお願いしたいんです。」



 市川先生たちを乗せた車が出ていくのを見送ってから、美緒たち残りのメンバーも自衛隊の兵員輸送車で出発した。

「乗り心地は我慢してください。」

と、後部に一緒に乗り込んだ若い隊員が言った。

「なにせ、輸送車なんで。」


「掃除、ちゃんとして帰れよ。」

 大樹が仏頂面で言うのを美緒がたしなめる。

「市川先生、いいって言ったじゃない。この人が汚したわけじゃないでしょ?」

「先生が言ってたって、どのみちオレたちでやんなきゃなんねーだろ? 汚したのは官邸に行っちまったし、こいつもおんなじ自衛隊だろが。」

「そういうの、わたしは好きじゃない。感染を広げた鹿所(しかどころ)とおんなじ中学校だから責任とれって言われたら、大樹は納得できる?」

 大樹は少したじろいだ。理屈に筋が通ってるのもあるが、さらっと「大樹」と呼ばれたこともある。

「い……いや、だから、自衛隊と中学校は違うだろ?」


「掃除していきますよ。私は志願してきたんですから。実際、上官たちが土足で踏み込んだのはやり過ぎだと思いますし。あ、これ、内緒ですよ?」

 一緒に乗っていた隊員がそう言うと、大樹はちょっと気まずそうな顔をした。


「実を言うと、ずっとあそこにいると気が滅入りそうなんです。オレンジ色の目になった同僚がいっぱいいて……。あ、自分は神農原(かのはら)と言います。神農原2等陸士です。つまり、いちばん下っ端です。」

 そう言って、若い自衛官は笑った。

 大樹もつられて表情がゆるむ。すかさず姉の泉深がフォローに入った。

「助かりまぁす、神農原さん。一緒によろしく♪」


 市川先生の自宅に戻ってみると、拉致られた時のままで、とりあえず自衛隊以外の誰かが入り込んだような形跡はなかった。


 運転手をしてきた隊員と先ほどの神農原陸士が、あ〜あ、という顔をした。フローリングの上に足跡がいっぱいついている。ひっくり返って割れた食器もある。


 運転手は、伊藤と名乗った。神農原と同じ2等陸士だという。

「下っ端ばっかりよこしたんだな。」

 大樹が美緒の耳元で小さく言った。

「違うと思う。」

 美緒はそれだけを言う。

 たぶん、この若い2人に少し息抜きをさせてやろうと関口さんが配慮したんじゃないか……。この2人、どう見ても戦闘員という感じじゃない。一応の訓練は受けているにしろ、荒ごと担当ではなさそうだ。


「まあ、片付けて拭き掃除すればそれで良さそうな程度だな。ちゃっちゃとやって、なんか食べよう。」

 泉深が言って、手をぱんぱんと叩いた。

 今、ここには大人は平田クンのお母さんの(ゆう)さんしかいない。

 その悠さんが、掃除においては一番頼りになった。



「ご苦労様でしたぁ。」

 ひと通り部屋がきれいになると、泉深が人数分の遅い昼食を手際よく用意した。

「伊藤さんと神農原さんの分もありますから、食べてってくださいね。」

 もちろん、美緒もただぼうっと見てたわけではなく手伝ったのだが、泉深の手際よさに感心してしまった。


 泉深がわずか15分ほどの間に用意したのは、チンしたご飯にレトルトのカレーをかけたものが5つ、冷凍の天津飯をチンしたものが2つ、同じく冷凍のパスタをチンしたものが2つだ。

 いずれの皿にも緑色の葉っぱがかわいくあしらってある。庭で採ってきたハーブだ。


「先生んとこって、一見雑草だらけに見えて、けっこういろいろ料理に使えるものとか植えてあるんだね。あれ、植えてるって言えるなら、だけど……。みんなそれぞれ好きなの取って。」


 若い自衛隊員2人は恐縮したが、既に人数分ができているのでいただくことにした。それでも遠慮して、全員が皿を選んでから残った2つを手に取った。

「いただきます。」

 行儀よく正座して手を合わせる。

「ほらほら、足崩して。フローリングに正座じゃ足痛いでしょ? 上官誰も見てないよ?」


 美緒が大樹の隣に座って、カレーをスプーンですくいながら話しかけた。

「大樹のお姉さんって、女子力高いね。羨ましいわ。」

「冷凍食品チンしただけじゃねーかよ。」

「9皿も短時間で作る手際だよ。ハーブをあしらうセンスもさ。髪もさらっさらだし。」

「髪の毛はもともとだ。カンケーねーだろよ。」

「そういえば、大樹の髪もけっこうさらさらだね。」

 大樹が赤くなった。

 美緒は伸ばすとくせ毛が目立ってしまうから、ショートにしている。


「先生たち、総理大臣に会ってるのかな?」

 玲音がカレーを食べながら、ぽつりと言う。

「会ってるんじゃない? それが目的で呼ばれてんだもん。」

 泉深が天津飯をスプーンですくった手をちょっと止めて答えた。


「すごいよね。ただの東桜蓮中学の理科の先生なのにね……。」

 玲音がちょっと誇らしげに言う。


 ただの、じゃないよ。あの理科オタク度はハンパないって。しかも、事態4日目にして粗々ながらも仮説を立て、それを証明しつつあるとなれば……。

 美緒は心の内だけでそう言って、少しだけにんまりした。


 推しが総理に面会しているところを想像するだけで、隠れファン(もはや「隠れ」ではないかもしれないが)としては公認度合いが爆上がりしたみたいで嬉しくなる。

 わたしは最初から気づいてたんだからね。


「おまえ、何ニヤニヤしてんだよ?」

 大樹に言われて、今度は美緒が赤くなった。



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