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pt.5 自立できないハーフエルフ -Separation anxiety- ①

ここから第二部・中盤戦です。

 もはやそれは『塔』であった。


 セリは空高くそびえ立つその塔を、口を開けて見上げていた。


「こんなにバカ高い建物な必要あったの?」


 セリは視線を塔へと固定したまま、(とが)めるような口調で隣にいるボルターへ声をかけた。


 ボルターも塔を見上げたまま返事をする。刺々しいセリの声を全く意に介さず、ボルターの表情はどこか誇らしげですらある。


「大ありだ。雰囲気出るだろ? 森があって、川があって、橋があったら塔が必要だろ?

 観光スポットにもなるし、客を呼び込んで外貨収益も増やしていかねえとな」


 いつの間にか、最初にセリへ説明した趣旨とは異なる目的が追加されている。


「子供を預かって遊ぶのにこんなに高い塔はいらないよね。転落の危険もあるから上の階なんかに連れていけないよね」


 セリはもう一度、負債原因である建物の主旨をボルターへ確認する。


「ああ、子供らが入れるのは二階までだな。あとは俺が使う」


「はぁっ!?」


「最上階が俺の仕事部屋な。ラスボスっぽくてなんかかっこいいだろ?」


「……バカと変態は高いところが好きって言うもんね」


「おいおい、セリ。それを言うならバカと煙だろ? ははは、間違ってんぞ」


 ボルターは上機嫌だ。セリの皮肉に全く気づいていない。


 何階建てなのかは不明だが、三階以上最上階未満のスペースは一体何に使用するつもりなのか――、聞きたいけど聞きたくない。


 聞いたら何かに巻き込まれそうな気もするし、どうせろくでもない答えが戻ってくるに決まっている。


 塔を見上げ続け、さすがにセリの首が痛くなり出したころ、背後から声がかかった。


「あのう、こちらで人外種族の子供の世話が尋常ではなく上手な人間の女性がいるとうかがったのですが……そちらの方で間違いないですか?」


 ふり返ると、そこには今にも消えてしまいそうに儚げな美しい女性が、少年の手を引いて立っていた。


 女性は色素が薄く、髪も銀白に近い金色だが、逆に息子と思われる少年の方は、はっきりとした赤みがかった髪をしていて、母親とは雰囲気が異なった。

 少年の年齢はレキサと同じくらいに見える。


「ああ、それはこいつのことですよ。エルフの奥さん。

 ご主人はこっち側のやつ(人間)ですか? ずいぶん色男なんでしょうね。あなたみたいな美しいエルフと結ばれるだなんて……ところでご主人は?」


 美人を前にし、普段より一割増のキメ顔+キメ声で反応したボルターに、一瞬イラっとした感情が沸き上がりかけたセリだったが、発した言葉の内容を遅れて理解し、うかがうように女性を見た。


 ――エルフの、奥さん?


 エルフというのは精霊のことではなかっただろうか。

 エルフの伝承を取り扱った舞踊がキャラバンの演目にあったことをセリは思い出した。


 美しいエルフの男性が、旅をする人間の舞踊団の女性に恋をする。エルフは苦悩の末に故郷を捨て、人間と共存する生き方を選ぶ――的な、そんな流れだった気がする。


 セリの娯楽舞踊のレパートリーは圧倒的に少ないため、残念ながら内容も舞踊もうろ覚えだ。

 その理由も、決して裏の暗殺家業に忙しかったのではなく、スズシロから愛想も色気もなさ過ぎて外に出せる代物ではないとNGが出されていたからである。


「夫は数年前に天命を全うし逝きました。この度は故郷に顔を出す必要があってここまで来たのですが、この子は連れて行くことができないので、途方に暮れていたところをピクシーたちに声をかけられたのです。

 そういうことなら『セリ』に頼めばいい、と」


 ――『頼めばいい』、じゃないでしょ。


 セリはそろそろ本格的にピクシーの服をひんむいてお仕置きをする計画をたてることにした。


「ああ、そういうことでしたら、うちのセリはすごいですよ。

 ピクシーたちと夜な夜な踊り明かしたり、ノームと一緒に畑仕事に精を出したり、ファージを風呂で泡だらけにしたりしますからね」


「まあ! 素晴らしいわ!」


「ちょっとボルター! ナックのことは分かるけど他の二つは何で知ってるの!?」


 弱々しかったエルフの奥さんの表情が、ぱっと輝く。


「是非あなたにお願いしたいわ。わたくしのことはセレンと呼んでくださいね。

 そしてこの子はクロム。この子の半分はあなたたちと同じ人間の属性を持っています。

 ご迷惑をかけないように日暮れまでには戻るつもりですが、もしかしたら用事が終わるまで、数日ほど日中お願いすることになると思うのです。引き受けて頂けるかしら」


 セリの手を取って、エルフの母親が穏やかに微笑む。

 手の感触はあるが、冷たさも温かさもない――生き物とは根本的に何かが違うと感じさせる不思議な感触だった。

 セリは母親のスカートにしがみついている少年へ声をかけた。


「クロム、よろしくね。私はセリだよ。お母さんの用事が終わるまで一緒に待ってようね」


 クロムは髪と同じ色の赤みがかった瞳で、セリのことを注意深く観察するように見上げた。


 クロムは大人しいというよりも、中にいろんなものを閉じ込めて爆発しそうになっているのを抑えつけているような印象を受けた。


 そういえば出会ったばかりのレキサも最初はこんな感じだったなと、セリはボルターに拾われたばかりのころを思い出した。


 そういうセリ自身も、最初はボルターのことを人買いと誤解して、警戒心をむき出しにしていた過去がある。まさかこの家族とここまで打ち解けた関係になるなんて、あの当時は思ってもいなかった。


 まずセリはクロムだけを家に連れて帰り、レキサとロフェに会わせることにした。

 ボルターはというと、新しい仕事部屋の整理整頓だと言って謎の塔の中へと消えていってしまった。


「絵本でも読もっか」

 セリは子供たち三人の間に座って、いくつかの絵本を読み始めた。



 ――『家族みんなで幸せに暮らしましたとさ』で、セリが物語を読み終えると、クロムがレキサを横目で見ながらポツリとつぶやいた。


「いいな、お前は父ちゃんも母ちゃんも妹もいてさ」


 レキサは少し戸惑った表情を浮かべ、目を泳がせると下を向いて小さな声で答えた。


「一応お母さんはいることはいるけど……一緒には住んでないから……。ずっとお母さんは別のところで暮らしてるし」


「え? こいつが母ちゃんじゃないの?」

 驚いたようにクロムがセリを指さす。


「こら。人を指さすんじゃないの。それと私をアイツの奥さんにしないで」


「え? なんで母ちゃんここにいないの? 悪い魔法使いにさらわれたとか? 金の羊の毛皮を手に入れないと帰ってくることは許さんって言われたとか?」


 レキサは下を向いたまま、しばらく黙り、ゆっくりと首を横に振った。


「お父さんとお母さんがケンカして、お母さんの方が出ていっちゃったから。それでもう、帰って来なくなっちゃったから……、だから、いない……」


 クロムが悪びれもせず、むしろ感心したようにうなづいた。


「へー、大変なんだな、おんなじ人間同士なのにな。

 父ちゃんが昔、『男と女にはいろいろあるんだ』ってしみじみ言ってたけど、おんなじ種族同士でもうまくいくわけじゃないんだな。

 あ、わかった。おっさんがこの女とフタマタかけたんだろ? そんで本妻が『私とその泥棒猫、どっちを取るのかはっきりしなさいよ!』って包丁もって詰め寄ったりしたんだろ? そんであのおっさんがこっちの若い方を……」


「違うから! 私その時まだここにいないから! なにその具体的すぎる内容は!?」


「ちがうのよ! しぇりはほーちょーじゃなくて、むちでオシオキをするのよ!」


「いや、ロフェ。ちょーっと黙っててね、いろいろ情報が錯綜(さくそう)しちゃうから」



 しかしその後も情報が激しく錯綜(さくそう)し、混乱するほど盛り上がったことが功を奏したのか、日暮れにセレンがボルターと戻ってきたときには、クロムはすっかり表情が和らぎ、くつろいでいた。


「あ、母ちゃんお帰り。なあもうちょっとここで遊んでてもいい? いまおれの鞭を、DX超合金・5連合体ターボ・ウィップに超進化させるところだからさ!」


 満面の笑みで母親に作品を見せるクロムに、ボルターが先に反応した。


「お、すげーの作ってんじゃん! そんでアレだろ? それが完成したらここにいる女王様に……」


「ボルター黙って!! これ以上クロムに偏った情報を与えちゃダメ!! ただの折り紙だから!! ただの子供たちのいたいけな折り紙遊びなだけだから!!」


 床一面に折り紙をばらまいて遊んでいる子供たちの姿を、セレンは潤んだ瞳で見守っていた。


「奥さん、どうせなら夕食も一緒にどうですか? なんなら泊まっていくといい。まだ宿も決めてないんでしょう?」


 相変わらず美女を前にキメ顔キメ声続行中のボルターの提案に、セレンより先にクロムが反応した。


「ホント? やったあ! おいレキサ! まだ遊べるぜ!」


「いいよ。僕の方は8大変形・トランスフォーム型だから僕の勝ちだね」


「は!? んなわけないだろ! 時間があればおれだって10連合体に改造できるんだからな!」


「ふたりともわかってないのねえ、だいじなのはうちゅくちちゃなのよ。まったくこれだからおとこのこってばこどもなんだから」


 無邪気に遊ぶ子供たちがとても楽しそうなので、セリもボルターの意見に同意した。


「あ、じゃあセレンさんとクロムは私の部屋使ってください。私、今夜は子供部屋でレキサ・ロフェと一緒に寝るんで。

 あ! ご飯、食べれないものとかありますか? 一応今日のメインはジャケット・ポテトとハーブの豆入りスープです。すいません、有り合わせなんで豪華じゃないんですけど、でも今日、裏庭で採れたばかりなんで新鮮ですよ!」


 セレンは静かに深々と頭を下げると、赤い目をして微笑んだ。


「もともとわたくしは人間の摂るような食事は必要ないのです。でも、せっかくなのでスープを一緒にいただいてもいいですか?」


「わ! 母ちゃんも食べるの? すっげえ、やったあ!」


 大興奮のクロムが折り紙を宙に撒き散らす。


 子供たちが、びりびりの紙吹雪の嵐を起こすのに、そう時間はかからなかった。

 そしてセリが(ほうき)とちり取りを持った鬼と化すのにも、そう時間はかからなかった。



*****



「ふう、にぎやかだったね」


 みんなが寝静まり、ようやくテーブルで一息ついたセリに、ボルターがお疲れさんと言いながら飲み物をおいてくれる。ホットミルクかと思うと香りが違う。コクがあって甘い。体の中からほっとするような味だ。


「おいしい。これなに?」


「酒抜きバター・ド・ラム風。2、3滴は香り程度でラム入れたけどな。まあ、ほとんどミルクだ」


 すっかり一日の終わりにボルターと一服する習慣が定着してしまった。

 ボルターの気まぐれで出てくる飲み物はどれもおいしい。

 ただ適当に作っているらしいので、同じものを頼んでも微妙に違ったり、全然別物が出てきたりと、クオリティは一定ではない。でも一応、セリの中でのお気に入りリストにバター・ド・ラムの名前を加えることにした。


「ねえ、ボルター。セレンさんの故郷も、やっぱり森を抜けるとたどり着けるの?」


 セリも祝福の力で、ピクシーの住み処へはフリーパス状態で行くことができる。

 本来なら人間が踏み込むことがないであろう世界と、ここの森はつながっていることをセリは最近知ることとなった。


 最初のころは森に入るなと厳しくセリに言っていたボルターだが、ピクシーたちと踊りに行っているのを知っていて何も言わないということは、容認することにしたのだろうとセリは勝手に解釈した。


「だろうな。基本、あの森はどこにでもつながるからな」


「やっぱりそうなんだね」


「あ、お前やめとけよ。あの森をどこでもドアみたいに使えるのは超・高レベルな化け物級なやつだけだからな。そうじゃないやつが突っ込むと森が機嫌損ねて壁ワープされるぞ。

 【いしのなかにいる】とかシャレになんねえぜ。

 うお、やべえ。自分で言ってて寒くなってきた。鳥肌たっちまったぜ」

 ボルターが首をすくめながら、腕をさする。


 正直セリはボルターの言っている用語が半分も分からなかったが、とにかくヤバそうなことだけは理解した。ボルターの顔色が本当に良くないので話を変えることにする。


「なんかね、クロムとレキサ、相性いいみたい。不思議だよね、全然タイプ違うのにね。

 私なんていなくても関係ないくらい子供たちだけで楽しそうに遊んでたよ。ロフェもマイペースだから、なんだかんだで一緒になって楽しそうにしてた」


 セリの話に、ボルターが表情を緩めて聞く姿勢になる。


「セレンさんの用事ってどれくらいで終わるのかな。終わったらまたこの町からいなくなっちゃうのかな。

 せっかくお友達になったのにお別れしちゃうのもったいない気がするね。

 せっかく故郷に近いなら、この町に住んだりしないかな?

 ……え? 何?」


 ボルターがいつになく優しく微笑んでこっちを見ていたので、セリは戸惑った。

 いつもの意地悪そうな笑いでも、何か企んでるような笑いでも、いやらしいことをしようとしているようないやらしい笑いでもない。


「いや、いい女だな、と思って見てただけだよ」


 ぼふっと音を立ててセリの顔が沸騰した。


「なに? なにゴト? 頭だいじょうぶ? あ、分かった! 新しい【揺さぶり】ネタでしょ? 知ってるんだからね! 【揺さぶり】ってスキルかあることくらい! それなんでしょ!」


 ボルターは頬杖をついてセリを見つめたまま答えない。


 ――なんとか言ってよ!! なにこれ!! もしかしてこの無言も一種の【揺さぶり】(スキル)だったりする!? やばいメチャクチャ動揺してるし私!! こりゃやばい!!


「わ、私もう寝るね! おやすみ!!」


 急いで立ち上がり自分の部屋に向かいかけたが、客人を泊めていることを思い出し、方向転換して子供たちの部屋に戻る。

 そっとドアを開け、ベッドを見ると――、


「お前の寝るスペースねえじゃん」


 いつの間にか背後にボルターが立っていて、一緒になって子供部屋をのぞいている。

 ロフェの寝相が悪く、セリの寝る隙間を完全に占領している。


「大丈夫、ちょっと寄せれば……」


「下手に動かすとぐずって起きるぞ。アイツがぐずるとやべえの知ってるだろ」


 セリはあきらめてため息をつくとテーブルまで戻った。


「分かった。今日はここで寝る。もう灯り消すからボルターも自分の部屋戻って寝て」


 ボルターは返事をせず黙ってセリを見ている。

 まだ無言の揺さぶりスキルが続いてるのか。もう勘弁して。いたたまれずにセリは早口でまくしたてた。


「もともと前は野宿生活が普通だったし、家の中にいるってだけですでに快適だし。暖炉もついてるから凍死することもないし。もうまったく問題なし。はい、おやすみー」


 そのままセリは机に腕枕をして突っ伏す。しかし、ボルターの気配は消えてくれない。


「セリ。俺の部屋使えよ。俺がここで寝るから」

 ボルターがセリの肩をゆすって起こす。


「いいって。おっさんなんだからちゃんとベッドで寝ないと明日きついでしょ」


「てんめぇ……久しぶりにおっさん呼びしやがったな。28のイケメンをおっさん呼ばわりすんじゃねえ。

 俺だってな、現役のころはダンジョンの中だろうとどこでも寝てたんだよ、馬鹿にすんな」


「はいはい、現役退いて何年ですかー。もう若くないんだから素直に若者の忠告に従ってくださーい」


「おい、それじゃ年寄り扱いじゃねえかよ。

 よし、じゃあじゃんけんだ。負けたやつが素直に俺のベッドで寝る。いいな」


「わかった。負けないから」


 伊達に暗殺訓練に明け暮れた過去は持っていない。相手が出す直前の手の動きでじゃんけんくらい余裕で勝てる。


「じゃーん、けーん……」

 しかし、予想以上にボルターの動きが速かった。


 ――くっ、見えない!?


 ポンで出たのはお互いパーであいこだった。次は見切る。セリはさらに集中力を高めた。

「あーいこーで……」


「あいこってことは二人で半々だな」

 セリが反応するよりも早く、ボルターがセリの体を担ぎ上げる。


「――え? え? え? え?」


 頭が追いつかず、気がついたときにはボルターのベッドの上に転がされている。


「じゃあ、こっからここまで俺で、そっちがお前な。相手の陣地に入ったら罰金な」

 淡々とボーダーラインを指示し、掛け布団をかける。


「え? え? え?」


 おかしくない? おかしくない? いや絶対おかしいよね。なんでどうしてこうなってんの?


「いや、絶対おかしいよ!」


 声をあげて体を起こしたセリを、ボルターが布団の中に引きずり込む。


「寒いんだから、起き上がんなよ」


「ちょっと!! 陣地入った!! 領土不法侵入!! 罰金だよ!!」


「うるさい。大声出すと客人が起きるだろ。……黙らないと、唇――塞ぐぞ? そんで舌も入れる」


 限りなく接近してきたボルターの顔を避けるように、セリは顔を伏せた。期せずしてボルターの胸に顔を寄せてしまう形になる。羞恥と屈辱のダブルパンチだ。


「は、離れてよボルター。こんなくっついてたら絶対寝られないから」


「そしたらお前、部屋から出てくだろ。風邪ひいちまうって。

 それに女ってのは腕枕に憧れがあるんじゃねえの? 腕枕されたまま寝たーい♡ 的なの、お前も女ならあるんだろ?」


 腕枕ってのはこの頭の下を通過している腕のことか。


「ないない、まったくない。ってゆーか痛いし。固いし、寝心地絶対悪いし。この腕どけてよ早く。邪魔でしかないから」


「こっの……くそかわいげのねぇ……いいから寝ろ!! 寝ねえとめくるめく『大人の読み聞かせ』するぞ!」


 だからこんな密着してたら寝れないっつーの!!

 こうなったら先にヤツを寝かせてそれから脱出するしかない!!


 息をひそめて、ボルターの呼吸をうかがう。寝息に変わったらすぐに脱出だ。


 ――そういえば、こうやって男の人と同じ布団で寝るのは、本来なら獲物を始末するための手段でしかなかったはずだ。


 色気が無さすぎて使えないというスズシロのお墨付きのせいで、実践する機会も、手練手管の詳細を教わることもなかったけれど。

 そんなことを急に思い出す。


 あのままキャラバンにいたら自分はどうなっていたのだろう。

 さすがに使えるようになるための訓練でも受けていただろうか。


 キャラバンが消えたことで知ることのできた世界が、ここには広がっている。

 優しさ、愛情、安心、幸せ――とても尊いものが満ちている。


 でも、自分がその世界に住むことを団長(ナナクサ)は許してはくれない。あの人は自分に毒という(かせ)を打ちこんで逝ってしまった。


 気がつくとボルターの呼吸が深い寝息に変わっている。

 セリはそっとボルターの腕からすり抜け――られず、さらに絡みつかれた。


「ちょ……っ、ウソでしょ?」


「ふっ、かかったな。やっぱり寝たふりすりゃ逃げ出すと思ってたんだ。ぜってえ逃がさねえ」


 かなり本気で身の危険を感じ、全力で絡みつかれた足や腕をほどきにかかるがびくともしない。


 男に襲われた場合の対応はスズシロに徹底的に仕込まれたこともあり、たいていの男からは逃げ出せる自信があったのにもかかわらず、どうしてかボルターには何一つ効かない。


「ふん、相手が悪かったな。俺は夜の帝王の称号を持つ男だ。女との寝技で負ける気はしねえな」


「いやだからあんたのエヌセッズでの称号はそれじゃないでしょーが!!」


「俺が本気を出した以上、お前は俺の腕から逃げることは不可能だ。俺はこの体勢とこの力加減のまま熟睡できる。むしろ女と密着していた方が俺は熟睡できる。じゃあなセリ。夢の中で逢おうぜ♡」


 そして本当に眠りモードに入ってしまう。


「――え? ちょっと、本当に寝たの? ねえ、きついし苦しいんだけど。動けないんだけど。寝れないんだけどー!」


 しかし完全に熟睡モードに入ったボルターは何をしてもびくともしないのであった。



この続きが、ウルカヌス外伝〜イントロン〜の ITN.6 お兄たんはしばり上手 にてお楽しみいただけます。

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