pt.5 自立できないハーフエルフ -Separation anxiety- ②
昨日の夜はひどい目に遭った。
ボルターに絡みつかれたまま眠ったせいで、スズシロに縄抜け訓練でしごかれたときの夢を見てしまった。
ほとんどスマキ状態なほどに縄でグルグル巻きにされ、身動きが取れずに芋虫のようにもがく自分を、キャラバンのみんなに見世物にされたのだった。
そしてなぜか芋虫セリの周りがその日の食事会場に決まってしまい、セリはご飯は食べられないわ縄から抜けられないわ笑われるわで散々な思いをし――思い出すだけで、また涙がにじんだ。
スズシロの縄さばきは恐ろしいほど速い。結んでいるところが見えたことがない。
縄抜けしやすいようにわざと縛られる方法を習ったはいいが、スズシロ相手にそれができた試しはなく、気がつくとすでにギチギチに締め上げられた後なのである。
結局スズシロが縄を持っているのを見たら逃げるしかないのだが、それすらセリは一回も成功した試しはない。
朝から倦怠感で肩を落としつつも、日課の洗濯をしようと思ったが、洗濯物が見当たらない。
不思議に思って外に出ると、セレンがすでに洗濯物を干しているところだった。
「わ、セレンさん。洗濯してくれたんですか? 手、冷たかったでしょ?」
「いえ、適温でしたわ。泊めていただいたお礼にこれくらいはしないと。一応、わたくしも人間の夫と生活をしていましたし、家事は一通りできるのですよ」
少し得意げにセレンが微笑む。
セリはつられて微笑んだが、セレンの透き通るような美しさが無性に不安な気持ちにさせるのだった。
エルフというのはみんな、こんなにも消えてしまいそうな儚い印象を感じる種族なのだろうか。このままどこまでも透き通っていって、消えてしまうのではないかと思えてしまう。
「昨日の夜、クロムがあなたの話をたくさんしてくれました。あなたは不思議な人間ですね。いろんな気配をあなたの中から感じます。いいものも、悪いものも」
毒のことを指摘された気がして、セリは思わず体を固くしたが、セレンは穏やかに微笑んでゆっくりと首を振った。
「いえ、悪く受けとらないで。どうか身構えないでください。
人間という種族はもともと清濁混在する生き物です。ひとつの器の中に正も邪も持ち合わせつつ、そのどちらにも染まらない、または染まっても再度染め直すことも可能な稀有な種族です。
私たちエルフは寿命こそ人間よりもはるかに長いですが、すぐに汚染されてしまう脆弱な種族です。だから多種族と交わろうとせず、密かに静かに隠れて生きる…………傲慢な態度とは裏腹に、とても臆病な種族なのですよ。
あの子は、どちらの生き方を選ぶのでしょうね。
人間の血によってエルフとして生きられず、エルフの系統を継ぐことで人間とも同じ時間を過ごすことができない……かわいそうなあの子は……」
セリが声をかけられないまま黙っていると、セレンがさらに質問してきた。
「セリさん、あの子、いくつだと思います?」
「え? 見た目だけならレキサよりちょっと上……くらいに見えますよ?」
「あの子は産まれてから人間の年月で40年が経っています。わたくしの夫は数年前になくなったとお伝えしましたが、天より授かった命を60年使いきり空へと還りました」
まさかのボルターより歳上という驚愕の事実に、セリは言葉を失った。
「エルフは自分の姿を自在に選択できますが、クロムは半分人間なため、進めた成長を巻き戻すことはできません。あの子はそれが怖いのでしょう。
夫の老いを感じて以来、あの子は成長を拒むようになりました。
しかし、あの子は半分が人間……完全に自分の成長を停止することはできません。
成長すること、変わりゆくことが人間の美徳。決して怖いものではないということを、エルフのわたくしでは教えてあげることができませんでした。結局、最後まで……」
セレンの消えそうなくらい小さな呟きが、セリを不安にさせた。
「――え? セレンさん……?」
しかし、セリの言葉を遮るようにセレンが手をかざす。すると今の季節には珍しい暖かな風が吹き、洗濯物を大きく揺らした。
その柔らかい風はその場に留まったまま、優雅にワルツを踊っているようにセリとセレンと洗濯物の間を行き交った。
「これできっとお昼までには乾きますよ。エルフだとこういう家事の裏技ができるのですよ」
得意げに、柔らかに浮かべた微笑みの中に、深入りできない壁のようなものを感じ、セリは言いかけた言葉を飲み込むより他はなかった。
*****
「なあセリってなんで人間のくせにやたら小人に気に入られてるんだ?」
「なあセリってあのおっさんの愛人ってホントなのか?」
「なあセリって本妻にならなくてもいいのか?」
「なあセリって女のくせになんでそんなに胸が平らなんだ?」
「なあセリって胸が平らだから愛人のままなのか?」
「なあセリって……」
「うるっっさぁーーーーーーーーい!!! 質問が多い!! 愛人じゃない!! 胸のことはほっといて!! 平らじゃないし!!」
「セリまだ二つしか答えてないぞ」
「うるさいうるさいうるさい! 人には聞いてほしくないことってのがあるの! あんたもう子供じゃないんだからそれくらい分かりなさいよ年齢詐欺ハーフエルフ!!」
慣れてきたのか安心したのか、クロムは本性である押しが強く好奇心旺盛な面を出すようになった。
クロムが広場での鬼ごっこへも参加するようになると、巷でちょっとしたヒーローになった。子供たちチームがセリに連勝するようになってきたのだ。
クロム自身の身体能力がそもそも人間規格ではなく、単独で強いこともあるが、(実は40歳なだけあって)統率力にも優れ、子供たちに戦略や適性に合った役割を与えるようになったことが大きかった。
優秀な指揮官がついた子供たちとの鬼ごっこはもはやストリートファイト顔負けな熱い戦いへと様相を変えた。
噂によると勝敗を賭けている悪い大人がいるとかいないとか……。
今日も熱い戦いが終わり、子供たちが解散する。お昼の時間だ。
セリたちもここ最近はお昼をボルターのいるギルドで食べるようになった。
家に一度帰って作り置きの冷たいご飯を食べるより、ギルドの厨房を借りてご飯を作った方が出来たてが食べられるし、鬼ごっこ広場に近いため時間の節約にもなることが分かったからだ。
みんなの『アニキ』であるクロムは、まだ帰り際の興奮冷めやらぬ子供たちにつかまっているので、レキサとロフェには先にボルターのところへと行ってもらうことにした。
「あんたすっかりここに馴染んじゃったね。すごい人気者じゃん」
呆れ半分、褒め半分のセリの言葉に、クロムは胸を張って答えた。
「まあな! 前は母ちゃんが心配性だったから人間と遊ぶのって結構気をつけてたんだけど、ここに来てからあんまり何も言われないから気が楽っていうかさ。すげえ普通に楽しいんだ。
母ちゃんと違ってセリは楽でいいな! 基本させたいようにさせてくれるし、俺のやることずっと見張ったりしないし、ケンカしてても止めにはいらないだろ? 口は出すけど」
「あんまり度が過ぎるようなら手も出すけどね」
そこは一応釘を刺しておく。
「おれずっとここに住めたらいいのにな。母ちゃんの用事、もっと長引かないかな」
少し残念そうな口調で、下を向きながらクロムがぼやく。
そこへいつからいたのかセレンが立っていて、クロムに優しく声をかけた。
「クロム……」
「あ! 母ちゃん!」
ぱっと顔を上げると、クロムの表情はキラキラと輝く満面の笑顔だ。
子供たちの前ではアニキ気取りでも、母親の姿を見ればクロムは誰が見ても甘えん坊の子供の表情で母親の胸に飛び込んでいく。その光景をいつもレキサが羨ましそうに見ていることを、クロムは知らない。
「クロム……ごめんなさい。やっぱり無理だったわ」
「え? 無理って……?」
「でも、あなたをここに連れて来れて良かった。あなたを任せられる女性を見つけることができて、あなたが住みたいと思える地に来れて、本当に良かった。
ずっとあなたのことが心配で心配でたまらなかったけれど、少し、安心……」
「母……ちゃん?」
セレンは地面に膝をつけるとクロムのことを強く抱きしめ、クロムにしか聞こえない声で耳元へ何かをささやいた。
静かに立ち上がったセレンの体が淡く光を放っているかのようにセリには見えた。
「セリさん。こんな勝手はとても失礼なのは重々承知しています。あの子のことを、どうかお願いします。人間のあなたにだからこそ、たくさんの【色】を内包するあなただからこそ、あの子に多くの道を提示できる気がするのです。
わたくしの器にわずかに残る【色】もあなたの中に加えてください。大丈夫……この【色】は、あなたを染めることはしません。時が来たら、どうかクロムに渡して……」
音もなく近づいたセレンの手が、セリの頬を包み込み、まるでキスをするようにお互いの顔が接近する。
白銀の光がセリの唇に吸い込まれると、そこにはもうセレンの姿はなく、わずかに白銀の残滓が宙にたゆたうのみだった。
「母ちゃん!? 母ちゃん!!! 待ってよ!! 嘘だろ!? ふざけんなよ!!」
パニックになったクロムが、目を凝らしてあたりを見回す。風に流され消えていく白銀の光を追い、必死の形相で走り出した。
「クロム!! 待ちなさい!! 行っちゃダメ!!」
何故行っては駄目なのか理解できないままセリは叫び、クロムを追った。
――速い。
セリの全力疾走でも追いつけない。見失わないようにするのが精いっぱいだった。
クロムが森の中へと一直線に突き進んでいき、セリの頭の中に焦りが広がった。
――ダメ! あなたは行ってはダメ! そこに足を踏み入れてはダメ!
森を抜けたと感じたが、その先に広がるのはより深い森だった。
天を支える柱と見紛うほどの、巨大な古い樹木が立っている。大地には敷き詰められた淡い花々が咲き誇り、深い森の隙間から降り注ぐ木漏れ陽が、幾筋も降りてきていた。
森には違いないはずなのに、この違和感は何なのだろう。セリは思わず足を止めてしまった。
「母ちゃん!!!」
クロムが叫んだ先には、消えかけの淡い光が、巨木へと吸い込まれるところだった。
駆け寄ろうとしたクロムを遮るようにエルフの男たちが立ちはだかる。
「穢れが何用か」
「失せろ。ここは穢れし人間風情が足を踏み入れて良い場所ではない」
「エルフの系統を穢すものよ。ここにお前の居場所はない。立ち去れ」
「うるせえ!! 母ちゃんを返せ!!」
「弱き人の子よ。下賤な思念でこの地を穢すな」
見えない壁に弾かれたようにクロムが吹き飛ぶ。
「去らねば次は消す。我らの系統を穢すものよ」
「うるせえ!! やれるもんならやりやがれクソエルフが!!」
「クロム!! 黙りなさい!!」
セリは叫んでクロムの前に飛び出した。対峙したエルフの瞳は、温度というものが感じられない。
無表情さはレミケイドと互角だが、そういう比較できるレベルを超えている。目の前の存在は、生きていない。しかし、セレンのような儚さは皆無で、むしろ畏怖にも近い圧力が自分にのしかかるのをセリは感じていた
「この子は母親を追ってここまでたどり着いただけです。すぐに連れて帰ります。失礼しました」
髪が赤く燃えるように変化しているクロムを無理やり押さえつけ、セリはエルフから背を向けた。
「待て」
冷たい声がセリの動きを止める。反射的にクロムを前に突き飛ばし、身をひねったが間に合わなかった。右腕に熱い痛みが走る。
「――っセリ!?」
クロムが悲鳴をあげる。
セリの右腕からあふれた血が、大地の花を赤く染めた。
「貴様は何をしにきた。腐敗する者よ」
赤く染まった細剣の先端がセリに向けられている。
「……この子を連れ帰りに来ただけです」
「その腐敗が進む器の中に、なぜ我らの力を宿している。腐敗をこの地にもたらしに来たのか」
冷たい霧がセリの周囲に出現する。
体が凍る感覚を感じる間もなく、すぐに体の自由が利かなくなる。息をするたび、少しずつ呼吸ができなくなっていく。自分の血を吸った花がさっきより近い位置にある。
自分が倒れ込んだという意識もなかった。
もうろうとする中で、セリは今まで感じたことのない恐怖を感じた。
抵抗することすらできず、一方的に消されるしかない、弱い獲物――狩られる標的にされた恐怖を。
(よくやったな。78点……いや85点くらいにしといてやるか)
ふいに聞いたことがないくらい優しいスズシロの声が頭をよぎった。
――何これ、兄さまがそんな優しい声出すはずが……そんな高い点数、私にくれるはずが……。
今そんなことを考えている場合ではない。死が間近に迫っているのだから。なのに、どうしてかその声が、灼きついて離れなかった。体は冷たく感覚がないのに、目だけが熱かった。
急に目の前に何か太いものが刺さった。
風を切る音と、何かが地面に刺さる音が複数回。
いつの間にか霧は消失し、身が凍るほどの寒さやしびれが消える。
何かに守られているような安心感を感じ、かすんだ目を凝らすと、太い枝でできた檻のようなものが自分を囲んでいた。
檻越しに大きな白い塊が見える。ふわふわの、触り心地の良さそうな大きな毛玉の生き物――。
久々に見る大きなナックは、どこか王者の貫禄を思わせるような佇まいだった。エルフの高圧的な態度も、ナックの前では薄らいでいる。
「『喰らうもの』が餌を食らいにこの地まで来たか。
食事ならこの地を出てからにしていただけるかな、番人よ。腐敗の臭気でこの地を穢すことのなきよう頼む……」
ナックは頭から伸びている無数の枝状の角を操ってクロムをつかみ、セリは檻ごと引きずるようにしてエルフの森を出ていく。セリがめまいにも似た浮遊感を覚えた時には、すでに視界は普通の森に変わっていた。
「セリ!! 怪我は?」
ナックの角から解放されたクロムが蒼白な顔でセリに駆け寄る。
「大丈夫だよクロム。……ナックもありがとう。助けに来てくれて。いつもピンチになると来てくれるんだね」
ナックは大きな体をセリにすり寄せた。もう王者の貫禄は消え、大きな甘えん坊だ。
「母ちゃんまで消えちまって……! セリまで死んじゃったら、おれ……おれ……っ」
クロムが声をあげて泣きじゃくる。セリはクロムを抱き寄せ髪を優しくなでた。
ナックが来てくれなかったら殺されていたのは間違いない。
あのエルフたちはクロムの人間である部分を穢れと呼び、一方でセリのことは腐敗が進む器と呼んだ。腐敗とは毒のことなのだろうか。だとすれば治療をしていても、毒は進行しているのかもしれない。
セリは言いようのない不安に襲われ、クロムを抱き寄せる腕に力を込めた。
ふと、クロムの泣き声が止まり、何かを確認するかのようにセリの胸に手を当て、再び号泣し直した。
「……うわーん、母ちゃーん!」
「ねえ、今の一瞬の沈黙って何?」
「だって母ちゃんと全然違うんだよぉー!
全然柔らかくないー! こう、ぎゅーってした時にふわーっとむにーっと受け止めてほしかったのにー! ぎゅーってしてる間中おっぱいをつかんでにぎにぎすると安心するんだよお! なんだよこれ! これじゃあ安心感0だよお!!」
「胸か! 胸のことか!? 悪かったわね大きくなくて。じゃあもう離れなさい」
「やだー! だってもうこれからはこれで我慢するしかないんだろ? じゃあもうこれに慣れるしか……」
「慣れなくて結構! さ! ナック、帰ろうね!」
胸にしがみつくクロムを半ば引きずるような形で、セリは森の出口に向かって大股で歩き始めた。
***
大きなナックとは森の出口で別れ、セリとクロムはエヌセッズの酒場へ着いた。
ボルターたちはちょうど昼食のパスタを食べているところだったが、セリの怪我を見るとボルターは大皿に残ったパスタを一気にかっこみ、口いっぱいに頬張ったまま黙って立ち上がり、セリを奥の部屋へと手招きした。
驚いた顔のレキサ、ロフェにセリは微笑んで「心配ないからね」と声をかけてついていく。
奥の部屋に入ると、ボルターはベッドにセリを座らせ、自分も横に腰かけた。
「だから昨日言ったろ? 森をどこでもドアにすんなって。
しずかちゃんが風呂入ってるときに突撃しちまえば、そうやってお湯ぶっかけられるに決まってんだよ。相手の都合も考えずに勝手に家にお邪魔すんのは失礼だ。これに懲りたら気をつけるんだよ、のび太くん」
傷の手当てをしながらボルターがなにやら訳の分からない持論を語る。
殺されかけた緊迫感が一気に消失し、セリはどっと疲れが出てくるのを感じた。
「お風呂ものぞいてないしお湯もかけられてないから。
ねえ昨日は壁ワープって言ってなかった?」
「バカ! 言うとホントになるだろ! その呪いワードを口にすんな! 怖ーだろーが!」
「はいはい、わかったけど。そんなことより口の周り拭いたら? ソースだらけだし」
セリの言葉に、ボルターは思い出したように自分の口周りを舐めたが、何か閃いたらしくニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「お前の手当てで両手ふさがってんだ。お前が舐めとってくれよ。うーんとエロくな。ついでに中まで舌入れてくれても全然OKだぜ」
顔を寄せてくるボルターから限界まで身を引いてセリは睨んだ。
「じゃあソースがカッピカピに乾くまでそうしてなさい。もう知りません!」
「何でそんな母ちゃん口調なんだよ。あ、そうか。あの奥さんついに消えちまったのか。で、お前の中にあの奥さんの一部が宿ってんだな」
どうして今のセリフでそこまで連想できるか理解不能でセリは目をむいた。
「え? ボルター、何で!? なんでそこまで分かっちゃうの!? 見てたの!?」
ボルターはクロムを預かった最初の日に、森から戻ってきたセレンにある程度の事情を聞いていたことをセリに説明した。
人間との間に子供をもうけたこと、長く人間の世界に身を置きすぎたこと、クロムの食事のために生命を失った死肉に触れすぎたことなどが重なり、エルフに必要なエネルギーが消費され、実体を保つことすら難しい状態だったらしい。
エルフの故郷でエネルギーを摂取すれば、再び元の状態に戻ることを期待していたらしいのだが、衰弱が進んだことによって腐敗が始まり、解放するより他はないと言われたらしい。
『腐敗』という言葉にセリの胸がざわついた。
「解放ってのは死ぬのとは違うみたいだけどな。より強いエネルギー体である精霊に浄化されることらしい。実体はなくなっちまうけど、存在が消えるわけではないって言ってたな。
そうはいってもクロムが急にひとりぼっちになっちまうのも心配だから、存在の一部を残して傍にいられたらって悩んでたみたいだった。で、お前が受け取ることになったってわけだ」
しかし、セリの耳にはボルターの声が聞こえていなかった。
ねえボルター、腐敗が進むとどうなるの? 腐敗と毒は何が違うの?
ねえボルター、腐敗したら、消えなくちゃいけないの?
ねえボルター、セレンさんは腐敗したからクロムとずっと一緒にいられなくなったの?
ねえボルター、私も一緒にいられなくなるの? 私も消えなくちゃいけなくなるの?
次々と想いがこみ上げてくるが言葉にはならない。
「なんとなくお前が受け取るんだろうなとは思ってたけどな。
もしクロムが一人で生きてく覚悟が決まるまで、お前は母ちゃん代理ってことか。
なんかそのせいかな。お前からそこはかとなく人妻が醸し出す大人の色気的な匂いがするような……」
ボルターの瞳に妖しい光が宿るのを感じ、セリは自分の思考を緊急停止した。
「は!? ちょっと! そんな匂いするわけないでしょ!? どういう鼻してんのよ! こら! ちょっとやめて!! においかぐなバカ―――っ!!」
腕の手当ても中途半端にボルターがセリの首筋に顔を近づけにおいを嗅ぎだす。ついでに耳元でキメ声も使う。
「ちょっとくらい良いでしょ奥さん。ねえ奥さん、ホントはこうされると嬉しいんでしょ奥さん。素直になった方がいいって奥さん」
「奥さんって言うな――――!!!」
「やべえ、なんかテンション上がってきた。俺のNTRスキルが覚醒したわ」
「よくわかんないけど絶対それ、ロクなスキルじゃない―――!!!」




