pt.4 帰ってきた女たらし -Ephebophilia- ③
家まで迎えに来てくれたインディへ、セリはすぐにカウンターを放った。
「高級でオシャレすぎるお店は緊張するから遠慮したいです。もうちょっとカジュアルでリラックスできるようなところがいいです。どうですか?」
今回こそ主導権はとらせない。
相手が優位になる領域には近寄らせない作戦だ。
会心の笑みで見上げたセリへ、インディは面白そうに、いいねと白い歯を見せて笑った。
「じゃあ、知り合いがやってるパブがあるんだけどそこにしようか」
――あれ? 結局相手の領域に誘導されてる気がする……?
セリはわずかな不安を抱えながらインディのおすすめのお店へと連れていかれた。
エヌセッズのギルドからほんの少し離れたお店――【ピーピーアイ】の看板がぶら下がったパブに案内される。
「お? どうしたインディ。仲間からハブられたのか? パブだけに。――くくっ、ウケる」
カウンターの中から声をかけてきたのは、インディやボルターと同世代と思われる男性。
ダジャレを言ったが誰にも笑ってもらえず一人でウケている。
「違うよランソップ。今日は静かに飲みたい雰囲気だったからさ。そこの奥、いい?」
「女連れ、ね。はいはい。あそこじゃうるさくて女の子口説くには向かないか。
ま、場の雰囲気と酒でもって女を酔わせて持ち帰るにゃあ最高の店だけどな」
はっはっはと笑う姿を見て、セリは直感する。
――この人、絶対ボルターと同種族の人だ……!!
背の高いスツールに腰かけるとすぐ、インディの前にジョッキとつまみ一式が出てくる。
「お前はエールだろ? んで、セリちゃんに酒を飲ませるなって怖いヤツから厳重注意が来てるから。
シャレオツなの注文して飲ませようたって俺さまがばっちり見張ってっからな。
おっと、お前が連れ込みそうな店には全部お触れが回ってると思っといた方がいいぜ?
つーことで、セリちゃんには俺さま特性、クレナデン・ソーダね。もちろん酒抜き」
芝居がかった仕草でウィンクをしたランソップが、セリの前に差し出したのは、華奢な造りのカクテル・グラスに注がれた薔薇色の飲み物だった。グラスの淵に飾られたハーブとの色合いが美しい。
「わあ、キレイ……」
「それ、俺があとでやりたかったやつ……」
「ウィスキー入りのやつで頼んで、バラのカクテルだよとか言ってつぶす気だろ。バレバレだっつーの」
子供っぽく口を尖らせてインディがぼやくのを、してやったりとランソップが歯を見せて笑っている。
ミートパイが焼けたら持って行ってやるよと言いながらランソップは、カウンターの中へと戻っていき、カウンター前を陣取る常連と思しき男性陣と談笑を始める。
さっきの豪快な笑い声の主とは思えないほど、静かで周りを邪魔しない声のトーンだ。意識しても会話が聞こえてこない。
カウンターを見つめているセリにインディが説明してくれる。
「ピーピーアイは良識があるやつが多いんだ。
わざわざ奥に座ってるやつの話に聞き耳立てに来るようなのや、会話の邪魔になるようなボリュームで話をするようなのもいないから安心して」
それはやっぱり込み入った話をする気満々なのかと身構えたセリに、インディは優しく微笑むとジョッキを軽くかかげた。
「身構えないでよ、せっかくだからおいしく食べようよ。
ここのパイ、結構おいしいんだ。デザートもおススメ。あとで頼もうね。
じゃあ、セリちゃんがディナーにつきあってくれた奇跡に乾杯」
それからしばらく、インディはここのマスターであるランソップとボルターの若いころの武勇伝とも珍エピソードとも取れるような話で場を和ませてくれる。
ランソップも時々料理や飲み物を運んでくるときに、少し話に混ざって、必ず何かの笑いのネタを落としていった。
ランソップの奥さんがエヌセッズのメンバーだとか、ケルダという名前の生まれたばかりの女の子がいるとか、町内会でボルターに会うと、頼んでもいないのに父の心得的な話を(偉そうに)されて困ってるといった、セリの知らない話をたくさん聞かせてくれた。
ランソップは第一印象こそボルターと同種族かと思ったが、下品な話もしてこないし、どちらかと言えば聞き上手な印象だった。
そのことをインディに伝えると、インディは懐かしそうに昔の話をしてくれた。
ランソップは昔から仲間のブレーキ役や調整役になることが多く、人の言うことを聞かないボルターもランソップの言うことには耳を貸すので、エヌセッズの中では『ボルターを動かすにはまずピーピーアイのランソップから落とせ』という合言葉があったらしい。
話に夢中になっているうちに、気がつくとテーブルの上にはデザートと紅茶が載っている。
――あれ? そういえば何も訊かれないぞ?
拍子抜けしてインディを見ると、インディは弱り顔の微笑を浮かべ、口を開いた。
「何も訊かれないからおかしいって?
俺ね、セリちゃんに嘘をつかせたくなんかないんだ。
言いたくないなら言いたくないって、昼間みたいに言ってもらえた方が嬉しかったよ。
だから……このあと俺が言いたい話を勝手にするけど、聞いてくれる?」
訊かれないという安心感と、何を言われるのだろうという緊張感で、セリは少し悩んでから意を決してうなづいた。
「彼、ディマーズのレミケイドだよね。
ディマーズとエヌセッズって仕事がかぶりやすいギルドだって知ってた?
俺ね、彼がまだ新人くらいの時に見かけたことがあるんだ。
セリちゃん、ディマーズに勧誘されてるんだってね。ボルターから聞いたよ。
すごいことだと思う。誰でも入れるギルドじゃないから。
だけどね、俺としてはセリちゃんに、ディマーズとはあんまり関わって欲しくないんだ」
優しく諭すような口調でインディは話す。しかし、その目元に浮かんでいる優しげな瞳は、強くセリの眼を捕らえたまま離さない。
「どうして……ですか?」
かすれた声で問いかけるセリに、インディは少しだけ表情を硬くして続けた。
「まず一つ目の理由は『危ないから』だね。
彼らの仕事での標的は毒を宿した人間なんだ。言い方は悪いけど、同族狩りだね。
同族狩りはさ、自分が暮らす生活の拠点に敵が常にいるってこと。
街の外へ出て、ダンジョンの中だけ警戒していればいいわけじゃない。
寝ている時、食事をしている時、非番の時、どんな時だって油断ができない。一時も心を休める時なんかなくなるんだよ。
だって彼らの敵は、彼らが守ろうとする人たちと、同じ姿、同じ言葉で近づいてきて、彼らの命を狙ってくるから。ディマーズと仲良くするだけで、毒持ちの人間に狙われることだってある」
それはセリも分かっていた。身をもって体験したのだから。
「二つ目の理由は、ディマーズは『人と深く関わることを避けるから』かな。
同族狩りは当然、同族に恨まれるし嫌われる。
親しく近寄ってきた人が、実は自分を狙う刺客だって可能性もある。だから彼等は人を信用しない。
それとね、人は誰でも毒を宿す可能性を秘めているんだ。
そして毒を宿した人間は、徐々に理性をなくして周りの人間を見境なしに傷つけていくんだ。手の施しようがないほど毒が進行した場合は、始末するしかない。
たとえ友人であっても、仲間であっても、家族であっても例外はないんだ。
どんな関係であっても、標的となった時に迷うことなく手が下せるようにと彼らは常に思っている。そこで迷うことなく任務を遂行できることを誇りに思っているんだ。
セリちゃんは平気? 自分と仲良くしていた人が本当は自分を殺すことが目的で近づいたと分かったら。
セリちゃんはどうする? 友人や大切な人が毒に冒されて手遅れな状態で、自分にその牙を向けてきたら。
もしセリちゃんがディマーズに入ったことで、セリちゃんの大切な誰かが、毒持ちの人間に狙われてしまうことになったら……自分を責めるんじゃない? 苦しむんじゃない?」
毒持ちの人間は理性がない。周りの人を見境なしに傷つける。
その言葉の方がセリの胸に刺さった。
胸がざわついている。
セリの『毒』が、インディの言葉に反応している。
「俺は、セリちゃんにそんなつらい思いして欲しくないよ。
ディマーズの連中みたいに、人を見るたびに標的か否かを値踏みするような目をするような人種になってほしくない。セリちゃんにそんな生き方は似合わない。
セリちゃんは、みんなに愛される女の子だし……人を愛せる女性だと思う」
標的か否か。
――悪人はみーんな狩りの獲物さ。
女子供を食い物にするような屑どもはアタシらが掃除してやるのさ。どうだい? 最高だろう?
ナナクサの甘い声が突然頭の中に響いて、セリの背筋が冷たくなる。
レミケイドに治療してもらったばかりなのに――。
セリの手に、インディの手が重なる。
大きな手が、自分の小さな手を包み込んでしまうのを、セリはされるがままで見ていた。
長くて少し節張った大人の男の人の指――。
ナナクサの指も、そんな指だった。
その手が、自分をつかんで――、その時、自分は――?
「ねえ、セリちゃん、俺で良ければ力になるよ?
アイツに相談できないなら、秘密にするって約束するから、何に悩んでるのか教えてよ。俺、結構役に立つ男だよ?」
インディがセリの目を覗きこむ。
胸の中が激しくざわついているのに、頭の中は別人のように冷めていることにセリは気づいた。
この人はどこまで何に気づいていているのだろう。
ボルターに隠し事をしていることはとっくにバレてしまっているんだろう。
ねえ、インディさん。私はもうとっくに人殺しなんです。
獲物だと判断できれば躊躇なく狩れる人間なんです。
それに私は、理性をなくす毒を持ってるんです。
しかもその毒を捨てられなくて、まだ大切に持ち続けてるんです。
ディマーズにいつ消されるか分からないくらい危険な人間なんです。
でも、そんな私でもディマーズに入れば、普通の人生を送れるかもしれないって言ってくれる人がいるんです。だから――、だから。
――ああ、そうか。
――答えは、もう出ているんだ。
そのことに気づいた途端、セリの視界はにじみ、目の前にいるインディの姿がぼやけた。
「……インディさん……私……っ、私は……っ」
「ほい、そこまで」
大きなパイをテーブルの上にどんっと置きながら、ランソップが割り込んできた。そしてじろりとインディを睨んだ。
「【揺さぶり】スキル発動なんて相変わらず女に手加減しねえやつだなお前は。ボルターにチクるぞ」
「ちょっと。こんなパイは頼んでないよ、ランソップ。
だいたい、『男たるもの女の子を口説くには自分の持てる全ての力を出しきるべし』ってのは当のボルターの格言だった気がするけどな」
「お前の本気はシャレにならねえ」
「ランソップこそ、いいムードの時に邪魔しにくるやつじゃないと思ってたんだけど」
口元に笑みは浮かんでいるが、妙に緊迫した雰囲気を出している二人にセリは声をかけた。
もうにじんでいた視界は元に戻っている。目の奥も痛くない。
「何の話をしてるんですか?」
セリの問いにインディとランソップは顔を見合せ、インディがため息をつき、にやりと笑ったランソップが答えてくれる。
「こいつ、セリちゃんに【揺さぶり】スキルを使ったんだよ。
なんつったら分かりやすいかな。
友達以上恋人未満の関係の男がいきなり『こいつは俺の女だ! お前なんかに指一本触れさせねえぜ!!』とか『お前が泣くのは俺の前だけにしろよな!』とか『アイツじゃお前を幸せできねえよ。俺なら……』とか言って、ヒロインをドキドキさせて揺さぶって自分の方に意識させる技だな」
「…………なんだよそのセンスのない露骨なやつは」
呆れた表情でインディがランソップの説明に口を挟む。
「おれ様がハニーを口説き落とした渾身の技を馬鹿にすんな!
ちなみにボルター直伝の【イケボ】スキルはハニーだけにしか使わねえよ。おっと、悪いな! ノロケちまったぜ! どうだ、羨ましいか? はっはっは。
おっと、話がそれたな。こいつのは熟練度が飛び抜けて高い上に巧妙だから、面と向かって食らわされても気づかねえのさ。
いまよく分かんねえ不安感とかドキドキ感が高まってないか? そこにつけ込むわけだ。
まあ、それより前からずっと【魅惑】スキルを発動してたみたいだが、あんまりセリちゃんには効いてなかったみたいだな。
さすが毎日ボルターと暮らしてるだけあって色男耐性が高いな。おっと、あいつは色男ってよりエロ男か! くっ、ウケる」
「そこまで説明しなくていいからランソップ。セリちゃん、この店もう出ようか」
席を立とうとしたインディにすかさずランソップが説明を付け足す。
「ちなみにこのまま一緒に帰るともれなく、この店を出て右に曲がった二つ目の細道――連れ込み宿へのショートカットコースへ連行されるぞ。
【揺さぶり】発動中は連れ込み成功率が増大する。さあ、セリちゃん、今こいつと一緒に帰るかい?
それとも【揺さぶり】の効果が切れるまでこの俺さま特性、超うまアップルパイを食べてくかい?」
「ランソップ……、ずいぶんこれ見よがしに邪魔するね。ボルターからいくらもらったの?」
「悪いな! 俺はボルターと『娘を持つ親父同盟』を組んでるからな! この関係はプライスレスだ!
うら若い女性たちの夜の安全を守るのが俺たち親父同盟の仕事だ! 悪く思うなよ!」
「……アップルパイ、食べていっていいですか?」
「セリちゃん手強いね。うーん、燃えてくるなあ」
インディがどこか妖艶な笑顔で微笑む。
――燃えなくていいです。というのはセリの心の中だけで訴えておく。
「インディさんって、いろんなスキルが使えるみたいですけど、人の心の中を読んじゃうスキルとかもできたりするんですか?」
ここまで来たら開き直って、セリは兼ねてから気になっていた疑問をぶつけてしまう。
「え? そんなのできたら絶対にすぐ使っちゃうよ? セリちゃんが俺のことどう思ってるか知りたくてしょうがないからさ」
どこか甘えるような視線で見つめられ、セリは耐え切れず視線をそらした。
もしかしたらまた何かのスキルがかけられようとしているのかもしれない。
「もう、いいですからそういうのは」
「ひどいなあ。どうせなら俺の気持ちを読んでもらうスキルが欲しいなあ。そうしたら俺がどれだけセリちゃんに本気の気持ちがあるのか知ってもらえるのに」
「あーい! 【たらし】スキルはこれ以上この店で使ったら罰金な~!」
インディの目の前に酔い覚ましの水を叩きつけるように置きながら、ランソップが横を通過していった。
できたて熱々のアップルパイを食べ終わるころには【揺さぶり】によるセリの動揺も落ち着き、ピーピーアイのパブを出ることになった。
帰り道、セリは少しだけインディと足を止めて話をしたが、残ったパイをお土産に持って帰れと追いかけてきたランソップに急かされるように家へと帰された。
「ただいま」
セリが家に入ると、ダイニングテーブルでボルターが頬杖をついてレキサ・ロフェ・ナックが遊んでいるのを見守っている。なんてことのない、いつもの光景。
いつもと少し違うのは、テーブルの上に見事な花束が飾られているからだ。
部屋の中がいつもより明るく見える。そして甘い花の香りが気持ちを和らげてくれた。
「お、それランソップのところのパイか? アイツんとこのミートパイ、うめえんだよな」
「あ、これミートパイじゃなくてアップルパイだよ。できたてなんだけどまだ食べれそう?」
夕食後でお腹がいっぱいなのかもしれないと思ったが、みんなが食べるというので切り分けることにした。
自分では全く意識せずにボルターのことを見つめていたらしい。ボルターが気づいてにやりと笑う。
「お、やっぱり俺の方がインディより色男だって分かって見惚れてんだろ? どうだ? バラ越しに見るいい男。様になってんだろ?」
「……バラ越しのバカしかいないけど」
悪態をつくセリにボルターが笑う。
「お前、ランソップの寒いダジャレ病がうつってんぞ」
一瞬、うまいこと言ったかもと思ったところを冷やかされセリは思わず赤くなった。
「――うるさい! ダジャレで言ったんじゃないし! それにあんたのこと見てたんじゃないし!
お花を見てたの! 家の中にお花が飾ってあるとなんか素敵だなって思っただけ!」
「ああ、これか? インディの野郎が持ってきたんだろ?
アイツ、どうせ白い薔薇の花言葉がどうとか講釈垂れたりしたんだろ?」
「え? 花言葉って何?」
きょとんとするセリにボルターは、こういうのは本人が言うもんだと言ってごまかす。たぶん知らなくて説明ができないのだろう。
「花には一つ一つ意味のある言葉があって、そういう言葉も花と一緒に贈り物にするんだって」
レキサが説明してくれる。
「すごーい、レキサ物知りだね。別にインディさんにはなんにも言われなかったけどなあ。レキサは知ってる? 白薔薇の花言葉」
「……知らない」
何故か怒ったような顔でレキサがアップルパイを頬張る。ボルターは何故かそれを面白そうに眺めている。
「花が好きなら裏庭で育ててみろよ。食いもん育てるのもいいけどよ。色気がねえもんな。
まだ間に合うんじゃねえか? 今から植えときゃ春にゃ何か咲くんじゃねえ?」
「ろふぇおはなばたけつくりたい!! ぴんくのおはなばたけ!!」
「……ピンクのお花畑か……」
家の庭いっぱいに花があふれかえる景色を想像すると、どうしてか分からないがセリは目の奥が熱くなってくるのを感じた。
「とっても……素敵だね」
独り言のように、セリは誰へともなくつぶやいた。




