pt.4 帰ってきた女たらし -Ephebophilia- ①
「おう、セリ。もう今日から弁当2つも作らなくて良いぞ」
「ちょっと! もう作っちゃったし! そういうことは直前に言わないでよね!
……っていうか、もしかして穴堀、終わったの? 今日からギルドいくの?」
文句を言おうとしてセリが振り返ると、ボルターは泥臭い作業着ではなく、普段着に革のジャケットを着込もうとしているところだった。
セリは【ただの炭鉱夫】から【(エロ)ギルドマスター】に復帰したボルターの姿を見て、思わず安堵の涙があふれそうになった。
不潔極まりなかった無精髭も、今日は久しぶりにきれいに剃られている。
汚いおっさんだと思っていたが、そういえば実はこの人は二十代後半の若くて精悍な男性だったのだということをセリは今さら思い出す。
「穴堀じゃねえっつったろ。ダンジョン攻略だ。
ま、だいたい終わったけどよ、まだ足場が散らかってるから片付けるまで入るなよ、危ねえから。
さすがにギルドの仕事も溜まってんだろうから今日から酒場にいるわ。ちなみに今日の弁当の中身ってなんだ?」
ボルターがセリの後ろから弁当をのぞこうとする。
髭なしボルターは、髭ありボルターに比べて不快指数が格段に低下しているため、近づかれてもセリに生理的な嫌悪感は起こらない。
そして、汚い作業着も着ていないので、近づかれても臭くない。何より固定収入が確実なのが良い。
「昨日の煮込みハンバーグの残りと、アンチョビ入りマッシュポテト。あとはピクルス」
「ハンバーグか……うん、食えるな。よし、今日は二つとも持ってくわ」
ハンバーグが効いたのかボルターはデカイ弁当箱を二つとも手提げに突っ込んだ。
「なんか服がきつくなったな。成長期か……」
腕を動かしずらそうに回してボルターが言った。
言われてみれば肩や背中がパツパツだ。
「おっさんのくせに成長期とかよく言うね。最近いつも以上に食べてたから太っただけじゃないの?」
毎日お昼に特大弁当を2つも食べ、朝も夜もいつもの倍近く食べていた。正直、食費に大打撃だったため、セリは毎日が戦々恐々だった。
「馬鹿にすんな。俺の鍛え抜かれた体にゃ贅肉なんて全然ついてねえよ。ほら、触ってみろ!
筋肉がついたなこりゃ。やべえな、ますます逞しくなってさらにモテちまうな」
ボルターはせっかく着た上着を脱ぎだし、筋肉を誇張したポーズを取り出す。
「あー、はいはい。わかったから。さっさといってらっしゃい」
セリは適当にあいづちを打ちながらボルターの背中を押して、玄関の外へ追い出そうとする。
触ってみると、確かに以前より筋肉がついている気がする。
「お前な、俺がどんだけモテるかわかってねえだろ。
言っとくけどな、俺だってインディとタメ張れるくらいにはモテんだぞ?」
「もー、分かったから。はい、いってらっしゃい」
セリが薄着のままのボルターを寒空の下へ押し出すことに成功すると、ボルターが真面目な顔で振り返った。
「なに? 忘れ物?」
心配顔で尋ねたセリへ、ボルターは悪い笑みを浮かべながら言った。
「お前のな。ほら、いってらっしゃいのチュー忘れてんぞ」
軽く屈んで、セリと顔の位置を合わせる。
「…………いってらっしゃい」
瞳の中にありったけの軽蔑を込めて、セリはボルターをお見送りする。
ボルターがぶつぶつと「この手の攻め方は効果なし」とか言いながら出ていく。
セリは半ば感心しながらボルターの背中を見送った。
本当にあの変態は次から次へとよくもまあ下らないことばかり考えつくもんだ。
頭の中、どうなってんだか。
今日は子供預かりの予約が入っていないので、セリはここ最近、適当だった家の掃除を徹底的にやってしまうことにした。
レキサとロフェにも手伝ってもらって、家の中を超本気スーパー無双掃除モードで磨きあげていく。
家の汚れは心の汚れ。家がきれいになれば、ボルターの心のけがれや変態指数が少しは低下してくれるかもしれない。
リビングの絨毯を外に干し、床の水拭きが終わりかけた頃に、玄関の呼び鈴がなった。
「あ、はーい!」
セリがドアを開けると、視界いっぱいに白い花が飛び込んできた。むせかえるような甘い香りが漂う。
セリが目をぱちくりさせていると、低く柔らかい声がかかる。
「久しぶり。ドッキリ大成功だね。
はい、このお花はセリちゃんへのプレゼント。受け取ってくれる?」
「――インディさん!!」
長身で、端正な顔立ちの美男子が花束越しに微笑んでいた。
ボルターの旧友で、トレジャーハンターでもあり、エヌセッズのメンバーでもあるインディだ。
「お久しぶりです! あ、ボルターなら今日はギルドにいますよ」
「違うよ。まずはセリちゃんに逢いに来たんだ。あいつはあとでいいんだ」
大人の余裕が感じられる柔らかい笑みを浮かべ、インディは入っても良い? と中に足を踏み入れた。
「あ、ごめんなさい。掃除中でしたけど、もう終わるところだったんで座ってて下さい。お茶淹れますね。何が良いですか?」
話をしながらも掃除用具をしまい、もらった花を活け、てきぱきとお茶の支度を始めるセリを、インディは椅子に腰かけて目を細めながら見守っている。
頬杖をついて、長い足を組む格好がとにかく絵になる。
自分に注がれる視線を感じ、嫌でも照れてしまうセリは、片付けに集中することで、なるべくインディを意識しないようにと努める。
油断していると、インディと目が合ってしまい、なぜか気恥ずかしくなってしまう。
「じゃあ、紅茶をもらおうかな。濃いめにしてくれると嬉しいな。
あと、かわいいね、そのエプロン。セリちゃんが選んだの?」
インディに指摘され、セリは自分の装備していたエプロンに視線を落とす。今日のエプロンはピンクのフリルエプロンだ。
「あ、これですか? ボルターがいろいろ買ってきてくれたんです。変なのもあるんですよ。すっごい生地が薄くて下の服が透けそうなやつとか」
「……それは、ヤバイね。アイツの前で着ない方がいいね」
インディは微妙な顔で苦笑いしながら返事をする。
「そういえばボルターの子供達は? お菓子も買ってきたんだよ」
「わ、ありがとうございます。今、子供部屋の掃除をしてもらってるんです」
呼んできましょうか? とセリが訊ねるより前に、インディが不意に立ち上がってセリに近づいてきた。
セリが身構える隙もなく、あっという間に壁際へ追い詰められる。
――しまった!! そういえばこの人、ものすごい速さでいきなり人のおでことかにキスとかしてくる人だった!!
すでに逃げられない間合いまで詰め寄られ、動揺するセリの首筋をインディの指先がなぞった。
「――っひゃあ!?」
自分の声じゃないような声が出て、セリはあわてて自分の口を塞いだ。
「あ、ごめんね。くすぐったかった? 『お守り』つけてるのかなあって気になっただけ。
ちゃんとつけてくれたんだね。こいつがちゃんとセリちゃんを守ってたか、ちょっと見せてね?」
いたずらっぽく笑いながら、インディはネックレスのチェーンを指ですくいあげると、セリの襟元から真っ赤な『身代わりの石』がこぼれ出た。
以前、インディからプレゼントされた時に、とても高価な石だから人目に触れないようにと言われていたので、セリはインディに言われた通り、毎日ちゃんと服の中に隠すように身につけていた。
――見たいなら見たいって、口で言ってくれればいいのに!!
インディが深紅の石を光に透かして、丁寧に品定めするように目を細める。
ネックレスをつけたままなので、セリの顔のすぐ間近にインディの端正な顔がある。
相手がボルターなら今すぐにでも掌底突きでも頭突きでもして逃げられるのだが、インディとなると、そこまでの暴挙に出ていいものなのか、途端に勝手が分からなくなる。
「――セリちゃん、もしかして危ない目に遭ったでしょ?」
スッと目線を合わせられ、セリはキスされてしまうのではないかと身をこわばらせた。
「そそそ、そんなことないですよ!
……あ。そういえば小人に騙されて埋め殺されそうになったり、干からび殺されそうになったり、踊り殺されそうになりました。
もしかしてこれが守ってくれたから私生きてるんですか!? すごい! ご利益絶大!」
ぱっと顔を輝かせたセリとは対照的に、インディは心配げな表情を浮かべる。
「……セリちゃん? 一体どこのダンジョンをクエストしてたの?
うーん、そういうのじゃなくてさ。この石の傷から見て……切り傷、だと思うんだよね。
セリちゃん、まさかとは思うけど、刃物持ったようなヤツに襲われたりしてないよね?」
それ!? そっちの方!?
ごめんなさい!! してましたぁぁぁぁっ!!
というより、自らごろつきの中に突っ込んで襲いかかって切り刻みまくったのは私の方だしっ!!
確かに相手の数が多かった割にはほとんど怪我もなく済んだなとは思ってたけど、すごい!! ご利益絶大すぎる!!
しかしそんなことを正直に白状できるはずもない。
「えーっとですね。家の裏庭の雑草をですね、鎌で刈ってたんです。そしたら手が滑って手に持ってた鎌がですね。宙でくるくる回って私の方に落ちてきたんですよ。幸いちっちゃなかすり傷で済んだんで傷は何も残ってないんですけど。あーきっとインディさんのくれたお守りのお陰だったんですねー! すごーい! ご利益絶大ー!」
いい感じでスラスラと嘘が出てきたが、インディは心の中まで見透かすような眼をして、セリの瞳をのぞき込んだ。
「……へえ?」
――その眼!! その眼はダメっ! その顔もダメっ! 今、絶対私の心読んでる!! 私の記憶の該当ページを見つけようとしてるっっ!!
目を逸らしたら負けなのは分かっているのだが、直視に耐え切れずセリは顔ごと背けた。インディのどアップはセリには刺激が強すぎる。
「――レ、レキサ!? ロフェ!? 片付け終わった!?
インディさんがお菓子持って遊びに来てくれたよ!! みんなで食べない!?」
もはや自分一人では太刀打ちできず、セリは助けを呼んだ。
「あはは、ごめんごめん。いじめすぎて仲間を呼ばれちゃった。嫌われないうちに大人しくしてようかな」
楽しそうに笑うとインディはさっきまで座っていた椅子に戻っていく。セリは気づかれないように深い安堵のため息をついた。
子供部屋のドアが開くと、お菓子と聞いてキラキラ笑顔のロフェが真っ先に飛び出してきた。
続いて出てきたのは――。
「ナック!? なにそれ、めちゃくちゃ汚れてんじゃん!!」
いつもなら真っ白でふわふわなナックの体に埃やゴミくずがたくさん絡まっている。
「僕じゃないよ! 僕はダメだよって言ったんだ。でもロフェがナックをモップにして掃除するって聞かなくて……!」
「こらっ! ロフェ! ナックはモップじゃないの! ナックに謝んなさい!」
「なっくだっていいよっていったのよ! ふたりでたのしくおそうじしたのよ!」
「もー、ナックも! 嫌なら嫌って言わなきゃ。
ほら、おいで。洗ってあげるから。お風呂いこう?」
セリの言葉にナックは激しく身震いした。
後ろ向きに後ずさると、壁にへばりつく。
「どうしたのナック。大丈夫だよ。優しく洗ってあげるから」
しかし、ナックはセリの手から逃れるとそのまま外に飛び出してしまう。
「あ! こらっ! ナック! 戻ってきなさーい! 逃げるなー!!」
セリは外に向かって叫ぶが、汚れた毛玉の姿はあっという間に見えなくなった。
そのやりとりを見ながらインディが笑いをこらえている。
「普段のセリちゃんはそういう感じなんだね。来た甲斐があったよ、いいのが見れた」
「そういう感じってどういう感じですか?」
笑われたことが恥ずかしくて、口を尖らせながらセリは尋ねた。
「かわいいなって思ったってことだよ」
微笑みを浮かべながらサラリと口にされ、セリの小さな胸がきゅんっと甘酸っぱい音を立てた。
ボルターにかわいいと言われても反発心しか出てこないが、インディに言われると素直に嬉しいし、普通に照れる。
「そう……ですか? お世辞でも嬉しいです。アイツは私のこと、かわいげがないとか【かわいい】ステータスが低いとか言うんで……」
「ああ、それはセリちゃんがどっちかというと綺麗系だからじゃないかな。
そういえばセリちゃん、ちょっと見ない間にまた綺麗になったね、大人っぽくなったのかな?」
――ほら! ここでまた綺麗とか大人っぽいとか、嬉しくなっちゃうから!!
やっぱりインディとボルターじゃモテの格が違う。
ボルターといえばエロさマシマシだの汁だくだの失礼極まりない表現しかしない。あれで褒めてるつもりなのだろうか。
同じくらいモテるだなんて絶対あの変態の勘違いだ。どう考えたって軍配はインディに上がる。
赤らめた頬に両手を当てているセリの前を、レキサがスタスタと横切っていく。
「セリ姉、お湯沸いたみたいだから火、消すね」
「あ、ごめんレキサ。座ってて! 紅茶入れるけど二人はどうする? ハチミツ入りのでいい?」
「うん! しぇり、たっぷりね! ろふぇのはたっぷりねっとりするくらいいれてね!」
「はいはい。レキサは? ハチミツどれくらい?」
「……僕はハチミツいらないよ」
あれ、そうだったかな? と思ったが、本人が希望するんであればそれでいいかと思い、4人分の紅茶を用意する。
セリが席につこうと思った矢先、また玄関の呼び鈴がなった。
こんなに立て続けに来客があるのは珍しい。
返事をしてドアを開けると、若い色白の男が立っている。
「すまない。君から連絡をもらったとき、仕事がかなり立て込んでいて来るのが遅くなった」
すまないと謝罪する割に、ちっともすまなそうではない無表情。
制服を着ていないので、すぐには分からなかったが、ディマーズのレミケイドだった。
「わ、びっくりした。来るなら連絡してくれれば良かったのに」
「下手に連絡すると、君が知られたくない相手に勘繰られかねないと一応の気を使ったつもりなのだが」
インディや子供たちに聞こえないように、レミケイドもセリも小声で相手に耳打ちする。
「セリちゃん、その彼は知り合い? 紹介してよ」
インディが笑みを浮かべながらレミケイドを見ている。セリはなんとなく圧のようなものを感じ、気圧される。
「しょ、紹介……?」
しかし、レミケイドがディマーズのギルドメンバーだと伝えてしまうと、どうしてディマーズがセリに会いに来たのかから始まって、セリの毒の話やなんやかんやが芋づる式にインディにバレてしまう気がする。
正直、ボルターと違ってインディにはうまくごまかせそうな気がしない。
うろたえるセリを見て、レミケイドがため息をつきながら小さい声で言い捨てた。
「男を連れ込んでた最中だったか? こんな昼間から子供の前でお盛んなことだ」
「ちょっと!! 変な誤解しないでよ!! インディさんはボルターのお友達なの!! ボルターのお客さんにお茶出しておもてなししてただけ!!」
「ああ、君の客じゃないのか。なら今からつきあってくれ。時間は2時間くらい。意味は分かるな」
淡々と告げ、すでにレミケードは背を向け、出ていく気満々だ。
そしてセリは『2時間』の意図に気づく。
――治療だ。
「ちょっと待って。その2時間ってやけに生々しい時間でセリちゃんと何する気なのかな? 悪いけど、先客は俺の方だから遠慮してくれない?」
インディがレミケイドの背中に向けて声をかける。笑顔を浮かべ、親しみやすい口調で話しかけているが、目は笑ってはいない。
レミケイドは振り返ると、インディの静かな圧にも全く動じずに淡々と返事をした。
「君が知るに値するかどうかを決めるのは彼女だ」
嘘をついてごまかしてくれるような優しさはレミケイドにはない。
セリがおそるおそるインディの顔をうかがうと、しっかりとセリの方を見据えている。
「セリちゃん、そいつと何しに行くの?」
――言えない。私の中にいる毒を抑え込む治療だなんて言えない。
「ごめんなさいインディさん、ちょっと二時間抜けさせてください!! 何するかはお願いだから聞かないでください!! 本当にごめんなさい!!」
後ろめたさで顔が見れず、深々頭を下げていると、インディではなくレキサが答えた。
「行ってきてセリ姉。留守番しとくから。あとオジサンのお茶の相手も」
「……お、おじさん?」
冷静なレキサの声でセリが顔を上げると、インディがちょっと傷ついた表情をしてレキサを見ていた。
「いんぢーおじさん、これしゅっごいおいしいねえ! ろふぇのすきなあじなのよ!!」
ロフェも一丁前に接客をしてくれるらしい。
「ごめん!! 本当ごめん!! ありがと!!」
レキサとロフェに謝ると、セリはレミケイドの袖をひっつかんで逃げるように外へと飛び出したのだった。




