pt.3 ノームは掘り進むよどこまでも -Coal miner pneumoconiosis-
「かぼちゃもレモンも植えるのは春になってからがいいみたいだよ」
さっそく家庭菜園について調べてくれたレキサと一緒に、セリは家の裏庭を耕していた。
ちなみにロフェはナックとすみっこで土遊び中である。お城から始まり城壁作り、果ては搭や川、城下町まで再現し、小さな世界の創造神としての仕事で忙しいらしい。
畑を耕しながらもセリの頭の中では、どのタイミングで泥だらけのロフェとナックを風呂で洗うかというシミュレーションが始まっている。
「今みたいな季節に植えるなら、じゃがいもとか人参とか玉ねぎがいいらしいよ。特にじゃがいもはどこでもすぐに育つみたい」
常備野菜の三大巨頭が裏庭で採取できるのは嬉しい。
俄然、畑を耕すセリの手に力が入ってくる。
セリは汗を拭きつつ、鍬を振りかぶった。
「ねえ、セリ姉……」
レキサがセリの耕した土に堆肥を混ぜながら、ぽそっと呟いた。
「セリ姉って、お父さんのこと、好きなの?」
「うおっ!?」
振りかぶった瞬間に予想外の質問をされ、セリは男のような声をあげながら、そのまま後ろにバランスを崩して尻餅をついた。
「なに!? どうしたのイキナリ!」
レキサがそんな冗談を言うとは思わなかったので、セリは激しく動揺した。
しかし、レキサの真面目な顔を見ると冗談ではなかったようで、つまりはレキサから見て、セリがボルターのことを好きなように見えてしまっているということなのだ。
断じてそんなことあるはずがない。あってたまるか。
セリは動揺のあまりに言葉もうまく出せず、ひたすら首を左右に振った。
「セリ姉、お父さんとケンカしてもいつの間にか仲直りしてるし、しょっちゅうケンカするわりに、本気で怒ってないみたいだし、お父さんもなんか楽しそうだし、もしかしてすごく仲良しなのかなって思って」
すごく仲良し、と言われても――。
その表現はむずむずとした抵抗感しかない。
「な、仲良しとか、そうゆうのじゃないし! アイツが勝手に下らないことばっかり言って人のことを怒らせて喜んでるだけだから! ホント性格悪いんだよねアイツ! だからケンカ以前の問題だし! すっごいどうでもいい話ばっかりだし!
だからケンカするほど仲良くないし! 仲直りなんてしないし! 私とアイツが仲良しとか私がアイツを好きとかそういうことじゃ全然ないし!!」
我ながら何を必死になって言い訳しているのか分からなくなり、セリは居たたまれない気持ちになって目を泳がせた。顔が熱いのは、そう、一生懸命に畑を耕しているせいだ。
「ど、どうしたのレキサ。なんで急にそんなこと言うの?」
「お母さんはケンカして出ていっちゃったから。
セリ姉とお父さんみたいに仲良しじゃなかったのかなって。
だから仲直りできなかったのかなって思って」
寂しそうなレキサの言葉に、セリも真面目な表情に戻る。
セリはリリーパスの街で、ボルターの前妻であるメトトレイから別れた理由を聞いている。
ボルターの話をするメトトレイの表情には、ボルターに罪悪感は持っているものの、好意のようなものは残っているように感じた。
ボルターの方はというと、よりを戻す気はないと断言したのを過去にセリは聞いている。
「そうだよね。レキサは、二人に仲直りして欲しいよね」
セリが静かに微笑んで尋ねると、レキサはこっくりと頷いた。
セリは複雑な感情が胸に沸き上がるのを感じた。
もし離ればなれになった家族がまたみんなで一緒に暮らせるようになったら、きっと素敵なことだと思う。
ただ、メトトレイがここに戻ってくるということは、代わりにセリがここを離れることになるはずだ。
メトトレイはセリが暗殺の技術を習得していることに気づいている。
セリの中に眠っている『毒の種』に気がついたのも、その種が芽吹いた後に起きるであろう最悪の事態にも、メトトレイが誰よりも危惧している。
今現在、セリがここにいることについてメトトレイが何も言ってこないのは、離婚した手前――もう家族ではないという引け目から、強くこちらに干渉できないだけで、本当は嫌で嫌でたまらない心境なのだろう。
セリ自身、この家族を自分の意志とは関係なく傷つけてしまうかもしれないと言われて不安がないわけではなかったが、標的はいつだって最低な連中ばかりを選別していた。
掃除することで、幸せになる人がたくさん増える。そう教えられていた。
自分たちの存在がこの世界には必要だ。そう思っていた。
やっていることはディマーズと同じことだ。
見境なしに人を殺したくなる衝動が自分に沸き上がることかもしれないなんて、どうしても実感が湧かなかったし、ここグレイスメイアに戻ってきてからは、リリーパスの街にいた時よりずっと心が軽く、穏やかでいられる。
ここにいれば大丈夫なんじゃないか。
そんな漠然とした安心感がこのグレイスメイアの町にはあった。
本当であれば――今頃セリはリリーパスの街で、メトトレイがマスターを務めるギルド【ディマーズ】に所属しているはずだった。そこで人の内面に巣食った毒の制御法・制圧法を学んでいたはずだった。
もしディマーズのスキルを覚えれば、毒に囚われることもなく、この先も家族と安心して暮らせるだろうと助言をしてくれたのはメトトレイの部下であるレミケイドである。
メトトレイが拘束したセリを解放したのも、セリがディマーズでスキルを学ぶことを了承したことが大きかった。
ボルターの連帯債務事件で頓挫してしまったが――。
そのレミケイドへは、借金の衝撃で頭が混乱していながらも、とりあえずは『ボルターが多額の借金をこしらえて私を連帯債務者にしてしまいました。勝手に出ていったら心中してやると脅されているので当面の間、そちらにはいけなくなりました。ごめんなさい』と取り急ぎ手紙を送ったのだが、あれから何の音沙汰もない。
考え事をしていたセリの袖をレキサが引っ張った。
「お父さん、本当はお母さんのことどう思ってるのかな。
ねえセリ姉、お父さんに聞けたりする? 聞いてみてくれる?
僕が聞いてもお父さん話してくれないんだ」
うるうるとした瞳で見上げられ、セリはたじろいだ。その目に見つめられるとなぜか弱い。
酒に酔ったボルターの口が軽くなるのは知っているが、なんとなくセリとしては聞きたくない気持ちがある。正直、あんまりこの手の話題には触れたくない。
どう答えようかなと、セリが悩んでいると、どこからか声がかかった。
「おお、お前さんがセリって娘さんか。土臭くて結構結構」
高齢の男性の声がして、見まわすが誰もいない。
しかし、さすがにセリはこのパターンに慣れてきた。
自分の足下に視線を下げる。
まず視界に入ったのはいくつものキノコだった。もちろんさっきまでキノコなんてどこにも生えてはいなかった。
よく見るとそのキノコの下に、大地に溶け込む黄土色の三角帽子に、白い髭を生やした小さなおじいちゃんが立っていた。というより、キノコを傘代わりにしている小人のおじいちゃんが数人、セリを見上げていた。
「……あのー、あんまり出歩いていると捕まって身ぐるみ剥がされて売り飛ばされちゃうんですよね? もうちょっと森から出てくる時間帯、考えた方がいいんじゃないですか?」
ここ最近の小人族の出現率の高さにセリはげんなりしながらも、丁重に声をかけた。
「見てみい、ちゃんと迷彩柄の帽子をかぶってきたから大丈夫じゃ。ワシらはお前さんに会いに来たんじゃよ」
「何でもピクシーの小わっぱたちとずいぶん楽しいことをしたそうじゃないか」
「なんでもぱふぱふより気持ち良かったと! それをワシらにもやってくれんかのう?」
――ぱふぱふ?
いまいち分からない単語が出てきたので、なんとなくレキサの方を見ると、レキサは真っ赤になった顔をさっとセリから背けた。
「レキサ、ぱふぱふって知ってる?」
「――し……っ、知らないよ! 僕、そんな言葉知らないよ!」
首がもげそうな勢いで左右に振る。どうやら知っているらしい。
「まあ、お前さんのそれじゃあできんじゃろうて。別にぱふぱふは期待しとらん」
顔より下の一点を見つめられ、セリは悟った。
今このじいさん、私の胸見てすっごい失礼なこと言った気がする……!
「レキサ、ぱふぱふって何。隠さないで教えなさい」
低めの声で圧力をかけるが、レキサはずっと首を振り続けている。
「知らない! 知らないったら! 僕はホントになんにも知らないんだって!!」
頑なに口を割ろうとしないレキサに尋問するのをあきらめ、セリは小さい老人たちに向き直った。
「よくわかんないけど! 人にものを頼む態度じゃないよ、おじいちゃんたち。
私は今畑作りで忙しいんだから。もう帰って!」
セリはちょっと強めの口調で帰るよう促したが、老人たちは納得する気配もなく、むしろ口々にわめきたてた。
「なんじゃと!? ピクシーとは遊べてワシらノームとは遊べんじゃと!? そんなことが許されると思ってか!」
「ワシらにもこちょこちょプレイしてくれ! 気持ちよくしてくれ!」
「ワシらはピクシーと違って高尚な妖精じゃぞ? 大地の精霊じゃぞ? ワシらに気持ちよ~いことをすると良いことが帰ってくるぞ? ほれ年寄りを大事にせい!」
小さなじいさんたちがセリのまわりにまとわりつく。
――う、ウザ。年寄りなんだか子供なんだか分かんなくて余計にめんどくさい!!
「お年寄りにあんな激しいこちょこちょしたら、死んじゃうから! あれは子供の遊びなの! おじいちゃんたちは森に帰ってゲートボールでもしててください!」
まとわりついたチビ爺どもを払い除けながら、セリはさっきよりも露骨に帰れアピールをする。しかし、チビ爺たちは引き下がらない。
「いやじゃあ! ゲートボールなんてつまらんぞい! 年寄り扱いするんじゃない!」
「じゃあ交換条件でどうじゃ? お前さんらは畑を作りたいんじゃろ? その程度の手入れじゃロクな作物は育たんぞ。なんなら土のスペシャリストであるワシらがどんな作物でもわんさか育つようなすごい畑にしてやる。どうじゃ? どうじゃ? 悪い話じゃないじゃろ?」
「え……これじゃダメなの?」
セリの反応に、ノームたちは今がチャンスと必死の売り込みを開始した。
「ダメじゃダメじゃ。ここは石ころが多いからもっと深いところまで掘り返さんとダメじゃ。土ももっとふっかふかにせんとダメじゃ」
「なーんも、わかっとらん! お前さんは土のこと、なーんも、わかっとらん!」
「セリ姉、お願いする? ノームって確か、地面の下に住んでる種族で、すっごく物知りなんだよ。土のことなら一番詳しいと思う」
レキサの情報でセリの心が少し揺らぐ。
「こちょこちょしてほしいのよ! しぇり、こちょってあげたらいいのよ! へるもんじゃないのよ!」
いつの間にか土遊びをしてたロフェが混ざる。
確かに、たかがこちょこちょだ。さっさとこちょってさっさと帰した方が話が早かったのかもしれない。
「ワシらに任せておけば明日にでも植えられる立派な畑をプレゼントしてやろう。通常よりも大地の恵みが宿るようにしてやる。収穫までの時期が半分で済むぞい」
「しかも取れ高は2倍じゃ! どうじゃ? 悪い話ではあるまい?」
セリの目の色が変わった。
「……もう、じゃあ……ちょっとだけだよ? ホントにもう、おじいちゃんったら……息ができなくなっても知らないんだからね?」
「そうか! そりゃ良かった! 陽の光を避けて来た甲斐があったわい」
「ワシなんかそろそろ限界が来そうじゃったわい」
「ワシらはな、もともと地中で生活する種族だからの。日中に地上に出るのは健康上のリスクを伴うんじゃ」
「うう、そろそろ蓄積し出した日光ダメージが!」
「苦しい! どこか光を避けられる場所に案内しておくれぇ」
このタイミングで続々と苦しみだした老人たちに、セリは引きつった笑顔で尋ねてみた。
「……あの、そこまでの危険を冒してまで私に逢いに来ることもないかなって思うんですけど……こちょこちょなんて、たいしたテクでもないですし」
「お? いまどきの若いもんにしては珍しく謙遜じゃのう。好感度アップじゃ」
「ほっほっほ、筆舌に尽くしがたいすさまじいテクニックじゃったと聞いておるぞ?」
「ワシら年寄りは長い人生大概のことは経験しておるからのぉ。刺激が足りないんじゃ。新しいものや刺激的なものは大歓迎じゃ」
結局、人目も陽光も避けられる場所ということで、例の施設の1階に忍び込むことになった。
「なんじゃ、ここには地下室はないのか? つまらんのぉ」
つまらないのキーワードのあとに小人は何かをするという予感を感じたため、セリはすぐに先手を打った。
「落書きとか汚したりしないでくださいね! まだローンがたっぷり残ってるんで! くれぐれも何か加工しようとかそういうお気遣いはしないでくださいね!」
忠告が効いたのか、ノームのおじいちゃん集団は適度にソフトなくすぐりプレイに満足し、無事に森へと帰っていった。
だが、事件は翌日に起きた。
「…………ボルター、ちょっと時間ある?」
ボルターに合わせる顔がなかったが、報告しないわけにはいかない。
セリは重い足取りでボルターのいるエヌセッズのギルドを訪ねた。
「どうした?」
セリの顔を見たボルターは、冗談を言うより先に心配した表情でセリに近づいてきた。
「……できれば直接見てほしいかも、ちょっと出られる?」
目的地まで向かう短い時間に、セリはボルターへ大地の精霊であるノームと知り合いになったことを簡単にかいつまんで説明した。
今にも泣きだしそうな顔で説明しているセリに、ボルターは短い返事を返すだけで、静かに聞いていた。
二人が到着したのは建設途中の例の施設。
建物内に入ると、セリが床の一点を指さした。
「たぶんこれ、ノームのおじいちゃんたちがやっちゃったんだと思うの」
セリが指した場所に、ボルターは見覚えのない床扉ができているのを見つけた。
ボルターが近づいて開けてみると、ずいぶんと深い穴が掘られている。ご丁寧に縄ばしごまでかけられている。
「ごめんボルター。変なことしないでねって言ったんだけどダメだったみたい」
一緒に穴をのぞき込みながら、しおれているセリの頭に優しく手を乗せて、ボルターは軽いノリで言った。
「ちょっと潜ってみるか」
「え? 危なくない?」
セリはぎょっとした顔でボルターを見た。
「夜光石が奥の方で光ってる。俺たちをご招待してんのかもしれねえな」
目を凝らし、奥で淡い光を見つけたボルターは迷わず縄ばしごを降り出した。
「どうするセリ。お前は残るか? そういや、レキサとロフェはどうした?」
「今ナックと一緒に家の裏庭でジャガイモ植えてる」
「じゃあちょっとくらい大丈夫だろ。行ってみようぜ」
少し楽しそうに縄ばしごを降り出したボルターを先頭に、セリも続く。
床扉から入ってくる光も薄れるほど深いところまで降りてくると、ようやく暗さに目が慣れてきた。
次第にボルターの言っていた夜光石の青い光が鮮明になってくる。
闇の中に浮かび上がる幻想的な深く青い光の美しさに心を奪われ、セリはしばらく縄ばしごを降りる足を止めて、その控えめながら存在感を放つ輝きを眺めていた。
そのせいで気づいたのかもしれない。
壁面の一部が、わずかに光を受けてきらめいていることに。
おそるおそる触れてみると、断面が他の土や岩石とは異なる質感をしている。
セリはだいぶ下の方まで降りていったボルターへ、大きめの声で呼びかけた。
「ねえボルター、地面の中ってさ。土と岩以外にも何かあるの?」
「ん~? 木の根っことかか?」
「うーん、そういうのじゃなくて。ツルツルしてたりキラキラしてたり?」
「どこだ?」
ボルターが下からはしごを登ってくる気配がする。セリの背後に重なるようにして同じ立ち位置まで来ると、セリが触れている断面にボルターも指をすべらす。
「……セリ。このダンジョン、思ったよりかなりやばそうだぜ」
セリの耳のすぐ後ろでボルターが興奮したような声でささやいた。
普段の状況では、こんな体勢でボルターにささやかれるなどまっぴらごめんのセリだが、緊迫感の方が上回り、真剣な表情でボルターを振り返った。
「なに? モンスターとかが出そうなの?」
セリと至近距離で目があったボルターは、暗がりでも分かるほどの好戦的な目の光を宿しながらニヤリと笑うと、
「わかんねえ、出るかもしれねえなあ」
と、楽し気につぶやいた。
「つーわけでセリ、お前はレベルが足りねえから、もうこれ以上このダンジョンに入ってくんな。こっからは俺一人でやる。
けど、ここに掘られた穴のことは絶対誰にも言うなよ。レキサやロフェにもな。
これは俺とお前だけの秘密な?」
セリは耳を疑った。こんな狭くて暗い場所で、モンスターが出るかもしれないところに一人で残ろうとするなんて頭がおかしいとしか思えない。
「え? どうしたのボルター、一人で大丈夫なの? 私も手伝うよ?
だいたい武器も持ってないじゃん。なんだっけほら、カストルとポルックスだっけ?」
「ん? ああ、惜しいな。俺の相棒はサガとカノンな。
どっちにしろはしごにぶら下がってたら戦斧なんか持てねえし必要ねえよ。
それより、もし手伝ってくれんならちょっとおつかい頼まれてくれねえか?
……そうだな、とりあえず武器としてツルハシとピックハンマーを一本ずつ買ってきてくれ。
あとは防具……兜だな、一番安いのでいいわ。
黄色くて安全第一って書かれてるやつでいいぞ。
あと鎧は、洗濯面倒だから用が済んだら捨てられるような安い作業着でいい。サイズはLLな。
もし持ち合わせが足りなかったらツケでって言っとけ。そのうち俺が払いに行く」
淡々と指示を出し始めるボルターに、セリは思わず首を振って口を挟んだ。
「ダメだよボルター。ただでさえもう私たち借金で大変なのに。
これ以上……ツケだなんて無理だよ……!」
ボルターが鼻で笑った。そしてセリの頭を優しくポンポンと叩く。
「セリ……大丈夫だ。まあ、俺を信じて全部任せとけ。悪いようにはしねえよ。おつかい、任せたぜ」
セリは不思議だった。
こんなに不安要素しかない状況なのに、どうしてボルターは何もかも分かっているかのように余裕で自信満々なのだろう。
そして悔しいことにボルターの力強い声に、セリは力を分けてもらったかのように不安が薄らいでいくのを感じた。
どうしてだろう。この人に任せておけば本当に大丈夫そうな気がしてくる。
「わかった。言われたとおりにする。ボルターも気をつけてね」
セリは気を引き締め直し、しっかりと上を向いて、縄ばしごを登り始めた。
*****
それからというもの、ボルターは自分のギルドに通うことをぱったりとやめた。
毎日セリの作った特大の弁当を2つも持って、ひたすら暗く深い穴の中へと挑んでは、泥まみれになり、疲れきって帰ってくる日々を送る。
ある日、セリは偶然見てしまった。
黄色いヘルメットと薄汚れた作業着を装備したときに出現したボルターのステータスを。
セリは驚愕の真実を知ってしまった。
【エヌセッズ最強の(エロ)マスター】だったはずのボルターの職業が、【ただの炭鉱夫】に変わってしまっていることに。
――じょ、ジョブチェンジだとぉ……っ!?
アイツ、なんでこんな負債を抱えた状態で固定収入をもらえる安定した職業から、日雇い労働者に転職的な展開になってるの!?
収入は!? 収入はどうなるの!?
固定収入がなくなったら、この先の借金返済はどうすればいいの!?
しかし、あまりにも恐ろしすぎて、セリはこの不安を誰にも相談することができなかった。
セリはこの日から夜の内職の仕事を探し始めたのであった。




