pt.9 強く儚い人間たち -Psychic trauma- ③
夜――。
「セリ。今日、一緒に寝てもいい?」
枕を抱えて屋根裏から降りてきたクロムを見ると、セリは目を丸くした。
「珍しいね……。別にいいけ……」
「ダメだ!!」
セリの言葉を遮り、激しく叫んだのはボルターだ。
「ダメに決まってんだろ! こいつは見た目は子供、中身は俺よりおっさんのハーフエルフだぞ!!
こいつが一緒に寝てもいいってんなら、こいつより若い俺とだって一緒に寝ていいはずだろ!!」
先に寝てしまったレキサとロフェが起きてしまうので、セリは人差し指を口の前に当てて、必死でボルターを黙らせようとする。
「しーっ! 静かにして! いいわけないでしょ。どういう理屈なの」
「危険だセリ。男なんてのはな、女が寝た後に何すっか分かんねえ生き物なんだぞ!」
「それはあんたでしょ」
「俺は何もしてない!! 俺はセリの艶めかしい寝言を聞きながら妄想を膨らませてただけだ!!」
「ちょっと!! 人の寝言聞かないでよ!! いつのっ!? どのときっ!?」
「前に『あ……っ、ボルター、もっと私をギュってして♡』とか『もう……っ、好きすぎて死んじゃう♡』って……」
「あーはいはいウソでしょ。それかあんたの夢ね。じゃ、変態がやかましいから部屋にいこっか」
セリはクロムの背中を押して、自分の部屋へと案内する。
「おい! マジで二人で寝るのか? なあ、俺のベッドで川の字で寝ねえ? おーい!」
セリは慣れた様子でボルターをシカトすると、寝室に入るやいなや、無慈悲な音をたててドアを閉めた。そして、目にも止まらぬ手さばきでよく分からないトラップを次々に仕掛けていく。
「これくらいしないと侵入してくるからさ」
明らかに刺さったら致命傷な長さのナイフを持ったセリが、にっこり笑いながらクロムを振り返った。
毎晩この二人はいったいどんな戦いを繰り広げているのだろう。
とりあえずクロムは何も見なかったことにした。
クロムが先にベッドで待っていると、トラップの出来に満足したセリも布団に入ってきた。
「セリ。今日、母ちゃんが体乗っ取っちゃってごめん。
セリはさ、勝手におれの母ちゃんにされちゃったのって、本当は嫌だった?」
クロムは勇気を振り絞って、今まで聞けずにいたことを尋ねてみた。
迷惑に思われていたらと思うと、ずっと聞くのが怖かった。
「なに? 急に。
嫌じゃないよ。あのね、クロムを見てると、私の中にいるセレンさんの部分がとってもあったかい気持ちになるの。
こういう気持ちは、いままで私の中にはなかったな。
穏やかでどんどんあふれてくる……不思議で、心地よくて、あったかい気持ち。
セレンさんが私の中にいなければ、ずっと知らないままだったかも。
だからむしろ、ありがとうって言いたい。こんな気持ちを教えてくれてって」
岩石の中には輝石も混じっている。
自分の母は、セリにとっての輝石になれたのだろうか。
それは、ときおり見えた空虚なセリの隙間を少しでも埋められたのだろうか。
だとしたら。
自分の存在も、セリの輝石の一つになれるだろうか。
それからクロムは他愛もない話をセリにした。
自分がハーフエルフだと意識しないで毎日過ごせたのは、この町が初めてだったこと。この町の住人がみんな揃いも揃って脳天気なやつが多いこと。緊張感がなさすぎること。変態の比率が高いこと。
セリはクロムの話をまどろみながら聞いていたが、次第に微笑んだ表情のまま返事が少なくなっていった。
セリが完全に眠ってしまうと、クロムはそっと呼びかけた。
「……母ちゃん、出てきて。聞こえてるんでしょ?」
クロムの呼びかけに応え、セリはゆっくりと目を開いた。
*****
クロムがセリを起こさないように部屋を出ると、独り酒をしていたボルターが酒瓶を片手に声をかけてきた。
「よぉ、先輩。一杯つきあってくれよ。飲める口だろ?」
「……ぜったい先輩なんて思ってないだろ」
クロムの文句に対して、目を細めたボルターは空だったグラスに酒を注いだ。
男二人で乾杯する。
「どうした? 母ちゃんをモテ男にとられそうで不安になったか?」
「うるせー、ガキ扱いすんなよ。あんたこそモテ男にセリとられてもいいのか? ていうか、あんたってセリのこと、好きなのか?」
「変なこと聞くやつだな。お前は嫌いなやつと一緒に住めるか?」
「住めないけど」
「じゃあ、そういうこった」
ボルターは余裕の笑みで酒に口をつける。自分の力量では簡単に口を割らせることはできないのだろう。顔色ひとつ変わりはしない。普段は変態のくせに、こういうところだけ大人で悔しい。
「なあ、あんたってどうやってそんな大人になったんだ? 親になれば大人になんのか? おれとあんたの違いって何があるんだよ」
クロムの問いに、ボルターは面白そうに笑みを深めた。
「お、ついに大人の階段を登りたくなったか先輩。
残念ながら歳をくっても、ガキができても、人間、自動的に大人になれるわけじゃねえんだぜ?」
クロムは酒に口をつけながら、ボルターが続きを口にするのを待つ。喉の奥に熱さが流れていく。強い酒だった。
「そうだな……。いっぱい足掻くことだな。失敗して、反省して、自己嫌悪で死にたくなっての繰り返しだ。次こそうまくやってやるって自分に誓いながらな。
そんなことばっかしてるうちに、いつの間にか前よりヘマしなくなってて、いつの間にか前よりまわりが見えるようになってる自分に気づく。
そうやって知らないうちに経験値がたまってレベルアップしてんのさ」
抽象的すぎる説明にクロムは思わず文句を言った。
「もっと具体的に言ってくれよ。それじゃよく分かんねえよ」
「おいおい、すぐに答えを欲しがんのは子供の証だぞ? 大人ってのはな、答えのない問いと延々戦い続けなきゃいけないんだぜ? 少しは自分で考える素振りくらい見せてみろ」
そう言いながらもボルターは上機嫌で続けた。
「そうだな。お前はとりあえず、自分と合わねえなってヤツとつるむようにしてみな。
それもうるせえことばっかり言ってくるやつ、目の上のたんこぶみてえなやつ、いちいち癪に障るやつ……そういうやつとなるべくいることだ。
自分の耳が痛くなるような指摘をくれるやつは貴重だぞ? 一緒にいりゃあ嫌でも成長する。偉そうに言われると面白くねえからな。言われねえようにがんばるだろ?」
なぜかクロムの頭の中に該当する人物がいた。
「あんたにもそういう人がいた?」
「まあな。女とばかりいたら甘やかされちまって成長しねえのは確かだ。大人の男になりたかったら男とつるめ。特にむかつくやつな。そいつが舌を巻いちまうような男になるのを目標に頑張ってみな」
頬杖をつきながら目を細めるボルターの姿を、クロムは不思議な気持ちで見つめていた。
よく考えたらボルターと二人きりで会話をしたのは今夜が初めてだった。
大人の余裕というものなのだろうか。穏やかにくつろいで酒を飲むボルターの姿は、普通にかっこよく見えた。
「あんたといたら、おれ、大人になれる?」
ボルターはクロムがそう言うのを分かっていたかのように笑って答えた。
「言っただろ? 優しいやつとつるんでも成長しないって。俺は子供が大好きな優しい大人だからな。他を当たれよ。
自分に甘いやつは大人になれねえぜ?」
そういうとボルターは、残りの酒を飲み干し席を立った。
「じゃ、俺は寝るわ。酒つきあってくれてサンキュな、先輩」
クロムはすかさずボルターの後ろ姿に声をかけた。
「おっさん! そこセリの部屋! 勝手に入るんじゃねえ!」
ボルターはおどけた様子で振り返った。
「お? そうだったか。酔っ払ってよくわからなくなっちまったぜ」
前言撤回。一瞬かっこいいと思ってしまったが、やはり変態は変態だ。
自分に甘いやつは成長できないとか言っといて、さっそく自分はどうなんだよ。
酔ってないのなんかバレバレだっつうの。
クロムはボルターがちゃんと自分の部屋に戻っていくまでずっと睨み続け、ボルターが部屋に入ったのを確認すると吹き出した。しばらく笑いが止まらず腹筋がつりそうになる。
大人かと思えば、誰よりも子供みたいな悪ふざけをする。ボルターという男は本当に変な人間だ。でも、不思議と憎めない。
人間の男にはいろんなタイプがあるようだ。
おれは、どんな大人になるんだろう。
*******
町の子供たちと鬼ごっこが終わり、昼食をとりにエヌセッズの酒場に入ると、やはりインディがいた。
セリが気まずそうに厨房へと逃げ、それを見たインディが苦い微笑を浮かべる。
クロムは静かにインディの前に立つ。
「約束通り聞いてきた。それをあんたに教えるかわりに条件がある。おれも連れてってくれ」
「だから昨日も言ったよね? 子供のお守りは一人が限界って」
ため息混じりに受け答えするインディに、クロムは食い下がった。
「セリのことは連れて行こうとしてたよな?」
「セリちゃんくらいの歳ならね、一人前だと思うよ」
「セリと同じくらいならいいんだな」
クロムは厨房へと向かうと、昼食の支度をしているセリの襟首をつかんだ。そして自分の方へと力いっぱい引っ張りこんだ。
口と口が強くぶつかる衝撃。
自分が思い描いていたキスとは全く違う展開に、失敗したなと反省する。
次はもう失敗しない。
だってもう、セリよりも自分の方が背が高いから。
自分に移った母の精神体から、情報を吸収する。
もう一回。
今度はさっきより優しく、長く。
セリの髪に触れる。セリの頬に触れる。
自分自身の、ほんのわずかな欠片をセリの中に吹き込む。
どうか、輝石になりますようにと願いを込めて――。
ゆっくりと唇を離すと、目を大きく見開いたセリの顔がある。
その顔がじわじわと赤く染まっていく。
「ク、クククク、クロム?」
へたり込んでしまったセリの手をつかんで立たせる。
セリが自分を見上げている。でもまだ、これだけで喜んでいちゃいけない。
頼ってもらえる存在にならなくては。セリがつらいときに力を貸してあげられる存在にならなくては。
そのために、大人になるんだ。
「セリ……おれ、この町出るよ。そんで、あのモテ男と一緒にセヴォの父ちゃん探し、手伝ってくる。そろそろ子供やってんのも飽きてきたし。腕試しってやつ? だから母ちゃん、返してもらった。いままで、母ちゃんのこと、ありがとうな」
真っ赤な顔で口をパクパクさせているセリの頬にもう一回キスをして、クロムは呆然としているレキサにも、近寄り声をかけた。
「レキサ……、おれ、一気にかっこよく進化しちゃったけど、おれの圧勝でも、まだ友達でいてくれる?」
母親が消えてしまったあと、何かと気にかけてくれていた友人。自分がハーフエルフでも、妬んだり、羨んだりなんて全くせずに、普通に接してくれた大切な友だち。
「ずるい! ずるいよクロム! 反則だよ! 急に大人になっちゃうなんてさ!
ずるは勝ちじゃないよ!! 僕が同じくらいになるまでそのままでいてよね!!
そしたら絶対僕の方が勝ちだから!!」
レキサが大きな声で、感情をあらわにして怒るなんてレアケースだ。だから、余計に嬉しかった。
待ってれば、追いかけてきてくれる。
まだレキサとのつながりは途切れない。種族の違いなんて、なんにも気にせず自分と張り合ってくれる大切な存在。レキサはもしかしたら自分の輝石なのかもしれない。
「よし。そしたら二人でセリに言い寄ってどっちが勝ちか決めてもらおうぜ」
「わかった。絶対負けないから。……もうその時には友達じゃなくてライバルだから」
後半はセリに聞こえないように、レキサは小さな声でクロムへ向かってつぶやいた。
ライバル。それは友だちより嬉しいかもしれない。
胸の奥が熱くなる。自分の中に移ってきた母の精神体が、自分と共鳴する。
……母ちゃんも嬉しいんだな。
「ふーん、くろむ、まえよりいけめんなのよ。ろふぇはこっちのほうがすきなのよ!」
「おー、ロフェは本当に動じない女だよな! そういうところ親父そっくりだな!」
「んもーあたりまえでしょ! おやこだからなのよ!」
ロフェが生意気に腰に手をあて、ふんぞり返る。
親子、か。
自分はどういうところが父親似で、どういう母親似なんだろう。
今まで、そんなこと、一度も考えたことなかった。
時間はたくさんあるし、ゆっくり考えていくことにしよう。
幸い旅の道連れは、父と同系統の女たらしなんだから。
ね、母ちゃん。
……頼むから惚れたりしないでくれよ?
クロムが近づくとインディは椅子から立ち上がった。
悔しいことにインディの方がまだ背が高い。
身長はどうすれば伸ばせるのだろう。その方法も探さないといけない。身長だって越えてやるんだ。
「今のは俺に対しての宣戦布告かな?」
インディは微笑んではいるが、目は笑っていない。
「あれ? おれの身長が伸びたからようやく眼中に入るようになった?
でもちゃんと下の方も見ておかないと、その辺の石とか岩に蹴つまづいて転んじまうぜ?」
クロムは精一杯の挑発を込めて、下から見上げてやった。
「ご忠告どうも。しばらく生意気なことが言えなくなるくらい、うんとしごいてあげるから覚悟しといてね」
こうしてクロムはその日のうちにグレイスメイアを発った。
クロムがセリに再会するのは、このあと数年先のこととなる――。
次からセリ視点に戻ります。




