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pt.9 強く儚い人間たち -Psychic trauma- ②

 そいつは突然現れた。


「お前がモンスターと仲良くしている悪い女だな? 正義の名のもとに倒してやる!」


 サビッサビの変色した短剣を振り回してセリに襲いかかった子供を、とりあえずクロムは蹴っ飛ばした。

 そこへ間髪いれずにセリが怒鳴る。


「あ、こらクロム! ちゃんと手加減したの?」


「したって!」

 せっかく助けてあげたセリから怒られる理由が分からず、クロムはいらついた声で返事をした。

 

「手下を使って攻撃してくるとは、やはり魔性の女め」

 妙に芝居がかった口調で、その子供は歯噛みした。


 魔性の女……。セリに一番似合わない呼び方だ。

 クロムは鼻で笑った。

 一方のセリはいきなり刃物を向けてきた相手なのにも関わらず、その子供を親身に助け起こしている。


「ねえ君、いきなり人に襲いかかっちゃダメでしょ? お父さんかお母さんはどこなの?」


「僕は勇者だ! 行方不明の父を探して旅をしてるんだ! 勇者がモンスターを倒して何が悪い!!」


 クロムはこの茶番にまともな神経でつきあう気になれず、セリの袖を引いた。


「なあセリ、勇者ってどういう意味?」

「え? なに急に。えーと、勇敢な者って意味かな」


「ふーん、じゃあこういう恥ずかしいセリフを大声で叫んで、人にガラクタの剣でケンカ売るような恥ずかしいことも勇敢だからできると……」

「う、うーん。まあ、勇敢っちゃあ、勇敢……かな?」


「僕を無視するな!」


「とりあえず……」

 セリはいつの間にか出した縄で、いつの間にかその子供を縛りあげており、錆びた短剣も没収した。


「え? セリ。どのタイミングでそいつ縛ったの? 速くね?」

 本気で驚いたクロムに、セリは少し照れくさそうに笑った。


「ええ~? こんなの全然速くないよ~! まあ武器も錆びてるとはいえ当たると痛いしさ、迷子みたいだし、保護者探そうか」


 セリは笑ったまま、きゅっ♡ と縄を締め上げた。


「セリ、なんかその縛り方……変じゃね?」


「え? そうかなあ。こういうふうに習ったんだけどなあ」


「僕は勇者だ! 一人で父を探す旅をしてるんだ!!」

 さわぐ勇者(自称)をなだめ、セリは事情聴取を開始した。


 セヴォと名乗った小さな勇者は、病に(むしば)まれた母の最期の言葉を頼りに、父を探す旅に出たらしい。

 セヴォの父はプラーセという名で、かつては竜王を倒し、その国の姫君を助けたこともある名だたる勇者なのだそうだ。

 その勇者プラーセは、その後セヴォの母と出会い、結婚し、しばらくは3人で暮らしていたが、ある日自分には勇者としての使命があると言い残し、帰ってこなくなったらしい。


 その話を聞きながら、セリが妙に難しい顔をし始めた。


「……なんか。なんかそのエピソードの人物に心当たりが……あるというか……」

「父を知っているのか!?」


「……いや、でも名前違うしなぁ……」

「会わせてくれ! 頼む! 見ればわかるから!!」


 セリが渋々セヴォを連れて向かったのはエヌセッズの酒場だった。

 中に入ると、あのむかつく長身男のインディがいた。目にした瞬間、クロムの胃がむかつき始めた。


「あ。セリちゃん。俺に会いに来てくれたの?」

 案の定、甘えたような声を出し、インディが顔をほころばせた。


「えーと……まあ、そうといえばそうですね。あの、この子に覚えはありませんか? 竜王を倒したことのある、お父さんを探してるんですけど……インディさんのことなのでしょうか?」


「お父さんを? セリちゃん、俺、独身だよ?」


「……えーと、インディさん、モテますし、なんていうかこう……女の人と一緒に暮らしてたっていうのもあり得なくはないというか。

 えーと、ボルターにも子供が二人いるんで、インディさんにも一人や二人いてもおかしくないかなあ……なんて」


「やだなあ、セリちゃん。俺がそんなやらかして子供作っちゃうような男に見える? そんなヘマしないよ?」


 ――あ。

 やらかす。ヘマ。


 母ちゃんがぶち切れて、あの男を殺しかけたNGワードだ。

 あの一件以来、あいつは母ちゃんに頭が上がらなくなって、女遊びを完全にやめたんだ。


 懐かしい記憶が蘇ってきた瞬間、ばっちーんと何かが弾けるような音と、ガタガタと何かが倒れる音がした。


 どうもセリが椅子に座っていたインディに張り手を食らわせ、椅子から倒したらしい。

 見ていなかったので、状況からクロムは推測した。


「……っあなたに! あなたに子供を産んだ女の気持ちなんて分からないでしょうね!! 一度産んでみればいい!! そして侮辱された私の気持ちを思い知ればいいわ!!」


 ――あ。母ちゃんだ。セリが母ちゃんのセリフを叫んでる。

 ――え? 母ちゃん?


「母ちゃんっ!? え? ちょっと待って!! え? いま母ちゃんなわけ!? セリは!?」


 倒れたインディの前で仁王立ちする()()は、我に返ったようにハッとなると照れ笑いした。


「ま、嫌だわ。怒りに我を忘れてセリさんの体を乗っ取っちゃったみたい。ごめんなさい、すぐに消えるわね。あ、クロム? お母さんは元気だから心配しないでね!」


 自分の頭をこつんと小突くおちゃめな仕草を残して、突如降臨した母――セレンは、去るときも突如として消えた。


「――っ!? あ、ごめんなさい!! 大丈夫ですか?」


 意識を取り戻したセリが、インディに手を伸ばしかけ、すぐに手を戻した。

 セリの目には軽蔑の色が浮かび、その瞳からは涙がこぼれそうになっている。


「ごめんなさい。やっぱり謝りたくないです。見損ないました……」


 苦しそうに顔をゆがめて、酒場から飛び出していくセリを、インディが理解不能の表情で見送る。少しいいザマだと思った。


 子供ができたことを失敗したかのように茶化した自分の父は、それはそれは恐ろしい目にあった――らしい。

 子供には見せないようにという母の配慮で、クロムはそのときの父の悲鳴だけを延々聞いていた。それはそれで結構なトラウマだったのだが。


 瀕死の父がぼやいた「女は母親に進化するとやばいな……」という言葉はよく覚えている。

 母の意識が共有されて、セリにも嫌悪感が伝わったのかもしれない。

 あんなセリフを吐くような男は、ロクな男じゃない。関わらない方がセリのためだ。


「おい。なんか派手な音がしたけどモンスターでも攻めてきたのか?」


 奥の部屋からボルターが出てくる。顔に手のひらの形がくっきり浮かび上がったインディを目にするとボルターが意地悪く笑った。


「お! 修羅場だったか? 今度はどこの女に手を出したんだよ。ん? そこにいるガキは誰だ? 隠し子か?」


 酒場のギャラリーがボルターと同じ表情を浮かべて情報提供する。


「セリちゃんがインディをぶっ飛ばしたんだよ。すごかったよ。インディ、完全に油断してたもんね。完全なクリティカル・ヒットだったよ!」


「……口の中切っちゃった。はあ、参ったなあ、嫌われちゃったみたい」


 心の底から落ち込んだような声でインディがぼやいた。


「……お父さん」

 そこに、家にいたはずのレキサとロフェが酒場にあらわれた。


「あのね! しぇりがね! バーンってかえってきたらね! ろふぇたちにバーンってしてね! とびらバーンってしめてね! おうちはいれなくなっちゃったの!」


「ああっ?」

 ボルターが眉を思いっきり寄せる。


「ロフェ、それじゃわかんないよ。

 セリ姉が泣きながら家に飛び込んできて、僕たちを家から追い出したんだ。どうしたのって聞いたんだけど、入ってこないで! って言われちゃって、鍵もかけられちゃって……。セリ姉に何があったの?」


 言葉が未熟な妹に代わってレキサが状況を説明する。

 セリらしからぬ行動に、ボルターは怪訝な表情を隠せない。


「おいおい、セリがそんなことするなんて緊急事態だぞ。マジで何が起きやがった?」


 クロムだけが事情を理解していた。

 懇切丁寧に床に座り込んでいる色男が口にした暴言によって、セリとセリの内部にいる母の逆鱗に触れたことを説明してあげると、ボルターは大きくため息をついた。


「だいたい事情はわかった。俺がなだめてくっから。迎えに来るまでお前らはここで留守番してろ」


「おれもいく!」

 名乗り出たクロムをボルターが面倒くさそうに手で払う。


「あー、いい、いい。こういう難しい話は子供じゃなくて大人がするもんなの。俺がサシで話してくるから、お前らはここで菓子でも食って待ってろ。

 菓子ならほら、そこでしょげてるモテ男が今なら好きなだけ買ってくれるだろうから。

 じゃ、ギルドの留守番よろしくな」


 また子供扱いだ。自分の方が事情を知っているのに。

 どうして誰も自分を頼ってくれないのだろう。


 クロムは歯を強く噛みしめた。

 

 ボルターが去った後、場の雰囲気が悪くならないようにと、エヌセッズの面々が冗談を言ったり、インディの財布でお菓子を買い出しに行ったりして盛り上げる。


 その雰囲気に溶け込むように気配を消したクロムは、そっと酒場から抜け出した。





 念のため確認してみたが、やはり玄関は鍵がかかっていて入れなかった。


 どこかに侵入経路がないか探っていると、2階の窓が開いていた。

 近くの木の枝にわずかに亀裂がはいっている。生木のむき出し具合が新しい。どうやらボルターはこのルートで侵入したらしい。


「ちょっと! ボルター!? どこから入って来たの!?」


 ボルターのあとを追って、クロムが二階に忍びこもうとしたとき、ちょうどセリの声が聞こえた。

 クロムは侵入を中断し、家の壁に張りついて耳をすませた。


「そんなことより、家族を締め出して籠城(ろうじょう)決め込むなんてらしくねえぞ。どうしたよ」


 沈黙。セリが鼻をすする音が聞こえる。セリが泣いている。


「男の人って、赤ちゃんが来てくれるの、嬉しくないの? 女の人はあんなに苦しい思いをして、すっごく苦しい思いをして赤ちゃんを産むのに、産まれたあとは、涙が止まらないくらい幸せな気持ちになるのに……っ。それなのに……っ、やらかすとかヘマって……ひどいよぅ……っ」


 セリの泣き声がふいに小さくなる。何かに遮られているみたいに声が聞きとりづらくなる。

 クロムは自分の聴力を限界まで集中させた。


「ああ、お前がキレるのも当然だよな。隣の奥さんの手伝いもしたし、クロムの母ちゃんだって中にいるんだもんな。お前の意見は母ちゃんたちみんなの意見だよな」


「……ボルターも、そういうふうに思ったことってあったの?」


「俺か? 俺はすげえ嬉しかったよ。……嬉しすぎて、当の母親が悩んでることすら全然気がつけなくて、ずいぶんひでえこと言っちまった。そういう意味じゃ、俺だってひでえやつだよ。偉そうなこと、なんも言えねえ……」


 しばらくセリが鼻をすする音が聞こえる。ずっと泣いているのだろう。

 どうして自分はセリの傍で、ボルターのように話を聞いてあげられないんだろう。

 どうしてセリはボルターになら素直に話をするのだろう。生きてる年数なら自分の方が長いのに。


 子供だから? そんなのは見た目だけだ。

 どうして自分を頼ってくれないのだろう。どうして自分じゃダメなんだろう。


「……インディにもさ、ちょっと事情があってよ。ここだけの話にしといてくれよ?

 10年以上前だな。あいつ、本気で惚れてた女がいたんだ。

 そのころのあいつはすげえ奥手で、まわりが見てバレバレなくらい惚れてんのに、彼女に自分の気持ちを全然言えないようなやつだったんだ。信じらんねえだろ?

 彼女の方はさ、その()も含め、家族もみんな病弱で、裕福でもないし、苦労してたらしい。

 だから大金稼いでプロポーズしてやるって、あいつ……すげえ張り切ってたんだ。

 でさ、仕事も成功して、プロポーズに行くっていうから俺もついてったんだよ、彼女の住む村に。

 そしたらさ、彼女……家族の薬代がわりに、金持ちの家に嫁がされちまってたんだ。

 一応、自主的にって話らしいけど。実際はどうだったのか……」


「え? 会わせてもらえなかったの?」

 セリのか細い問いかけに、ボルターの長いため息が続いた。


「その彼女さ、その金持ちとの間に子供ができて、しかも産むときに、体がもたなかったんだとさ。

 俺たちが行ったときにはもう……な。彼女が必死で産んだ子供も、数日ともたなくて、母ちゃんについていっちまった」


 セリの息をのむ声が聞こえた。


「それからあいつは女を次から次へと落とすけど、女が落ちると今度は自分から離れちまう、そんな面倒な男になっちまってさ。

 遊び人ってわけじゃねえんだ。あいつなりの、自己防衛と、女に対しての節度っていうか……」


「そんなの……っ」


「だからさ、子供ができるってのはあいつにとって結構トラウマな出来事なんだと思う。ひどい言い方だってのは分かる。ただ、まあ、今回のは……一回だけ見逃してやってくれ。

 また次にあいつが失言したら、もうあとは好きにしていい。俺は止めない」


「…………わかった。私も謝る。何も知らないのに叩いてごめんなさいって」


「あー……、その話をしたことがバレると俺がインディに殺されるから黙っててくんねえ?」


「でも……」

 まだ話は続いていたが、クロムはその場から離れた。


 胸がざわつく。


 あいつにもあいつの事情があったのかな。

 人間の分際でエルフに手を出した身の程知らずな男。

 でも、自分が知らない側面があったのだろうか。

 今はもう、知る由もない。父親の本当の心の中なんて……。


 もう、分からない。

 あいつがどんな気持ちで母や自分と過ごしてたかなんて。


 今さら聞けない。

 死んだやつの言葉なんて。




 そっとエヌセッズの酒場に戻り、最初からずっといたようにその場へ溶け込む。


「そう。じゃあ、君の故郷はこのあたりってこと? で、お父さんは君が生まれるより前に竜王を倒したことがあるって言ってたんだね?」


 インディは真剣な表情でセヴォと地図を挟んで話し合っていた。

 その姿を見ると、誠実な男に見えなくもない。ボルターの話を聞いたせいだからかもしれないが。


「……竜王倒したなんてヤツ、そんなにたくさんいるもんなのか? あんたも倒したんだろ?」


 自分から声をかけてみたはいいが、どうしても緊張して固い声が出る。なんで声をかけてしまったんだろう。クロムは自分の行動が理解できなかった。


「……セヴォくん、疲れたかな? ちょっとおやつ休憩しておいで」


 インディは優しく微笑むと、セヴォの背中を押してレキサたちのいるお菓子コーナーへと送り出した。

 セヴォが座っていた席が空くと、インディが優雅な仕草でクロムをその席へと誘った。クロムは素直にその席へと座る。


「竜王って意外とたくさんいるんだよ、知ってた? 彼らは竜に呪われた『元・人間』なんだ。

 知らずに倒してしまっている人間もいると思う。でも最後に知るんだ。自分が手にかけた相手が、自分と同じ人間だって。ヘタすると呪いをうつされることもある。だから竜王はなかなか減らない。むしろ増えてるかもしれないね。

 君、エルフだから知らないかな、呪いの解き方。

 もしセヴォ君のお父さんが呪われていたら、他の人間が殺しに行くかもしれない。助けられるなら助けたいな。そうしたらセリちゃん、俺のこと許してくれるかもしれないし」


 最後の方はわざとおどけた様子だったが、真剣な表情で語るインディには、軽薄な女たらしの雰囲気は皆無だった。


「……おれは知らないけど、知ってるやつに心当たりがある」


「ああ、身代わりの石を溶かしちゃった子かな?」


 心の中を読まれたのかと身がすくむ思いがしたが、ボルターから聞いたのだろうと思い当たり、心を落ち着け静かにうなずいた。

 

「じゃあ、ちょっとその子に聞いておいてもらえるかな?

 はあ……、また身代わりの石を採りに行かなくちゃ。あそこのダンジョン、めちゃくちゃハードなんだよね。まあでも、頑張るけどさ。

 あとはセヴォ君のお父さん探しか。失踪の時期から、遅効性の呪いの可能性が否定できないんだ。

 手遅れになる前に、できるだけすぐにここを発ちたいところだね。

 早く汚名挽回してセリちゃんとお詫びデートしたいし、もたもたしてるとボルターにセリちゃんを取られちゃうのも心配だしね」


「おっさんに取られたくないなら、そばにいればいいじゃん。そんな他人のガキ放っといて」


 クロムの悪態に、インディはふっと笑った。


「そしたらセリちゃんに顔向けできないよ。でもまあ本命は身代わりの石なんだ。方向が一緒だから、ついでだね。

 ボルターに取られたくらいならすぐに取り返す自信があるけど、死んじゃったら取り返せないでしょ?

 セリちゃん、王子様の腕の中で大人しく守られてくれるような女の子じゃないからさ、お守り、あげとかないと俺が落ち着かないんだ。あと、君が言うように独占欲が強いからさ、俺。

 この子、俺のだよって、首輪つけときたいじゃん?」


 インディは目を細め、クロムを挑発するように微笑んだ。


「おれ、手伝ってやろうか? あんたの諸々(もろもろ)

 言葉は勝手に口をついて出た。


「え? 悪いけど子守りはセヴォくんで手一杯だよ。俺、残念だけど子供嫌いなんだ。とくに君みたいな生意気な子供はね」


 言葉は嫌味なはずなのに、インディの笑顔は不思議と優しく見えた。


「なあ、おれ、あんたより年上なんだけど、あんたから見ておれって子供?」


 インディは少し驚いた顔をしたが、すぐに微笑を浮かべた表情に戻った。


「少なくとも、セリちゃんを取り合うライバルとは認められないかな。君がセリちゃんの傍にくっついていても俺は全然余裕。眼中になし」


「ふーん、言うじゃん」


 クロムは席を立った。不思議と最初に感じたような不快感はもうこの男に感じていなかった。


「次は石だけ残して、あんたの首輪だけ焼き切るように()()()()に伝えとく」


「是非頼むよ。石が無事なら、いくらでも鎖はプレゼントできるからね」


 相変わらずの余裕顔でインディはクロムのことを見送った。

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