pt.7 うまれたてドラゴン -Primitive reflexes- ④
「ねえおじいちゃん教えて。毒っていったい何? これはもう治せないの?」
震える声で問い質すセリへ、ノームは優しくなだめるように声をかけた。
「よしよし、そんなに怖い顔せんでもよい。蜂蜜酒でも飲もう。落ち着くぞ?
なあ、お前さんは毒がそんなに怖いか? 生きとし生きるもの、万物すべてに毒がある。この世の中に、毒のないものなど存在しないのじゃ」
「……え?」
目を見開くセリへ、ノームは髭をもてあそびながら笑った。
「毒なんてあって当たり前。毒を持たない生き物なぞおるかい。何をこだわっとるか知らんが、悩むだけ損じゃよ」
「でも! 私の毒は人を殺したくなるって……! 人を殺すのがやめられなくなるって……っ。
もしかしたら……自分の大事な人たちのことも……殺しちゃうかもしれないって……」
泣きそうな顔をするセリに穏やかな笑みを浮かべ、ノームがセリの手を優しく包んでさすった。
「人間が人間を殺すことは別に珍しいことでもあるまいに。それをいちいち毒とは、人間は自分に害のあるものを安直に毒とまとめて安心したいんじゃろう。愚かな生き物じゃ。
そんな狭い了見のやつらは相手にすることはない。
人間を殺すことを責められるのであれば、いっそのこと人間の世界を捨てて、森で暮らすのも良いじゃろう。ワシらに危害を加えるような人間どもが来たらお前さんが返り討ちじゃ。誰もそのことを責めたりせんぞ? お前さんは森の英雄じゃ。
どうじゃ? いい話じゃろ?」
セリはノームの言葉を絶望的な気持ちで聞いていた。
人間の世界を捨てる……?
人を傷つける私は、人間の世界で生きられない?
やっぱり私は、みんなと一緒に暮らしちゃいけない存在なの?
蒼白な顔で黙っているセリへ、ノームが慌てて言い直した。
「こりゃこりゃ、あくまで物の例えじゃ! 話し半分に聞いてくれ。ちょっと和ませようとしたのが失敗したんじゃ!
いや参ったの。お前さんは本当に……素直というか、なんにでも染まりやすいのう。
まだまだ子供というか、ウルカヌスが未熟なんじゃろうが……なんでも真に受けてしまうのも危険じゃな。いや本当にワシの言い方が悪かったな、すまんすまん」
「……ウルカヌス?」
初めて聞く言葉に、セリは不安な気持ちでその名前を繰り返した。
「うむ。万物の中に宿っている純化を司る存在じゃ。どんな存在も最初から完成した状態で誕生するものなどはない。
鋼も最初から鋼で存在するわけではないのと同じでな。
長い年月をかけ、ウルカヌスによって少しずつ余計なものが取り除かれ、純粋な物質へと変化していく。火は最後の仕上げじゃな。
お前さんはどっちかと言えば、その逆で何でも吸収する方じゃのう。いや、もしかしたらそれすらお前さんの個性なのかもしれんが」
「だから毒が消えないの?」
泣き出しそうなセリへノームが優しく語りかけた。
「毒という言い方が仰々しくて良くないようじゃな。もうちょっと気楽な呼び方にしよう。
要は『あなた色に染めてぇん♡』状態じゃ。
お前さんかて最初から人間に害のある考え方をしていたわけでもあるまい。それを先導した者がいるわけじゃ。
その考えに共感し、その者を心酔するから考え方が変えられんのじゃ。
じゃから一番の近道は、そやつ以上にもっと強烈な色を持つ男に徹底的に染めてもらうことじゃ。ほれ、ここを掘削してたあの男……ボルターと言ったか。あの男なんか良いぞ?
絶対誰にも染まらない強烈な色をしとる。あれに染まれば毒だのなんだの気にすることもなくなろう」
……私が、ボルターに染まる……?
否応なく拒否反応が沸き上がり、セリはすぐに言い返した。
「あれの色に染まるのはちょっと嫌です。あ、ちょっとじゃなくてかなり嫌です」
「ほほお、そこにはちゃんとお前さんのウルカヌスが仕事をするわけじゃな。
たしかにああいう男はお前さんのような若い娘からしたら毒以外の何者でもないじゃろう。あの男も当然それが分かっておるから上手くコントロールしとる。
じゃからほら、お前さん、毎日がスパイシー☆じゃろ?」
「え? すぱいしぃ?」
「ほんの少しの毒は人生のアクセントじゃ! ドキドキとワクワクじゃ!
スリルがない人生なぞつまらんぞい。ちょっと危険な男と恋の主導権を取り合うなぞ、もう人生最大級のお楽しみじゃ! 日常が極彩色に輝くのじゃ!」
妙にテンションが上がり始めたノームを理解不能の目で見つめながら、セリはなんとか話を本題へと戻すことにした。
「……うーんと、ボルターの話はいいからさ。私の大事な話をしてたよね?」
「じゃからお前さんがあのボルターという男に身も心も染め上げられればすべて万事解決じゃ! オールオッケーじゃ! ハッピーエンドじゃ!! 薔薇色の生活じゃ!!」
「その話はいいから。
じゃあ、本当なら焼かれて消えるはずだったその……毒が消えなくて、繋がっているっていうのをもう少し詳しく教えて」
「じゃから、毒じゃのうて『あなた色に染めてぇん♡』じゃろ?
まあよいわ。植物が大地の中で繋がっているのと同じように、地上も空気で満たされ、空気によって繋がっておる。
たとえ距離は離れていても、お互いに通じ合えば空気を通じて共鳴することができる。
お前さん、毒を消したいというわりに、本当はまだその覚悟がないんじゃろ?
そやつから養分をもらわずとも生きていけるはずなのに、根を断ちきれず、養分をもらい続けている――そんなところかの?」
図星を突かれセリは黙った。
「無理もない。精神の侵食は根が深い。離れていても相手を意のままに操るというしな」
「それは今あの人が私に殺せと命令したら私は人を殺したくなるってこと?」
「いや、そういうのとはちょっと違うな。長い年月をかけてお前さんが反応するように仕込むんじゃ。そやつの意志がお前さんの体で発動するようにな。
あー、そういうのを何と言うんじゃったかのう。えーっと……あ! そうそう洗脳じゃ!」
――洗脳。
その言葉がセリの胸に重苦しく響いた。
私が団長を好きという気持ちも洗脳?
悪を憎む気持ちも洗脳?
助けてもらって嬉しかった気持ちは?
感謝の気持ちは?
どこからどこまでが私の本当の気持ち?
頭がガンガンする。
息ができない。
めまいを起こし、地面に手をついて荒い呼吸をし出したセリに、ノームは背中をさすりながら労わるように声をかけた。
「ああ、拒絶反応が起きよるの。落ち着け、無理は禁物じゃ。ほれ、蜂蜜酒を飲みなさい。落ち着くから……」
「おじいちゃん……! どうしたら……いいの? どれが私の本当の気持ちで、どれがそうじゃないか、どうすれば分かるの? どうしたらちゃんと私は私だって……、本当の私だって言えるようになるの?」
「――アルカナは?」
背後からかかった声にセリが驚いて振り返ると、そこには不機嫌な顔をしたクロムが大きな哺乳瓶を持って立っていた。
「万能薬なんだろ? アルカナってやつは。それ使えばセリ、治るんじゃねえの? その……洗脳ってやつ」
「アル……、カナ?」
クロムに話を聞かれてしまったことへの動揺もあったが、それよりも自分を治せるかもしれない存在の出現に、セリはクロムをすがるように見つめた。
「そんなもの人間たちの欲望が生み出した迷信じゃ」
ノームが吐き捨てるように口を挟むが、クロムはセリの表情を察して、アルカナについて説明を始めた。
「【水】【土】【火】【空気】の四つの元素を集約させると得られる第五の元素がアルカナ――またの名を第五精髄って呼ばれてる――万能薬とか不老不死の薬って言われてる代物だ。
おれはハーフエルフだから、産まれた時からすでに四つの元素がおれの中には入ってて……だから、まだおれがすげえ小さいとき、アルカナ研究をしてる人間の錬金術師どもにさらわれてさ、危うくバラバラにされちまうところだったんだってさ。
すげえ怖かったせいだと思うけど、全然その時の記憶ってないんだよな。
どうすればおれの中からアルカナを出せるんだろうな。記憶が戻れば、おれの中からアルカナ出して、今すぐセリのこと……助けられるかもしんないのに……」
自嘲気味に笑うクロムにセリは駆け寄り、抱きしめた。
「ダメだよクロム! クロムをバラバラになんかできない!! そんなこと絶対ダメ!!
お願いだから絶対そんなことしないでよ。クロムを傷つけてまで助かりたいなんて思わない……」
こらえきれず涙があふれだしたセリの背中を、クロムが優しく触れる。
しばらく黙ったあと、クロムは静かにセリの耳元へ声をかけた。
「セリ、竜の母ちゃんから次のミルクが届いたから飲ませてやろうぜ。あいつ、ずっと火、吹きっぱなしなんだろ? 腹ペコなんじゃないか?」
はっと顔を上げたセリはクロムの持っている哺乳瓶を見ると、心配そうに尋ねた。
「お母さん、まだ戦ってるの?」
「いや、片はついたんだってさ。ただあの母ちゃん、偉いやつらしくてさ。
苦戦してた連中の体たらくが我慢ならんってブチキレて延々説教してるらしい。で、説教が長引きそうだったんで説教の合間に乳搾って飛竜に運ばせたってことらしい」
「そっか。良かった。お母さん無事だったんだね」
安堵の表情を見せたセリに、クロムも表情を緩める。
哺乳瓶が見えたためか竜の赤ちゃんが火を吹くのを止め、セリたちの方へとよたよた歩き出した。一緒に小さな羽もパタパタと動くのがかわいらしい。
「あ! お腹が減ったかな? お母さんのミルクが届いてますよ~!」
赤ちゃんが近づく気配を察して振り返ったセリは、両手を広げて満面の笑みで赤ちゃんを迎えにいく。その姿をクロムが優しい瞳で見守る。
「お母さんはちゃんと無事だよ。今は竜のみんなと反省会中みたいだからもう少しで帰ってきてくれるはずだよ。もう少しだけ我慢してようね?」
するとまたしても赤ちゃんは顔を引っ掻き始め、小さな鱗があたりに散らばった。
「お! 良き素材じゃ!」
「鱗のブレスレットでも作るかいの!」
さっそくノームたちが目ざとく落ちた鱗に群がる。
「こら! おじいちゃんたちダメー! はい、ちゃんとこの袋に入れて! はがれた鱗は全部お母さんに返します! 1枚足りとも盗まないでください!
もー、困ったおじいちゃんたちですねー」
最後のセリフは抱き上げた赤ちゃんに向かってだ。
いつもの元気なセリに戻ったらしいのを確認し、クロムは苦笑しながらセリへ釘を刺した。
「おいセリ、赤ん坊にデレデレなのもいいけど、どこに向けてゲップを発射するか考えてからミルク飲ませた方が良いぜ。塔で上がった火柱の高さから考えて、方向を間違えるとおれたちここでみんな仲良く丸焼きになる気がする」
「なに!? 特大級の火炎が来るのか? こりゃいかん!」
「ワシの秘蔵の焼き待ちの作品に、今こそ火を入れるときじゃ!」
「お、お前さんがやるならワシのも一回ここで火を入れておくか」
「謎の鉱物コレクションを燃やしてみるかの、何か出てくるやもしれん」
どこまでもマイペースなノームへクロムが冷静にツッコミをいれる。
「いや、じーさんたちが燃えカスになるっつってんだけど。どう考えても表面積が小さいやつから火の餌食だろ」
「大丈夫じゃ、結界を張ればよいじゃろ。そうじゃな……ワシらはこの辺に結界を張って避難して、それで……作品は……うむ、そこに並べるからそこを狙っておくれ」
セリが赤ん坊にミルクをあげている場所を中心に大きな魔法陣を描くノーム、作品、鉱物を寄せ集めるノーム、それぞれに分担する。
「はーい。飲み終わりましたよー。みんな危ないよー、定位置についてくださーい!」
セリのかけ声で集合すると、クロムがゲップ発射の角度の微調整をし、セリはボルターに習った通りのゲップをさせた。
ごっっふ……!
セリの直撃した『けぷ』より、何倍もしっかりした音が響き――地下は灼熱の炎で包まれた。
「あっっちぃーー!! なんだこれ! 炎の海じゃねえか!! 結界役にたってねえぞおい!!」
「何を言う!! 結界があるからこれくらいで済んでおるのじゃ!! 文句があるなら出ていけ!!」
「出るわけねえだろ!? 一瞬で消し炭になるわ!!」
「蒸し殺される!! 溶ける!! 蒸発する!! もう身代わりの石ないのに!!!」
「良き火じゃ!! これはすごい!!」
「これならオリハルコンすら精錬できるぞ!!」
「ミスリルじゃって大量生産じゃ!!」
「焼けた作品とのご対面が待ち遠しいぞい!」
結局火が消えたあとも地面が焼きつき、結界から出られず、空気が冷えるまで待つことになった。
退屈でそろそろクロムの機嫌が悪くなり始めた時、強い風が巻き起こり、こもった熱を吹き飛ばしていった。
「うむ。なかなかに良い火であったな。見事であった」
大きな竜が姿を現す。戦場から帰還した母竜の姿を目にすると、赤ちゃん竜はセリの腕から飛び出し、母へと駆け寄った。
「いい子にしておったか。ん? 鱗がはげたのか?」
赤ちゃんの顔をまじまじと見つめ、母竜が険しい顔をした。結界の中からセリが慌てて声をかける。
「あ!! はい! それに関しましてはここに……! あれ? ない!? 巾着がない!?」
あちこちまさぐりながらパニックになるセリへ、ノームの一人が何かを差し出した。
「ほれ。今さっきの炎で作ったぞい。ドラゴンチョーカーじゃ! お前さんにプレゼントじゃ!」
ドヤ顔でウインクをするノームの首を絞めながらセリは震える声ですごんだ。
「鱗は母親に返すっつってんでしょうがよ。耳が遠いの? ボケてんの? どっちなの? どっちもなの?
素材にすんなって言ったよね? 消し炭にされちまうってんだよじーさん、わかってる?」
「……すげー。セリがなんかキレて、ところどころおっさんみたいなしゃべり方になってる」
クロムが驚愕の表情でセリを見つめる。
「すみません!! こんなはずでは!!」
必死に説明をしようとしたセリを無視し、母竜は我が子へと優しい瞳を向けた。
「どうであった? 満足したか?」
「はい母上。とても貴重な体験をすることができました。わたくしのわがままを聞き届けてくださりありがとうございました」
聞き覚えのない声がしてセリは声の主を探した。
「そうか。あとでゆっくり母に土産話を聞かせておくれ」
「はい。ノームたちがわたくしの火をとても喜んでくれました。可能であれば今後も土の民との交流を続けとうございます」
「ええぇぇぇっ!? その子、普通にしゃべれるのおおおお!?」
声の主が分かり、セリは思わず叫んだ。赤ちゃんは普通に会話ができたのだ。
「そうだ。言わなかったか?」
完全に楽しんでいる声色で母竜が返事をする。
「無礼を詫びます、セリよ。人間のあなたを試すような真似をしてしまいました。この方があなたの本来の姿を見れると思ったのです」
一方で赤ちゃん竜の方は非常にしっかりとした大人っぽい話し方をする。とても生まれて二日とは思えない。
「わたくしの初鱗は今日の記念にセリにあげましょう。すぐに生え変わるのでご心配は無用です。
ちょうどよい装備が手に入りましたね。いくら見た目がかわいいからといって、首切りウサギにじゃれつくようでは首が何本あっても足りませんから。
まだ幼いわたくしの鱗は竜族の中では弱い方ですが首切りウサギの牙くらいなら防げます。
わたくしに命の大切さを訴えるのも結構ですが、自分の命も大切にした方がよろしいですよ」
どちらが年上か分からなくなるような口調でセリを諭す赤ちゃん。
「首切りウサギ?」
なんのことかわからずセリは首をかしげた。反応したのはクロムだ。
「そう! やっぱあのウサギ、首切りウサギだよな!
見た目すげえちっちゃくてかわいいくせに目にもとまらぬ速さで人間の首を切り落としてく、とてつもねえクリティカル率のウサギなんだ!! やっぱ見間違いじゃなかったんだ!! ほら! やっぱあぶねえウサギだったろセリ!!」
「首切り、ウサギ?」
それってあれ? さっきおいしく食べてたやつ? いやまさか、あれはただのウサギでしょ?
「ちょうどよかったのう。わしのセレクトはさすがじゃろう? これで次から首切りウサギと戦闘になってもひとまず即死は回避できるのう!」
「即死?」
そんな危険なウサギなんているわけないって。なに首切りって。みんな何言ってるんだろう。
命の大切さなんて話、したっけ? やだなあ、記憶にないなあ。
「……え? 首切りウサギ? やだ。そんなウサギなんていなかったってば。第一ウサギなんて見てないって。あは、あははは……」
忘れてしまったこと。
思い出したくないこと。
そんなことばかりの自分の記憶。
きっとこれから先も増えていくのだろう。
見たくなかったもの。
知りたくなかったもの。
記憶から消したい恥ずかしい失態。
そんな存在がこの世界にはあふれているのだから。




