pt.7 うまれたてドラゴン -Primitive reflexes- ③
熱い。
ノームたちの住処は異様な盛り上がりを見せていた。
休みなく吹き上がる炎のせいで、地底の気温はいまや真夏そのものだ。
はしゃぐノームたちを遠巻きに見ながら、セリとクロムはウサギのローストをつまみつつ、木の実を絞ったジュースで一杯やっている。
あまりの暑さに二人とも上着を脱ぎ、腕まくりをしつつ、それでも垂れてくる汗を拭う。
――熱い。
まるで煮えたぎる鍋の中に入れられた、野菜になった気分だった。
「おお、そこにおったか。祭りは楽しんでおるか?」
赤い顔をしたノームがセリたちを見つけて近づいてきた。
顔が真っ赤なのは酒に酔っているのもあるかもしれないが、竜の炎を間近に受け続けたせいでもある。
ノームたちはずっと竜の赤ん坊に火を吹かせつつ、熱狂しながら炎の傍で謎の作業を続けている。竜の赤ちゃんも気兼ねなく火を吹けるのが楽しいらしく、ときおりケタケタと笑いながら火を吹いていた。
「おい、お前さん、なんかちょっと変じゃぞ? ちいとそこにしゃがんでよく見せてみんさい」
ノームに手招きされたセリは、指示された通りにノームの前にしゃがみこみ、なるべく顔を近づけた。
ノームはしげしげとセリのことを上から下まで何度も往復して観察すると、
「こりゃあいかん」
言うが早いかノームが地面に手をつくと、固かった足場が一気にもろく崩れ、セリは地中へと引きずり込まれた。
「――ぶっ!」
口まで埋まり、セリは口の中に入った砂をなんとか吐き出した。
鈍い音を立ててセリの目の前に枝が刺さると、もう大地は身動きが取れない固さへと戻っている。鼻は出ているので窒息は免れたが、口が完全に埋まってしまい声が出せない。
この光景は見覚えがあった。
ピクシーに埋め殺されそうになった【大地の治療】だ。
「んんー!! んんん!! んー!」
「悪いこと言わんから、ちぃと大人しくしんかい」
呆れ声を出すノームの前では、先ほど刺した枝から燃えるように鮮やかな赤い花が咲き始めていた。
セリの顔まで熱が届く。やはり炎の花のようだ。
炎の花弁が舞い落ちていく。
次々と花を咲かせては散り、大地に触れた花弁は儚く消えていく。
次第に花の数が減り、枝は最後に静かな音を立てて炭となり崩れ去っていった。
セリは自分のまわりの土が緩んだ気配を感じ、なんとかもがいて脱出を試みた。
呆気にとられていたクロムが気づいて手を貸してくれる。
「お前さん、よくもまあこんなに体に火を宿しておったもんじゃ。
もともと人間は水と土で構成されし者。この火はお前さんには身に余るものじゃ。
間に合って良かったの。下手すると今日中にも中身が燃え尽きてしまっていたかもしれん。
しかし、人間がこれほどの火を宿すことなんて普通なら考えられんのじゃが……」
無事に地上へ生還できたセリは、難しい顔をしているノームへ、ボルターに馬鹿にされた【けぷ死事件】について説明した。しかしノームは依然として難しい顔のままだ。
「それはそれで妙だの。
火を浴びて、一度死ぬほどに焼かれておるのに、お前さんの【純化】は全く進んでおらんようじゃ。ほれ、あれを見てみよ」
ノームが指差した先には、子供のように喜びはしゃいでいるノームたちがいる。竜の炎で熱せられたドロドロの何かを集めて特殊な器に移していた。
「あれはな、精錬をしておるのじゃ。つまりは金属の純化をしておる。
竜の火というのはな、とても神聖で強力な火なんじゃよ。
強い火は不純物を取り除き、より純度の高い存在へと万物を生まれ変わらせる。
今ワシらがやってるのは、鉄を宿した岩を純化し、良質な鋼を作り出している真っ最中なんじゃ。
良い火は良い金属を生む。きっと最高の鋼ができるじゃろう。
つまり、何が言いたいのかというと、火には余計なものを取り除く力がある。
そして本来、死というものは器と精神を別つ、完全な分離が起きる現象じゃ。
『火』によって一度『死んだ』お前さんの中には、本当であれば純粋なもの以外は存在するはずがない。……はずなんじゃが……」
そこでノームは言葉を切ると、真っ白な眉を寄せ、セリを凝視した。
「お前さんの中にある……そこの小僧と似ている気配は、エルフのものか。
エルフの精神体であるなら燃え尽きなくとも不思議はない。エルフは本来、天に近い。空気と火で作られた存在だからの。まあそれがお前さんに入ってるのがそもそも理解不能じゃが……。
しかし以前ピクシーどもが言っておった、お前さんにくっついているもうひとつの精神体……。それが竜の火をもってしても消えぬところを見ると、どこかで繋がっておるのかもな」
髭をなでながらノームが呟く。
「……繋がっている?」
「そうさな。お前さん、最近土をよくいじるじゃろ? 土を掘ってて根が地中で繋がってる植物を見たことはないか? 連中は種で仲間を増やすのもいるが、根を繋げて自分の子供を増やすやつもおる。
子は親から伸び、繋がっている根から養分をもらう。親と繋がっている以上、子は何度刈り取られようともまた生えてきよる。それと似ておるような気がする。まあ、断言はできんがな」
「それは……つまり……養分を与える相手と私が繋がっていて、本来なら燃えて消えたはずのものが、消えずにまた復活したってこと?」
「まあ、その可能性もあるということじゃ」
『その可能性』
それは――あの人が、生きてるという可能性だ。
セリはふらりと歩き出すと近くに生えていたキノコを手に取り、木の枝に刺し、宴の中心で燃え盛っている炎でこんがりと炙る。
それを手早くナイフでスライスし、岩塩と共にウサギのローストにまぶすと、その辺にある大きな葉っぱでひとまとめにして包み、クロムへ声をかけた。
「クロム、これ。今日のみんなのお昼ご飯作ったから届けてくれる?
セリ特製【竜火で焼いたウサギ肉とポルチーニ茸のロースト~白トリュフを添えて~】だよ。
パンに挟んでサンドイッチにして食べてって伝えてくれる? もし余ったらお夕飯のリゾットにまわすからって一応伝えといて。まあ、たぶん余らないと思うけど」
珍しくたたみかけるような口調でお願いをしてくるセリへ、クロムは困惑しながらも了承する。
「あ、ああ。どえらい高級ランチだな。セリは?」
「私は赤ちゃんとここにいるよ。もし竜のお母さんが帰ってきてたらここにいるって伝えて。ボディガードありがとねクロム。ここならおじいちゃんたちもいるし、もう大丈夫だから」
すぐに行けと言わんばかりのセリの圧力に、クロムは言い返そうとした言葉を思わず飲む込み、素直に従った。
なんとなく後ろ髪を引かれるように家に戻っていくクロムの背中を見送り、その姿が見えなくなるのを確かめると、セリはまっすぐにノームを見つめた。
「ねえおじいちゃん。おじいちゃんにも私の中にいるものが見えるの? 毒っていったい何? 私の毒ってどれくらい悪いものなの? これはもう治せないの?」
質問をする自分の声がわずかに震えていることに気づく。
ナナクサが生きている可能性を示唆され、一番最初に感じたのは安堵だった。しかし、その直後に言葉では言い表せない恐怖が押し寄せてきた。
この世界で一番大好きな人が生きているかもしれないと言われて、嬉しくないはずはないのに、この体が震えて止まらない恐怖はなんなのだろう。
忘れてしまったこと。
思い出したくないこと。
そんなことばかりの自分の記憶。
まだきっと出てくるのだ。
目を背け、見ないようにしている自分の罪が――。
もしかしたら、この中にある『毒』は、あの人が自分に与えた罰なのかもしれない。
だとしたら――、
自分はこの罰をどうしていけばいいのだろう。
どうすれば自分は許されるのだろう。




