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pt.7 うまれたてドラゴン -Primitive reflexes- ②

「え!? セリ姉それ本物!? 本物のドラゴン!?」


「きゃあー! どらごんのあかちゃんだー! かあいい~!」


「へー、セリとおっさんが子供作るとドラゴンが産まれるんだな。合体事故? それとも特殊合体? どっち?」


 起床してきた子供たちが、セリの背中におぶわれたドラゴン・ベイビーを見て三者三様の興奮をする。


「おいおいクロム、俺みたいな大人はな、事故による合体はもう卒業したんだ。あとは特殊な合体を極め続けてだな、めくるめく愛の……」


 セリは朝食の準備をしながらボルターへ激突し、会話を妨害する。


「ボルターそこいると邪魔。はーい、着替えた人から席についてー。ご飯にするよー」


「お前な! しれっと人の脇腹に肘をぶつけて行くな肘を! いてえだろーが!」


 ボルターの文句を完全に無視しながら朝ごはんのおかずを並べているセリを、ロフェはじっと見つめた。


「しぇり? そのおんぶひも、ろふぇのだったよね?」


 ロフェがセリの使っているおんぶ紐を指さした。


「そうだよー。懐かしいよね。覚えてる? 前はいつもロフェをこの紐でおんぶして……おんぶ……ロフェ……大きくなったんだねえ……っ」


 突然泣き崩れるセリには家族全員慣れっこになってしまい、誰も気にしない。もはや日常のワンシーンになりつつある。


 八百屋の赤ちゃんの誕生に立ち会って以来、セリの涙腺がゆるゆるの貧弱になっているのは町中で周知されている。

 今のセリちゃんはスライムが跳ねただけでも泣くぞと、もっぱらの評判だ。


「おー、レキサとクロムはこんぐらい食えるか? もう少し盛ってやろうか?」


「平気。足りなかったらお代わりするから」


「おれ、もうちょい盛って」


「いっぱい……いっぱい食べてね……っ、そんでおっきく……うう……っ」


 ナックが器用に角にハンカチを挟んでセリの涙を拭いている。


 そんなカオスな朝食時間が終わると、セリは厳しい表情で竜の赤ちゃんとなにやら格闘し始めた。


「おいおいおい。まさか鱗はいだりしてねえだろうな? 勘弁しろよ?」


 ボルターが心配そうにのぞき込む。


「違うよ! この子にミルクあげる練習しようと思ったんだけど……。

 片手で哺乳瓶持つとどうやって抱っこしていいかよく分かんないの」


「ん? 腹減って泣いてからでいいと思うけどな。ま、いいや。貸してみ?」


 ボルターは慣れた手つきでセリから赤ん坊を受け取ると、自然な動作で抱きながら哺乳瓶を口に吸わせる。


「わ。ボルターすごい。なんで?」


「そんなん、レキサもロフェも俺が毎日哺乳瓶で乳やってたからに決まってんだろ?」


 セリは前妻のメトトレイがギルドの仕事に追われ、ほとんど子供と過ごしていなかったと話していたことを思い出した。


 レキサもロフェも、なんとなく羨ましそうにその光景を見つめている。もしかしたら懐かしいのかもしれない。 


 どことなく穏やかな表情を浮かべているボルターを見ると、やっぱりこの人はお父さんなんだなとセリは思う。


 哺乳瓶でミルクを飲んでいた小さな子供たちが、今はモリモリご飯を食べている。


 ほんのちょっと前まではミルクしか飲めなかったはずなのに、今は好き嫌いがあったり、お菓子を食べ過ぎたからご飯いらないとワガママを言ったり、大好物を食べ過ぎてお腹を壊したりする。それもみんな、全て成長の証なのだ。


 セリは胸がいっぱいになって、また涙があふれてきた。


「お、ちょっと飲んだか。んで飲ませたらゲップさせるんだわ。

 こうやってな、背中を軽くトントンすんだ。ちょっとしか飲んでねえから、もしかしたら出ねえかもしんねえけど一応な」


 ボルターの肩に顎を預ける竜の赤ちゃんの顔がかわいらしくて、セリはボルターの背中側に回るとゲップが出るのをのぞき込んで待った。


 けぷ。


 かわいらしい音がした瞬間、セリの視界が輝く朱色に変わる。


「うわーーーーーー!!! セリーーーーーー!!?」


「セリ姉!? セリ姉!!?? セリ姉!?!?!?」


「しぇり!! もえてるよ!! しぇりもえてるのよ!!!」


「おい、うるせえぞお前ら何言って……うおわぁぁぁぁあああっ!?

 セリ!? なに燃えてんだよお前!? どうした? なんでだ!?」


「え? ちょっとみんな、落ち着いて? どうしたの? たしかにみんな赤くなってるけど」


 セリがみんなを見渡すと視界の色が戻っていく。すると胸に強い熱さと痛みを感じてセリは胸を押さえた。


「――あっつ!!」


 慌ててネックレスを引っぱりだすと、以前インディからもらった『身代わりの石』がどろりと溶けて床に落ち、じゅっと音をたてて蒸発していった。


「あ、身代わりの石が……」

 セリの小さな声が静まり返った部屋に響いた。


「……身代わりの……石? お前……ってことはいま一回、死んだ、のか?」


 ボルターが血の気の引いた表情でセリを見つめる。


 再び静まり返る室内。


 大きく長いため息をついて下を向いたボルターは、小さく震え出した。


「お、お父さん……?」

「おっさん、大丈夫か?」

「おとーしゃん、ないてるの?」

「ボルター?」


 みんなが心配して集まる中で、ボルターの震えはどんどん激しさを増し――。


「ぷふーっ!! お、お前! ゲップで殺されやがった!! か、か、かっこ悪!!

 生後二日のちびドラゴンのゲップで焼き殺されて死にやがった!! ゲップ……食後のゲップで……っ、やっっべ! こんな格好悪い死に方……で、伝説級だぜ!! あんなちっちゃいゲップで……っ。けぷっつったぞ、けぷって! よ、弱すぎ……っ」


 完全にツボにはまったらしく、涙目になりながらボルターが息も絶え絶えに笑っている。


「うるさい!! 死んでない!! 笑うな!!」

 指を差されて爆笑されたセリは、真っ赤な顔で抗議する。


「よ、良かったなお前。み、み、身代わりの石装備しといてよ。でなけりゃお前、墓標に『セリ享年14。ゲップに焼かれ永眠』って刻まれるとこだったもんな!! それとも『けぷ死』にすっか?

 やべえウケる。これぜってえランソップに教えてやろ。アイツぜってえ笑い死に決定……!!」


 体中を痙攣させながら、ボルターが苦しそうに笑う。


「あんたも今ここで笑い死になさい!!」


「セリ姉、体……大丈夫? 火傷とかしてない?」


 レキサが心配そうに声をかける。こういうときに一番良識のある発言をしてくれるのはやっぱりレキサだ。


「うん、全然平気。でもどうしようか。あの子が今度こそ本当にお腹空いたとき、どこでゲップさせればいいんだろう」


「次はねえもんな、次こそ本気で燃えカスだもんな」

 まだ声を震わせ、ボルターがセリをからかう。


「そしたら次はあんたに向けるから」

 セリは半分本気でそう答えた。




 しかし、対応策が見つからないまま、ついにその時は訪れてしまった。セリの背中で赤ん坊が泣いている。


「……泣いてるぞ」


「……うん。お腹、減ったんだね……、ねえボルター、赤ちゃんにゲップさせなかったらどうなっちゃうの?」


「あー……と、確か、腹に入った空気がうまく出せなくて、飲んだミルクと一緒に吐いちまうんじゃなかったかな」


「それはかわいそうだね。分かった」

 意を決した表情でセリはおんぶ紐をほどき、竜の子供を抱きかかえた。


「分かったってなにがだよ」

 ボルターの言葉に、セリは晴れ晴れとした笑顔で答える。


「みんな、短い間だったけど私、みんなと暮らせて幸せだった」


「遺言!?」


「墓標には、セリ、小さきものへの愛のために死すと刻んで」

 そしてセリはためらうことなく赤ん坊の口へ哺乳類を挿入した。


「馬鹿! ノープランで先走るな! 赤ん坊なんて泣くのが仕事なんだからちょっとくらい泣かせたまま放置しといていいんだよ!」


 ボルターの悲鳴に近い叱責もむなしく、室内にこくん、こくんとリズミカルな嚥下の音だけが響く。


「そんなことできないよ。お母さんたるもの、子供がお腹を空かせて泣いていたら、速やかに自分の顔をちぎってでも食べさせるものでしょ?」


「どこのモンスターの習性だよ!? そんな母ちゃんいるわけねえだろ!!」


 哺乳瓶の中のミルクの残量が減るにつれ、ボルター家の緊張が高まっていく。


「……くそ!! 貸せ!!」


 哺乳類が空になると同時に、ボルターは乱暴にセリの手から竜の子供を奪いとった。そしてセリが止める間もなく外に飛び出す。


「待ってボルター!! その子をどこに連れてくの!? やめて!! その子を返して!!」


 セリが慌てて追いかけたが、ボルターの姿はどこにもない。


「お父さーーーーん!!」

「おとーーーーしゃーーーん!!」

「おっさーーーん!!」


 子供たちの悲痛な叫び声がこだまする空が、突如赤く染まった。


 塔のてっぺんから巨大な火柱が噴き上げている。


 外を歩いていた町の人たちが口々に、

「神の怒りだ!」

「いやあれは浄罪火だ! 練獄の火柱だ!」

「違う!! 魔王が降臨したんだ!」

「ソドムとゴモラだ!」

 と、好き勝手に叫んでいる。


 ――は、早い!!


 セリは驚愕していた。


 自分の全力ダッシュでも今みたいな刹那的短時間では到底、塔までは辿り着けない。

 よもや塔の最上階まで駆け上がるなど完全に不可能だ。

 瞬間移動でもしなければ――。


 おそらく、本当に瞬間移動したのかもしれない。


 時々セリは思う。

 ボルターは本当に人間なのだろうか、と。

 


 しばらくすると人目を避けるようにボルターが竜の子供を抱き抱えて戻ってきた。

 ボルターの前髪が少し焦げている。


「……すげえ火力だった。余熱だけで焦げちまった。

 セリ、お前が一度犠牲になってくれたおかげでこの町は救われた。一発目のあれが本気のゲップだったら、グレイスメイアは灰の町になってたな。お前は救世主だセリ。今度、町の真ん中に記念碑を建ててやる。『ゲップから町を救いし少女の像』ってな」


 どこか憂いを含むキメ顔で、ニヒルな微笑を浮かべる。


「やめて。それ絶対嫌がらせでしょ。

 でも、これだけの火力を出す子は、家の中でお世話するのは危険だね。かといってあんまり外で目立っても良くないだろうし。どこかに人目につかなくて燃えにくくてだだっ広い場所があればいいんだけど」


 だだっ広いといえはピクシーの住処(すみか)が浮かぶが、下手をすると草原が全焼する可能性もある。


 多少燃やされても文句を言える立場じゃないとは思うが、仕返し根性は人一倍のピクシーたちなので、報復にセリの根も葉もない噂がこれ以上森に広められるのも厄介だ。


 頭を抱えたセリに、ボルターが意外な案を出してきた。


「あ、ならあの下がいいかもしんねえ。塔の地下。

 お前一番下まで行ったことねえだろ。あそこ、めちゃくちゃ広いぜ」


「行っていいの? 前にモンスター出るかもって言ってたじゃん」


 すすめてくるということは、そんなに強いモンスターは出ないのかもしれないが、赤ん坊連れで、しかも赤ん坊は大事な預かりものだ。怪我をさせたらただじゃ済まされない。


「あ。じゃあおれついていってやろうか。ボディーガード役で」

 クロムが楽しそうに名乗りを上げた。


「ボディーガード?」

 セリが不満そうな顔をする。


「なんだよ、おれは普通にモンスターと戦ったこともあるし、弓の使い方だって母ちゃんに教わってそこそこ使えるんだぞ! 待ってろ、いま弓、出してくる」


 さすがに旅慣れしているクロムは、手早く簡易武装を整えると、まだ不安そうな顔のままのセリの手を引っ張り、塔へと向かった。


 お腹いっぱいミルクを飲んだ赤ちゃんはセリの背中であっという間に熟睡モードになった。

 規則的な寝息の音を聴きながら、セリは塔の地下への床扉を開け、すぐに異常に気がついた。


 以前は開けるとすぐに真っ暗な穴と縄ばしごがかかっていただけなのだが、少し降りたところに床があり、不思議な文様の描かれた立派な扉が先を塞いでいた。

 扉には注意書きが記されている。


『汝の名を告げよ……選ばれし者のみ扉は開かん』


 いかにも伝説の勇者が挑むダンジョンといった雰囲気に仕上がっている。


 何をどうすればただの穴だった場所がここまで変わってしまうのだろうか。だいたいこの扉はどこから仕入れてきたのだろうか。もうセリの常識は何一つ通用しない。あの変態炭坑夫、本当に何者なんだろう。


「なにこれ。名乗ればいいの? セリだけど」


 すると、重たい音をたてながら扉が開く。名前に反応するのか声に反応するだけなのかはいちいち考えないことにする。

 とりあえずあのバカ高い塔が完成したときにも思ったが、ボルターはこういう演出が好きな男なのだろう。


 扉の向こうに広がる光景に、セリは思わず感嘆の声をあげた。


 なんということでしょう。


 暗い穴をただひたすら縄ばしごで降りるしかなかった狭く危険な縦穴は、踏みしめてもびくともしない見事な二重螺旋階段へとその姿を変えました。

 これなら上りと下りが行き違いになっても足を踏み外し、奈落へ落ちる心配がありません。


 二重螺旋の中心には滑り棒も併設されており、緊急時にはわずか十秒で最下層まで到達できるようになっています。


 階段のサイドには狭いながらもスロープも完備。

 これは体の小さな(ピクシー)おじいちゃん(ノーム)たちでも足に負担をかけずに行き来できるようにと考えて作られた、匠からのプレゼントです。


「……クロム」

「どうしたセリ?」


「なんということでしょう。地の文までもがさわやかなスタイルへと変調を遂げ、BGMも晴れやかな休日の昼を彷彿とさせるものに変わってしまっているではありませんか」


「セリのキャラもな」


 初めて足を踏み入れたときは、暗闇にわずかな夜光石が光るのみで、手元すら満足に見えなかった暗い空間が、なんということでしょう。

 陽光石が密にかつ均等に配置され、地中なのにまるで昼間のような明るさです。


「すげえな、こんな大量の陽光石、一体どっから持ってきたんだろうな。すげえあったけえし。ここなら暖炉要らずだな」


 螺旋階段を降りると、そこは大家族が全員で集まっても余裕過ぎるほどの大広間が広がります。

 高い天井は背の高いお父さんも頭をぶつける心配がありません。


「下ってこんなに広かったんだね。しかも暖かい。

 塔の中って、何でいつもあんなに暖かいんだろうって不思議だったんだけど、下がこんなに暖かかったからだったのかもね」


「たしかに塔の中って全然寒くねえよな」


 陽光石をふんだんに使用した天然の床暖房は、塔の地上階で元気いっぱいに遊ぶ子供たちが風邪をひかないようにと考えて作られた、子供想いで愛情あふれる懐の深い匠からのプレゼントです。


 温暖な気候に恵まれ、可愛らしいウサギも、ここを住処(すみか)にしているようです。小さな生き物を愛でながら憩いのひとときを味わう。そんな絵にかいたような家族団らんを楽しめる、素敵な大広間となりました。


「わ。かわいいウサギ! なでたい! 逃げちゃうかな? ほら、怖くないよー」


 普段はツンデレのお姉ちゃんも、小さなウサギに大喜び。


「セリ。ちょっと待った。そのウサギ、もしかしたらヤバいやつかも」

 怖がりのお兄ちゃんは思わず弓を構えます。


「なにそれ。ヤバいウサギって。クロムったら脅かそうとしてるの? だってこんなに……」


 ゴオォォォ!!


 広間の温度が一気に上昇するほどの高温の炎も、この広間なら大丈夫。土と石で覆われた室内は防火性も高く、火事になる心配はありません。


 お昼寝中だった赤ちゃんが、お姉ちゃんの肩から顔をのぞかせ、ウサギに向かって激しい炎を吹きかけたとしても、広間が炎上することはありません。ここなら赤ちゃんも思い切り炎を吐き放題です。


「あっつ!! 危な!!」


「セ、セリ!!」

「どうしたのクロム?」


「ヤバいこれ、めちゃくちゃ良い焼き加減なんだけど! 食って良いかな!? たぶん絶対うまい!!」


 自然と融合した大広間は、食育を学び、命をいただくことの大切さを知るために大変貴重なスポットでもあります。子供たちの情操教育にもうってつけです。


「……いただきましょう。

 ねえ赤ちゃん。いきなり生き物に向かって火を吐いたりしちゃダメよ。でないと相手が死んでしまうことだってあるんだから。死んでしまったら悲しむ人がいるんだよ。

 なんて、まだ言っても分からないか」


 広間の盛り上がりを聞きつけて、下の階にいるおじいちゃんたちが集まってきました。


「なんじゃなんじゃ、客人か? 騒がしいのう」


「あ、おじいちゃん。突然ごめんね! たくさん火が吹き出ても大丈夫な場所を探しに来たの。ちょっとしばらくここにいてもいい?」


「火、じゃと?」


「そう。驚かないでね。この子、竜の赤ちゃん。突然火を吹いたりするから危ないんだけど、よかったらしばらくここに……」


「なんじゃと!?」


 お姉ちゃんから新しい家族が増えた報告を受け、おじいちゃんたちは大騒ぎ。


「祭じゃ!! 宴の準備じゃ! 各々渾身の作品を持ち寄れ!! 最高の火がきよったぞ!!」


 今日はおじいちゃん主催の歓迎パーティーが開かれるようです。


 楽しみですね。

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