pt.7 うまれたてドラゴン -Primitive reflexes- ①
武器って高いなあ……。
武器屋の入り口に佇み、お買い得品の小剣の値段を見ながらセリはため息をついた。
相変わらずの高額負債を抱えるセリは、武器の値段の高さに絶望の真っ最中である。
たまたまボルターからもらった臨時収入はそれなりの高額ではあったのだが、現金ではなく町内限定の買い物券で、しかも日用品と土産物にしか使えない。
つまり武器と防具の店は対象外なのだ。さらにその券は、おつりも出ない仕様のため、ちょっとずつ換金していくという作戦もとれなかった。
でも、なんとかして武器が欲しい。
この町に来てからもうすぐ一年が経つ。以前は欠かさず日課にしていた剣舞の練習も、今は全くしていない。
これではもし何かがあったとき、自分はまた大切な人を失ってしまう。
もう、誰かを失いたくなかった。
自分の力でちゃんと誰かを守れるようになりたかった。
自分の大切なものを奪われるのはもう二度とごめんだった。
「あれ? セリリンじゃん! へー、意外。こういう店に用があんの?」
声をかけてきたのはエヌセッズのロキだ。
レヴァーミの親友で、レヴァーミと同様にセリのことを『セリリン』と呼ぶ。
自他共に認めるエヌセッズのエースで、かなり忙しい人らしいのだが、ボルターが町の中にでっかい塔をおっ建てたり、観光イベントで他のギルドを巻き込んだりしているのを聞いて、完全に野次馬のノリで頻繁にこの町へ立ち寄るようになった。
「あ、うん。ちゃんと一人前に身を守れるようになりたいなって思って。でも武器ってすごく高いね。全然手が出ないや」
「え? でもセリリン、エヌセッズに入会したんだよな? まだもらってねえの? 入会特典」
「入会特典?」
「そ。俺たちエヌセッズのトレードマーク、斧!」
そう言ってロキは二丁の片手斧をどこからともなく取り出した。
大きさは全然違うが、ロキもボルターと同じ二丁の斧を使うらしい。
「旦那に催促してみなよ。セリリンの分も用意してくれると思うぜ」
「うん、分かった。聞いてみるね」
とは言いつつ、セリは気乗りがしなかった。
斧か……。
キャラバンで使い慣れていたのは片手用曲刀だった。狩りと剣舞と兼用のもので、使い回しもよく、控えめながらも美しい装飾が施されたものだった。
曲刀でなくても剣であればすぐにでも使える気がするが、斧は薪割にしか使ったことがない。そして斧で戦う自分が全く想像できない。
それでも、今はないよりはマシか……。
――その夜、子供たちを寝かしつけた後、いつもの一服タイムでセリはボルターへ武器の話を出してみた。
「ギルド入会特典の斧? ああ、初回限定のあれな。
なら俺が最初に使ってたヤツやるよ。ギルドの奴らには内緒にしとけよ。俺のお下がりだってバレると、プレミアついて争奪になっちまうからな」
え、新品じゃなくてお古!?
セリは喉まで出かかった言葉をなんとか飲み込んだ。
そんな不動在庫を押しつけられても嬉しくない。
第一、ボルターの戦斧は恐ろしくデカい。そんなものをもらってもセリはまず持ち上げることすらできないだろう。
「無理無理無理! あんなバカでかい斧なんて私持てないから!
っていうか斧なんて正直あんまり使いたくないし、できればそんなに高いのじゃなくていいから、ちゃんとした剣を買って欲しいなあ……なんて」
珍しくセリはおねだり的な交渉をしてみたが、ボルターは聞いていない。
「ああ、いま俺が使ってるのは特注品だからな。
お前にやるのは俺がガキの頃にオヤジからもらったヤツ。ま、お前でも片手で楽々振れるようなもんだ。軽くて使いやすいぞ」
『オヤジからもらった』……?
じゃあ、それは大切なお父さんの形見じゃない!!
セリは首を振って反対した。
「ダメだよ! 大事な形見でしょ!? お父さんとの大事な思い出なんだから私なんかにあげちゃダメ!!」
「ん? 形見? ああ、俺の父ちゃんと母ちゃんがガキのころ死んじまったって話、前にしたことあったっけか?
紛らわしくて悪かったな。オヤジっつうのは俺の父ちゃんじゃなくて、俺を育ててくれたおっさんの方な。
まだ生きてんじゃねえかな。くたばりそうな気がしねえしあのクソオヤジ。
まあその話はいいや。で、その斧な、もう全然使ってねえし、お前にやるよ。
どっかにしまってあるから、後で探しといてやる」
いや、だから斧なら要らないんだって。
そうセリが口にしようとしたとき、呼び鈴がなった。
こんな遅くに誰だろう。
不審に思いながらセリがドアを開けると、見慣れない女性が赤ん坊を抱いて立っていた。
「ここに異種族人外、どんな子供の世話もできる類まれな育児スキルを持つ人間のメスがいると聞いて訪ねたのだが、そなたで間違いないか」
品定めするような冷たい視線で見下ろされ、セリは直感的に関わってはいけない種族だと判断した。
「いえ、何かの間違いです。そのような登場人物はこの作品にはおりません。お帰りください」
しかし、ドアを閉めようとしたセリの手を、背後から現れたボルターがつかんだ。
「奥さん、もしかして竜族の方ですか?
お会いできて光栄です。どうぞ、狭い我が家ですがお茶でもいかがですか? お話、詳しく伺いましょう」
ちゃっかりキメ顔キメ声モードになっている。
……こっの、人妻好きの変態野郎が……っ!!
セリはボルターを思いっきり睨みつけたが、ボルターは全く気づかない。
「よく妾が竜族だと分かったな。妾の変化に何か落ち度でもあったか?」
まったく遠慮する素振りも見せず、竜族の女性はずかずかと家に上がり込んだ。
「いえ、落ち度なんかありませんよ。ただ……奥さんから香り立つようにあふれでる気品は人間ごときでは出せません。ただ、それだけですよ」
ボルターは完璧なエスコートで女性に椅子をすすめる。
……よくもまあ、そんな歯の浮くようなセリフが出てくるもんだ。
セリはうんざりしながらお茶の用意をする。
でもボルターの言っていることも分かる。
うまく表現はできないが、以前対峙したエルフと同じような圧力が彼女からも感じられた。圧倒的な力の差を、嫌でも感じさせられてしまう。
「実はな、妾はつい今ほどこの子を産んだばかりなのじゃ。しかし急用ができてな、今すぐ親族の住む谷へ行かねばならなくなった。
この子を連れていくのは危険ゆえ、妾が戻るまで世話を頼まれてはくれぬか」
「え? そんな……赤ちゃん産んですぐに行かなきゃいけない用事って……。しかも危険って。行っちゃダメですよ!」
セリは反射的に声をあげていた。
ガランタの泉で見た、母の最期の姿が頭をよぎる。
「そうもいかぬ。今まさに谷が人間に攻め込まれておってな。あろうことか苦戦しているらしい。
人間どもに狩られたとあっては我ら竜の面目丸潰れじゃ。よって妾も加勢し、愚かな人間どもに生きながらその身が灰となるまで業火で焼かれる苦しみを与えて来ようと思う」
セリは耳に入って来た言葉が聞き間違いじゃないことを確かめるため、何回か今のセリフを頭の中で反芻してから素朴な疑問を投げかけてみた。
「……あ……あのー。そのお仕事をするためのお子さんの預け先はここでいいのでしょうか?
一応、私……人間、だったりするのですが」
「うむ、妾もそこを懸念しておったのじゃ。万が一、子供を人質に取られたら何も手が出せなくなる。
だが、現にそなたを見て合点がいった。森の子らの言う通りだったとな。
そなたなら妾の子に危害を加えるようなことはないな。むしろ同族の人間を皆殺しにしてでも妾の子を守るであろう?」
セリの奥底を見透かすように冷笑を浮かべ、竜族の女性はセリへ告げた。
まるで氷を押し込まれたように、セリの内が一瞬で冷たくなる。
「奥さん、僭越ながら俺も奥さんとお子さんを守るためなら、世界中の全てを敵に回す覚悟を持っていますよ」
相変わらずキメ声の変態には、誰も返事を返さない。
セリと竜族の女性の視線が静かに交錯した。
やっぱりエルフや竜族などの種族には自分の『毒』が見えている。
エルフは腐敗と恐れ、自分を消そうとした。しかし、この竜族の女性は子供を任せようとしている。この違いはなんなのだろう。
ボルターがここにいなければ聞いてみたい。
私の毒って何なんですか?
腐敗ってなんですか?
私は、これからどうなってしまうのですか?
女性はふっと優しく表情を緩め、腕の中の子供へ微笑むとおもむろに席を立った。
「さて、もう行かねば。これは私の乳を搾ったものだ。この子の腹がすいて泣き出したら飲ませてやっておくれ。
もし向こうの件が長引きそうであれば、新しいものを搾って、飛竜にでも頼んで届けさせよう。
まあ、妾が出るからにはすぐに決着がつくであろうがな」
女性が荷物の中から大きな哺乳瓶を取り出してテーブルに置いた。
「戦場の最前線で乳搾りって、素晴らしく新しいエロスの到来ですね」
変態が何か意味不明なことを言っているが、やはり返事をする者は誰もいなかった。
「では任せたぞ、人間のメスよ」
有無を言わさずセリの腕の中へ赤ん坊を託す。
竜の赤ちゃんはずっしりと重く、セリの腕の中へ沈んだ。
大きな瞳でセリを見上げる竜の赤ちゃんの姿に、早くもセリは瀕死状態になった。
やばい!! また来た!! 切なさ乱れ撃ち!!!
赤ちゃんの中に秘められている愛おしさは、異種族人外であろうとも共通らしい。
潰れそうに締めつけられる胸の痛みをこらえつつ、セリは母親を追って外へ飛び出した。
「待って!」
淡い光を放ち始めた女性がセリを振り返る。その肌には徐々に鱗が表出し始めている。
「絶対……生きて帰ってきてください。絶対死なないで。
必ず……必ずこの子のところに戻ってきてください、お願いします。
この子をひとりぼっちにしないでください、絶対に」
セリの真剣な表情を前にして、女性は少し驚いた表情を浮かべた後、不敵に微笑んだ。
「ああ、そなたの同族どもを根絶やしにし、焼き尽くした骸の海を飛び越えて帰って来ようぞ。待っておれ」
輝く光の矢のように夜空へと飛び去った姿を見送り、セリは思った。
そして後ろにいる気配の主に向かって、ふり返らないままつぶやく。
「ねえボルター……。人間がたくさん殺されるかもしれないのに、この子のお母さんへ死なないでって言う私は変なのかな? 人として、いけないことだったのかな?」
後ろでボルターが鼻で笑い飛ばした。
「別にいいんじゃねえ? その場その場の優先順位だってあるだろ。
『遠い親戚より近くの他人』なんて言葉もあるくらいだし、『遠くの人間より近所のドラゴン』でもアリなんじゃね? 人間同士だって自分に被害がなけりゃ他所は知らんって薄情なヤツはいくらでもいるしな。
同族だからって必ず人間の肩を持たなきゃいけねえ理由なんかねえよ」
ボルターは静かに歩み寄るとセリの頭に手を乗せ、軽くゆする。
「なんだよ。お前って意外に人の顔色みて考え変えちまう質だったのか?
自分が味方したいって思ったヤツを応援して何が悪い?
自分で考えて、自分で決めて、そんで自分で動いてこその自分の人生だ。他人に言われたとおりに生きるのは、そりゃ他人の生き方であってお前の生き方になんねえだろ?
ほら、お前もそのチビも風邪ひくぞ? 中に入ろうぜ」
珍しく真面目なことを口にするボルターに促され、家に入ると暖炉の温かさが迎え入れてくれる。
セリの腕の中におさまっている竜の赤ちゃんはとても大人しい。セリのことを大きな金色の瞳でじっと見上げている。
「ねえボルター、竜族と人間って仲が悪いの? 仲良くできないの?」
セリが尋ねると、ボルターは飲みかけのお茶をすすりながら真剣に考え込む仕草になった。
「どうだろうな。竜王とかいうやつが手下を使って人間に悪さすることもあるし、逆に人間だってドラゴンメイルだ、鱗の盾だっつって素材集めに竜族を乱獲してるしな。なかなか根が深そうな関係だと思うぜ」
「今回のはどっちが悪いことしたのかな……」
セリの呟きに、ボルターが小さく笑った。
「100対0で片方だけが悪いなんてことはこの世にゃねえよ。どっちもどっちだ。双方に正義があるし、双方につけ込まれるだけの要因があるもんさ」
「――そんなことない!!」
思わず大きな声が出てしまい、その音にびっくりした竜の赤ちゃんがセリの腕の中で小さな翼を羽ばたかせた。
危うく腕から落としそうになった赤ちゃんを慌てて抱き直すと、セリは大声を出してしまったことを消え入りそうな声で謝る。
「……そんなこと絶対ないよ。何も悪いことをしてないのに、一方的に傷つけられてる人たちもいるんだよ? 殺されて当然な、悪いことしかしないひどいヤツもたくさんいる……。
そういう悪いやつらがいるせいでこの世界にはかわいそうな人が増えていくの。だから悪いヤツらがみんないなくなれば、みんなが平和で幸せに暮らせる世界になるの。
100対0での悪だっているんだよ? そんなやつらに正義なんてないよ。……絶対ない」
そうでなければ――、一方的に蹂躙された自分の故郷や、殺された両親や、生まれることができなかった自分の弟か妹にも悪い部分があったみたいじゃないか。
笑いながら村をメチャクチャにしたやつらに正義なんてあるはずがない。
悪をみんな根絶やしにしてしまえば、自分のような人間を増やさなくて済む。
だからもっと――。
もっとたくさん殺さなくちゃねセリ。
たくさん捕まえて、どんどん狩っていこうじゃないか。
今も誰かがひどい目に遭わされているかもしれないよ?
だから――もっと、もっと……。
「おいセリ。それ、いいのか?」
ボルターが何かを指さしている。
セリが視線を下ろすと、竜の赤ちゃんがしきりに顔をひっかいていて、はがれた鱗がポロポロと落ちてきている。
「おいおいおいヤベえんじゃねえ? ドラゴン装備の素材に鱗盗られたって思われたらお前、あの奥さんに家ごと焼き尽くされるんじゃねえ?」
「うそ!? ねえ、ダメだよ赤ちゃん!! ひっかいたら痛いよ? ほらー! たかいたかーい! ほらー! くるくるくるー!」
懸命にあやし続けるセリだったが、かなりの鱗がはがれてしまった。
かくだけかいて満足したのか、人間たちの気も知らずに赤ちゃんはスッと寝入ってしまった。
「どど、ど、どうしようボルター。とりあえずかき集めて返せば許してもらえるかな? 小っちゃい巾着に入れておいて、お母さんに全部お返しもうす~ってすればいいかな?」
「お、おう。誠意を見せれば分かってもらえるよな? もしダメそうだったらそれこそコイツを人質にして……」
「ダメだよボルター!! そんなことしたらこの町ごと消し炭にされちゃうよ!!」
今度は赤ちゃんを起こさないように声を潜めてボルターをいさめる。
「……ならこいつの母ちゃんが戻ってくるまでに鱗が生えててくれることを祈るしかねえな」
「そう、だね」
セリは安らかな竜の赤ちゃんの寝顔を見つめる。
本当であれば今頃平和にお母さんとくっついて眠れていたはずなのに。もしかしたら今の引っ掻きは不安のサインだったのかもしれない。
浮かない表情で赤ちゃんを見つめるセリを見て、ボルターはある提案をした。
「なあ、セリ。せっかくだし今夜は俺のベッドで一緒に寝ようぜ?」
唐突な変態の申し出に、セリはかけられた言葉を理解するのに時間を要した。
「まず寝ないけど。それより『せっかくだし』の意味がわかんない」
「竜の子供と添い寝するなんて初めてだろ?
俺のベッドの方が広いし、川の字で寝ようぜ。一人で世話するより俺と二人の方が安心だろ?
お前は知らねえだろうが赤ん坊ってのは夜泣きってのをするんだぜ?
その点俺は子供を二人も育ててる経験者だからな。フォローは万全だ。じゃあ、行こうか」
「行くわけないでしょ。なにが『安心だろ?』なのよ。
大丈夫だから。任されたの私だから。赤ちゃんよく寝てるし。絶対ないと思うけど、もし万が一、困るようなことがあったときは呼びに行くから。まあ、ないと思うけど。じゃ、おやすみ」
無表情で淡々と言葉を並べるだけ並べるとセリは席を立った。
去り際にお茶の後片付けしといてね、と変態に指示出しすることも忘れない。
閉めた扉の向こう側で、ちぇっ、とか、なんだよと、ぶつぶつ言いながらも素直に片付けをしているボルターの気配。
一度、不可抗力で一緒に寝てしまって以来、ボルターはことあるごとに一緒に寝ようと言ってくるようになった。
おそらく冗談だとは思うのだが、油断すると本気で夫婦にされてしまう可能性もあるので、気は抜けない。
最近は外から部屋のドアを開けようとすると、音が鳴るようにトラップを仕掛ける習慣もついた。やはり変態と同居する以上、これくらいの備えは必要だ。
セリは竜の赤ちゃんをそっと起こさないようにベッドに寝かせると、窓の外へ視線を向けた。
もう、この子のお母さんは目的地に到着したのだろうか?
「大丈夫。きっとお母さんは無事に戻ってきてくれる……」
自分に言い聞かせるようにセリは小さな声で呟いた。
もし帰って来なければ、自分は人間を憎むのだろうか。
あの頃のように。
あの人のように――。




