pt.8 食えない男 -Empiric wise man- ①
今回はこの作品に不足しがちな成分である【かわいさ】を補充するための回でもあります。
日暮れ時。セリが裏庭で夕食用のジャガイモを掘っていると、足元から声がかかった。
「おい、約束のブツができたぞ!」
畑の中から顔を出したのはノームだ。続いてピクシーたちも穴から出てくる。
「やっほー! セリ、おひさー!」
「わざわざここまで持ってきてくれたの? 教えてくれれば取りに行ったのに」
驚きながらも周りを気にして声を潜めたセリに、ノームは神妙な顔つきで丁寧に布で包んだ二つの荷物を穴から出してきた。一つは大きさが人の頭ほどのもの、もう一つはセリの腕ほどの長さの細いものだ。
「いや……これも人の目に触れれば、場合によっては毒となる代物じゃからな。誰の目にも触れずにお前さんの手に渡した方がよいじゃろうと思っての。
よいかセリ。これは人の心を豊かにもするが、いたずらに狂わせてしまうこともある……よく考えて使うのじゃよ?
………本当に渡すぞ? いいんじゃな? もしお前さんの覚悟が決まらず、これを手にすることを考え直すのであれば、誰もそのことを責めたりせん。やっぱり要らないと言えば、わしらは喜んで持って帰るぞ?」
あまりにも真面目なノームの言葉に、セリは受け取ろうと伸ばしかけた手を引っ込めた。
「じいちゃん、話長い。さっさとセリにあげなよ」
「じーさん、予想以上に作品の出来が良かったんで、セリにあげるのが惜しくなっちゃったんだってさ!
もらっとけよセリ。相当いい品だぜ?」
「こりゃ小童ども! 言うでない!!」
セリへ告げ口するピクシーに向かってノームが怒鳴る。しかしというか、案の定というか、怒鳴られたくらいで大人しくなるピクシーではない。
「それはそうとセリ、人間の分際で竜族に説教したんだって?」
「命の大切さってやつ? ぷぷー、大ウケなんですけど~」
「ちょっと!! やめて!! それもう言わないで!!」
セリは一瞬で真っ赤な顔になり、慌ててピクシーの口を塞ぎにかかったが、もちろん簡単には捕まらない。完全に調子に乗ったピクシーたちがセリの手から逃げながら、冷やかし続ける。
「すっげえな~セリ。恐れ多くも竜の高貴な系統のお方に説教」
「さすがセリ。よっ! お説教名人!」
「しかも自分が命を助けてもらっているのも気づかず、助けてくれた相手に説教とは……ひゃー! 自分だったら恥ずかしくて穴から出てこれな〜い!」
「『ねえ赤ちゃん、死んだら悲しむ人がいるんだよ?』だったっけ?」
「やめてー!!!
そんなことしてない!! 言ってない!! だってウサギなんて見てないもん!! 食べてないもん!! なでなでしようなんてしてないもん!!」
半泣きになりながら耳をふさいでしゃがみこんだセリに、ピクシーはようやく満足して許してあげる。
「首切りウサギを手懐けたらそれはそれですごいけどね。さすがのセリにもそれは無理でしょ」
「騒がしくするでない。人間たちが来たらどうする。もう帰るぞ、小童ども。
じゃあセリよ、いいんじゃな? 本当に渡すぞ? しかしお前さんに覚悟がなければ持って帰ることもやぶさかではなく……」
「じーちゃん、しつこい。ほら、それ置いて帰るよ!」
ピクシーたちがどうしても荷物を手放そうとしないノームから、無理やり荷物を奪い取ってセリへと渡す。
「じゃセリ。またね」
「うん。気をつけて帰ってね」
珍しくあっさりと帰っていくピクシーをお見送りすると、肩を落としたノームが最後に残る。
セリはしゃがみ込んで、その小さな背中に声をかけた。
「おじいちゃん、ありがとうね。渡したくないって思えるくらい一生懸命作ってくれたんだね」
そして長細い包みの方を掲げると、ノームに向かって微笑んだ。
「こっちは私のだから、ちゃんと大切に使う。約束する」
しかし、ノームは複雑そうな表情を浮かべた。
「……うむ。お前さんのことを考えると、それも使わん方がいいのかもしれんが……。いや、もう何もいうまい。お前さんが決めたことじゃ。
イモならそこの……それが食べ頃じゃよ。寒いから早く掘って早く家に入りなさい」
照れ隠しなのかノームは背を向け、ボソボソとしゃべると穴の中に消えていった。
ノームを見送ると、セリは受け取った二つの荷物をしばらく見つめ、やがて決心したように静かにうなずいた。
セリは荷物を抱えると気配を殺し、自分の部屋へとその二つの荷物をそっと運び込んだのだった。
*****
子供たちの寝かしつけを終えたセリは、一服タイム待ちのボルターに敢えて声をかけた。わざわざ声をかけなくても、夜のお茶の時間をしながら話をする習慣はもはや毎日の習慣なのに、だ。
「ボルター……ちょっと話があるんだけど。今日すぐ寝る?」
やはりボルターも少し驚いた顔で返事をする。
「あ、いやまだ寝ねえよ。あ、そうだ。セリ、コーヒー淹れてくれよ」
お酒ではなく、コーヒーを飲むなんて珍しい。もしかして、このあと仕事でもするのだろうか。
「いいけど。夜に飲むと寝れなくなるんじゃないの?」
「お子ちゃまはな。というより……」
ボルターはキッチンの棚から小さな箱を出してきた。
「パイを食うんならコーヒーかなって思ってよ。
ランソップんとこのカスタードパイとパンプキンパイだ。お前、どっち食う?」
コーヒーの準備をする手を思わず止め、セリが目をキラキラさせる。ボルターはその表情を見ると満足そうに口角を上げた。
「ん。お前の言いたいことはわかった。こうだろ?
『あのね、ボルター、セリね、あのね、どっちも好きすぎて選べないの。だからね、んっとね。二人でちょっとずつ食べさせ合いっこしたいなあ。ダメ?』
口元に手をグーにして当て、セリはボルターを上目遣いに見上げた。今夜のセリは甘えんぼモードらしい。
『おいおい。食べさせ合いっこなんて照れんだろ。いいって、二つとも食えよ』
ボルターは苦笑しながら、セリにパイの載った皿を二つとも譲る。
『やだあ! 何でそんな意地悪ゆぅの! ボルターとあーんしたり、してもらったりして食べたいって言ってるんだゾ! もう、このニブチンめ! むぅ、セリ怒っちゃうゾ!』
セリは顔をぷくっと膨らませると、赤い顔をしてそっぽを向いてしまう。唇を尖らせている仕草が可愛らしくてしょうがない。
『っとに、しょうがねえな。この甘えんぼめ。本当はあーんより口移しで食べさせて欲しいんだろ? 分かってんだぞ?』
ボルターは少し強引にセリの体を抱き寄せた。セリはわずかに体をすくませたが、逃げる様子はない。
『やだやだ、言わないでよボルターのエッチ……そんなこと、別にしてほしくなんかないけど、ボルターがしたいんだったら……私も……』
セリは瞳を潤ませてボルターの……」
「はいそれもうおしまい。そういうのいいから。久々に気持ち悪いから。それ以上続けたらコーヒー淹れないからね」
セリがコーヒー豆をミニすり鉢で粉砕しながらボルターの一人芝居を強制終了した。
ふとノームに言われた不吉な忠告が頭をよぎり、セリの背中に戦慄が走った。
ボルター色に染まるというのはつまり、自分がボルターの脳内にいる「誰だよ、その女」的な人間になってしまうということなのだろうか。
セリの頭の中で、口元に手を当てながらぶりっ子をしている自分を想像し――恐ろしくてやめた。
もし、本当にそんなことになったら自分の尊厳のために爆発四散して砕け散ってしまいたい。
セリは不吉な予感を頭から追い出すように、コーヒー豆を一心不乱で叩き潰しきった。
「気持ち悪いってなんだよ。本当はちょっと楽しみにしてたりするんだろ? 素直じゃねえなあ。
まあ冗談はさておき、俺の見たところこの二つのパイは絶対に単独よりドッキングさせた方がウマイ。間違いない。よって食べさせ合いっこが却下であれば、はんぶんこだ。
そして確実にこいつは酒よりコーヒー案件だな」
不適な笑みを浮かべてボルターは二切れのパイをそれぞれ均等に半分に切り分ける。
セリの方でもコーヒーの準備が整い、部屋に芳ばしい香りが漂い始める。
「……そんなに言うなら、私も今日はコーヒー飲んでみようかな」
ポツンと呟いたセリに、ボルターが疑問を口にする。
「そういやお前、コーヒーって飲まねえよな。これだけうまく淹れるからてっきり結構飲むのかと思ったけど」
「香りは好きだよ。でも飲むと苦くてダメ」
「飲めねえのにこれだけうまいコーヒー淹れられんのはすげえな」
「そうかな? 美味しい?」
「ああ、うまい。その辺の店のよりうまい」
「ホント? なんかちょっと嬉しいかも」
キャラバン時代、ナナクサとスズシロがだいたい同じタイミングでコーヒーを飲みたがり、当然下っぱのセリが用意する係であった。
しかし、残念なことにキャラバンの団長と実質のナンバー2であるその両名の味の好みは、恐ろしいほどに正反対なのであった。
ナナクサ好みのコーヒーを出すとスズシロがキレ出し、スズシロ好みのコーヒーを出すとナナクサの機嫌が悪くなり、それならと別々に用意をすると、今度はあとに準備した方が(だいたいスズシロだ)遅いと怒り狂う――。
そんな面倒で恐ろしい日課を繰り返すうちに、セリはついにどちらも満足する究極のブレンドを見つけ出したのであった!!
という苦節一年の物語があるのだが、ボルターに言えるわけもなく、懐かしい思い出はセリの胸の中にもう一度しまいこまれた。
「苦いのに無理して飲むなって。ちょっと待ってろ」
ボルターがセリのマグカップを持ってキッチンでなにやらゴソゴソすると、見た目の異なる飲み物となってセリの前に戻ってきた。
「え? ちょっと。今の一瞬で何がどうなったの?」
マグカップとボルターを交互に見つめるセリへ、ボルターは得意げに笑った。
「コーヒーが苦手なおこちゃまでもおいしく飲める魔法をかけてみた」
「魔法?」
「お前にも教えてやろうか? こうやって指で半円を形づくって、両手を合わせるんだ。そしてこう唱える。
『おいしくなあれ♡ 萌え燃えキュン♡』だ。
……なんだセリ。やんねえのかよ」
「うん、くねくねするおっさん見たらどうでも良くなった」
セリはボルターよりもマグカップの中身の方に興味深々だ。ボルターのことはもはや眼中にない。
「いいか? こういうバカみたいなことを恥ずかしがらずに本気でできるところに男の真価があるんだ。いい男っていうのはな、どんなに馬鹿なことをしてたっていい男なんだぞ?」
「もう食べていい? いただきまーす」
華麗にスルーするセリのスルー攻撃を、ボルターも負けじとスルー返しをし、かまってオーラを倍で出力した。
「ほう、お前はまず別々から食うパターンだな。それぞれ単独での力量を見てから、コンビネーションが起こす奇跡を味わうわけか。セリ……なかなかやるな」
さっきからやたら饒舌に意味のないセリフを語るボルターのかまってオーラを完全遮断し、セリはパイを単味で味わったあと、今度はカボチャとカスタードをダブルで口に入れた。
「――んん!!」
本当に美味しい!!
カボチャのもったりとした重厚感のある甘味と、カスタードクリームの軽やかな甘味が、それぞれ相手の足りないところを補い合いながら絶妙なハーモニーを奏でている!
そしてこのパイ生地のほんのり塩加減が甘味を引き立てつつ、さくさくの食感が病みつきになりそうだ。
セリの背後にでかでかと『美味』の二文字がせり上がり、『精進せいよ!!』という謎の男の幻聴が聞こえた。さっぱり意味が分からなかったが、それくらいおいしかった。
そしてボルターが改良した元コーヒーも、
「なにこれ! ほんのり苦いけど甘くて優しくてまろやか!」
「俺みたいだろ?」
「え? これホントにさっきのコーヒー入ってる? 中に何いれたの?」
「無視かよ。だから入ってるのは俺の愛情たっぷり萌え萌えキュンの魔法だっての。
……まあ、そこまでバクバク食ってれば心配いらねえのか……」
ため息混じりにもれた最後の言葉を、セリは聞き逃さなかった。
「え? 心配ってなに? やだ。もしかして一服盛った?」
「ちげーよ。俺をどんだけ外道扱いする気だ。
お前、最近あんまり飯食ってなかっただろ。痩せてきてんの気づいてたか?」
まったく自覚がなかった。
たしかに考え事をすることが増えて、なんとなく食欲がないときはご飯を少なめにしていたかもしれない。でも見た目で分かるくらいに食事を減らしていたつもりはなかった。
「お前の考えてることくらい、こっちはお見通しなんだよ。ったく、くだらねえこと考えやがって」
ボルターに睨まれ、セリは身を固くした。何を知られてしまったんだろう。
毒のこと?
団長が生きてること?
これから私がしようとしていること?
「どうせダイエットだろ?
ったく、ホント女ってのは、すぐにダイエットダイエットってよ。
いいかセリ。お前にダイエットは必要ない。むしろもっと太れ。でないと乳が育たねえからな。
あとな、大切なことを教えといてやる。
痩せた女を横に置きたがる男ってのは外面ばっかの男だ。そんでそんなやつに限って女のことをアクセサリーや装備品程度にしか考えてねえんだよ。他に見栄えのするのが出てきたり、飽きられちまったらすぐに捨てられちまうんだよ。そんな女になりてえか? なりたくねえだろ。
いいか? 本当に大事にされる女になりたかったら肉をつけろ! 柔らかくあれ! そして抱き心地のいい女になれ!
男はな、抱くよりも抱かれたいんだ!
柔らかい胸や二の腕で抱擁されたいんだ! 受け止めて欲しいんだよ! だからセリ! 痩せるな! もっと肉をつけてくれ! そして俺を……っ!」
「なんか今夜は話をする気が失せたのでもう寝ます」
セリが無表情のまま、パイもコーヒーもそのままにして席を立つ。
「俺の話聞いてたかセリ。飲め、食べろ、残すな、そして柔らかくあれ。そして俺を……っっ!」
「聞けば聞くほど食欲が失せるからもう黙って。ダイエットなんてしてないから。もう二度と心配しなくていいから」
そして本当に自分の寝室へとセリは消えていってしまった。
「おい、マジで残すのか? うまいぞ? 食わないのか?」
取り残されたボルターが不安そうにセリの部屋のドアに問いかけると、荷物を抱えたセリが部屋から戻ってきた。夕方にノームから渡されたうちの片方だ。
セリは疲れたように大きなため息をつくと、ノームに言われた忠告を思い出す。
(よいかセリ。これは人の心を豊かにもするが、いたずらに狂わせてしまうこともある……よく考えて使うのじゃよ?)
ボルターは、これを見たらどうなるのだろう。
人間の欲望。本性。裏の顔――。
理性の檻に閉じ込められている本来の弱い心がむき出しになるのだろうか。
……そんなボルター、見たくない。
もしかしたら自分のしたことで、取り返しのつかないことになってしまうのかもしれない。
レキサとロフェから、いままでの父親を奪ってしまうことになるのかもしれない。
……でもボルターなら、きっと大丈夫。
そう信じることで、自分がこれから行うことを正当化しようとしている。
結局、私は自分のことしか考えていない。
自分が助かることしか考えていない。
最低だ、私……。
「セリ、どうした? 顔色悪いぞ? とりあえず、座れよ、な?」
ボルターが心配して椅子をすすめてくれる。
ボルターは優しい。
こんな身元も素行も分からない他人の自分を家族だといって、追い出すこともなく、ずっと暮らさせてくれている。
ボルターは優しい。
秘密ばかりの自分を詮索もしないで、そのままでいさせてくれる。
それなのに私は――。
ごめんねボルター。あんたを試すよ。
セリは無言で包みをテーブルに載せると、封をほどいた。




