6話 竜と吸血鬼
さて、この階段を上ったら第五階層だ。
ようやく休めるな。
何気なく見ると既に前足の傷は半分以上塞がっていた。
流石に第十階層まで行って戻ってくるとなると、それなりの時間がかかるしな。
それに一直線に帰れたらいいけど、帰り道でも道中襲われる以上、それに対処しない訳にはいかない。
対処がてら移動するとどうしても時間がかかる。
俺が飛べたらきっともっと楽なんだろうな。
空には敵は居なさそうだったし。
そんな事を考えている間に階段を上りきって、もう見慣れた第五階層が視界に入る。
おや?
ただ、今までと違った点が一つ。
反対側の上り階段に近い箇所に人間が二人腰かけていた。
二人は俺に気が付いてたのか、俺が階段を上りきったところでこちらを向いた。
一人はシド。
もう一人は見たことないやつ。
シドより長身でかなり細い体をしている。
皮膚が異様に白い。そして、なんとなく直感的に同族だと感じた。
俺を認識したシドがため息をついて口を開いた。
「ようやく帰って来たね。
何階層まで行ってたのやら。」
取り急ぎ、感情を消すように振る舞う。
えーっと、現状出されている命令は怪我をした場合は第五階層で休む、だからシドやもう一人を無視してでも適当な場所で伏せて休むことにする。
「で?で?で?
こいつが新しい下僕か?儂の弟分か?」
聞き慣れない声、甲高いな。
細白い男がシドに向かって話しかけた。
「そうだよ。
まだ屍鬼どころか死肉状態だから自我はまだまだ先だろうけど、動く死体同士仲良くしてあげなよ。」
「ひひひ、死肉じゃぁ、まだまだ先だな。
お前は確か以前に個体進化の速度は、儂で早い方だと言っていたな?
以前は聞きそびれたが、速いと言っても儂でどの位かかったのだ?」
「お前の場合は死んで間もない罪人の死体を使ったからね。
新鮮で術の通りが良かったんだよね。
お前は死肉人の期間が一年半、屍鬼人の期間が三年位だったかね。
もっとも、こいつの場合はそもそも死霊魔術で殺してるから親和性はお前より高いと思うけどね。
ただ、竜ほどの身体の大きさの生物をアンデット化させた事は無いから厳密には分からないけど。
……もっともこいつはこれでも子竜の大きさだがね。」
ほう、良い事を聞いた。
普通の人間の死体だと大体そんな期間で個体進化するのか。
もっとも、早い方、との事だが。
……そもそもな話だが、俺も個体進化するのか?
竜は個体進化しないって祖父から聞いてたけど。
いや、それを言うと人間も個体進化はしない種族か。
それ現に目の前の男は個体進化したって事は俺も可能性があるのかね?
今より強くなれるならそれに越した事は無いが。
それよりこの男、同族っぽいと思ったら吸血鬼か。
笑った時にチラリと人間にしては尖りすぎた犬歯が見えた。
それにシドとの話の内容と白い肌に赤い目。
これだけ特徴があれば伝聞でしか存在を知らない俺でもわかる。
吸血鬼に死精霊魔術師。
偶然って事は考えられないだろうし、シドの従えている内の一体か。
まぁ、そりゃシドの配下が俺だけって事は無いか。
最初に手を出すアンデットが竜とかどんだけチャレンジャーなんだって話だ。
こいつは、話を聞く限り最低でも四年半以上は従っていることになっているな。
吸血鬼になるまでで四年と少しだから実際はもっと長いんだろう。
俺もアンデットとなった身同士、この吸血鬼からは細かい話を聞きたいが、吸血鬼とシドの関係が分からない以上は安易に話しかけられない。
吸血鬼がシドに対して抱いている感情が不明瞭すぎる。
敵対したいのを抑え込まれているなら味方に付くメリットは大いにあるが、シドの元で満足しているなら交渉を持ちかけた時点で即座にシドの奴に情報が渡りかねない。
実際のところ、俺が敵意を抱いてるのも殺された前世の記憶が未だに残留しているからに過ぎないしな。
この吸血鬼は話を聞く感じ、自我が芽生えたのは他のアンデットと同様に吸血鬼にまで個体進化をしてからみたいだ。
今の短いやり取りだけでも、少なくとも口をきくのもはばかれるほど嫌がっている訳じゃないのは分かる。
もっとも、俺同様に制約では縛られてるだろうし、その命令で仲良く話すようにと命令されていたらそれまでなんだろうけど。
ただ、そこまで邪推を始めたらキリがない。
それでも、未だに俺の自我が残っているっていうのは今俺が持ち得る数少ない切り札だ。
切る時期は慎重に見ておかないとな。
別段急ぎって訳じゃ無いからこのまま様子を観察することにしよう。
傷も再生するのを待たないといけないしな。
もっとも既にほとんど塞がっちゃいるが。
「お前の計算ならこやつは四年と少し程度で吸血鬼にまでなるという事か?」
「一応はね。
ただ、死霊魔術師はお前も知ってる通り数が少ないんだよね。
特に竜に対するアンデット化なんて前例は今のところ聞いたことが無い。
だから、その経過も見つつって事になるね。」
「ひひ、まぁそうだろうな。
そもそもこの国では禁止されてるんだろ?
その中で数少ない公認の死霊魔術師のお前がその知識量じゃ誰も知らないだろう。」
「厳密に言えば別大陸にあるファンディ魔王国やエレガンティア魔術都市の魔法大学では研究してるのかもしれないがね。
ただ、そこらへんの他国の者が聞いても教えてくれないよ。
少なくとも公開されてる研究の中では前例がない内容だね。」
「それもそうだ。
ましてや魔王国なんて数世代前までインジェノス帝国がやってたグロリア排斥主義をまだ根に持ってる奴も多いだろう。
グロリアの連中は寿命が長いから、ヒュマスが忘れてても案外しっかり覚えてるみたいだな?」
ましてや、行った方は忘れてても、やられた方は死ぬまで覚えてるもんだ。
と笑いながら吸血鬼の男が話す。
俺の前例は今のところ無いのか。
それはそれでいい報告と悪い報告だな。
良い報告は例外的な動作、つまりは俺の自我がばれたり、想像外の事を行ったりしても初めての事例だからあまり怪しまれないだろうという事。
悪い報告は前例がないから、何かが起こっても自己対処しないといけない事。
解決策は自分で見つけないといけない。
なんにせよ死精霊魔術には変わりないだろうから、それにまつわる知識は欲しい所だな。
「帝国のヒュマス至上主義は七代前の帝王が撤廃してもう二百年近く経つよ。
まぁ、お前の言うとおりグロリアやスピリタムの種族は優に数百年は生きる個体が多いから、実際の体験として根に持ってる奴は居るんだろうね。
私としてはそもそも過去の話と言う認識なんだけどね。
過去の遺恨を今代まで持って来て欲しくはないが、言っても仕方ない事なんだろうね。」
「ひひひ、ああ、その通り。いた仕方ない事だ。」
「個人的には連盟国同士の魔術研究発表でインジェノス所属と言うだけでヒュマス以外の当たりが強くなるから、迷惑この上ないんだけどね。」
「むしろ、迫害してたのにたった二百年で連盟国に入れて貰えただけで十分だと思うがな。
ま、単に帝国の武力が怖かったのはあるだろうと考えるが。
逆に言えばだからこそ心の中では反発心がまだ燻ってんだろう。」
「難儀だね。まったく。」
まったくな。難儀だよ。
俺も心の中で同じことを思う。
反発心とか恨みつらみとか過去の話で黄昏れてるところ悪いが、俺は俺でお前に直接的な恨みがあるんだからな。
勝手に無かった事にしてんじゃねーぞ。
って思う気持ちは山の如くある訳だけど、言っても仕方ないか。
そもそも、こいつは俺に自我が残ってるって微塵も思っちゃいないみたいだしな。
それでも俺は一方的でも忘れてないからな。
にしても、今思うと前例無しって事は、ひょっとして俺の自我が残ってるのって竜だからかな?
一応、思考の片隅に置いておこう。
こればっかりは魔術の知識が無いと分からん。
いや、シドの様子を見るに知識があってもわからない事なんだろうし。
ましてや、自分で死精霊魔術を実践する気も更々無い。
ま、そもそも俺には魔術が使えないから実践も出来ないんだろうけどな。
そんな風に考えを巡らせていると、話の区切りがついたのかシドが立ち上がって此方へと向かってくる。
「怪我をした箇所を見せろ。」
俺は身体が命じられるがままに前足を差し出した。
話の間に傷はすっかり治っている。
「ふむ。
傷がすっかり塞がってるね。
元がどれほどの傷だったのかは分からないけど、ここに戻ってきたときは遠くからでも視認できるほどだったから、かなり早い再生速度だね。」
俺が差し出した前足で怪我をした箇所を観察しながらそう言った。
「お前、そいつに加護があるって言ってたな?
その効果じゃないか?」
「それはこの子竜が生きていた頃の話だよ。
加護は各神々がその個体の魂に付与するモノ。
既に子竜の魂は神界に召されて、ここにいるのはその子竜の肉体を着た別のモノだ。
加護は引き継がれない。」
「ふむふむ。じゃあ種族の特性じゃないか?
あれは肉体由来だから死霊魔術でも効果が付随するって前にお前が言ってた記憶がある。」
「古竜種ならともかくただの魔竜に再生能力上昇なんて効果は加護以外にはないと思うんだがね……。
たしか、古竜種の場合にはかなり再生能力と潤沢な魔力が種族全体に備わっていた、と記録があったのを覚えているけどね。
まぁ、そもそもお前みたいに吸血鬼になったら人間のアンデットでも再生能力は化け物じみるんだ、前例のない竜種の魔力とアンデット化における魔力の相互作用でも起きたのかもしれないね。
なんにせよ、今のところ判断材料が少なすぎて分からないね。
何はともあれ、治癒は早いに越した事は無いよ。
身体が治るの待つことなく、個体進化に必要なエネルギー集めが出来ると言うモノだね。」
そう言って、俺の前足を地面に降ろした。
む。話を聞く感じ俺の再生能力は加護によるものじゃなくて竜としてのモノなのか?
人間に捕まってから今まで話を聞いてる感じ、俺の種族は人間の言うところの古竜種に該当するみたいだしな。
反対に同じように聞く魔竜ってのは言葉の通じない竜天獄の山頂近くを飛んでる魔術の使えない奴らの事だろうし。
古竜種ね……母さんとか祖父は俺らの種族を霊皇竜って言ってたけど。
そうなると、俺の再生が早いのと魔力が多いのは種族によるものか……?
いや、再生はともかく魔力はそれだけじゃないか。
多分、元から魔力が多いのに加えて先天性魔臓肥大病があるんだろうな。
「ひひひ、そりゃ羨ましい事だ。
儂は吸血鬼になってようやくこれだけ早く再生できるようになったってのに。
それで?帰って調べるのか?」
「羨ましいも何もお前は自我が芽生えたころには吸血鬼だったから、生まれつき再生能力があるものだろうだろうに。
お前が死肉人の時は人間の三倍程度治癒に時間がかかったんだがね……。
いや、調べるのは後日でいいね。
お前と同じように傷の治りが遅い場合は、連れ帰って治療処置をしようかと思ってたんだが、僥倖だよ。
こいつにはこのままここで個体進化を進めてもらうとするね。」
「傷の治りが早けりゃ、その分面倒を見る必要もないって事か。
管理が楽でいいな?」
「ああ、そうだね。
取りあえずは迷宮の貸し切りの期間を延長して今月いっぱいここに居て貰うとしようかね。」
どうやら、まだ今しばらくこの場所にいる事になりそうだな。
今月いっぱいって言うのがどの程度の期間なのかは分からないけど。
シドが俺の方へと向き直り眼が合う。
「引き続き首のタグを身体の損傷の次に守れ。
より深く潜り魔獣を倒せ。
身体に深い傷を負った場合は、その階層より先にはいくな。
傷を負った場合はこの階層で治るまで待機せよ。
後は繰り返せ。
……迎えにはアルーダを向かわせる。
その際は帝都に戻るまでアルーダの命令に従え。」
「ほう?儂が迎えに行くのか?」
アルーダって誰だ?って思うと同時に吸血鬼の男が声を上げた。
ああ、こいつの事か。
こいつが迎えに来るのか……。
って事は一応次迎えに来たときはは話す機会があるって事かね。
話しかけるかどうかは置いておいて。
いや、まぁ、厳密には話せないから話すというか文字とかで意志主張をするだけだけどさ。
「ああ、こいつがアルーダだ。
命令は以上。
引き続き遂行せよ。
……ふぅ。こんなものかね。」
一気に俺への命令を言いきって一息つく。
その背後から吸血鬼の男が、アルーダが声をかける。
「で、次回は儂が迎えにいくのか。」
「ああ、今回はあくまで状況確認で私が来ただけだからね。
迎えだけならお前で十分だろう。
そもそも、今回お前を同行させたのもこいつにお前を認識させる為だね。
その為にお前を連れてきたんだよ。
この程度の迷宮だと私には護衛は必要ないだろう?」
「確かにそれもそうだ。」
「ま、魔獣との戦いをお前に丸投げ出来るから居れば楽ではあるがね。
と言う訳で月末は此奴を連れて帰るのを頼むよ。
この階層に居ない場合は下の層を探して連れて帰るんだよ。」
「ひひひ、体よく使いおって。
まぁ、わかったわい。
……じゃあ、今日はもう帰るのか?」
「そうだね。
一旦様子見は終わった事だし、そうするとしようかね。
アルーダ、行きと同様露払いをせよ。」
「ひひ、了解した。主殿。」
そう言うとアルーダも立ち上がり、シドは俺に背を向け、二人は第四階層への階段を上って行って見えなくなった。




