7話 アンデットの食事情
少しグロ表現があるかもしれません。
苦手な方は注意してください。
シドとアルーダが去って十日近く経った。
多分その位。
相も変わらずこの場所はずっと昼とか夜とかで固定されてる。
だから、一日が経ったって感覚が狂っちゃって正しいとは言えないけどね。
生きてた頃はそれでも眠くなって起きたら一日って感覚で何とかなったのかもしれないけど、今のアンデットの身体は眠くならない。
寝れない訳じゃ無いけど欲求としての睡眠は全く来なくなった。
だから他の事に熱中してると時間感覚が吹き飛ぶんだよね。
あれから、更に下の階層に潜って十二階層まで行けるようになった。
到達するまでに十回近く五階層に戻る事になったけども。
ただ、それでも十階層で狼と戦った時と比べると、大分怪我を負う頻度が下がったと思う。
因みに再び十階層に行った時は、覚悟を決めてたけど最初っから扉が開いてて中はもぬけの殻だった。
拍子抜けだ。
だから、十階層はそのまま何事もなく通り抜けて奥の扉の先の下へ下る階段を進んでいく。
個人的には五階層で休憩所があって、狼と戦った節目で次の階層からまた変わりそうだなって思いながら十一階層への階段を降りた。
実際、想像した通り階段を降り切った先の世界は今までと全然違ってた。
一面真っ白で常に吹雪が吹き荒れる場所。
多分昼間だけど上の雲が厚すぎて厳密にはよくわからない。
個人的には上の階層の太陽が熱すぎたからこっちの方がいいけどさ。
竜天獄でも冬になったら雪は降るけどこんな前が見えなくなるほどじゃない。
一歩足を踏み入れた先で前足が普通にズボッと埋もれる。
めちゃくちゃ歩きづらかった。
ただ、ある程度歩いていくと少しだけコツがつかめたのかちょっとだけ歩きやすくなった。
因みに竜天獄にいた時の冬は結構寒くて外に出てもすぐに洞窟にこもってたからね。
でも、今は竜天獄の頃と比べられない程に雪に埋もれているが殆ど寒さを感じない。
と言うよりひんやりするなぁ、って感覚はあれど寒くて動けない、動きたくないって言う感覚が全くないんだよね。
精々、歩きづらいなぁ、って位で。
自分でもそういえば寒さを感じないって思ってびっくりしたな。
そんな白銀の動きづらい環境でも適応した魔物からすると居心地がいいのか、容赦なく雪に慣れた様子で襲いかかってくる。
最初に遭遇したのは真っ白な熊……本当に熊だったのかよく分からないが。
俺の知っている熊より二本足が多い六本足で角があった。
思いの外力が強かったがそれでも十層の狼ほど強敵って訳じゃ無かった。
でも雪で足を捕られて思いの外踏ん張れないし、速度も出ないって言うハンデが想像以上に鬱陶しくて負傷。
早々に五層まで撤退する羽目になった。
個人的には十層も、もう狼が居ないなら使っていいと思うんだけど命令上は五層に戻らないといけないのが厄介な点だ。
毎回それで片道数時間は移動に割くことになる。
怪我しなきゃいいんだけど、残念ながら余程格下じゃない限りは初見の相手を直ぐに倒せるほど戦いに熟達してない。
それに、どうも下の階層に行けば行くほど敵は強くなってるみたいだしな。
十層の狼は十一層の熊より強かったから例外だったけど。
さて、十回近く五階層には戻ってる訳で、しかも睡眠時間は必要ない。
つまり、傷を治す間はずっと魔纏法の練習をしてる。
今は漸く身体の狙った場所に暫くの間だけ纏わせる、もしくはめちゃくちゃ集中して一瞬だけゆっくり全身に纏わせる、この二つはできるようになった。
まぁ、全身の方は言わずもがな、身体の一部の方も未だにとっさには使えないから戦闘では全然役になってないんだけどね。
ただ、腕とかに纏わせると力が強くなった気がするし、腹とかに纏わせると硬くなった気がする。
力の方はともかく硬さの方はあんまり比較する事が出来ないからピンと来てないけども。
自由があれば上の階層とかにちょっと戻って、魔纏法をしつつ弱い相手と練習がてら戦えるんだけど、命令が「深く潜れ」だから五層より上に戻る事が出来ない。
ただ、六階層とかの敵にも結構慣れてきたからそっちで練習してもいいかもな。
それに、もっと纏わすのに慣れてきたら歩きながらとかでも練習できるだろう。
最終的には戦いながらほとんど無意識にできるようにならないと駄目なんだろうし。
そんな風に考えながら吹雪の中を進む。
一歩ずつ進むんじゃなくて雪をかき分けるように進むのがコツだ。
この吹雪階層の何が嫌かって敵を見つけにくいのもだけど、なにより次の階層の階段を視認して見つけにくい。
敵は襲い掛かってくるからまだわかるけど、階段塚はちょっと離れた場所を通っても全然気が付かないからな。
実際に十二階層に降りる階段も偶々見つけれたようなもんだし。
階段のある塚があると思って寄ってみたら、雪の積もった茂みだった、なんてことはもう二十回以上経験して辟易している。
「グルァ!!」
おおっ!?
急に横合いからタックルを食らった。
吹き飛ばされはしないが、少しよろける。
ったく、また気が付けなかった。
吹雪の場所に来てから、ずっと基本的に奇襲される。
数回は気が付く事が出来たけど、それでも十回に三回は気が付けたらいい方だ。
基本的に歩いているとこうやって急な攻撃を食らう。
痛くは無いけどびっくりするから勘弁してほしい。
一応索敵はしてるんだけどね……。
取りあえず鋭い痛みは無かったから、いつも通りただのタックルだろう。
なにぶん、感覚の方が生前より結構鈍ってるから確証は無いけど。
衝撃のあった方角に向き直ると唸り声を上げる熊の輪郭が雪に混じって浮き彫りになる。
見ようと思って、よく見ないと見えないのは厄介だな。
身体のどこかが茶色かったりしたら一発で見つかって分かりやすいのに。
いや、こんな環境に住んでるからこそ、あんな真っ白色してるんだろうけどさ。
この類の熊に最初に襲われた時は驚いて慌てたけど、何回か戦ってこいつは動き自体は速くなく、力もめちゃくちゃ強い訳じゃ無い事が分かった。
良くも悪くも雪の中での戦いに長い毛で適応して、地形で有利に持っていく戦闘が得意なんだろうな。
雪に多少なりとも慣れた身としてはそこまで厄介な敵じゃない。
後は初撃にほぼ必ずタックルしてくる位か。
タックル以外の攻撃手段の噛み付きと引っ掻きは攻撃できる範囲まで近づいたら、対象に察知されやすいだろうから、まずは先手をとれるタックルから入るんだろうな。
そして、大体の獲物が雪と言うバランスの取れない場所で喰らったタックルでこけるんだろうけど、残念、俺はよろける程度で済む。
しかも、相手の熊も全身を使った攻撃をしている以上、即座に次の行動には移るって言うのも無理みたいだな。
今度はこっちの番だ。
もう何度目かで慣れた雪の上での戦闘。
地上と同じように後ろ足に力を込めて跳びかかる。
でも、やっぱり地上ほどは力強くとはいかないな。
ただ、熊は熊でいくら雪上に慣れて動きやすいとはいえ、地上で動くほど俊敏じゃない。
避けようとするのは見えたが、俺はお前と違ってデカいからと言って鈍重な訳じゃないんだよ。
着地と同時に前足を斜め下に薙いで、前進の衝撃を前足で熊へと伝える。
俺の体重が一瞬とはいえ前足に勢いと共に集中するからか、ゴキッっと結構な手ごたえが伝わってくる。
しかし、雪の上でやりづらい理由の最後。
雪が柔らかいから、地面へと叩き付ける攻撃は雪がクッションになってダメージが通りにくい。
意外と地上だとこれで殺せたな、って威力でも地面で勢いが殺されてることが多い。
今回も、確実に重傷は負わせたがまだ生きている。
地上ならこれで終わってたんだけどな。
ただ、もう反撃も出来ないだろう。
再度その場で腕を振り上げて、頭へめがけて叩き落とす。
手応えと共に、熊が最後に低く唸ってそのまま地面に倒れ伏した。
はい、おしまい。
最初はびっくりした吹雪の中での戦闘も慣れてしまえばこんなものだな。
にしても楽とはいえ毎回同じようにしてると飽きる。
実際安定してるし楽だから仕方ないんだけど。
今回はタックルしか喰らってないから、怪我はしてないのでそのまま進めるしね。
前回は気を抜いて噛み付かれて怪我をしたから、折角この層まで来たのに戻る羽目になったんだ。
今回で次の区切りの階層……多分十五階層かな……まで行けたらいいけど難しいだろうなぁ。
そういえば、まだ太陽のあった最初の階層では狼と熊(茶色い四本足の普通の奴)を食べてみたけど、下の階層に降りてからは食べてなかったな。
あんまり味が変わるとは思えないけど、これだけ寒い環境だと味も何か変わったりしてないかって少し期待する。
生きてた頃は他の階層でお腹が減ったら食べたんだろうけど、この身体になってからお腹は減らないし眠くならないで意識しないと食べるのも寝るのも忘れそうになる。
アンデットのこの身体は食べなくても寝なくても問題なさそうだからそれでいいんだろうけどね。
ただ、物を食べたら味はするし、寝たら心地いい。
嗜好品としては俺が今できる最上のものだな。
と言う訳で、倒したばっかりの俯せの熊をひっくり返して腹を上にする。
軽く前足で押して確かめた感じ、腹周辺は普通の熊と変わらなさそうだな。
死んで間もないのに、急速に体温が下がっていってるのが分かる。
取りあえず、前足で押さえてそのまま腹に齧り付く。
そのまま、たべる。
もぐもぐ。
……。
………。
うーん、まず毛が長いから舌触りが悪いなぁ……。
それにやっぱり肉食獣だからかもしれないけど肉が固い。
一番柔らかそうな腹の肉でこれだもんな。
今までで一番おいしかった鹿の一番固かった部位よりまだ固い。
ただ、肉自体の味はそこまで悪くないか。
……悪くない?うーん不味くはないか?
いや、美味しいかな……?
なんにせよ、毛が唯一の懸念点だな。
ま、体内なら毛もないしもう少し美味しく食べれるだろう。
本当は焼いて食べた方がおいしいんだけど、生憎と俺は魔術は使えないからな。
竜天獄に居たころは家族が火で焼いてくれてたけど、自分で狩りをして食べる時は基本生だ。
生でも美味しいやつは美味しいしな。
特に鹿は生の方が美味しい。
この肉は新鮮だから多少美味しく感じるのかもしれない。
あーでも、生でも自分で獲って食べるのより、父さんが持って帰ってくる肉の方がおいしかったなぁ。
こう、生臭さが少ないというかなんというか。
上手く表現できないけど美味しかった。
別段遠くの鹿って訳じゃ無くて俺が捕まえて食べるのと同じ鹿だったから、きっと何か特別な処置をしてたんだろうな。
聞いておけばよかった。
まぁ、今は無い物ねだりしても仕方ないし、焼くのも処置も抜きでそのまま生で食べるしかないんだけどさ。
別に食えたもんじゃないって程、不味い訳じゃないし。
悪くはない。
さて、次は肝か。
腹の奥にあって食べると独特の味がして旨いんだよな。
唯一、熊の肉の場合は肝だけは旨い事が多いから嬉しいね。
いや、鹿のはもっとおいしいからやっぱり比較したら負けるんだけどさ。
それでも余りはずれって感じはしない。
熊の腹の中に顔を突っ込んで鼻先で肝を探す。
えーっと、ここらへんにあると思うんだけど……。
お、これかな。
……おー、これだこれだ。
うん、肝はやっぱり旨いな。
内臓はどの動物も魔獣も特別不味い訳じゃないから助かる。
偶に例外はいるし、特別美味しいって訳でもないのが残念だけど、そこまで求めるのは贅沢だろう。
そのまま、あちこち色々食べ漁る。
一応辺りを警戒はしてたけど、運よく誰も通らず食べてる途中に襲われることは避けれた。
胸付近を食べているあたりの時、丸呑みにしようと大きく口を開けて、心臓を口に含んだんだけど、咀嚼している時にガリッっと固い物を噛んだ。
それだけ避ける様にして心臓だけを食べて口の外にペッと吐き出すと少し透き通った赤い石みたいな物が雪の上に転がる。
ああ、何かと思ったら魔石か。
結構大きい。
確か、魔石の大きさはその魔獣の持っているオドに比例するんだったっけ。
竜天獄で食べてた鹿とかは口に含んでも気が付かないような、小石位の魔石しか持ってなかったけど、こいつはそこそこの大きさだ。
まぁ、偶に大きい奴もいたし、父さんが捕まえてくる獲物の中には俺の前足位の大きさの奴もいた。
まぁ、魔石は食えないから横に置いておこう。
……。
………。
ふぅ、結構食べたな。
……うーん、食べ終わって冷静に思い返すと、こいつそんなに美味しくない。
いや、美味しいって感じたんだけど不味かったんだよな。
自分で言っててよくわからんな?
でも、何でか結構旨かったって感じるから不思議なんだよね。
記憶の中と照らし合わせるとあまり旨くない。
でも、体感的には結構美味しかった…か。
なんでだろうな。
そう言えば最初の方の階層で食べた時も不味かったけど、普段食べるよりは旨いって感じたような気がする。
うーむ。
考えられるのはアンデットとしての特性か?
……屍鬼とか吸血鬼は確か血肉を好んで食らうんだよったよな。
それが食嗜好って考えたら、俺もそれに引き摺られつつあるって事なのかもしれないな。
血とか生肉とかを好むようになっていくのかな。
よくよく考えればアンデットって自我が芽生えた時点でその食嗜好だから変化ってものが無いのかもしれないな。
いや、吸血鬼は眷属を作れるんだっけ?
……これも考えても仕方ないか。
ただ、なんか実感すると少し気持ち悪い。
なんか、自分が自分じゃなくなる感覚か……。
でも分かっててもどう感じるかなんて自分じゃどうしようもない。
自我が残ってる分、自分の関与できないところで自分の何かが変わってる実感だなぁ。
ある意味で気付いて良かったのかもしれないけど、気付くのが飯ってどうなんだ。
いや、まぁ、大事な事か。
取り敢えずは気が付けた事を喜ぼう。
……経過を見るしかないか。
焼いた肉も食べたいなぁ。
お腹は膨れたけど少し複雑でちょっと悲しかった。
今は先に進もう。




