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第32話 強敵の弱点

 ……いや、待って。

 川にいるワニって、こんなに大きいものだったっけ?


 体長は五メートルを優に超えているだろう。

 黒く硬そうな鱗に覆われた巨体に、太い四本の脚と長い尾。

 大きく開いた顎には、人間の身体など簡単に噛み砕けそうな牙が並んでいた。


 ……うん。どう見ても危険な魔物だよね?

 みんなはこんな化け物とどう戦うんだろ?

 私がそんなことを考えていると、ワニの巨体がぐっと沈み込んだ。


「来るわよ!」


 ライアの叫びと同時に、ワニが地面を蹴り、巨体からは想像できない速さで突っ込んできた。


「うわっ!」


 地面を揺らしながら迫るワニを、ライアが横へ飛び退いてかわす。

 鋭い爪が地面をえぐり、土が勢いよく跳ね上がった。


「ほら、こっちです!」


 シルファが側面へ回り込み、剣を構える。

 声に反応したワニがすぐさま向きを変え、太い尾を振り回した。


「きゃっ!」


 シルファはとっさに身をかがめる。

 頭上を尾が通り過ぎ、風圧で髪が大きく揺れた。


 ……あ、危なっ!

 あんなものが直撃したら、骨くらい簡単に折れちゃいそうだよ。


 しかし、シルファが攻撃を引きつけたおかげで、ワニの動きが止まった。


「おらあっ!」


 その隙を逃さず、ディオナが大斧を振り下ろす。

 重い一撃がワニの胴体に叩きつけられた。


 ――ガキンッ!

 金属が岩にぶつかったような、耳障りな音が響いた。


「なっ……!」


 ディオナの渾身の一撃を受けても、ワニはわずかに身体を揺らしただけだった。

 その黒い鱗には傷一つついていない。


「くそっ。こいつ、硬すぎるだろ!」


 ディオナが悔しげに顔をしかめた。


「セレネ、魔法を試してみてくれ!」


「わかった。やってみよう!」


 セレネが杖を構えると、その先に赤い光が灯った。


「燃え盛る炎よ、敵を焼き払え――《ファイアボール》」


 杖の先から放たれた火球が、ワニの胴体に直撃した。

 炎が弾け、周囲の空気が熱を帯びる。

 しかし、炎が消えたあとも、ワニは平然と立っていた。

 黒い鱗には、焦げ跡ひとつ残っていない。


「くっ……。魔法まで通じないのか?」


 セレネが驚いたように呟いた。

 その間にもワニは大きく口を開き、再び襲いかかってきた。


「みんな、気をつけて!」


 ライアの叫び声を聞いて、思わず私も一歩後ろへ下がった。


 ……いやいや、ちょっと待って。

 あの硬さ、どうやって倒せばいいの!?


 剣も斧も通じないし、魔法も効かないなんて反則じゃない?

 私が攻撃したところで、あの硬い鱗に弾かれるだけだろう。

 みんなが必死に戦っているのに、私には何もできないのか?


「隙ありです!」


 ライアに注意を向けたワニの側面へ、シルファが踏み込んだ。

 シルファは剣を両手で握り、ワニの首めがけて振り抜いた。


 ――バキンッ!

 乾いた音が、川辺に響いた。


「えっ……?」


 一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 けれど、シルファの手元を見て、私は息を呑んだ。


 剣が折れたのだ。

 刃の半ばから先が失われ、残った刀身がシルファの手の中で震えている。


「そ、そんな……!」


 シルファは呆然と、自分の手に残った剣を見つめていた。

 折れた剣先が宙を舞い、少し離れた地面に突き刺さった。

 その隙を見逃さず、ワニがシルファに飛びかかろうとしたその時。


 一本の矢がワニの顔に命中した。

 ミネッサの放った矢だ。

 しかし、傷一つついていない。

 ワニは一瞬ミネッサに視線を向けたが、再び口を大きく開いてシルファに襲いかかる。


「シル、危ない!」


 ライアが飛び込み、シルファの腕をつかんで後方へ引き戻した。

 直後、ワニの顎が二人のいた場所を噛み砕いた。

 バキバキッ、と嫌な音が響く。


 ……うわっ!

 あんなのに噛まれたら、ひとたまりもない!

 背筋を冷たいものが走った。


 ミネッサの矢が、一瞬だけワニの注意をそらした。

 あれがなかったら、ライアは間に合わなかったかもしれない。


 もし、あとほんの少しでも逃げるのが遅れていたら。

 考えただけで、喉の奥がきゅっと締めつけられる。

 気づけば、ワンドを握る手が震えていた。


「シル、大丈夫!?」


「は、はい……。ありがとうございます」


 ライアに支えられながら、シルファが折れた剣を見つめる。

 武器が壊れたうえに、相手にはほとんど傷がついていない。

 このままじゃ、まずい。


 どうする、何か手はないのか?

 私は必死に考えながら、ワニを見つめた。


 正面から力比べをしても、まず勝ち目はないだろう。

 せめて、弱点が分かれば……。

 弱点?


「そうだ! ――《鑑定》」


 私は慌てて、ワニに鑑定を使った。


【シェルアリゲーター Lv21】

『甲羅のような硬い鱗を持つワニの魔物。非常に硬く、通常の武器では傷つけにくい。両目の間は鱗が薄く、頭部への攻撃が通りやすい。寒さに弱い※食用可』


「シェルアリゲーターっていうのか。えっ……?」


 思わず、表示された情報を読み返した。

 両目の間だけは鱗が薄い? それに寒さに弱い?


 ……そういえば、前世のワニも変温動物だったっけ?

 なら、氷の魔法で身体を冷やせば、動きを鈍らせられるかもしれない。

 硬い鱗を正面から突破する必要はない。

 動きを封じて、両目の間を狙えばいいんだ!


「セレネさん! この魔物、寒さに弱いみたいです!」


「えっ、寒さに?」


 セレネがこちらを振り返った。


「はい! 氷の魔法で身体を冷やせば動きを鈍らせられるかもしれません! 倒せなくても、動きを止められれば弱点を狙えます!」


「なるほど……。やってみよう!」


 セレネの杖の先に、淡い青白い光が灯った。


「みんな、少しだけ時間を稼いで!」


「時間? わかったわ。任せて!」


 ライアが答え、再びシェルアリゲーターの注意を引きつけた。

 ディオナも大斧を構え直し、シェルアリゲーターに向き合う。


「おい、トカゲ野郎! こっちだ!」


 ディオナが挑発するように声を上げる。

 ライアとディオナに挟まれ、シェルアリゲーターは、一瞬動きを止めた。

 セレネはその隙を見逃さず、杖をかざす。


「凍てつく風よ、彼の者の動きを縛れ――《アイスバインド》」


 セレネの凛とした声が響く。

 すると、シェルアリゲーターの足元から白い冷気が広がった。

 水辺の地面が薄く凍りつき、四肢に氷の鎖が絡みつく。


「グルルルルッ!」


 シェルアリゲーターは身体をよじり、氷の拘束を振りほどこうともがいていた。

 パキパキと氷が軋み、表面にひびが入っていく。


 それでも、冷気にさらされた巨体の動きは、先ほどより明らかに鈍くなっていた。四肢を覆う氷だけでなく、冷気そのものがシェルアリゲーターの動きを奪っているようだった。


 やがて、シェルアリゲーターの動きが止まった。


「よし、効いてる……!」


 やっぱり、寒いと動けなくなるんだ。

 よし、あとは弱点を狙えば、倒せる!


「ディオナさん。今です、両目の間を狙ってください!」


「おうっ! 任せろ」


 ディオナは地面を強く踏み込み、前へ飛び出す。

 そして大斧を両手で握り、全身の力を込めて振り上げた。


「これで終わりだあああっ! 《兜割り》」


 ディオナの雄叫びとともに、大斧が振り下ろされた。


 ――ドゴォンッ!

 鈍い衝撃音が川辺に響き渡り、シェルアリゲーターの両目の間に斧が突き刺さった。巨体が大きく揺れ、そのまま地面へと崩れ落ちる。


「グ……ガァ……」


 低いうめき声を最後に、シェルアリゲーターは動かなくなった。


「……た、倒した?」


 私はしばらくその場に立ち尽くしていた。


「……はぁぁ。よかったぁ」


 安心したせいか全身の力が抜けて、へなへなとその場にへたり込んでしまった。


 怖かった。

 本当に、怖かった。

 シルファの剣が折れたときなんて、心臓が止まるかと思ったよ。

 それでも、鑑定で弱点を見つけ、セレネの魔法で動きを封じ、ディオナが最後の一撃を決めてくれた。


 誰か一人だけでは、きっと倒せなかっただろう。

 私は仲間たちを見回し、ようやくほっと胸を撫で下ろした。


 ……うん。

 なにより、みんなが無事で本当によかった。


 そんなふうに思っていると、シルファが折れた剣を呆然と眺めていた。

 その表情には、悔しさと戸惑いが浮かんでいる。


「シルファ……」


 私は何と声をかければいいのか分からず、彼女のそばへ歩み寄った。

 そして、その折れた剣を見て、ふとあることを思いついた。

 これ、もしかしたら神具創造で直せるんじゃないか?

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