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第22話 新しい『私』

 この体は天界のシステムのお墨付きってことだろ? 安心できる情報を聞いてほっとしていたら、アリシアもすっかり元気になっていた。


「はぁ、よかったー。これで一安心ね」


 そう言いながらアリシアは棚からコップを二つ取り出し、牛乳を注ぐ。


「勝手に飲んじゃっていいのかそれ?」


「余ってる分だし少しなら大丈夫よ。ほら、こっちはあなたの分よ」


 勧められるがまま、コップを受け取った。

 まぁ、たしかに味見は必要だよな。

 そして、一口飲んでみると。


「あっ、これ濃厚ですごくおいしい」


 口の中に広がる、まろやかな甘み。

 ほどよく冷えた牛乳が喉を通り、身体に染み渡っていく。

 ふう、と小さく息を吐いた。


 こんなにおいしい牛乳を飲んだのは、いつ以来だろう。

 思わず、もう一口飲んでしまった。


「でしょう。しぼりたての牛乳は最高なのよ」


 うーん、これで生クリームとか作ったらすごくおいしそうだな。

 ふわふわのスポンジに、たっぷりの生クリーム。

 そこに甘酸っぱい果物を乗せれば、最高のケーキができるはずだ。


 うん、夢が広がる……。

 いやいや、ちょっと待て。

 今は和んでる場合じゃないだろ。


「ところでアリシア。なんで霊神人になったかはわかったけど、どうして勇者になると霊神人になるんだ?」


「勇者に選ばれた人は基本的に霊神人になるのよ。身体能力が高くて成長も早いの。それに世界を救ったら、ご褒美として神になることもできるようになっているのよ」


「なるほど、そういうことか」


 要するに早く強くなれる種族なんだな。

 まぁ、それはわかった。

 でも、もう一つ聞いておかなければいけないことがある。


 それは――。


「なぁ、俺この世界に来た時、全裸で森にいたんだけど。あれはどういうことなんだ?」


 これに関しては正直かなり頭にきている。

 か弱い美少女を危険な森に全裸で放り出すとかどう考えてもおかしいだろ。

 思い出すだけで腹が立つ。

 せめて服くらい用意できなかったのか?


 そんな不満を込めてアリシアを睨んだものの、彼女は不思議そうに首を傾げるだけだった。


「はぁ、生まれた時に裸なのはあたりまえでしょう?」


「えっ? 生まれた時? 俺ってあの時生まれたってことなの?」


「そうよ、転生するとき、十六歳くらいの姿にしてって言ったじゃない」


「あっ!」


 ってことは俺の注文の仕方が悪かったの?


「いや、でもそこはなんとなく察してくれてもよかったんじゃないのか?」


「あー、うん」


 アリシアは牛乳を一口飲み、悪びれる様子もなく笑った。


「てへっ、ごめんね」


 拳で頭を軽くコツンと叩き、ぺろりと舌先を出しながらそう言った。

 その顔を見た瞬間、俺のこめかみがぴくりと動いた。

 こいつ……絶対に反省してないだろ!


「いや、許せるかぁー! おかげで俺がどれだけ苦労したと思ってるんだ?」


 全裸だったせいで虫には食われるし、枝で引っかきそうになるし。

 おまけに裸足で石を踏んで、めっちゃ痛かったんだぞ!


「あらあら、だめよキアラちゃん。女の子になったんだからもっとおしとやかな話し方にしなきゃ。うふふ」


「ぐっ、こいつ」


 なんだかうまくはぐらかされた気もするけど。

 でも、アリシアの言うことも一理あるんだよな。


 女の子になったんだから話し方も変えた方がいいのか、ずっと考えてはいたんだ。


 そう思ってはいたものの、いざ変えようとすると、なかなか難しい。

 今までずっと『俺』で通してきたんだ。

 急に変えたら、なんだか自分じゃなくなってしまう気もする。


 でも、せっかく憧れの美少女になれたんだ。

 それにふさわしい自分になりたい。


 俺は理想の美少女像を思い浮かべる。

 うん、やっぱり『俺』っていう一人称は間違ってる気がする。


「なぁ、アリシア」


「ん? なによ?」


「自分のことを俺っていうのをやめようと思うんだけど、どんなのがいいと思う?」


「うーん、そうねぇ」


 アリシアは腕を組んで考える。


「じゃあ、『わらわ』とかどうかしら」


「いや、それはさすがにおかしいだろ」


「だったら『わっち』とか『朕』なんてのもいいかもしれないわね」


 そう言いながらアリシアはクスクスと笑っていた。


「全然よくねーよ! ふざけてるだろお前。こっちは真面目に聞いてるんだぞ?」


 こいつに聞いた俺が馬鹿だった。

 やっぱり自分で考えるしかないな。

 思い出せ、俺はどんな美少女になりたかったんだ?


 しかし、よく考えてみると、俺が思い描いていたのは外見ばかりだった。

 くそ、もっとしっかり妄想しておくんだった。

 そう後悔しながらふと目を開くと、窓ガラスに映った自分の姿が見えた。


 可愛らしい顔立ち。

 銀色の長い髪。

 そして、以前の自分とはまるで違う身体。


「あっ、これは『私』だ」


 考えるより先に、言葉が口からこぼれていた。


「うん、それでいいんじゃないかしら。普通だけど外見と合ってると思うわよ」


「そっ、そうかな? うん、私か」


 もう一度、口にしてみる。

 まだちょっと照れくさいけど。

 でも、不思議と違和感はなかった。

 これからは、この姿で、この名前で、この世界を生きていく。

 そう思うと『私』という言葉が、すとんと胸に落ちた。


「アリシア、これからは私で行くよ。よろしくな!」


「ふふっ、ほんとに嬉しそうに言うのね。でもこれからは大変よ。勇者候補も探さなきゃいけないんだし」


「あっ、そうだったな」


 勇者候補を見つけて、魔王軍と戦わなきゃいけないんだった。


 いいだろう。

 やってやろうじゃないか。

 簡単な道じゃないことくらい、わかってる

 それでも私の目的は変わらない。


 美少女としての『私』を楽しみながら、世界を救ってやるよ。

 そして世界を救った後は、神具創造で便利な道具を作って快適なスローライフを送ってやるんだ。

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