第18話 代理の女神
出来上がったチーズをバケツから取り出す。持ち上げると、ずっしりとした重さが腕に伝わってきた。見た目もちゃんとしたチーズだし、鼻を近づけてみるとしっかりチーズの香りがする。
うん、神具創造は食品もちゃんと作れるんだな。
でも食べ物だし一応、調べておこう。
「《鑑定》」
【上質なチーズ】
『長期保存可能なおいしいチーズ』
「うん、うまくできたみたいだ」
でも、上質ってなんだろ?
これは神具創造の使い方に慣れてきたってことなんだろうか?
「やっぱりすごいわねその能力」
「あっ、そうだ。俺、錬成師になったから、これは錬成で作ったってことにしておいて」
「それはいいんだけど……」
すると、アリシアは一度目を閉じ、少しだけ真剣な顔で俺を見る。
「どうした?」
「キアラ、私も詳しくは知らないんだけどその能力はすごく危険なのよ。絶対に悪いことには使わないって誓える?」
「えっ、悪いこと?」
「そうよ、実際に神具創造で過去に二つの世界が滅んでるらしいのよ」
「……はぁ!?」
思わず大きな声を出してしまった。
その声に驚いたのか、牛たちが俺の方をジッと見ていた。
しかし、今はそれどころではない。
「世界が……滅んだ? ……二つも?」
ちょっと待て、俺がもらったのは、服やチーズを作れる便利な能力のはずだ。
それが、世界を滅ぼす?
どう考えても話がつながらない。
俺は思わず、自分の手を見つめた。
「なんでそうなったのかは聞いてないからわからないんだけどね」
「いや、聞いとけよ。めちゃくちゃ大事なことだろそれ!」
思わず額を押さえた。
どこまでポンコツなんだこの女神は。
俺の中にわずかに残っていた女神アリシアに対する敬意が、その瞬間すべて消え去った。
「だって、聞く前に追い出されちゃったんだもん」
「だもん、じゃねえよ。むしろ今からでも聞いてきてほしいんだけど? 天界に連絡とかできないのか?」
「無理よ、私だって連絡したいけど、今この世界担当の女神いないはずだし」
「えっ、担当がいないって……この世界大丈夫なの?」
「たぶんそのうち代理の女神が決まるはずだから。少なくともそれまでは連絡は取れないのよ」
なるほど、代理が決まれば詳しい話も聞けるのか。
たしかに重要な話ではあるけど、別に今すぐ聞かなきゃいけない案件ではないよな。
いや……本当にそうか?
世界が二つも滅んでるんだぞ。
放置していい問題じゃないような気もするんだけど。
うーん、でも待つしかないんだからしょうがないか。
「代理が決まれば話を聞けるんだな?」
「ええ、たぶんだけどね」
……とぼけた表情でそんなことを言っているアリシアを見て、少し不安になったけど、まぁしかたない。
代理の女神さまがちゃんとした女神さまであることを祈ろう。
いや……誰に祈ればいいんだこれ?
◇ ◇ ◇
ここは天界にある庭園。
空はどこまでも高く、白い雲がゆっくりと流れている。色とりどりの花に囲まれた白いテーブルで、イシュタルは優雅にお茶を飲んでいた。
しかし、その表情はどこか浮かない。
「やはり、誰かに代理をお願いするしかありませんね」
イシュタルは手元の書類に目を落とし、深いため息をついた。
現在、この世界を担当する女神は不在である。
正式な後任が決まるまでの間、代理の女神が管理する必要があった。
通常であれば多少の空白期間があっても問題はないのだが、この世界には今、神具創造を持った転生者がいる。そのため、何かあった時に備えて天界からも監視する者が必要だった。
「やはり、ここはあの女神に任せるしかありませんね」
イシュタルが指をパチンッと鳴らす。
すると、淡い光が広がり、その中から金色の長い髪をなびかせた女神が現れた。
「イシュタルさまぁ、お呼びですかぁ?」
呼び出された女神、ティリスは花が咲くような笑顔を浮かべた。
そのぽわわんとした様子に、イシュタルの表情もわずかに和らいだ。
「ごめんなさいねティリス。急に呼び出して」
女神ティリス、別の世界を管理しているベテランである。
おっとりとした見た目だが、イシュタルからの信頼の厚い女神である。
「いえいえ、かまいませんよぉ。それで、何かあったんですかぁ?」
「そうですね、まずはお座りなさい」
首を傾げるティリスに、イシュタルは座るように勧める。
ティリスが席に着くと、イシュタルはお茶を一口飲み、ゆっくりと話し始める。
「実はアリシアが転生者に神具創造を与えてしまったのです」
「まぁ、神具創造ですかぁ? 確かある世界に転生した勇者が、仲間に神格を付与したりして問題になった能力ですよねぇ?」
「ええ。しかも神獣を大量に生み出したりして、世界のバランスを崩してしまったのです」
「なるほどぉ、別の世界では邪神になっちゃった人もいたそうですねぇ」
ティリスは頬に手を当て、困ったように首を傾げた。
「ええ。だからこそ、今回は慎重に対応しなければなりません」
「それは大変ですねぇ。それで、アリシアちゃんはどうなっちゃったんですかぁ?」
「今は、その転生者の監視のため人間界に行ってもらっています」
「えっ、人間界ですかぁ?」
イシュタルは目を伏せ、静かに頷いた。
そして、再び目を開くとまっすぐにティリスを見つめる。
「あなたには、アリシアが担当していた世界も管理してもらいたいのです。もちろん、あなたにも自分の担当する世界がありますから、ずっと見ていてもらう必要はありません。一時的な代理として、お願いできますか?」
その話を聞いて、ティリスは頭の中で三人の少女を思い浮かべる。
勇者に聖女、それに――。
「ええ、かまいませんよぉ。私の世界には頼もしい子たちがいますからぁ、少しくらい目を離しても大丈夫ですぅ」
自分が少し離れたくらいで、あの子たちが困ることはないだろう。
そう思い、ティリスは迷うことなく頷いた。
その言葉を聞いて、イシュタルは安心したように肩の力を抜いた。
「あなたなら安心して任せられます。自分の世界を長年、安定して管理してきた実績がありますからね」
「うふふ、そんなふうに言っていただけるなんてぇ。ありがとうございます」
「では準備ができてからで構いませんので、頼みましたよ」
「はぁい、ではまず現在の状況と注意すべき点をまとめていただけますかぁ?」
「それは後程書面を送りますので、そちらで確認してください。よろしくお願いしますね」
「はぁい、わかりましたぁ」
話を終えると、ティリスは丁寧に一礼して立ち去った。
こうして、女神ティリスが、キアラとアリシアがいる世界の代理女神となった。




