第17話 乳しぼり
「世界を――崩壊?」
聞き間違いかと思い、もう一度聞いてみた。
「そうよ」
マジかよ……残念ながら、聞き間違いじゃなかった。
いや、なんでそんなことになるんだ?
「俺、そんな危険物を持たされてるの? 神具創造って便利な道具を作る能力じゃないの?」
「私もよくわからないけど、世界のバランスを崩壊させちゃうんだって」
「いや、そこはよくわかっとけよ」
世界のバランスってなんだ?
俺はその場で腕を組み、じっくりと考える。
たしか神具創造はレベルを上げれば伝説級の装備品なんかも作れるって言ってたな。でも、今作れるのは服とか草履だよ? なにが危険なんだ?
チラッと、アリシアを見る。
うん、こいつに聞いても多分わからないだろうな。
「それで、どうなるんだ? 俺はこの能力を取り上げられちゃうのか?」
「そうしたいけど出来ないのよ、あなたが死なないと回収は出来ないの」
とりあえず能力没収とかではなくてよかった。
……いや、なんか不穏な言葉が聞こえたんだけど?
俺が死なないと回収できないってどういう意味だ?
「えっ、じゃあ何をしに来たんだ? まさか俺を殺しに来たとか?」
「違うわよ、仮にも女神がそんなことするわけないでしょ。ここに送られたのはあなたの監視をするためよ」
「監視?」
予想外の言葉に思わず首を傾げた。
その時――。
「モォー!」
牛の鳴き声が響いた。
「ああ、ごめんねメアリー。途中だったわね」
そう言ってアリシアは牛の元へ歩み寄った。
「今は忙しいんだから乳しぼりしながら話しましょう」
「いや、こんな重大な話、乳しぼりしながらするの?」
「しょうがないでしょ、お乳は待ってくれないのよ。ほら、お手伝いに来たんでしょ。あなたはアンヌをお願いね」
アリシアは隣にいた牛を指さした。
まぁ、確かに仕事だししょうがないか。
その牛の元へ行きしゃがみ込む。
「しぼればいいんだな」
「ええ、まだジェーンも残ってるんだから急いでね」
奥を見るともう一頭の姿も見えた。
どうやら、この牧場では三頭の牛が飼育されているようだ。
言われるがまま牛の乳に視線を向ける。
そういえば、小学校の時に乳しぼり体験で一度だけやったことがあるな。
俺は、その時のことを思い出した。
「たしか、親指と人差し指で輪を作って乳頭を押さえて、中指、薬指、小指の順に握るんだったよな?」
「そうよ、途中で力を緩めずリズミカルにしぼるのよ」
順番に指を動かすと、ビュッと白い乳が出た。
「おお、すごい。いっぱい出る!」
なんだかちょっと楽しくなってきた。
「ちゃんと牛が不安にならないように声を掛けながらやってあげてね」
「なるほど、これ、どのくらい続けるんだ?」
「二十分くらいかしら? 普通はもう少し早いんだけど、今はすごくたくさん出るのよ」
数分で手が疲れてきたんだけど、二十分もこれを続けるのか?
結構大変なんだな。
しかし、なんでそんなことになったんだろ?
俺は、乳を搾りながらアリシアに視線を向ける。
「なんでそんなに出るようになったんだ?」
「えっ、いや……なんででしょうね?」
アリシアは汗をだらだら流しながら露骨に目を泳がせていた。
これは怪しい。
「お前、なんかやったな?」
「うっ! いや、その~。私、この世界に来た時、この牧場に落とされてね」
「うん、それで?」
「ここのおじいさんにすごくお世話になったから、その……」
「その。なんだ?」
「お礼として牛にお乳がたくさん出る祝福を与えちゃったのよ」
なにしてんだこいつ。
っていうかなんだよそのしょうもない祝福は。
「じゃあこれもお前のせいじゃないか」
「しょうがないじゃない! お礼がしたかっただけで、こんなことになるなんて思ってなかったんだから」
アリシアは地団駄を踏みながら喚くようにそう言った。
「それで、その祝福はいつまで続くんだ?」
「小さい祝福だったから、たぶんあと数日よ。お乳の出る量も少しずつ元に戻ってるし」
「これでも少なくなってるのか?」
俺はバケツに溜まった乳に視線を向ける。
すでにほぼ満タンになっている。
普通はどのくらい出るものなのかはしらないが、かなりの量だぞこれ?
「いっぱいになったら次のバケツに変えてね」
バケツを取り換えそのバケツが満杯になった頃、ようやく乳房がしぼんできた。
「なぁ、これってどのくらいが普通なんだ?」
「普通は一回でバケツ一杯くらいなんだけど、最初の頃は五杯分くらい出てたのよ」
すごいなそれ、しぼるのもだけど運ぶのも大変だっただろうな。
そりゃ高いお金出して冒険者を呼ぶわけだ。
その後、アリシアと手分けして、もう一頭の乳も搾り終えた。
「はぁ、これ結構大変な作業だな。手がパンパンになっちゃったよ」
「でしょう。でもまだ仕事は残ってるのよ。このバケツを運ばないと」
「えっ?」
振り返ると、そこには白い牛乳が満タンに入ったバケツが六個ある。
ぱっと見でも一つ十リットル以上ありそうだ。
つまり十キロ以上が六個だ。
おじいさんたちに見られたくないけど、これはしょうがないな。
「わかった、アイテムボックスに入れるよ。どこに運べばいい?」
「そういえばあなた、アイテムボックスと鑑定も持ってるんだったわね。助かるわ。あっちに工房があるからそこまでお願いね」
「わかった。《収納》」
しかし、そこで俺は少し疑問に思った。
これだけの量の牛乳をどうするんだろう?
「なぁ、この牛乳って何かに加工するのか?」
そう尋ねるとアリシアは少し残念そうにため息をついた。
「それがね、普段はチーズなんかにも加工してるんだけど。地下の貯蔵庫がもう一杯になっちゃってね。そのまま瓶に入れて売ってもいるんだけど、余った分は廃棄するしかないのよね」
「えっ、それはもったいないな」
こんなに苦労してしぼったのにそれは少し悲しい。
あれ?
でも俺のアイテムボックスに入れておけば腐らない。
それに、神具創造を使えば加工品を作れるのでは?
「アリシア、ちょっと待ってて」
「えっ、どうしたの晃?」
「あっ、今の俺はキアラだからな」
「こっちではキアラって名前にしたのね。わかったわ。それで何をするの?」
「ちょっと神具創造でこの牛乳を加工できるか試してみたいんだ」
アイテムボックスからバケツを一つ取り出す。
「わぁ。もしそれができたらすごく助かるわ」
「だよね、ちょっとやってみる」
たしか牛乳十リットルで一キロのチーズが作れるって聞いたことがある。
頭の中で丸いチーズをイメージしながら、バケツに手をかざす。
「よし、チーズになれ《神具創造》」
『素材が足りません』
「ええっ、なんで?」
おかしい、何が足りないんだ?
「できなかったの?」
「うん、材料が足りないって……あっ、そうか塩だ!」
そういえば、長期保存するチーズには塩が不可欠だったはず。
「塩? 塩があればできるの?」
「うん、なんとか手に入らないかな?」
「わかったわ、おばあさんに聞いてくるからちょっと待ってて」
そう言ってアリシアは家の方に走って行った。
そして数分後。
「キアラー、塩もらってきたわよ」
手にザラザラした灰色の粉を乗せたお皿を持ってアリシアが戻ってきた。
やっぱり異世界だと真っ白な塩は珍しいのかな?
「ありがとう、じゃあそこにおいて」
アリシアがバケツの横に塩を置いた。
「じゃあ、行くよ。チーズになれー! 《神具創造》」
バケツの牛乳が淡い光に包まれる。
ゆっくりと光が収まり、バケツの中を覗いてみると。
「うわぁ、ちゃんと出来てる!」
そこには、大きくて丸いチーズが出来上がっていた。




