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戦わずに大陸を落とした男――気づけば公爵令嬢と参謀と商人に囲まれている  作者: 慈架太子


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62:徴兵停止

帝国は、ついに“人”を失った。


それは兵ではない。

志でもない。

意思だった。


帝都グラン・ヴェルク、中央軍司令部。重厚な扉の向こうで、怒号が鳴り止まない。


「徴兵が成立しないだと!?」


机を叩いたのは若き前線指揮官。戦場で名を上げた実力者だが、今は剣ではなく書類に敗れていた。


軍参謀が冷静に答える。


「召集令は出ています。だが――来ない」


「来ないだと? 罰則はどうした!」


「科しても意味がありません。地方の行政が止まっています。命令が届かない」


「では騎士団を動かせ!」


沈黙。


その沈黙が、答えだった。


騎士団も、動かない。


理由は単純だ。


動けない。


補給がない。

命令がない。

そして――意味がない。


情報統制担当の官が口を開く。


「……噂が広がっています」


「何のだ」


「“戦っても勝てない”と」


空気が、凍る。


誰もが思っている。

だが、それを言葉にした瞬間、それは現実になる。


「誰が流した」


「……不明です」


だが、本当は分かっている。


情報は自然に広がるものではない。


流れを整える者がいる。


エルガード・カウフマン。


彼は直接言わない。

だが、“そうなるようにする”。


その結果、帝国全土で同じ現象が起きていた。


南部農村地帯。


徴兵官が村人たちの前に立つ。


「帝国のために――」


言葉が途中で止まる。


誰も聞いていない。


老人は畑を耕し、女は水を運び、若者は視線を逸らす。


「聞け!」


怒鳴る。


だが。


「……何のために?」


一人の青年が言った。


静かな声。


だが、重い。


「戦って、何になる」


徴兵官は言葉を失う。


答えがない。


昔ならあった。

名誉、報酬、義務。


だが、今は違う。


それらが、すべて崩れている。


「……帝国のためだ」


絞り出す。


青年は首を振る。


「帝国は、俺たちのために何かしたか?」


沈黙。


誰も否定できない。


「食料は来ない。税だけ取られる。守られたこともない」


一歩、前に出る。


「だったら――俺たちは戦わない」


それは反逆ではない。


選択だった。


そして、その選択は広がる。


同時刻、帝都。


上位貴族たちが集う会議室。


豪奢な装飾も、今は意味を持たない。


「徴兵率が三割を切りました」


報告。


誰も驚かない。


予想通りだ。


「地方ごとに、拒否が連鎖しています」


「抑え込め」


「不可能です」


短い応答。


理由は明確。


人がいない。


動かす者がいない。


従う者がいない。


その時、扉が開く。


一人の公爵令嬢が入室した。


レオニア・アルディウス。


その存在だけで、空気が変わる。


「……見に来ただけよ」


冷たい視線。


彼女は椅子に座らない。


ただ、立ったまま言う。


「崩れる時って、こんなものなのね」


誰も反論できない。


彼女は知っている。


戦場で、国家がどう死ぬかを。


「戦わずに終わる。これが一番早い」


軍参謀が問う。


「止める方法は?」


レオニアは笑う。


「あると思う?」


沈黙。


ない。


だから、ここにいる。


その頃。


高台。


エルガード、エルディア、マリナの三人。


帝都を遠望する。


「徴兵、止まりましたね」


マリナが言う。


声に感情はない。


ただの確認。


エルディアが頷く。


「予測通りだ」


彼女は侯爵家令嬢であり、軍参謀としての視点を持つ。


「戦争は“人”で動く。人が動かなければ、終わる」


エルガードは黙っている。


風が彼の周囲を巡る。


それは索敵ではない。


流れの確認だ。


「……抵抗は?」


短く問う。


マリナが答える。


「局地的にはある。でも――広がらない」


理由は一つ。


「利益がないから」


その言葉に、エルディアが補足する。


「勝てない戦に、誰も乗らない」


それが現実。


そして、それを作ったのは――


「あなたです」


マリナがエルガードを見る。


彼は首を振る。


「違う」


短く。


「元からあった」


一拍。


「俺は、整えただけだ」


水が流れ、風が運び、土が支え、光が照らし、闇が削る。


それだけだ。


だが、その“だけ”が、すべてを変える。


帝都、司令部。


ついに命令が出る。


「徴兵を――停止する」


静寂。


誰も反応しない。


それがどれほど異常なことか、理解できていない。


いや、理解したくない。


「維持できない以上、意味がない」


軍参謀の冷静な判断。


「兵がいなければ、軍は存在しない」


当たり前のこと。


だが、それを認めることは――敗北だ。


「……終わりか」


若き前線指揮官が呟く。


誰も答えない。


だが、全員が同じことを思っている。


終わった。


戦う前に。


負けた。


高台。


レオニアが戻ってくる。


「見てきた」


一言。


エルガードは問う。


「どうだった」


「滑稽だった」


即答。


「戦う気のない軍、守る気のない貴族、信じない民」


一拍。


「全部終わってる」


エルディアが静かに言う。


「これで、次に進む」


マリナが微笑む。


「“戦争不能状態”の完成ですね」


エルガードは、帝都を見つめる。


静かに。


「……まだ終わらない」


三人が彼を見る。


「ここからが、本番だ」


徴兵は止まった。


だが、それは“終わり”ではない。


“崩壊の確定”だ。


残るのは――


選択。


帝国は、何を選ぶか。


しがみつくか。

逃げるか。

壊れるか。

変わるか。


風が、強く吹く。


その中で、エルガードは立つ。


動かない。


だが、世界が動く。


それが――


覇者の在り方だった。

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