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戦わずに大陸を落とした男――気づけば公爵令嬢と参謀と商人に囲まれている  作者: 慈架太子


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51:助かる者/落ちる者

商業国家アストリア。

流通・経済・人材支配によって繁栄したその国は、今まさに「選別」の只中にあった。


 


市場は静かだった。


だが、その静けさは平穏ではない。

取引は止まり、商人は動かず、物資は滞る。


「止まっているのではない。――選ばれているのだ」


軍参謀であり情報統制担当を兼ねるマリナ・ルクレツィアは、冷静にそう言い切った。


 


王城の一室。

円卓には三人の女と、一人の男がいた。


公爵令嬢レオニア・アルディウス。

侯爵家令嬢エルディア・ヴァレンティナ。

そして、若き前線指揮官にして魔剣適合者たるエルガード・カウフマン。


 


「救われている者がいる」


エルディアが静かに口を開いた。


「流通を絞られたことで、地方の農民は価格の安定を得た。

無駄な中間搾取が消え、直接取引が成立し始めている」


 


「その代わりに」


レオニアが言葉を継ぐ。


「都市の商人が潰れている。

……これは救いではない。選別だ」


 


マリナは否定しない。


「ええ。選別です」


即答だった。


「商業国家の大商会は、既に流れを読み切っています。

無駄な人材、非効率な商流、腐敗した上位貴族――すべて排除対象です」


 


空気が冷えた。


 


「……人を切り捨てる気か」


レオニアの声は低い。


 


「違います」


マリナは一歩も引かない。


「“落ちる者”は、元から落ちる構造にいた。

それを見ないふりをしていたのが、これまでの世界です」


 


その言葉に、エルガードは沈黙した。


 


彼には見えていた。


水の魔法による索敵。

風の流れで読む人の動き。

土の振動で感じる物流の停滞。

光による観測。

闇による遮断。


 


――世界が、分かれている。


 


助かる者。


動ける者。

変われる者。

価値を持つ者。


 


落ちる者。


依存していた者。

構造に寄りかかっていた者。

変わることを拒んだ者。


 


「……選別か」


エルガードは小さく呟いた。


 


「そうです」


マリナは頷く。


「そしてこれは、止められません」


 


その時だった。


 


外から、怒号が響いた。


 


「ふざけるな!俺たちは何十年もこの街を支えてきたんだぞ!」


 


窓の外。

市場の広場に、一人の男が立っていた。


中年の商人。

かつて中規模の流通を担っていた男だ。


 


だが今は――誰も相手にしていない。


 


「仕入れが来ない!契約が消えた!

 誰も……誰も買わない……!」


 


叫びは虚空に消える。


 


周囲の人間は視線を逸らしていた。


 


助かる側の者たちは、もう理解している。


 


関わるな、と。


 


「……あれが、“落ちる者”か」


レオニアが呟いた。


 


マリナは静かに肯定する。


「ええ。典型例です」


 


「何が違う」


 


エルディアの問い。


 


「構造です」


 


マリナの答えは即座だった。


 


「あの男は、“繋ぐ”ことで利益を得ていた。

 しかし今は、“直接”が主流になった」


 


「だから不要になった?」


 


「はい。役割が消えました」


 


あまりにも冷酷な言葉。


 


だが、それは事実だった。


 


エルガードは立ち上がる。


 


「行くのか」


レオニアが問う。


 


「……見るだけだ」


 


 


広場。


 


エルガードは静かに歩み寄った。


 


男はまだ叫んでいる。


 


「俺たちは間違ってない!

 ルール通りにやってきたんだ!」


 


その声は、誰にも届かない。


 


エルガードは目を閉じた。


 


――正しい。


 


だが、それは“過去の正しさ”だ。


 


「……なあ」


 


エルガードは声をかけた。


 


男が振り向く。


 


「なんだ……あんたも笑いに来たのか……?」


 


疲れ切った目。


 


「違う」


 


エルガードは短く答える。


 


「選べ」


 


 


一言だった。


 


 


「……は?」


 


 


「やり方を変えるか、沈むか」


 


 


沈黙。


 


 


「……できるわけないだろ……」


 


男は笑った。


 


乾いた、壊れた笑い。


 


「今さら変われるかよ……」


 


 


その言葉を聞いた瞬間。


 


エルガードの中で、何かが決まった。


 


 


「そうか」


 


 


それ以上は何も言わない。


 


 


振り返る。


 


 


その背後で。


 


男は膝をついた。


 


 


助からない。


 


 


助けない。


 


 


それは残酷ではない。


 


 


選択だ。


 


 


 


城へ戻る。


 


 


「どうだった」


レオニアが問う。


 


 


「選ばなかった」


 


 


それだけだった。


 


 


マリナは目を伏せる。


 


 


「……では、終わりです」


 


 


 


その夜。


 


 


都市の灯が一つ、消えた。


 


 


同時に。


 


 


別の場所で、新しい商会が立ち上がる。


 


 


若い者たちが動き出していた。


 


 


「これが……流れか」


 


エルディアが呟く。


 


 


「はい」


 


マリナは答える。


 


 


「止まりません」


 


 


 


エルガードは空を見上げた。


 


 


救うとは何か。


 


 


助けるとは何か。


 


 


その答えは、もう単純ではない。


 


 


だが一つだけ、確かなことがある。


 


 


「……選ばなかった者は、落ちる」


 


 


それがこの世界の現実だった。


 


 


そして――


 


 


彼は、もう迷わない。


 


 


選ばせる側に立つと、決めたのだから。

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