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戦わずに大陸を落とした男――気づけば公爵令嬢と参謀と商人に囲まれている  作者: 慈架太子


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50/90

50:崩壊

 崩壊は、音を立てない。

 気づいたときには、すでに“機能していない”。


 商業国家ミラージュ、ヴァルセリオン港。


 深夜。


 灯りは、まだ点いている。


 だが。


 “流れ”が、止まっていた。


 荷が動かない。


 人が、動かない。


 声すら、減っている。


 静寂。


「……おかしい」


 レオニア・アルディウスが呟く。


 違和感。


 騒ぎではない。


 “無音”。


 それが異常。


 エルディア・ヴァレンティナが帳面をめくる。


「物流量、急減」


「価格変動、停止」


 一拍。


「取引数、ほぼゼロ」


 数字が示す。


 完全停止。


 アルバン・クロイスの表情が変わる。


「……何が起きている」


 怒りではない。


 “理解できない”という感情。


 マリナ・ルクレツィアは、静かに答える。


「単純ですわ」


 一拍。


「誰も、動かなくなった」


 その一言で。


 空気が凍る。


「……どういうことだ」


 レオニアが眉をひそめる。


 マリナは続ける。


「価格が不安定すぎる」


「利益が読めない」


「損失のリスクが高すぎる」


 一拍。


「だから、“何もしない”」


 それが結論。


 アルバンが低く呟く。


「……自己防衛か」


「ええ」


 マリナは頷く。


「合理的ですわ」


 だが。


 それは。


 “死”と同じ。


 市場において。


 動かないことは、終わり。


 エルガード・カウフマンは、流れを見る。


 止まっている。


 完全に。


 だが。


 破壊されていない。


 ただ。


 “止まっている”。


「……崩壊ではない」


 小さく呟く。


 レオニアが振り向く。


「何が違う」


 エルガードは答える。


「壊れていない」


 一拍。


「止まっているだけだ」


 それが、本質。


 マリナがわずかに微笑む。


「正解ですわ」


「これは“崩壊”ではない」


「“停止”です」


 アルバンが息を吐く。


「……だが」


「同じだ」


 現場にとっては。


 動かないなら、意味がない。


 エルディアが淡々と補足する。


「このまま放置すれば」


「数日で食料不足」


「数週間で暴動」


 一拍。


「数ヶ月で国家機能停止」


 確定した未来。


 静かに。


 確実に。


 崩れていく。


 レオニアが笑う。


「いいな」


「分かりやすい」


 戦場。


 ただし、剣ではない。


 構造の戦場。


 アルバンが問う。


「……戻せるか」


 視線が、集まる。


 マリナへ。


 マリナは、少しだけ考える。


 そして。


「ええ」


 即答する。


「ただし」


 一拍。


「“痛み”が必要です」


 その言葉に。


 空気が重くなる。


「……具体的には」


 アルバンが問う。


 マリナは、淡々と告げる。


「強制的に、流します」


 その瞬間。


 レオニアが笑う。


「出たな」


「暴力」


 だが。


 否定はしない。


 マリナは続ける。


「供給を固定する」


「価格を制限する」


「違反者は排除する」


 一拍。


「自由を、制限する」


 それは。


 完全な“統制”。


 アルバンが目を閉じる。


 短く。


「……必要だな」


 決断。


 重い。


 だが。


 避けられない。


 エルガードは、静かに見る。


 流れを。


 人を。


 選択を。


 自由を与えれば、止まる。


 縛れば、動く。


 矛盾。


 だが。


 現実。


「……やる」


 短く言う。


 それで、決まる。


 マリナが頷く。


「では、開始します」


 その瞬間。


 市場が、再び動き出す。


 強制的に。


 荷が流れる。


 価格が固定される。


 拒否した者が、排除される。


 流れが、戻る。


 だが。


 それは。


 “自由”ではない。


 レオニアが呟く。


「……綺麗じゃねえな」


 エルディアが答える。


「現実です」


 短く。


 正確に。


 アルバンが低く言う。


「……これが、限界か」


 誰も答えない。


 答えは、目の前にある。


 市場は、動いている。


 だが。


 “変わった”。


 自由な流れではない。


 管理された流れ。


 制御された経済。


 エルガードは、静かに目を閉じる。


 理解する。


 利益と人間性。


 自由と統制。


 どちらも必要。


 だが。


 同時には、成立しない。


 だから。


 選ぶしかない。


 その時、その時で。


 最適を。


 そして。


 それを背負う。


 それが。


 “責任”。


 市場は、動き出した。


 だが。


 何かが、壊れた。


 それが。


 本当の“崩壊”だった。

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