45:食事で緩和
人は、腹が満たされると少しだけ優しくなる。
それは、どんな思想よりも確かな現実だった。
森の拠点。
夕暮れ。
火が灯る。
いくつも。
小さな火。
その上に、鍋。
湯気が立つ。
匂いが広がる。
肉と、野菜。
塩と、油。
単純な料理。
だが。
確実に、腹を満たす。
「……いい匂いだな」
レオニア・アルディウスが言う。
腕を組んだまま。
だが、視線は鍋。
正直だ。
マリナ・ルクレツィアが小さく笑う。
「戦場よりは、よほど健全ですわね」
「そりゃそうだろ」
レオニアは肩をすくめる。
「斬り合いより、食った方がいい」
当たり前のこと。
だが。
今は、それが重要。
エルディア・ヴァレンティナは、帳面を閉じている。
珍しく。
仕事をしていない。
「……静かね」
ぽつりと呟く。
「嵐の前、ですわね」
マリナが答える。
「だろうな」
レオニアも同意する。
全員、分かっている。
教国は、割れている。
内部対立。
異端認定。
戦いは、近い。
だからこそ。
今、この時間は異質。
「……食うか」
レオニアが言う。
耐えきれなくなったように。
エルディアが苦笑する。
「ええ」
「食べましょう」
マリナも頷く。
「合理的ですわ」
「空腹では、思考も鈍りますもの」
理屈はどうでもいい。
ただ。
食う。
それだけ。
器に盛られる。
湯気が立つ。
肉は柔らかく。
野菜は甘い。
シンプル。
だが。
「……うまいな」
レオニアが言う。
素直に。
エルディアも、小さく息を吐く。
「……ええ」
「落ち着く」
マリナも、ゆっくりと口に運ぶ。
「……悪くありませんわ」
その言葉は、彼女なりの最大評価。
エルガード・カウフマンは、火を見ている。
そして。
ゆっくりと、食べる。
無言で。
だが。
その空気は、柔らかい。
戦いの前。
嵐の前。
だが。
今は、違う。
人だ。
ただの。
「……なあ」
レオニアが言う。
「何だ」
エルディアが返す。
「これ、続くと思うか」
何気ない問い。
だが。
本質。
沈黙。
マリナが、先に答える。
「……難しいですわね」
「維持は、困難」
「だが」
一拍。
「可能性はある」
曖昧。
だが、正直。
エルディアが言う。
「……条件次第」
「人が、選び続けるなら」
それが鍵。
レオニアが笑う。
「選ぶ、か」
「面倒だな」
本音。
だが。
「でも」
一拍。
「悪くねえ」
それも本音。
エルガードは、火を見る。
揺れている。
だが。
暖かい。
食事。
それは、単なる栄養ではない。
場を作る。
空気を変える。
人を戻す。
戦いだけでは、持たない。
思想だけでも、持たない。
だが。
こういう時間が。
繋ぐ。
レオニアが言う。
「……もう一杯」
エルディアが呆れる。
「まだ食べるの?」
「戦うには、体力だろ」
正論。
マリナが笑う。
「確かに」
その笑いは、柔らかい。
戦いの話ではない。
ただの、食事。
ただの、時間。
だが。
それが。
“人間性”。
エルガードは、火を見る。
揺れている。
だが。
消えない。
戦いは続く。
だが。
こういう時間がある限り。
壊れない。
完全には。
それが。
この場の強さだった。




