26 だが犠牲あり
崩壊は、勝利に見える。
だが、その裏には――必ず“切り捨てたもの”がある。
森の奥。仮設拠点。
火は戻った。
鍋も、戻った。
列も、整い始めている。
人は食べる。
眠る。
そして、また動く。
――回り始めている。
だが。
どこかが、欠けている。
「……数が合わない」
エルディア・ヴァレンティナが帳面を見たまま言う。
声は平坦。
だが、僅かに硬い。
「三班。戻っていない」
沈黙が落ちる。
レオニア・アルディウスが顔を上げる。
「補給攪乱の班か」
「ええ」
エルディアは頷く。
「遅延を入れた地点。帝国側の警戒が強まっていた場所」
マリナ・ルクレツィアが静かに目を細める。
「……切られましたわね」
誰も否定しない。
エルガード・カウフマンは、何も言わない。
ただ、火を見ている。
鍋が回る。
食が回る。
人が回る。
――それを守るために。
「……犠牲だな」
レオニアが低く言う。
剣を握る手に、わずかな力が入る。
「違う」
エルガードが言った。
短く、静かに。
レオニアが振り向く。
「……何だと」
「選択だ」
その一言で、空気が変わる。
「……言い換えただけだろうが」
レオニアの声は抑えられている。
だが、怒りが滲む。
「違う」
エルガードは繰り返す。
「犠牲は“避けられなかったもの”だ」
「これは違う」
沈黙。
「……自分で切った、って言いたいのか」
「そうだ」
即答。
重い。
その言葉は、あまりにも重い。
エルディアが目を伏せる。
「三班は……あえて残した」
事実。
補給路を歪めるには、最後の一点に“人”が必要だった。
魔法だけでは足りない。
調整。観測。微細な修正。
それをやるには――
そこに“居続ける”必要があった。
「撤退命令は出せた」
エルガードが言う。
「だが、それでは崩れなかった」
帝国は強い。
少しの歪みでは止まらない。
だが。
最後の一点。
そこに“固定”を入れれば――
崩れる。
「だから、残した」
それが答え。
レオニアは言葉を失う。
怒ることもできない。
否定もできない。
ただ――
理解してしまった。
「……最初から、分かっていたのか」
「分かっていた」
即答。
マリナが扇を閉じる。
「冷たいですわね」
だが、その声に非難はない。
ただの確認。
「必要だ」
エルガードは言う。
それだけ。
沈黙。
火が揺れる。
鍋が回る。
人が食べる。
守られている。
だが。
そこに、いない者がいる。
「……名前は」
レオニアが言う。
「記録してある」
エルディアが答える。
帳面を開く。
三つの名前。
その紙は、軽い。
だが。
重い。
「……戻ってこないのか」
「来ない」
エルガードは言う。
確定。
レオニアは目を閉じる。
短く、深く息を吐く。
「……分かった」
それだけ言う。
剣を握る手が、わずかに震える。
「次は」
目を開く。
「減らせ」
それは命令ではない。
願いでもない。
要求。
エルガードは、少しだけ視線を動かす。
「減らす」
短く答える。
だが。
ゼロにはならない。
それは、誰もが分かっている。
マリナが静かに言う。
「完璧な構造など、存在しませんわ」
エルディアも頷く。
「最適はあっても、無犠牲はない」
それが現実。
火が揺れる。
その光の中で。
エルガードは、初めて目を閉じた。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
そして、開く。
もう迷いはない。
守るために。
切る。
その選択は、変わらない。
だが。
その重さは――
確かに、積み上がっている。




