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戦わずに大陸を落とした男――気づけば公爵令嬢と参謀と商人に囲まれている  作者: 慈架太子


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27 レオニア敗北感



 勝った。

 だが――


 その言葉は、どこにもなかった。


 森の外縁。夜。


 見張りの火は小さく、揺れている。

 風は弱く、音は少ない。


 だが、静けさは安らぎではない。


 レオニア・アルディウスは、一人で立っていた。


 剣は抜いていない。

 だが、鞘に収まったままでも、その重さは消えない。


「……勝った、か」


 誰にともなく呟く。


 返事はない。


 帝国は引いた。

 崩れた。

 前線は瓦解した。


 それは事実だ。


 だが。


 胸の奥に残るものは――


 勝利ではなかった。


 思い出す。


 あの瞬間。


 境界が破られたとき。


 押し込まれたとき。


 そして――


「……無理だ」


 自分の口から出た言葉。


 レオニアは目を閉じる。


 あの時。


 剣を握っていた。


 前に出れば、斬れた。


 敵はいた。

 戦場はあった。


 だが――


 出なかった。


 出られなかった。


「……逃げたのか」


 低い声。


 否定したい。


 だが、できない。


 あの場で斬れば、確実に死者が出る。

 それは分かっていた。


 そして――


 勝てないことも。


 だから。


 止まった。


「……選んだ、か」


 言い換える。


 だが、納得はしない。


 足音。


「こんなところにいましたのね」


 マリナ・ルクレツィアの声。


 柔らかい。

 だが、逃げ場はない。


「……何の用だ」


 レオニアは振り向かない。


「用、というほどでもありませんわ」


 隣に立つ。


 距離は近い。


 だが、踏み込まない。


「ただ、顔を見に来ただけです」


「見てどうする」


「確認ですわ」


 マリナは微笑む。


「壊れていないか」


 レオニアの眉がわずかに動く。


「……壊れるか」


「壊れますわよ」


 即答。


 その言葉に、レオニアは黙る。


「あなたは“戦う側”ですもの」


 マリナの声は静かだ。


「斬ることで、守る」


 それがレオニア。


「ですが今回は違った」


 沈黙。


「斬らなかった」


 その一言が、深く刺さる。


「……斬れなかった」


 レオニアは言う。


「違いますわ」


 マリナは首を振る。


「斬らなかった、です」


 言い直す。


「……何が違う」


「責任の所在ですわ」


 レオニアは振り向く。


 目が鋭い。


「斬れなかった、は“力不足”」


「斬らなかった、は“選択”」


 静かな説明。


「どちらが重いか、分かりますわよね」


 レオニアは答えない。


 だが――


 理解している。


 あの場で剣を振るわなかったのは。


 恐怖ではない。


 敗北でもない。


 “選んだ”。


 その結果。


 三人が戻らなかった。


 胸が締め付けられる。


「……それでも」


 レオニアが言う。


「納得はしない」


 それが本音。


「当然ですわ」


 マリナは微笑む。


「納得できるようなものではありません」


 それもまた、事実。


「ですが」


 少しだけ、声が変わる。


「それを選んだ以上、背負うしかない」


 重い言葉。


 レオニアは、ゆっくりと息を吐く。


「……あいつは」


 言葉を探す。


「最初から分かっていた」


 エルガードのことだ。


「ええ」


 マリナは頷く。


「だから、選べた」


 沈黙。


「……俺は」


 レオニアが言う。


「分かっていなかった」


 それが敗北感の正体。


 剣では負けていない。


 戦っていない。


 だが。


「……遅れた」


 それが、負け。


 マリナは何も言わない。


 ただ、隣に立つ。


 しばらくして。


「……次は」


 レオニアが口を開く。


「遅れない」


 短い言葉。


 だが、強い。


「そうですわね」


 マリナが頷く。


「次は、最初から“分かっている側”に立てばいい」


 レオニアは、わずかに笑う。


 苦い。


「……簡単に言う」


「簡単ではありませんわ」


 マリナは即答する。


「ですが、あなたならできます」


 その言葉に、レオニアは何も返さない。


 だが。


 剣に触れる手が、変わる。


 迷いではない。


 覚悟。


 それが、少しだけ形を持つ。


 敗北ではない。


 だが――


 確かに、負けた。


 その感覚を、消さない。


 次のために。


 レオニア・アルディウスは、静かに目を開いた。

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