25 敵崩壊
崩壊は、音を立てては来ない。
それは、静かに、確実に、気づいた時には終わっている。
帝国前線拠点。
兵はいる。
装備もある。
命令もある。
だが――
「……遅い」
指揮官が呟く。
補給が、遅い。
本来ならば、朝に届くはずの物資が、昼を過ぎても来ない。
届いたとしても――
少ない。
傷んでいる。
使えない。
「何をしている……」
怒声が飛ぶ。
だが、答えはない。
兵は動く。
だが、重い。
食が足りない。
水が足りない。
疲労が抜けない。
それでも、命令は出る。
「前進」
動く。
だが――
遅い。
列が乱れる。
足並みが揃わない。
わずかなズレが、全体に広がる。
魔導部隊が詠唱する。
だが、精度が落ちる。
集中が続かない。
「……何が起きている」
指揮官は理解できない。
敵は、いない。
襲撃もない。
だが――
進めない。
別の場所。
補給部隊。
荷車が止まる。
泥に嵌る。
押す。引く。
だが、動かない。
「こんな場所じゃなかったはずだ!」
兵が叫ぶ。
だが、地図は正しい。
道も、正しい。
ただ――
“少しだけ違う”。
進める。
だが、遅い。
水が濁る。
食料が傷む。
時間が、奪われる。
それが積み重なる。
三日。
五日。
一週間。
帝国軍は、まだそこにいる。
だが――
“前に進んでいない”。
森の奥。
静かな場所。
「……来てるわね」
エルディア・ヴァレンティナが言う。
帳面には、線がある。
だが――
その線は、進んでいない。
「止まってる」
レオニア・アルディウスが呟く。
「違う」
エルガード・カウフマンが言う。
「崩れてる」
それが正確な表現。
マリナ・ルクレツィアが笑う。
「美しいですわね」
戦っていない。
斬っていない。
殺していない。
だが――
壊れている。
「……これが」
レオニアが呟く。
「構造だ」
エルガードは答える。
帝国軍。
前線。
兵が座り込む。
立てない。
食べていない。
怒号が飛ぶ。
だが、動かない。
命令が通らない。
士気がない。
魔導部隊が崩れる。
集中できない。
魔力が乱れる。
「……撤退を進言します」
副官が言う。
「黙れ」
指揮官が怒鳴る。
だが――
声に力がない。
現実は、動かない。
補給は来ない。
来ても使えない。
兵は動けない。
動いても進めない。
それが、崩壊。
そして。
ついに。
「……撤退」
その一言が、出る。
帝国軍は、引く。
整列は保たれている。
だが――
意味は違う。
“負けた”。
誰にも斬られていない。
だが、敗北している。
森の奥。
「……終わったな」
レオニアが言う。
「終わっていない」
エルガードは答える。
「始まっただけだ」
帝国は強い。
だが――
理解した。
ここは、正面では勝てない場所。
マリナが言う。
「次は、変えてきますわ」
エルディアも頷く。
「同じ手は通じない」
レオニアは剣を握る。
「……なら」
その視線は、エルガードへ向く。
「次はどうする」
問い。
エルガードは、静かに言う。
「変える」
それだけ。
構造は、固定ではない。
流れは、止まらない。
戦いは続く。
だが。
今回。
確かに。
帝国は、“崩壊した”。




