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戦わずに大陸を落とした男――気づけば公爵令嬢と参謀と商人に囲まれている  作者: 慈架太子


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21 帝国侵攻



 それは、静かに来た。


 兆候はあった。

 流通が整い、食が安定し、人が回り始めた時点で――

 外は、必ず動く。


 だが。


 それが“帝国”だとは、誰も口にしていなかった。


 夜明け前。

 境界の外縁に張り巡らされた見えない層が、微かに歪む。


 風が鈍り、土が軋む。


 “量”が違う。


「……来たわね」


 エルディア・ヴァレンティナが呟く。


 帳面は開かれている。だが、もう数字を見る必要はなかった。


「数、二百……いや三百」


 息を吐く。


「斥候じゃない。完全に“押しに来てる”」


 レオニア・アルディウスの手が、自然に剣へ伸びる。


「帝国か」


「装備から見て間違いないわね」


 鉄の質。統一された動き。無駄のない進軍。


 王国の騎士とは違う。


 “軍”だ。


 マリナ・ルクレツィアが静かに笑う。


「価値を嗅ぎつけたのでしょうね。ここは、もう“奪うに値する場所”ですわ」


 それは評価であり、同時に危機だった。


 エルガード・カウフマンは、火のそばに立っていた。


 鍋は回っている。

 人も動いている。


 だが、そのすべては――


 “守れれば”の話だ。


「……止める」


 短く言う。


 誰に向けたわけでもない。


 だが、その場の全員が理解する。


「迎撃か」


 レオニアが問う。


「違う」


 即答だった。


「崩さない」


 その一言で、方針は決まる。


 帝国軍は、止まらない。


 整然と、無音で進む。


 恐怖を与えるための軍ではない。


 “確実に奪うための軍”だ。


「境界、突破されるわよ」


 エルディアが言う。


「時間の問題ね」


 レオニアは剣を抜いた。


「なら、その前に叩く」


 だが。


「待て」


 エルガードが止める。


「……またか」


 レオニアの声に、わずかな苛立ちが混じる。


「数が違う。押されるぞ」


「だから戦わない」


 静かな声。


 だが、確定した意志。


「戦えば、崩れる」


 配給が止まる。

 人が混乱する。

 流れが壊れる。


 それが敗北だ。


「……ならどうする」


 エルディアが問う。


 もう“否定”ではない。


 “確認”だ。


 エルガードは、一歩前に出る。


 境界へ向かう。


 空気が変わる。


 風が集まり、土が締まり、空間がわずかに歪む。


 だが、それは“防ぐ”ためではない。


 ――“遅らせる”。


 帝国軍の先頭が、わずかに足を取られる。


 進軍が鈍る。


 だが、止まらない。


「これじゃ持たない」


 エルディアが言う。


「持たせる」


 エルガードは答える。


 そして――


 次の瞬間。


 地面が、変わった。


 帝国軍の進路上。


 何もなかったはずの場所に――


 “段差”が生まれる。


 わずか数センチ。


 だが、均一に。


 整列して進む軍にとって、それは致命的だった。


 足並みが崩れる。


 列が乱れる。


 速度が落ちる。


「……何だこれは」


 帝国の指揮官が呟く。


 次の瞬間。


 風が巻く。


 横から圧がかかる。


 崩れた列に、さらに歪みが入る。


 誰も倒れない。


 だが――


 “進めない”。


「……進軍阻害」


 エルディアが息を呑む。


「殺してない。壊してない。ただ……進ませてない」


 マリナが小さく笑う。


「見事ですわね。“損をさせる戦い”」


 レオニアは剣を構えたまま、動けずにいた。


 戦う必要が、ない。


 だが、止まっているわけでもない。


「……これで、勝てるのか」


「勝たない」


 エルガードは言う。


「帰らせる」


 短い答え。


 帝国軍は進む。


 だが、遅い。


 整列が崩れ、再編に時間がかかる。


 その間に――


 空が曇る。


 湿度が上がる。


 視界が悪くなる。


 だが、雨は降らない。


 ただ、重い。


 空気が、重い。


「……消耗してる」


 エルディアが言う。


「戦ってないのに、疲れてる」


 その通りだった。


 進めない。

 戻れない。

 だが、前にいる。


 それだけで、消耗する。


 帝国指揮官が、ついに命じる。


「……一度、引く」


 短い命令。


 だが、それが全てだった。


 軍が、止まる。


 そして、引く。


 整列を維持したまま、ゆっくりと後退していく。


 追撃はない。


 攻撃もない。


 ただ――


 “入れなかった”。


 静寂が戻る。


 境界の内側。


 火は、消えていない。


 列も、崩れていない。


 誰も死んでいない。


「……勝ったのか」


 レオニアが呟く。


「違う」


 エルガードは首を振る。


「崩さなかっただけだ」


 それが結果。


 それが勝利。


 エルディアが帳面を閉じる。


「……理解した」


 小さく言う。


「これは“戦い”じゃない」


 マリナが続ける。


「“価値の防衛”ですわね」


 レオニアは剣を下ろす。


 ゆっくりと。


「……近いな」


 その一言は、戦場を見てきた者の実感だった。


 これは、始まりだ。


 帝国は引いた。


 だが、終わりではない。


 次は――


 “本気で来る”。


 エルガードは何も言わない。


 ただ、火を見る。


 回っている。


 それがすべて。


 そして――


 それを守るために、また選ぶことになる。

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